日本リーダーパワー史(611)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』⑥『1888年(明治21)、優勝劣敗の世界を視察した末広鉄腸の『インテリジェンス』②<西洋への開化主義、『鹿鳴館」の猿まね外交で、同文同種の中国 を排斥し、日中外交に障害を及ぼすのは外交戦略の失敗である>
日本リーダーパワー史(611)
日本国難史にみる『戦略思考の欠落』⑥
『1888年(明治21)、優勝劣敗の世界に立って、
外交をどう展開すべきか』末広鉄腸の『インテリジェンス』②
<西洋への開化主義、『鹿鳴館」の猿まね外交で、同文同種の中国
を排斥し、日中外交に障害を及ぼすのは外交戦略の失敗である>
ロシアの「シベリア鉄道の建設」について
諸君はロシアが盛んに工事を起し、「シべリヤ」地方を通過し、黒竜江に出る鉄道の架設中であることを御聞き及びでありましよう。この鉄道の出来る時には我が邦とヨーロッパとの通路が便利になりますから商業上の大いに発達することは勿論でありますが、これと同時にロシアがわが国を始め支那(中国)に対して一大勢力を振うようになることを覚悟せねばなりませぬ。
諸君は中央アメリカ「パナマ」掘割りの一件をご承知でありましよう。この事業は随分困難である上に、発起人が資本金を浪費した風聞もあり、丁度私のパリにおりますときフランスの国会で補助費の議案を否決しました。この節聞けば同会社が一時解散になった電報があったそうです。きりながらこの事業は大いに後乗に望みがある上に今日までに十三億九千九百万「フラン」という大金を費やし、掘割りも過半出来ておることであるから一時「レセップス」氏が失敗した所が後来必らずこれに次いでその事業を大成するものがありましょう。
もしいよいよ瀕割りが出来あがった時には大西洋と太平洋の交通が自在になりますから東洋の貿易には非常の影響を及ぼさねばなりません。近来英仏独の諸国がわれがちに南洋諸島を占取するのは何故でありますか。即ち百年後東洋の有様が一変するに相違ないと見込みを立てたからのことであります。
只今では各国とも仕方がないから無人島と同様な場勉をうかがって分取りをしますが、我が国で用心をしておらぬと気候が良くて人口の繁殖する土地を頂戴したいと言い出す無法ものがないとも言われません。
イギリス、ロシアが戦争になった場合、英国は『横浜港』を基地化する
又,イギリスとロシアの二国は終始利益が反対しますから早晩、戦争の破裂するであろうということは欧州の常識であります。そこでその戦争の巷はどこででありましょう。
英国のある政事家の著書などには英国がロシアと戦うべき場所はアジアの東方である「ウラジオストック」港を奪取り、ロシアを日本海の海岸より追い退け、朝鮮、支那(中国)に向うて手を出だすことの出来ぬようにするのが上策だと論じてありました。
英国人にこの通りの考えがあればロシアにこれを反対して勢力を日本海にのばす政略を取るに相違ありません。二国の軍艦が大洋の真中で打合うことは御勝手次第にて、我々は少しもこれに関係せずとも宜いようなものの、サア日本海で戦争が初まるという段になって我が邦は少しもその影響を受けぬことが出来ましょうか。
私は一歩を進め最も驚くべき事実を諸君に報告いたさねばなりません。昨年「ロソドン」で一つの秘密文書を見ました。それは海軍省の昨年度の報告書であります。その内に地球の図がありまして、地中海よりアフリカの西南海岸を初め「カナダ」「オーストラリア」に至るまで海軍の「ステーション」(基地)となすべき場処へは朱点がつけてありますから私は所持の地図に写し取って置きましたが、奇怪千万なことには我が邦の横浜にもその朱点があります。
英国の海軍省にて支那はぼんやりとした国であるから必要な時になればどこのの海港でも英国のものにすることが出来るが、日本は小理屈をいう国であるから随分ウルサイに遵いないが、ロシアと戦争を開く段になればどうしても横浜を借用せわはならぬと評議をしたそうであります。
堂々たる独立国の海港をもって己れの海軍の「ステーション」(基地)にせんなどとはいかにも失敬千万のことであります。きりながら退いて世界の大勢を視ますれは、これらほ誠に当り前の事で必ずしも怪しむに足りません。
現に私が「ロンドン」である日本人と東洋の形勢論を初めましたときにその人は明治の初年征韓論の起ったときに西郷などの説に従い、朝鮮をなぎ倒して日本のものにしておいたら善かったに残念なことじゃといいました。
