日本リーダーパワー史(339) 水野広徳『日本海海戦』の勝因論②—東郷平八郎長官と秋山真之参謀、国難突破の名コンビ
2015/01/01
日本リーダーパワー史(339)
● 政治家、企業家、リーダー必読の歴史的
リーダーシップの研究『当事者が語る日露戦争編』
●「此の一戦」の海軍大佐・水野広徳の『日本海海戦』
の勝因論②—東郷平八郎長官と秋山真之参謀
★『秋山の存在は、日露戦争といふ大国難に際し、天が日本を救う
ために東郷という名長官の下に秋山という名参謀をこの国に
ために東郷という名長官の下に秋山という名参謀をこの国に
与えたのではないかとさえ思われる(水野広徳)
前坂 俊之(ジャーナリスト)
<以下は水野広徳「主将と幕僚」中央公論(1937年12月号)>
日本海海戦の勝因はどこにあったのか
戦場における武人に必要なる資質は、これを概括すれば豪胆と機敏とである。豪胆とは泰山前に崩れ江河後に決するも泰然自若として動かざること山の如きを言い、機敏とは刻々時々展開する千変万化の形勢に対して臨機応変、策動の速きこと風の如きを言うのである。
この両者は一は重厚であり、一は軽快であり、同一人としては殆んど両立し難きものである。もしよくこれを兼備する者があれば、その人こそは古今を通ずる大英雄たる資質を有するものである。欧州にあってはナポレオン、日本に在っては秀吉の如き存在に近きものかも知れない。
人間が人間である限り神の如く全智全能ではあり得ない。人各長所もあれば短所もある。碁に強き者必ずしも将棋に強からず、書を好くする者必ずしも書をよくしないと同様に、軍人といえども名将軍、必ずしも名参謀であり、名参謀また必ずしも名将軍では有り得ない。
将軍に必要なるものは胆力であり、参謀に必要なるものは智力である。それは往々天稟に属するもので、学んで達し得ないものがある。ヌーボー式の大山巌や東郷平八郎を幕僚に持った将軍は定めし気骨の折れることであり、凡帳面で細かい寺内正毅や山本権兵衛やを長官に持った参謀はきっと神経衰弱になるであらう。
武田信玄と上杉謙信とはわが戦国時代に於ける二大名将である。若しこの二人が時を異にして生れたなら、恐らく二人とも天下を握ったであらう。信玄の前の徳川家康や、謙信の前の織田信長の如きは全く子供扱いであった。 武将としての信玄と謙信との優劣を論ずることは困難である。だがその性格の異なった如く、その戦争振りも異なっていた。信玄の豪胆なる性格はいつも堂々の正陣を張って少しも危な気が無いのに対し、謙信の機敏なる性格はどうもすると才気に逸って寄兵を弄する風があった。
川中島一騎打の如きは両者の性格を如実に現はせるもので、謙信の奇襲は壮烈痛快であるけれども、信玄の沈毅勇胆も亦敬歎に値する。 要するに信玄は将軍型であり、謙信は幕僚型であると言える。
東郷平八郎長官と秋山真之参謀
元帥海軍大将東郷平八郎と言えば名将を通り越して今では聖将とさえ呼ばれておる。東郷神社に祭って、まだ満足が出来ず、今度は東郷寺の建立を企てている東郷ファンもあるとのことである。日本海海戦では敵前回頭の大猛断を決行した東郷さんも、神に就かんか、仏にせんか、恐らく去就に惑はれることであらう。
大賢は愚に似たりと言うが、「実際東郷さんは偉かったのか」とはよく受ける質問である。それほど東郷という人は世間的特徴のない人であった。
だから若し日露戦争が起らなかったなら、舞鶴鎮守府司令長官を最後の御奉公として、無名の一海軍中将を以て終られたかも知れない。しかし、日露の風雲漸く急を告ぐるに至ると、誰言ふとなく「東郷の出るまでは戦争は起らない」という噂があつたのを見ると、何か偉いところが有ったのであらう。
日露戦争の旅順封鎖中、こちらは連日連夜の哨戒勤務に疲れて死の苦しみをなしている時などには、長官室の安楽椅子に腰を沈めて幕僚からの報告を黙って聞くだけの長官などは、床の置物同様で有っても無くても同じ事で、高い月給を出すのがもったいないないぐらいに思っていた。
ところが開戦以来連戦連勝で極めて順当に行動して来た我が連合艦隊も、明治三十七年の五月半頃、わずかに三日の間に初瀬、八島の二大戦艦を始め、吉野、宮古、龍田、大島などの大小数隻の軍艦が機雷と濃霧との為めに沈没して了つたことがある。
