明治裏面史ー明治の国家参謀・黒幕の杉山茂丸の正体は・』杉山ぐらい調法がられる人才は未だかつてない』
『伊藤博文・山県有朋・児玉源太郎らを自由に操った明治の
国家参謀・黒幕の杉山茂丸の正体は・・』
朝比奈知泉『東京日日新聞』主筆は『凡ゆる人物を権力に
紹介したが、杉山ぐらい調法がられる人才は未だかつてない』
〔1913年(大正2)5月31日 大阪時事新報〕
『浪人列伝① 杉山茂丸』
英雄豪傑あに茫漠の間に生ぜんや其日庵杉山茂丸は血に渇する福陵(福岡県)の産児であったが夙慧卓洛の彼は朋党の後塵を拝するに忍びずして、玄洋杜の殺伐なる空気を厭い、独自ら名を成す所以の途を講じたのであった。
彼の家は代々黒田藩に仕へ中格の地位を保ち父は漢学者で彼もその胎内教育に拠り得た所が多かったけれど廃藩の大改革は彼が一家をして田園生活の余儀なきに立至らしめ天拝山上から玄海を俯瞰して大志を養い、時に野径を辿りて、都府楼の廃墟を訪ひ、太宰府に管公当年の恨に懐古の涙を流したのである。
寧馨児たる彼の幼時は実に寂寂を極め生存兢争の社会より放逐されたこの可憐の流人は十六七歳にして小学校の教員となり煩問しっつ薄倖なる運命と戦った、満腹の覇気を小なる胸に蔵めて天才が数奇と争闘せる歴史は彼自らをして描かせたい、
極言すれば彼は恵まれざる子として生れたのであらう、殊に獅子に翼を添へたる如く逸る功名心は毅然として彼の胸にはり筑前の土地を後にして天涯の客たる可く無断で出奔した。
玄洋社と絶縁す
北冥に遊んで初めて大海の広きを覚る天下の舞台に国権党の首領・佐々友房と交はり其紹介で同郷の先輩頭山滴と会見し、食に親分乾児の貴縁を結んだ、
頭山は過に天下の大器である才気燥発鋭鋒当る可からざる青年を統御して才幹の延びるがままに放任したが深謀遠慮群を抜く彼は轟々たる群盲に伍して時勢の魔酒に酔ふものではない、
兎と亀とは其歩調が一致せざる如く、意気のみを貴ぶ玄洋の健児と智において月とスッポンの差異があるそこで勢い水火相容れ由から彼は衷心甚だ面白くない、恰も石田三成が豊太閤に愛されながら他の諸将に嫌はれたるやうに郷党の奴等は自分等の闇愚を柵に揚げ、師頭山を誤らしむるは杉山であるとまで、讒謗中傷した。
頭山が炭砿経営の際には随分骨を折って見たが周囲の空気が彼を好まぬから、男子出世の門口唯玄洋社のみではあるまいと決心して頭山と絶録した。
借金除けに大砲
功名の念は常に彼の野心に進め進めと号令し、男子いやしくも青雲の志あらは天下の事深く憂ふるに足らんや、
昔は祇園精舎の鐘の声諸行無常を告げたかなれど、今は東叡山の鐘すら進めと撞き出す時代であると自省自奮して「お去らば」を極め込んだ。
尤も二十五年の選挙干渉で彼は頭山の参謀長として楠廷尉もどきの智襄を搾ったが彼の初陣は美事失敗に帰し同輩からは嗤われるし、自分も面白くないから政治を断念してその才気に任せ広東方面に飛出して日清貿易を試みた。
然れども彼は先天的創業の人であって守成の人でないから行る事、為す事失敗に帰し門司の支店迄も閉鎖する破目に陥り、又もや東京に現れて、捲土重来の謀を回らした。
元来が資本を有して商業に従事した訳ではなかったから失敗後の債鬼は敗余の彼を包囲し、身の皮までも引剥かんと力味かけた。
故に於てか、彼は度々一つ頭を下げるも気が利かねから一策を案出し、大砲の絵を描いて債権者に示しまだ命中せぬと澄し込んだのが、却て大当りに中り債鬼変じて福の神となる喜劇も演ぜられ相変らず大風呂敷を拡げて居た。
彼の渾身成天才
金力は総ての物の標準である、地位も名誉も情慾も悉く金に拠って支配される世の中だから、彼は金をたずさえて大いに政界に雄飛する魂胆であったが、
連戦連敗、遂に心機一転して廟堂に肉薄し、智を以て諸公を操縦するに如かずと、臍を固め、朝比奈知泉・小美田陵義の紹介で伊藤・児玉・桂に取入り、大に天才を発揮し、
始めて官僚党の走狗たる洗礼を受けた世人は彼を大風呂敷と蔑しむかなれど、彼の法螺は彼が世を愚弄する抱負の一端に過ぎぬ、畢竟天才の描く空想は凡人に取りては大風呂敷としか思はれぬけれど、其実、彼は理想の一端を漏すに外ならぬのだ。
朝比奈知泉が後年、他に語る所を聞けば、『凡ゆる人物を権門に紹介したが、杉山ぐらい調法がられる人才は未だかつてない』と如何に彼が天才の人たるかが解る。
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