前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

戦争とメディアー「9・11からイラク戦争へ」=現代のメディアコントロールの実態①

   

現代のメディアコントロール(2001-05年)① 

                            前坂俊之(ジャーナリスト) 
 
第一章  イラク戦争を米メディアはどう報道したか
 
一八五四年のクリミヤ戦争からベトナム戦争までの約百二十年間のメディアによる戦争報道の内幕を検証したジャーナリズムの名著「The First Casualty」(フィリップ・ナイトリー著『翻訳名(戦争報道の内幕)』時事通信社、1987年刊)のタイトルは「THE FIRST CASUALTY WHENWAR COMES IS TRUTH(戦争が起これば最初の犠牲者は真実である)」。
どこの国の軍であれ、検閲によって、まず最初に報道の自由を血祭りにあげて、戦争を行なうのは古今東西変わりない。
英「サンデー・タイムズ」のベテラン記者・ナイトリーは従軍記者たちがきびしい検閲、プロパガンダ、真実の隠蔽、神話や美談の捜造、情報操作、愛国心などの幾多の制約をはねのけながら、どこまで戦争の真実を伝えることができたのかを検証している。戦争報道がいかに歪められてきたかも明かにして、『戦争によってメディアは発展する』『愛国心が真実への目をくもらせる』、『営利主義に走り、報道の自由を守る気概と勇気に欠けたメディアは自ら死を招く』など、いくつか戦争報道の法則を指摘している。
 イラク戦争(二〇〇三年三月十九日勃発)でもこの戦争報道の定理は成立した。イラク戦争で最も勝利を収めた米国メディアはルバード・マードックのFOXニュースである。
湾岸戦争(一九九一年一月十七日開始)では「これはCNNの戦争だ!」と時のブッシュ大統領に慨嘆させたほど、世界の目はCNNの戦争報道にクギづけにされたが、今回はこれまでのジャーナリズムのスタイルをかなぐり捨て「戦争支持の愛国的な放送を続けた」ニュース専門ケーブル局「FOXニュース」が、ライバルのCNNを視聴者数で大きく引き離して圧勝した。
戦前の米ケーブルテレビの視聴率はCNN,FOX,MSNBCの順であったが、イラク戦争開戦後十六日間の一日平均視聴者数では、FOXが約三百三十万人で、CNNの二百六十五万人を約六十五万人も上回ってトップを占めた。(米調査会社ニールセン・メディア・リサーチの調査による)。
FOXニュースの戦争報道のタイトルは『イラクの自由』で、ロゴには星条旗をあしらうほど全面的に愛国心を掲げ、開戟第一声は『イラク解放の戦いが始まりました』であった。今回認められた「エンベット(埋め込み)取材」によって各部隊に同行する従軍取材のメリットをフルに発揮して、生々しい戦場からの二十四時間ライブ中継を流し続けた。
戦車に同乗して「この巨大な軍隊がさっそうとわたっていく姿を見てください」「イラク兵は皆殺し!」とのジョークをまじえたトークで、砂塵を舞い上げて戦車が疾走する臨場感あふれる映像。感情を抑えたCNNとまるで違って、従軍リポーターもアナウンサーも声を張り上げて絶叫調で、激しいバックミュージックも流していけいけドンドン・・の放送を続けた。
これが若者や視聴者に大受けした。「善玉」が「悪玉」をやっつけるハリウッドのB級の娯楽戦争映画そのものの放送と化した。バクダットのフセイン大統領宮殿では、今にもイラク兵が反撃してくるのではないかという緊迫した中を、銃で身構えた米兵が部屋を一つ一つ捜索していく手に汗握るシーン、迫力ある戦場の映像が流され、“茶の間を”バーチャル戦場”に直結した。従来のテレビメディアの戦争ナマ中継から、デジタル化し大規模となった戦争報道のハリウッド版、それもデジタル映像の驚異的なスペクトル化が茶の間を爆撃したといってもいいであろう。
FOXは他のテレビ局がコーリション(連合軍)とか『US Troops』(米軍)というのを『Our Troops(われわれの軍隊)』というように愛国心を丸出しにした放送を連日繰り広げた」とANNワシントン支局・田畑正支局長はいう。
