『 京都古寺巡礼のぶらり旅!』『秀吉ゆかりの「京都醍醐寺」全動画案内30分(9/3)』―わが 『古寺巡礼』で深く感動した古刹、庭園③』1150年前に建てられた5重塔(国宝)の燦然と輝く、建築美の極致
『 京都古寺巡礼のぶらり旅!』
『秀吉ゆかりの「京都醍醐寺」全動画案内30分』③』
醍醐寺のパンフレットによると
真言宗醍醐派の総本山。醍醐寺は貞観16(874)年に弘法大師の孫弟子、理源大師・聖宝(しょうぽう)が創建した。
山岳信仰の霊山であった笠取山(醍醐山)に登った聖宝は、白髪の老翁の姿で現れ理源大師・聖宝た地主神・横尾明神(よこおみょうじんより)、
こんこんと水(醍醐水)が湧き出るこの山を譲り受け、准底(じゅんてい)・如意輪( によいりん)の両観音を刻み、山上に祀った。
それが醍醐寺の始まりである。
開創後、醍醐・朱雀・村上の三代にわたる天皇の深い帰依によって山上に薬師堂、五大堂、山下に釈迦堂、法華三昧堂、
五重塔などが次々に建立され、山上山下にまたがる大伽藍が完成した。通称、山上を上醍醐、山下を下醍醐と呼んでいる。
以後も、皇室をはじめ貴族や武士の支援を得て、三宝院をはじめとする諸院や種々のお堂が建立され、真言密教の中心的寺院と
して多くの信仰を集めている。
しかし、長い歴史のなかで何度も火事にあい、応仁・文明の乱では五重塔を残して下醍醐は焼失、上醍醐も荒廃。
ながらく復興に至らずにいたが慶長3(1598)年の春、豊臣秀吉が開いた「醍醐の花見」を契機に秀吉と秀頼によって
金堂や三宝院、また、山上では開山堂や如意輪堂などが再建された。
江戸時代に入ると、醍醐寺歴代座主が居住する三宝院が、幕府より当山派修験の本山であると明確に位置づけられた。
そのことにより、山への信仰が高まり、一時衰退していた修験道も再び活気を取り戻していった。
明治維新後の「神仏分離令」や「修験道廃止令」などの数々の法難で大打撃を受けたが、歴代座主の尽力により、
開山以来、醍醐の教えは燈し続けられ現在に至っている。
一千百有余年の歴史をもつ醍醐寺は、日本仏教史上枢要な位置を占め、長年護り続けられてきた寺宝類の多くは
国宝、国の重要文化財の指定を受けている。平成6(1994)年にはユネスコの「世界文化遺産」に登録された。
醍醐寺の塔頭の一つである三宝院は、定賢、義範、範俊の三人の師から法を授かった醍醐寺第14世塵主・勝覚僧正が、
平安時代の永久3(1115)年に創建したもので、その後、鳥羽法皇の御願寺になった。
室町時代には3代将軍・足利義満の猶子である満済准后(醍醐寺第73世座主)が、三宝院を醍醐寺の中心的な役割を担う本坊にした。
満済の活躍は醍醐寺だけに止まらず、公武の調整を図りながら室町幕府の義満、義持、義教の将軍を補佐した。
その影響力は絶大で、6代将軍・義教をくじ引きで争いなく誕生させるなど、
安定した室町時代を陰で支えたことなどで知られる。
しかし、満済准后没後には京都を中心に応仁の乱(1467-1477年)が起こり、醍醐寺はもちろん、三宝院も大きな被害を受け、
それ以降、本格的な復興をげることができずに130年以上の時が過ぎていった。
慶長年間に入った頃、豊臣秀吉と親交のある義演准后(醍醐寺80世座主)は、慶長3(1598)年春、秀吉によって催された
「醍醐の花見」を契機に、醍醐寺の復興を秀吉に願い出た。
秀吉は「醍醐の花見」の後には紅葉狩り、また翌春には、後陽成天皇の行幸を仰いでの花見を計画していたことから、