執拗な濃霧は三日にわたって晴れず、無電のない僕等の隊には何の情報も命令も来ないので、戦争の模様は少しも判らない。暗夜の大海の真ん中に唯一人漂う様な心地で、士気は全く沮喪せんとした。
この時念頭に浮ぶものは今まで全く無関心であった司令長官はどうして居るだらうかと云うことであった。それは職場において上官を信頼する潜在意識が顕現したのである。
それは必ずしも東郷平八郎の個人的勇気が自分よりも優っておると思った訳ではなく、連合艦隊司令長官という統帥力が、この局面を拾収善処して呉れるであらうと信頼したのである。かかる時、長官の処置が一歩を誤れば恐らく全軍総崩れとなったであらう。
幸に局面は無事に拾収された。それは幕僚の手腕にもよるであらうが、泰然として不動自若の長官の態度によったものと思はれる。長官という職責に伴う無形の人格力の偉大なると共に、長官に対する認識を是正せざるを得なかった。
幸に局面は無事に拾収された。それは幕僚の手腕にもよるであらうが、泰然として不動自若の長官の態度によったものと思はれる。長官という職責に伴う無形の人格力の偉大なると共に、長官に対する認識を是正せざるを得なかった。
長官は床の置物ではなく、少くも無くてはならぬ漬物の重しであることを知った。長官の値打は才能よりも、手腕よりも、豪胆不動の性格的偉大さである。
指揮官は自己の信任せる幕僚を人選するの自由を与えられねばならぬ。日露戦争中、東郷長官の幕僚の主なるものは、旅順戦役に在っては参謀長海軍大佐・島村速雄、先任参謀海軍中佐・有馬長橘、後任参謀・海軍少佐秋山真之であったが、第二回閉塞後有馬中佐の病気解任後は秋山少佐が其の後を襲ひて先任参謀となった。この先任参謀というのが専ら作戦計画の衝に当るもので幕僚の中心点である。
秋山が先任参謀となって以来、平和克復に至るまで、わが連合艦隊の作戦はほとんど全部は秋山の胸中において企画されたもので、長官はもとより、参謀長すらも殆んど無修正でこれを採用したのであった。
だから日露の海戦は事実において秋山によって計画され、東郷の名において実施されたのであることは、島村参謀長の言によって保証せられて居る。裏面における秋山の勲功は参謀長よりも、長官よりも、偉大であったというも必ずしも過言ではない。
日々時々、推移変化する戦局の下に立って、臨機応変、日夜作戦を練るかたわら、寸暇を拾ってあの名文の戦報を書いたのであるから、その湧くが如き智謀と絶倫なる精力とは実に神業に近きものがあった。
日露戦争後、戦史の編纂に従事した僕は秋山の業績の大なるを見て、斯くの如き人こそ真に軍神に値するものである信ずる。彼は又戦後海軍大学校の教官となり、初めて日本海軍に於ける組織ある兵学の基礎と体制とを建立構成したる功績は、これまた決して余人の追従を許さざるところで、彼こそは現代日本海軍兵学の鼻祖である。
秋山の存在は、日露戦争といふ大国難に際し、天が日本を救うために東郷と
いう名長官の下に秋山といふ名参謀をこの国に与へたのではないかとさえ思われる。
いう名長官の下に秋山といふ名参謀をこの国に与へたのではないかとさえ思われる。
次の戦争の場合、誰が第二の秋山たり得るかは、誰が第二の東郷たるかよりもなお一層重大なる意義を有する問題である。
東郷さんと秋山とを廻って次の様な小話がある。 秋山の同郷の後輩に松田某という海軍筆記の在郷軍人があった。彼は同郷の偉人として秋山を非常に崇拝していたが、秋山の没後その伝記を書き、東郷さんの題字を請うため原稿を携へて上京、副官を通じて其の旨を願い出た。たまたま元帥が病気とかで副官はこれを拒絶して了つた。
松田の落胆としょげ方は側の見る目も気の毒な程であった。
然るに時あたかも「水兵の母」とかいふ海軍映画を作るため、東郷元帥自身が三笠の甲板に立つということが、嘘か、誠か、新聞に載せられた。元来が馬鹿元直でいっこく者の松田はこれを見、折角の稿を抱いて郷に帰へると、月刊小新聞を発刊し、数回にわたって○○反対文を掲げたものである。秋山もあまりに熱心なるファンを得て地下に苦笑したことであらう。
つづく
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