FOXなどはバクダットがほぼ陥落し、フセインの銅像が引きずりおろされた際、『暴君は今や倒され、バクダットは解放されました』と米国のプロパガンダ(宣伝)映像を流し続けたが、イラク側の爆破され、殺され、傷ついた犠牲者や遺体、女性や子供の映像は一切流さず、戦争の悲惨さ、血の匂いは画面から消し去られた。
FOXニュースの問題点は戦争支持よりも、イラク側の情報、被害、主張をプロガンダとして切り捨てて,従来のジャーナリズムの客観性、中立性、公平・公正性の報道姿勢を捨て去ったことである。これでは放送は単なるプロパガンダの道具と化してしまう。
FOXはその主張でも感情的な愛国心をむき出しにしたタカ派的な発言で人気を高めた。「われわれはアメリカの勝利を望む」とキャスターが公言し、ブッシュ政権に批判的な見解やリベラルな識者をこき下ろした。
CNNの人気トーク番組「ラリー・キング・ライブ」に対抗してFOXには「オライリー・ファクター」という番組がある。ラリー・キングは両方の識者に討論させて中立的な立場を堅持しているが、ビル.オライリーは口を極めて相手を攻撃、戦争に反対している有名人を名指しで「彼らの映画やCDをボイコットすべきだ」と激しく攻撃した。戦争に反対した仏、独なども槍玉に上げて、戦後の再建と復興には「国連」には関与させるべきではないと主張し、「米政権のチアリーダー」(ニューヨーク・タイムズ紙)ぶりを一層、際立たせた。
四月十二日の戦争支持集会では『リベラルはもういらない』との看板を掲げてビル・オライリーは『戦争に反対したリベラルな連中の目の玉をおしつぶしてやろうではないか』との挑発的な言辞まで吐いた。
FOXのあまりの成功は、他のテレビ局にも大きな影響を与え、メディアにおける愛国心の競争を一層過熱させた。中立・客観報道の立場にたつCNNや3大ネットワークにも脅威を与えて、ブッシュ政権批判の論調を控えさせ、報道姿勢もより愛国的なものに変えていったのである。
「反戦を叫んでいる連中は国家反逆罪だ」とMSNBCは放送し、これにCNNも追従して「ニューヨーク・タイムズ」は政府と報道が一体化したこうした現象を「FOX効果」と評した。9・11以降、国民の圧倒的な愛国心の前に反対や、批判の意見を控える報道の萎縮現象、自己規制していった米国メディアの「総翼賛報道体制」がイラク戦争によって頂点に達したと言ってよいであろう。
こうした戦争の支持、礼賛によってFOXニュースはCNNを抜いてトップに躍り出て、FOXテレビも三大ネートワークABC,CBS、NBCを抜いて四大ネットへのし上がった。米国の視聴者に圧倒的に支持されたのは、ブッシュ支持率80%という戦時下の国民の愛国的なムード、超保守化傾向が強く反映したものである。
FOXは世界のメディア王・ルバード・マードックが率いる「ニューズ・コーポレーション」のテレビである。オーストラリアの新聞王からのし上がり、英国では「タイムズ」「サン」など、米国では「ニューヨークポスト」などの新聞、FOXテレビ、英国の衛星放送BスカイBなど、世界の新聞約八○種類、十一種の雑誌、テレビを持つ世界最大のメディア・コングロマリツドである。
マードックは「CNNは左翼に偏向している」と攻撃し、FOXは保守的な立場から報道する公言、徹底した商業路線とタカ派路線を掲げて、ブッシュ政権を牛耳っている「ネオコン」の牙城ともいわれる週刊誌「ザ・ウイークリー・スタンダード」も同社で発行している。
国連で米英に逆らったフランス、ドイツを叩き、商品ボイコットの急先鋒に立ったのもこの「タイムズ」「サン」、FOXであった。マードックの札つきの放送にはあまり驚かなかった米国の良識派もCNNがFOXに追随したことにはマユをひそめた。
二〇〇三年四月二十七日放送されたテレビ朝日『サンデープロジェクト』の徹底検証番組『米国メディアが伝えたイラク戦争』がこの間の事情をよく伝えていた。
 
