世界/日本リーダーパワー史(914)-『米朝首脳会談(6月12日)で「不可逆的な非核化」 は実現するのか(上)
2018/06/29
米朝首脳会談(6月12日)で「不可逆的な非核化」
は実現するのか
前坂 俊之(静岡県立大学名誉教授)
トランプ米大統領対金正恩朝鮮労働党委員長の米朝首脳会談は6月12日にシンガポールで開催することが決まったが、5月24日、突然トランプ氏は中止を発表した。米朝の外交かけ引きは一層激化してきた。
今回も引き続いて、この1カ月間の米、北朝鮮、韓国、中国、日本、ロシアらの火花を散らす外交戦を迫った。(以下は5月14日まで分析の結果です)
(A)「5月10日、トランプ氏は6月12日に金氏とシンガポールで会談することが決まりましたね。板門店とシンガポールが候補地となったが、朝鮮戦争の停戦ラインである境界線上にある板門店では 「非核化よりも、朝鮮戦争終に焦点が当たる」 など米政権内の強い反対論があり、シンガポールに決定した。
シンガポールは平壌からほぼ5000キロ南、米朝両国にとって中立的な土地で両国大使館もあり、中国との関係も深い。これまで何度か米北の非公式協議の舞台にもなっており、島なので警備しやすいなどが理由です」
(B)「シンガポール決定前日には金委員長が拘束していた米国人3人を解放し、首脳会談への障害の1つを取り除いた。
トランプ大統領は10日早朝にワシントンに帰着し元人質たちを出迎え、「解放に応じた金委員長に感謝する」 と歓迎を表明し、「日本、韓国、中国、みんなにとって重要な大成功をおさめるだろう」 とアピールした。トランプお得意のショーマンシップを発揮したもので、1カ月後に迫った首脳会談が見ものです」
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南北会談から50日間のスピード首脳会談へ
(C)「それにしても、あれよあれよという間の米朝首脳会談の開催でしたね。70年に及ぶ東西冷戦の縮図としての朝鮮半島分断がこの開催によって雪解けするのかどうか、世界中から2000人以上のメディア関係者が取材に殺到した。平昌冬季オリンピック、パラリンピック(2月9日-3月18日)についでの外交オリンピックショーでした。4月27日、あのこわもての金正恩委員長が満面に笑みを浮かべて板門店の38度線をはさんで、韓国の文在寅大統領と固く握手をかわし、交互に38度線をゆっくりまたぎ抱き合って南北融和と世界平和
をアピールした。その一部始終が全世界にテレビで同時中継された」
(B)「文大統領は同会談を成功させたのは自分だと自画自賛した。二万、トランプ大統領こそ朝鮮半島平和の推進者だと米共和党議員18人が連名でノーベル平和賞候補に推薦するというおまけがついた。私がテレビを見た限りでは独裁者・金正恩の方がニコニコ笑い、明るく開放的なイメージで、年上の文大統領を引っ張っている印象でしたね。ただし、大々的に報道されたもののこの宣伝ショーでは、一番肝心な点が抜け落ちていました」
(A)「会談後に発表された南北共同宣言「いわゆる板門店宣言には、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認」という文言がありましたが、あくまで確認で「合意」ではなかった。
宣言では
- 年末までに休戦状態に終止符を打つため、「休戦協定」を「平和協定」に転換する
- 「南北米3者会談」に中国を加えた「南北米中4者会談」を積極的に推進していく
- 北首脳会談の定例化
- 大統領は今秋、平壌を訪問すること-などを盛り込んだが、肝心の主語が抜けている。北朝鮮がやるという主語がです」
(C)「つい3カ月前までの北朝鮮の軍事強硬路線を一転し、融和態度に変えたトランプの超強硬姿勢と安保理での一致した経済制裁、石油禁輸が効果を上げたのです。
外交巧者の金委員長は南北会談前の4月20日にいち早く手を打って核兵器
や長距離ミサイルの実験中止を宣言して驚かせた。
- 4月21日から核実験と大陸間弾道ミサイルTCBM)試射を中止、今後は核兵 器を使用しない。
②北部核実験場の廃棄。
③核の威嚇や挑発がない限り核兵器を使用しない。
- 兵器・技術を移転しない。
などです。各国のメディアはこれを歓迎し、トランプ大統領も金氏をツイッターではめまくりましたね」
(A)「ただし、そこは抜け目のない北朝鮮のこと用心しなければいけない。北朝鮮は非核化を宣言はしたものの、その具体的な実現、査察、廃棄の方法については一切明らかにしていなかった。ところが、この宣言文の前段では金氏は「核戦力の建設と経済建設の並進路線を5年の短期間に達成したわが国の偉大な勝利で有り、これまでの実験で核の兵器化の完結が検証された」と誇示している。つまり、すべてを完成したので核実験もICBMの実験も必要がないということで、全くの逆です」
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非核化のプロセスの難しさは・・
(B)「北朝鮮はこれまで何度か国際社会で合意したことを破り、秘密裏に核開発を続けてきた詐欺外交の前例がある。1994年の米朝核枠組み合意の裏でウラニウムでの核爆弾製造を続け、2005年には6カ国協議で核兵器と核計画の放棄を公約しながら「軽水炉の提供がなければ、核放棄しないと態度を変えた。」