それから話が暫く外に移り、遂に英国の海軍省の地図の事になりますとその人は顔色を変え、英国人の東洋に対する政略の乱暴なることを罵詈しましたから、私は君の論は分らん、たった今朝鮮を取っておかなんだが残念といってその舌の根が乾かね内に英国の利己政略を非難するは自分勝手にも程があるというた事です、諸君、今日は道理の勢力ある世の中ではございません。
各国互いに攻略を務めいわゆる弱肉強食の行われる世界でありますから、もし我が国に自ら衛るカがない時には英国が横浜拝借と出かけねばロシアは対州を頂戴する相談をするし、英ロ二国が引込んでおればドイツやフランスが無理難題をいいはるに相違ございません。
それゆえ今日の世界に立って一国の独立を維持せんと思えば、早く自ら注意して富強に進む道を講ずる外はありません。富強に進める道と言えば教育なり工芸なり貿易なり、わが国のために必要なることは沢山ありますが、私の今日、講ずるのは専ら政事上の疑問でありますからこれより政事を内政外交の二つに分け、その節目を挙げて子細に意見を陳述することと致しましょう。
第三に自衛の軍備を整えねばなりません。
近来,わが国の論者の内にも今日は世界中平和主義が勢力を得ておるから、わが国などで兵備を拡張することは不必要であるなどと言うものがありますが、これらは欧州現時の大勢を知らぬ腐
儒の諭といわねばなりません。今日の世界にあって自国を衛る軍備がなく、それで済しておるのは丁度盗賊の横行する時節にあたって戸締まりもせず、財宝を抱いて夜中に安眠するようなものであります。
もとより私はわが国の外国の事件に干渉し、又は植民政略を務めそれがために国財を浪費することは決して賛成せぬ所でありますが、わが国の独立を維持するだけの軍備は是非ともこれを整えなければなりません。それでは陸軍は何程あったら善いかといいまするに、これは実際について精細に調査せねばならぬ上に我が国の地理形勢では果して兵役を国民の義務として数万の常備兵を置くが適当であるか、
将た志願兵又は義勇兵の制度を用うるが便利であるかということもよほど大切な問題でありますから、しばらく詳細の議論は他日に譲ることといたし、これより少しばかり海軍について意見を述べようと思います。
さてわが国も太平洋中に立って独立を維持しょうと思えば少くとも英仏の東洋艦隊に当る軍艦がなければなりません。そこでこの二国の東洋艦隊は何程あるかと問いますれば、フランスが十五隻で英国が二十五隻であります。
私は英国におりますときに或る海軍の事に精しい人に聞きましたが、英仏二国ともよほど東洋を馬鹿にしておると見え、二国の東洋艦隊は大方十分に戦時の用をなさぬ古船だそうであります。
私も帰航中「サイゴン」と「ホンコン」で二国の軍艦の碇泊しておるのを見ましたが、海軍の事には少しも熟練のない私すらもその船体のいかにも奇怪なのが多いのに驚きました。わが国の軍艦にも随分お粗末千万なのが有るそうですが、先ず新古を取雑えて三十余隻あります上、この度、政府から英仏二国へご注文になって製造中であります松島と厳島はヨーロッパにても比類なき程の軍艦でありますからこの軍艦が成就したら英仏東洋の艦隊も組織を一変せねばならぬようになるであろうと言うことですから、今日なれば我が邦の海軍は英仏二国の東洋艦隊と戦争をすることが出来るかも知れませんが、ここに一ツの困難なることがあります。
我が国は残念ながらも貧乏の二字を免がれることが出来ませんから、わずかに二隻か三隻の甲鉄艦を買い入るにも大騒ぎをせねばならぬ程でありますが、英仏二国は財力の度がわが国に幾十倍しておりますからサア必要といぅ場合になると東洋に備える軍艦の五隻や六隻を増加することは世話も苦もないことであります。
そこでわが国力が足らんというて全く海軍を放棄しておくことは出来ませんから実に困難至極の事情であります。然れば如何いたして宜い訳でありますか。財力の不充分なるわが国などはとても百事、欧州諸大国の真似をすることは出来ませんから、一方に軍備の必要があれば一方には不急の事業、否な当路者の急務と思うものにてもその万々已むを得ざるものの外はなるべくこれを廃止し、一国の力を挙げて軍備を整頓せわはなりますまい。
第一に支那(中国)の事情を知り、支那と交際を厚うせねばなりません。
諸君、私は以上内政について必要なる件々を述べましたが、是より進んで外交に関する必要の箇条を述べましょう・
第一に支那(中国)の事情を知り、支那と交際を厚うせねばなりません。わが国と支那とは漢語でいう一葦水を隔てて相対する隣国でありまして、両国政事上の関係はこの後いよいよ繁多になって優るに違いございません、
上に欧州諸大国の支那に対して施す外交政略は直接か間接に影響をわが国に及ぼしますから、支那政府の内情よりその外国と交際する有様などは我が国の政事家において常にこれに注意せねばなりますまい。又商業の点から観察しますにその三億万の人民を有する支那帝国は我が国の最も大切な得意先きといわねばなりません。