1・・エンベッド取材に世界中から600人
 
戦争報道の第二の定理である「最初に血祭りに上げられるのは『報道の自由』であるという」点は、『エンベット従軍取材』を認めて世界中から記者六百人が従軍するという一見公開性の高いメディアコントロールと衛星テレビ『アルジャジーラ』への激しい攻撃というアメとムチを使い分けた巧妙な情報操作の二本だてに今回は集約された。国際ニュースの流れは多様化し、アラブ首長国のアブダビにある衛星ニュース「アル・アラビア」「アブダビ」も今回、国際衛星ニュースに新たに参入したが、米軍はアラブ側の視線を消し去ることにやっきとなった。『アルジャジーラ』は湾岸諸国でいち早く「報道の自由」に踏み出したカタールで、王室などが出資して九六年に開局した。
『必ず両方から取材して、片方からのみの情報は流さない』というBBCなどの欧米流の客観報道主義を掲げて、アラブ隣国の問題も取上げ、遠慮なく歯に衣着せぬ批判を展開し、各国と摩擦を引き起こしてきた。
九・一一以降は「ビンラディン」の映像を伝えて、一躍世界にその知名度を上げ、『中東のCNN』とたとえられた。湾岸地域に約四千五百万人、ヨーロッパに約八百万人の視聴者を増加するまでに急成長した。
今回のイラク戦争ではイラク国内にバグダッドに十二人、バスラ、モスル、クルド人自治区などに計三十人もの記者を配して、さらにクウェートから記者一人が米軍の従軍取材にも参加して、イラク側から戦争の被害を複眼的に放送した。
画面の下には常時、イラク市民の死傷者数が表示され、米側の会見の際は画面を二分割して、イラクの病院内のけが人の映像を流した。
 
『アルジャジーラ』は民間人の被害、子供や女性が傷ついたり、死体の映像もそのまま流して戦争の悲惨さを伝えたが、三月二十三日、イラク国営テレビが流した米英軍捕虜たちへの映像を世界に伝えたところ、『ジュネーブ条約違反』として米英などから厳しい反発を招いた。
米国以外のメディアは『アルジャジーラ』の映像を大きく流したが、米国内では放映を自粛する動きが相次いだ。さらに二十八日には死亡した英兵二人の映像も放送するなど捕虜、戦死者の放送をめぐって批判され、ラムズフエルド国防長官は「捕虜の撮影は違反だ。イラクの宣伝だ」と激しく攻撃。
アル・ジャジーラのヒラール編集局長は「われわれは米英軍の一点ではないし、もちろんイラク政府の一部でもない。双方に起きていることを伝えるのがわれわれの使命だ」と一歩も引かなかった。(産経三月二十九日付)
こうした中で、ニューヨーク証券取引所は二十四日、捕虜の映像を流したことなども理由に『アルジャジーラ』の取材資格を剥奪し、「『民主主義と言論の自由』を朝晩、他人にお説教している米国は『アル・ジャジーラ』をたとえ歓迎しなくても、寛容であるべきだ」とその米国のダブルスタンダードぶりを同社幹部は批判し、対立は尖鋭化していた。
バクダッドが陥落寸前の四月八日には 米軍戦車が外国メディアの陣取っていたパレスチナホテルを砲撃し、ロイター通信のカメラマンら二人が死亡、三人が負傷。米軍は「カメラを銃口と見誤ったのではないか」と弁明した。
同じ日、バクダッド中心部の「アルジャジーラ」支局もミサイル攻撃を受け、記者一人が死亡した。直後に、アラブ首長国連邦の「アブダビテレビ」の支局も米戦車の砲撃で破壊され、「アルジャジーラ」は南部のバスラでも支局の入ったホテルに爆弾を落とされており、
アフガニスタン攻撃の際にも支局が米軍から爆撃されたことなどから「意図的に狙われた可能性がある」と強く反発した。明らかに米国防総省は同メディアをターゲットにして攻撃したのである。
BBC放送のグレグ・ダイク会長は四月二十四日、ロンドン大学で講演し、米メディアの報道姿勢を「あまりに愛国的で不偏性を欠いている」と批判した。
ダイク氏は「BBCは愛国主義とジャーナリズムを混同しないようイラクで心がけた。政府に対し節を曲げない勇気をもった報道機関が米国にないことともあって、ホワイトハウス、国防総省をさらにパワフルにしている。商業主義の圧力は、他のメディアをFOXに追随させようとするが、愛国心とジャーナリズムを混同すれば米メディアの信頼性を損なうだろう」と指摘した。(「赤旗」四月二十八日付)。
 
