『Z世代のための日中韓(北朝鮮)外交史講座⑤』★『明治以降、日中韓(北朝鮮)の150年にわたる対立、戦争のルーツは『朝鮮を属国化した中国」対「朝鮮を独立国と待遇した日本(当時の西欧各国)」とのパーセプションの衝突である』★『1876年の森有礼(文部大臣)と李鴻章の『朝鮮属国論』の外交のすれ違いのルーツがここにある』
『リーダーシップの日本近現代史』(102)記事再録再編集
2017/03/16/日本リーダーパワー史(780)記事転載
前坂俊之(ジャーナリスト)
このところの東アジア情勢の緊急ニュースの金正男暗殺事件、日中韓北朝鮮+米国が加わった三つ巴、四つ巴の激しい対立、紛争のエスカレートを横目に見ながら、
大冊『中国人の日本観』(古代から21か条要求まで」(社会評論社、2016年刊)を読ん、そのルーツを勉強している。
同書『中国人の日本観』は、中国から見た日本観、日本分析の歴史的な資料集で、森有礼と李鴻章の問答集[資料9]李鴻章・森有礼談話(151-159P)が非常に参考になった。
この文は1876年(明治9)2月に行われた李鴻章と森有礼との会談の記録で、大久保利謙編『森有礼全集』第-巻〈宣文堂書店、1972年刊行)に再録されているもの。
解説では明治8年9月の江華島事件以後、日本は朝鮮に条約締結を求めていたが、そこで清朝と朝鮮王朝の宗属関係が問題となり、森は清国在勤特命全権公使として清国と交渉に当たった、その時の交渉記録である。李鴻章との会談は直隷省(現河北省)保定府にて、1876年(明治9)2月24日、25日に行われた。
明治以降、日中韓(北朝鮮)の150年にわたる対立、紛争、戦争のルーツは『朝鮮を属国化した中国」対「朝鮮を独立国と待遇した日本(当時の西欧各国)」とのパーセプション、コミュニケーションギャップの衝突なのである。
森有礼
https://www.google.co.jp/#q=%E6%A3%AE%E6%9C%89%E7%A4%BC&*
森は薩摩藩第一次英国留学生として慶応元年(1865)に五代友厚らとロンドンに留学、欧米で遊学して、帰国後は外交官、政治家、初代文部大臣を歴任、日本の学校、教育制度を確立した人物であることはよく知られている。
当時の西欧的な法律、国際法に通じた30歳の若き森と中華思想、華夷思想に凝り固まった54歳の老大家の李鴻章との「一問一答」は、丁々発止で大変興味深いし、
森が論理的に追及しているのに対して、李鴻章の主張は、はっきり記録に残った文書、文献を基礎にした物証主義でなく、大昔から言い伝えという主張である。現在の中国との交渉にも延々とすれ違っている「話し合っても、話し合ってもわからない」ギャップの最初の具体的な外交交渉例なので、この「一問一答」を紹介させていただく。
1876年(明治9年)の森有礼と李鴻章の『朝鮮属国論』の外交交渉①
李鴻章 『貴国に於て、日清修好条規中、特に双国の内一方より他方の封土属地(領土)を侵し、これを掠むる等の所業を予防のために設ける所の条款を信守せらる以上は、長らくこの条約は続くであろう』。
森有礼 『凡そ、書物上に記したる事といえども、これが明解なきときは往々紛議を醸成し来るものあり。かりに、黒白の相違ある事にても、読者の見解によって幾様にも解釈される。例えば、今、承りたる和親条款(日清修好条規(にっしんしゅうこうじょうき)で1871年(明治4)9月に天津で結ばれた日本と清国の初の対等条約)といえども、双方にて全く相反せる見解を下だすこともある』
李 『その理由はいかん。その類の事、恐くはありえない。我、清国においては一旦、固結した条約に違反することは決してない。この条約は永久に双国にて遵守すべきものなり』
森 『永久とは何の言ぞや。極て望むべきことであり、極て喜ぶべきことなり』
李 『それは如何なる意味ぞや。その犯すべからざる条約を意とせず、自家の便利に任せてこれを破るのもかまわないというのは、どのような意味か』
森 『珍しい質問です。この類の奇問を解釈できる日本人は一人もいない。それ条約はかって締結の際に当って、全く双方の考えに適したものであっても、事務の変遷に従い早晩、これを改めざるを得ない』
李 『そうはいっても、貴我両国の間に現存せる条約は良正で、完全なものなり。いわんや締結の日より少くも十年間は双方共に固守すべきものではないか』
森 『実にその通り。該条約定期の間は双方共に固守すべきものなり。然れども、現に貴察する如き、良正完全の条規でないことは、閣下はたちまちにこれに見出すであろう』
李 『如何なる理由で、そう考えるのか』
森 『総理衝門大臣(外務大臣)らが私に告て云く、朝鮮は清の属国なり、故に条約に掲げある属地(国土)の一つなり』
李 『固より然り。朝鮮事件について街門と貴公使館との間に往復せし書翰中の趣は私は詳知せり。総理衙門大臣等の所説は全く私の意見に同じ。即ち朝鮮は清国の属隷にして、貴我の日清修好条規に基き貴国のために属国視されるべきものの一たり』
森 『条約中に朝鮮は貴邦の属国たる旨を明示せる条款あるを見ず。これに反して我政府は終始、朝鮮を独立不羈の国とみなして、現に独立国を以て彼を待遇している。しかし、自余の列国はいうまでもなく、貴政府といえども、朝鮮を独立国として待遇する道をとった方がよいではないか。
貴政府かつて明言していう、朝鮮には自家の政府あって、随意に内外の事務を整理す。清国はすこしももこれに関与する事なしと』
李 『実に貴説の如く、朝鮮は独立の国なり。然りといえどもその国王は、現皇帝(清国)の命に依て立つ。是を以て清国の属隷とす』
森 『そのようなことは、単に貴邦(貴国)と朝鮮との交誼(交際)に関する礼式(礼儀、マナー)のみ。此類、敬礼上の事、あんに朝鮮独立の論に関係なし』
李 『朝鮮は実に清の属国なり。これ、旧来世人の能く知る所なり』
森『些事(ささいなこと)はたとえ幾回、討論するとも到底、帰着する所なかるべし(結論、決着はつかない)。この上、論ずるも最早無益の事なり。
ただし、閣下の注心を乞うべき一事の在るあり。今、これを陳述せん。貴我条約中に一方より他方の領土を侵略するのを禁ずるの一条がありといえども、その領土の限界を確定していない」
かって台湾事件(台湾出兵)を生じ、今、また朝鮮事件(江華島事件)を起こったのは、款内(条規内)にこの限界を明記していなかったためだ。
この類無用の条款(領土の境界を明記していない条約)を依然と存し置くときは、後来、再び前轍を践の恐れあるべし(再び同じ道を歩む恐れがある)。
これが現在の条約を永存させない理由で、このような紛争を起こす条規の一条を残すことは、ひとり日本のためのみならず、まことに貴国のために憂慮するところだ」
つづく
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