(C)「それは北朝鮮外交の常套手段ですね。核実験、ミサイル発射の威嚇、挑発、恫喝と揺さぶり、1つの条約、合意に達すれば、1つずつ見返りの援助を要求する。過去の条約や協定の一方的な破棄などの歴史をみれば、したたかに計算した弱者の居直り外交が見えてくる。トランプのディール外交と似ているけどね」
(A)「非核化の検証をどうするかは難しい問題です。「ストックホルム国際平和研究所」などのレポートによると、北朝鮮は10~20個の核爆弾を保有している。プルトニウム型とウラン型の核爆弾を合わせて年3個以上新たに製造する能力があるとみられる。中距離ミサイル「ノドン」や短距離ミサイル「スカド」などは計1千発以上を実配備している。これをどのように査察、チェック、廃棄していくか、膨大な時間と労力がかかる。」
(B)「確かに、非核化のプロセスの難しさは各国の軍事当局者も口をそろえる。プルト二ウムをつくる原子炉は施設が大きく、偵察衛星である程度の監視できる。北朝鮮には数千カ所ともいわれる地下施設があり、米国や国際原子力機関(IAEA)による自由な検証作業が認められても、北朝鮮の協力がなければ、核丘器やウラン濃縮施設の全体を把握するのは難しい状況です」(朝日4月22日付)。
(A)「米朝が開戦寸前のギリギリまで行ったのが、いまから15年前のことです。1993年6月、核不拡散条約(NPT)から脱退を通告した北朝鮮と米国の間で戦争勃発の危機が訪れた。
クリントン大統領が寧辺核施設の空爆命令を出そうとした寸前、北朝鮮に入ったカーター元大統領からホワイトハウスに電話が入り、金日成が核開発の凍結を約束したと告げられ空爆をストップした。この時、北朝鮮担当のロバート・ガルーチ元米国務次官補は、今回の北朝鮮の非核化について「私は北朝鮮側を信じたことは1度もありません。机の下に隠れるほど小さい核兵器をどうやって検証できますか?
(核の廃棄)は短時間でできるものではありません。」と述べている」(同上)
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米朝首脳会談へ向けての水面下の駆け引き
(C)「4月からポンペイ国務長官(前CIA長官)が秘密裏に北朝鮮と協議してきた。米国は完全かつ検証可能で不可逆的な非核化を要求しており、全ての大量破壊兵器、弾道ミサイルの計画を放棄するまでは経済制裁は解除しないと方針で、日本も全面的に支持してきた」
(B)「ボルトン大統領補佐官によれば、アメリカは「リビア方式」で、まず大量破壊兵器の完全放棄を先行させ、その確認後に制裁緩和や見返り措置を講じる、といいます。
「リビア方式」とはかつてのカダフィー独裁のリビアと米国が決めた方式で、米国が経済制裁解除と体制保証を約束した上でカダフィ政権が全ての核関連施設で、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、核兵器開発に関する機材や文書を米国に引き渡し核放棄を実現させた。その完全実行を確認した上で米国は制裁を解除し、約半年後に国交を回復したのです。ボルトン氏はこの担当国務次官で、この成功したリビア方式の実施を求めているのです」
(A)「金正恩委員長は米国が求める核の全面廃棄に応じ、核兵器の査察、ICBMの廃棄も行う意向を示している」(朝日5月2日付)
ただし、実際に核廃棄に向けたプロセス、期間や未了するまでには、多くのハードルが立ちはだかる。北朝鮮の核開発には隠された情報が多く、北朝鮮の申告が正しいかどうかの検証にも大きな困難が伴う。
朝日(5月10日付)では 米側は、➀北朝鮮の6回にわたる核実験や、寧辺核関連施設に関するデータの廃棄を行う②核開発に携わった最大で数千人の技術者の海外移住を要求している。さらに米側は金委員長とその体制の維持と引き換えに「2020年末までに、永久的かつ検証可能で、不可逆的な核兵器と大量破壊兵器の完全放棄」を強く迫り、もしそれを拒否すれば、「海上封鎖を行い、容赦なく全面攻撃に入る』と北朝鮮に最後通告しているともいう。」
(C)『そのためか、金正恩氏は5月7日,大連にはじめて飛行機で飛び、後ろ盾の習近平主席と2度目の会談をおこない、米朝会談の戦術を協議した。中国メディアの報道では、北朝鮮は非核化に段階的に応じる上での見返りとして、相応する融和措置を取るよう改めて求める方針を示し、習氏は「核問題から経済建設に戦略の重心を移し、発展の道を進むことを支持する」とも述べている。結局、金氏の肚の中はトランプ氏の任期(2020年末)をにらみ、それまでの引き延ばし作戦で、段階的に非核化を進める度に見返りの受け取りを求めてくる戦術ですね」。
(B)「金氏のオレオレ詐欺的な外交に中間選挙に向けて支持率向上にやっきのトランプ氏がうまく引っかかるのではないか心配ですね。6月12日の首脳会談の発表にもトランプの焦りと早とちりが見える。米国側にはボルトン氏以外に北朝鮮との交渉の専門家がいない。知識が乏しいのに、周囲からの説明やアドバイスを聞かない。ほかの大統領にできなかったことをやったという自己顕示欲、名誉欲の固まりのトランプに、この難しい外交を成功させるのは不可能だ、と声が米国でも強いといわれています」。
つづく
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