今回、ベトナム戦争以来の従軍取材が認められた点で、メディア側には湾岸戦争の時よりましだと評価する声が出た。しかし、今回は米軍のデジタル電子戦争化、サイバー戦争化、諜報、心理戦争の秘密作戟が大きく進み、戦争の実態が一層「ブラックボックス化」し、見えない形で行われたと同時に、巧妙なメディアコントロールで、報道によっても見えない二重の意味での『目に見えない戦争』となった。
『エンベット取材』そのものが、メディアを一見積極的に受け入れたようで、広大な戦場に点のようにばら撒き、埋め込んで、戦争の全体像を見えなくし、極小の情報を流させる情報操作、メディアの目潰しであり、これを評価するメディアは戦争報道の意味が理解できていない。
 
戦争報道で大切なのは視聴者がニュースを理解できるコンテクスト(文脈)を提供することで、情報の丸投げであってはならない。点としてばら撒かれたカメラからの情報のライブ中継(タレ流し)は映像の丸投げ、ノイズ(雑音)そのもので、砂漠の砂嵐のように戦争の真実を見えなくするだけである。
巧妙なメディアコントロールや検閲を打ち破って取材力して戦争の本質に迫り、その実態を検証することこそコンテキストの提供になるが、そのためには両方から取材すること、軍事的な知識、専門性、分析能力、総合性に支えられたジャーナリズムの「アジェンダセッティング」(議題設定機能)、編集機能こそが求められる。それはFOXやそれに追随した米メディアではなく、伝統的な客観ジャーナリズムの側にある。
 
2・・米メディアは「ペットドッグ化」
 
皮肉なことに米国民主主義の原点といってよい『米メディアの報道の自由を保証する』と高らかに宣言した米国第一次修正憲法は一七七一年に制定され、それからちょうど二百年目に当たる一九九一年に湾岸戦争が起こった。
修正憲法は「政府批判を行っても罪に問われることは、永久にありえない」として米メディアに政府を厳しく監視する『ウオッチドッグ』の役割を求めたもの。ところが、「湾岸戦争では『ウオッチドッグ』どころか、国防総省に可愛がられる『ペットドッグ』以下の存在となった」とベトナム戦争当時の元米司法長官・ラムゼー・クラークは批判している。
「なぜなら、メディアは湾岸戦争のチアリーダー(応援団長)になったからだ。テレビ報道は、ニュース報道というよりも、まさに戦争、兵器システム、軍国主義を宣伝する長時間にわたるコマーシャルそのものだった』とクラーク元長官は指摘した。(1)
イラク戦争ではこの報道の姿勢は変わったのであろうか。残念ながら、さらにひどくなっているのである。戦争報道の第二の定理通り、米メディアは米政府のメディアコントロールに完全に敗北したといってよいだろう。『ハーバース・マガジン編集長』・ジョン・マーカーサー氏は次の対北朝鮮戦争について不気味な予言をした。
『勝利に酔いしれて米政府がイラク戦争で犠牲者が少なくてすんだとおもわせると影響は重大だ。アメリカのメディアが次のバカげた戦争を簡単に始めさせることができるからだ』(2)
では、日本のメディアはイラク戦争をどう報道したのだろうか。戦争当事国ではない日本メディアは米メディアのように愛国心に縛られる必要はない。ベトナム戦争と同じく客観的な立場から報道できるはずである。
第Ⅱ部第一章でも、詳述したが、ベトナム戦争報道では日本のメディアがベトコン(南ベトナム民族解放戦線)や北ベトナムの姿を従軍取材などで深くえぐり、戦争の真実を報道して米メディアにも大きな影響を与えた。「毎日」の大森実外信部長、「朝日」の秦正流外報部長らはライシャワー駐日米大使から、「均衡のとれた報道をしていない」と抗議を受け、米上院外交委員会でも日本の新聞は共産主義者に犯されているとして激しい攻撃を浴びた。結局、大森外信部長は退社に追い込まれた。カタールの衛星放送「アルジャジーラ」のイラク側の犠牲を伝えていく客観報道が米政府の目の敵にされ支局が爆撃されたが、ベトナム戦争当時の日本メディアと同じ立場になったのである。
 今回、ベトナム戦争以来、約四十年ぶりに「エンベッド」従軍取材が認められた。米部隊、艦船などに「埋め込まれて」同行する従軍取材に世界中から約六百人の記者、日本からも各社合計数十人が参加した。ところが、開戦前に日本の大手メディアはバクダットから一斉に引き上げた。前回の湾岸戦争でも大手の新聞、テレビは「記者の生命の安全を守る」という理由でバクダットから横並びで一斉に退去し、今回も同じく記者クラブでの話し合いで爆撃される一番危険な場所はフリーランスに任かせてしまった。
米国、英国、フランス、スペイン、ドイツなど各国記者多数がバクダッドにとどまって取材を続けたのと比べると、現場取材の放棄、最も重要な取材ポイントからの一斉離脱で、日本の大手メディアの臆病ぶりを一層際立たせた。
エンベット取材では米軍に各社が従軍し、毎日は提携紙・朝鮮日報のバグダッドに進撃する米陸軍第5軍団第1部隊の従軍ルポを掲載し、読売はワシントン・ポストの従軍記事を載せるなど、爆弾を落とす側のみの視点、報道が圧倒的で、落とされる側の情報は当然少なくなった。攻撃、爆撃される側、市民の声を伝えるのがジャーナリズムの使命であり、報道の偏りが目立った。
 