義演准后の願いを快く引き受けた。三宝院や伽藍の復興は秀吉亡き後も秀頼に引き継がれ、その援助のもと、復興
された。
特に、三宝院の庭園は、秀吉自らが縄張りし、覇者の証とされた名石「藤戸石」を聚楽第から運び込むなど
、天下人の庭として知られている。
現在、庭園は特別名勝・特別史跡に指定されている。 また、表書院の東側の一段高い建物は純浄観、
さらにその奥には本堂があり、快慶作の本尊・弥勤菩薩、真言宗を開いた弘法大師・空海、醍醐寺を開いた理源大師・聖宝が祀られている。
関連記事
-
-
日本リーダーパワー史(640) <ロシア通第一人者の田中義一は日露戦争勝利に貢献。帝政ロシアの封建的軍隊をみて、日本陸軍の「良兵即良民」化に取組み、在郷軍人会を組織した④
日本リーダーパワー史(640) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(33) …
-
-
日本メルトダウン(921) <世界は再び混迷の時代、動乱の時代へとなるのか>『中国の外交政策:造った者が支配する(英エコノミスト誌)』●『戦争の足音」が欧州の東から迫りつつある ロシアが核の一撃考えているとの観測も』●『コラム:英EU離脱、新自由主義時代の終焉か=河野龍太郎氏』●『EUの盟主ドイツで「イギリス離脱」はどう報じられたか〜これって「イジメ」じゃない? 結論が出て、ますます混迷深まる』
日本メルトダウン(921) 世界は再び混迷の時代、動乱の時代となるのか 中国の外 …
-
-
●<記事再録>巨大地震とリーダーシップ➂3・11から5年目に熊本地震発生―危機突破の歴史リーダーシップに学ぶ➂大津波を私財を投じた大堤防で防いだ濱口悟陵
<再録>2011年4月11日の日本リーダーパワー史(142) <本 …
-
-
日本の〝怪物″杉山茂丸(すぎやま・しげまる)(一八六四~一九三五)
1 日本の〝怪物″杉山茂丸(すぎやま・しげまる)(一八六四~一九三五 …
-
-
記事再録/知的巨人たちの百歳学(117)「超俗の画家」熊谷守一(97歳)●『貧乏など平気の平左』で『昭和42年、文化勲章受章を断わった。「小さいときから勲章はきらいだったんですわ。よく軍人が勲章をぶらさげているのみて、変に思ったもんです」
百歳学入門(151)元祖ス-ローライフの達人「超俗の画家」熊谷守一(97歳)●『 …
-
-
日本リーダーパワー史(709 ) 『日中韓150年史の真実(12)記事再録★『明治のトップリーダー・川上操六参謀次長のインテリジェンス、情報戦略,ロジスティックスに学べ』
日本リーダーパワー史(709) 日中韓150年史の真実(12) < …
-
-
日本作家超人列伝(41)小林秀雄、開高健、尾崎紅葉、金子光晴、高村光太郎らのジョークの一束
日本作家超人列伝(41) 小林秀雄、開高健、尾崎紅葉、金子光晴、高村光太郎、菊池 …
-
-
世界で活躍したすげー女性史(14)日本風狂人伝(24)「ジャポニズム」の先駆者・松旭斎天勝―世界公演で大成功の「マジック女王」
2009/10/28   …
-
-
日本リーダーパワー史(194)<国難を突破した吉田茂の宰相力、リーダーシップとは・・>「首相なんて大体バカな奴がやるもんですよ。
日本リーダーパワー史(194) <国難を突破した吉田茂の宰相力、リ …
-
-
池田龍夫のマスコミ時評⑪ 「日米同盟」再構築の道 両国首脳の政治理念、具現化を
池田龍夫のマスコミ時評⑪ 「日米同盟」再構築の道 両国首脳の政治理念、具現化 …