私も洋行中その道に長ずる人に聞合せて見ましたが、数十年の後はイザ知らず、まず今日の有様では日本人が少しばかりの資本を携え、はるばる万里の波涛をたずさえ欧州諸国へ出かけ、資本に富み経験熟練ある西洋人と競争することは随分一大困難のように思われます。それゆえまず日下において我が国人の進んで貿場合は東は米国、西は支那でありましよう。
わが国の商業は支那との取引が過半を占めるようになる。
ナアニ支那(中国)の商売は知れたものじゃという論もありますが、近年来両国間の貿易は漸次に増加する勢がありまして昨年の調査によりますればわが国の外国貿易輸出は5194万7402円、輸入4430万4252円の内にて支那貿易は輸出1051万33円、輸入798万5871円であります。もしこの上、一層盛大になればわが国の商業は支那との取引が過半を占めるようになりましょう。
現今、欧州諸国では東洋の貿易に注目し、第一に支那をもって一大競争の場所と見倣す模様があり、又、政事家の東洋政略に志あるものは皆支那の形勢事情を知ることを専一といたしますから、英国などにて社会に勢力ある新聞紙などはいつも支那に関する報告が出ておりますが、その土地の相隣り利害の密着する我が国にては支郡の事情を度外に放棄し、少しもそれに注目することがございません。
又ロシア及びドイツなどでは現に東洋語学校を起し、アジアの言語に通ずる生徒を養成して政事上商業上の勢力を東洋に展はす手段となすように見えますが、わが邦にては官立の学校を初めその他の学校にても更に支那語(中国語)を教授することのないのは不注意千万であるといわねばなりません。
次ぎに今日アジアの大勢を視ますと、いずれの国々も概ね欧州諸国のために蹂躙せられ、黄色人種にて独立を維持しておるものはわが国と支那との2国のみと言うても宜いようであります。
この二国が交際を厚うして互いに相親睦しましても、時ありては欧州諸大国のために机上の肉と見倣される患あります。もし互いに感情が背違い衝突を引起すことがありますときには、いわゆる漁夫の利で欧州各国に利を収められるようになるに相違ございません。
わが国の中国に対する外交戦略の手段の誤り
近年来二国の間柄を視ますに、何となく互いに隔離して親睦を結ぶことが出来ぬような形跡が見えますが、これは支那より先きだってわが国を疎外するのでありますか、わが国から支那の歓心を失うように仕向けたのでありますか。公平な眼をもって観察すれば、わが国の支那に対する外交政略の手段を誤まった結果であるといわねばなりません。
その一例を挙げますと、昨年私の洋行前にありましたが、ある会で支那と交際を厚うせねばならぬ話が出ましたときに、その座にある人が先日支那公使館で聞いたことがあるが、日本政府の支那の公使に対する礼遇は欧米諸国の公使と同一でたいから自然に同公使も感情を悪くしておられる様子じゃ、
例えば大臣の宅などで夜会のある時に小国の代理公使までも案内を受けるに支那公使へは招待状が来ぬことがあるそうじゃが、これが事実なれば両国の交際上に差響きを起すことであるからと当局者の注意を願いたいものだと言いましたら、当時、随分政府内で受けの善い某君側からそれは仕方がない、
夜会の席上へ妙な風俗をした支那人(中国人)が出かけると西洋の紳士貴女が不愉快の感情を引起すからメツタに招待状を出されぬのであるといわれましたが、実はわが国の人々にこの生意気な考えがあるから支那の交際上に重大な妨害を与えるのであります。
諸君もよく考えて御覧なさい。今日西洋人は己れをもって世界第1等の人種と思い、色が違い教法が違う東洋人はいずれも劣等の人種であるとて軽蔑心を抱いておりますから、なんぼわが国が急に西洋の真似をしたところが容易に白皙人種と一ツに見傲してくれる気遣いはございません。
もとより日本人は支那人と遠い、ヨーロッパの風俗に服従する風があるから一人一人の交際上では我々を支那人の上に置くかも知れませんが、1国の関係になれば西洋人の支那を視ることはかえって我が国の上にあるようでございます。
髪が黒うて色の黄色い人間が西洋服を着て飛び回った位で本当に白人の仲間に入ることが出来ると思うは大層な考え違いでありますから、果して支那の先生が席上におるので、西洋の紳士貴女達が感情を悪くしますれば、やはり日本人の集会に呼出されて一所に踊るのも不愉快と思わねばなりません。
西洋の開化を輸入したとて自負心を引起し、己れと同色同種の支那を排斥し、
二国の交際上に障害を及ぼすのは決して戦略上の適当とは思いません。
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