3・・日本のメディアは開戦をめぐって新聞の論調は二分
 
開戦と同時に日本の新聞は米英の軍事行動、国連決議の必要性などをめぐってイラク戦争の支持と反対に論調はほぼ二分された。「反対」は朝日、毎日、東京、地方紙の多くで、「支持」は読売、産経などである。
開戦直後、「朝日」は社説「宗教戦争にするな」(二十一日付)で「私たちはこの戦争を支持しない。ブッシュ政権は都合のいい占領政策や米国流の民主主義をおしつけるな」と反対の立場を明確に打ち出し、毎日も社説「一刻も早く破壊の終わりを一単独行動主義の戦争をするな」(同日付)で「見切り開戦を支持しない。日本政府は米英に国際協調の道を踏みはずさないよう助言せよ」、編集局次長の第一面での署名記事「この戦争に正義はあるか」を掲げた。「東京」も社説「一刻も早い終結を」(二十一日付)で「イラクの無法と米国の倣慢が不必要な戦場を生み出した。先制攻撃は認められぬ」と主張した。「共同通信」は地方紙への配信で外信部長署名で「単独行動に危うさ」として米国の軍事行動に疑問を投げかけた。
一方、「読売」は社説「イラク戦争の早期終結を望む」(二十一日付)で「非はイラクにあり、米英の主張には理がある。日米同盟堅持が国益」と主張し、同日の朝刊第一面では「9・11の恐怖、米国の大義」の見出しで国際部長署名記事を掲載、「イラク攻撃には大義がある」とした。
産経は社説「12年戦争終焉の始まり、日本は米支援で全力をつくせ」(同日付)で「反対したのは巧妙な反戦キャンペーンの欺瞞性である。イラク軍は化学兵器を使用する可能性が高い」と支持を表明した。「日経」は社説「戦争の短期終結で犠牲は最小限に」(同日付)で、戦争の是非にはふれなかった。
米英軍のイラクへ領内への地上軍の進撃は「侵攻」か「進攻」か、どちらなのかをめぐっても分かれた。「侵攻」は他国の領土を侵すこと、侵略する攻撃を意味するので、「進攻」「進撃」とは、一八〇度意味あいが異なる。「侵攻」は朝日、毎日、東京、「進軍」「進攻」は読売、産経、共同などだ。
「朝日」(二十二日朝刊十二版)の第一面見出しは「米英地上軍、イラク侵攻」、「毎日」(同日朝刊13版)は「地上軍、首都進撃」「米英、3方向の侵攻」の見出しで、文中でも侵攻、「東京」は「地上部隊が侵攻開始」(同日朝刊、11版)の見出しで、記事本文も侵攻など。
逆に、読売は「米英軍、バクダッド向け進撃」(同日朝刊一三版)の見出しで文中でも進撃、進攻を使用。「産経」(同日付朝刊、14版)では「バクダッドへ進撃、米主要拠点を制圧」の見出しで、本文では進攻や進入。
「日経」も「米英地上軍が進攻」の見出しで、文中は進軍、進攻。共同通信は二十一日付朝刊用に配信した記事の見出しは「米軍がクウェートから進撃」で同通信・塚越敏彦編集局次長は「『侵攻』か『進攻』かは、世論を二分している問題で、価値判断を伴う言葉を配信先に押しつけるのは不適切と判断した」(朝日4月24日付朝刊)と述べた。イラク戦争の支持、不支持と同じく視点でメディアを二分した。
反戦デモや反戦世論の盛り上がりの報道についても各社で扱いは大きく異なった。開戦を前に世界規模での一斉反戟デモが起こった記事を二月十六日付で見ると、「一面で大きく扱ったのは朝日、毎日、日経、東京で、読売は三面、産経は四面。三月九日付の東京などでの反戦集会の記事は朝日、毎日、東京が一面・社会面で展開していたが、日経は社会面、読売は社会面でベ夕扱い、産経はなし、といった具合に大きく分かれた」(「新聞協会報」四月八日付)
ところで、戦争報道はどうあるべきなのか。開戦の直前、米国で消費者運動のリーダー・ラルフ・ネーダーや著名なメディア研究者、ジャーナリストら三十六人が連名で、湾岸戦争報道を反省点として、米国の主要メディアにあて公開質問状を出した。
その内容はニューヨークのメディア監視団体「FAIR」(Fairness Accuracy in Reporting=報道における公正と正確さ)がジャーナリズムに求める必要な姿勢、視点と同じである。
①もっとも大切なのは正確な(Accuracy)報道である。そのために幅広い討議(Broadranding Debate)の場を提供する。「幅広い市民や反対者の声を伝える。反戦運動や、政策に疑問を持つ多くのエキスパート、多数の引退した外交官、軍人からも取材、報道すること」
②競馬症候群的な報道と分析をやめる。「競馬の勝敗予想のような対決、戦争気分をあおり、センセーショナルな戦況報道で、戦術、武器、軍事作戟の詳細に焦点を合わせた報道のこと」
③背景(Context)の説明を十分行ない、相手への思いやり(Sensitivity)を持って書くこと。
④政府の情報コントロールへの抗議が不足。「湾岸戦争、アフガン侵攻では徹底したメディアコントロールが行なわれた。ペンタゴンはイラクの死傷者の数を発表しないが、メディアはこの点に挑戦すべきだ」
⑤政府と距離を置き、メディアと政府は対立する関係を保て。「湾岸戦争では政府とメディアの距離は失われた。退役軍人やCIAなどの関係者が数多くメディアに登場した」
⑥大本営発表へ疑問を持つこと。「ベトナム戦争で最も素晴らしいジャーナリストは軍の発表を無視した。メディアと愛国心は相反する。ニュースでの愛国心は真実を探索することだ。戦争に関して匿名の政府職員の情報を信頼できると公表することは正当ではない」
 
以上のようなスタンスから日本のメディアの戦争報道をもう一度検証する必要がある。
今回の戦争は米軍のハイテクIT兵器、サイバー戦争化で一段と「ブラックボックス」化し、巧妙なメディアコントロールで、報道によっても見えない二重の意味での『見えない戦争』となった。その陰でクラスター爆弾(集束爆弾)千五百発、バンカーバスター(地下貫通誘導爆弾)、劣化ウラン弾など非人道的な兵器が多数使用された。
朝日の連載記事「大統領の戦争」(4月21-24日朝刊)などはその内幕に肉薄しているが、物足りない。さらに深く検証の必要がある。
「戦争史上最も民間人の犠牲を少なくすることに配慮した」とは米側のプロパガンダだが、米国のメディアに代わって、日本のメディアは果敢に挑戦した点は評価できる。
「朝日」の4月20日朝刊1面「バクダッド市民犠牲一〇〇〇人以上、主要六病院、診察の記録・証言」では米の爆撃、戦闘巻き込まれた死傷者をバグダッド市内の病院を回って調査報道しており、産経の「死者数発表、報道続くが‥実態なお不明」(4月12日付)と並んで、すぐれた記事である。
戦争の早期終結で米国では見通しを誤ったマスコミ人、学者、政治家らの追及されたが、日本でもちょうど開戦十日目あたりで、バクダットでの市街戦、補給のおくれなどで戦争の長期化、泥沼化の見方がメディアに出た。
「米英、苦しい補給線」(朝日三月三十日朝刊第一面)、「米楽勝シナリオ狂う」(毎日三月二十七日朝刊)など、各紙は一斉に書いたが、結果的には間違えてしまった。軍事に詳しい記者や特に、最近のハイテク、IT技術の知識を有する記者は日本のメディアには少なく、メディアコントロールやプロパガンダにのせられやすい。
毎日写真部記者のアンマン空港爆発事件ではクラスター爆弾の一つの小さな子爆弾を爆発しないとキャッチボールをしていて、空港に持ち込んでだという記者のモラル以前の軍事的な知識の欠如、認識不足は日本のメディアの質そのものを象徴している。専門記者の養成、戦争報道のガイドライン作りが緊急の課題であろう。
また、見過ごしてはいけないのはイラクの大量破壊兵器、生物化学兵器がいまだに発見されていないことである。戦争終結後も米英軍の大々的な捜索にもにもかかわらず見つかっていない。米軍は「発見までにはまだまだ時間がかかる」と問題を先延ばししているが、これはイラク戦争の大義そのものであり、もしなければ米軍のプロパガンダだったことの証明にもなる。
今回のイラク戦争で日本の政府、世論が米国に対して支持に回ったのは北朝鮮の脅威に対して日米同盟を優先した結果である。
ブッシュ政権の中枢を占めるネオコン(新保守主義者)はこの戦争での勝利で一段と勢いづいた。拉致問題で勢いづいた日本のネオコンも、このダブル効果で一層強硬姿勢に転じる可能性が高い。
イラク戦後は北朝鮮の動向がクローズされる中で、国会で有事法制や個人情報保護法など言論の自由を縛る法案が民主党も賛成に回る中で次々に可決されている。戦時体制の準備が始まり、日本が当事国として戦争報道が現実に試される時期も迫りつつある。
確かに、今回のイラク戦争報道では米メディアよりも、日本のメディアの方が全体的に抑制の効いた、冷静、公平な報道姿勢を保っていたといえる。しかし、戦争当事者になった場合には、どこまでメディアは言論の自由を堅持して、勇気を持って報道できるか、自己規制しないか、メディアの力量が問われる正念場にさしかかっていると言えるだろう。
かつて、『朝日』で太平洋戦争中に緒方竹虎と同じく編集責任者の一人だった美土路昌一はベトナム戦争当時、社長となって米政府からの圧力を跳ね返した。その美土路は戦後に新聞の戦争責任にふれて次のように反省の弁を述べている。
「言論自由の篝火を、最も大切な時に自ら放棄して恥じず、益々彼等を誤らしめたその無気力、生きんが為めの売節の罪を見逃してはならぬ、言論死して国遂に亡ぶ、死を賭しても堅持すべきは言論の自由である」(3)
次々に起こる現象を報道することで現実の追認に追われるのではなく、現象の奥にひそむ本質を見抜く見識、冷静な批判力こそメディアに最も求められる。

 

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日本リーダーパワー史(928)再録増補版『日本のインテリジェンスの父』川上操六参謀次長が密命して、シベリアに送り込んだ『日本の007、満州馬賊隊長の花田仲之助」』

    2016/02/12 &nbsp …