渡辺武達(同志社大学社会学部教授)の震災レポート②『風評「加害」の社会構造』
3月24日、佐藤雄平福島県知事(63)は地震、津波、原発の「三重苦」に加え、県民は風評被害を受けているとして、菅直人首相に県産の農水産物や加工食品、工業製品への根拠なき被害拡大の防止を文書で要望した。総務省も4月6日、「東日本大震災に係るインターネット上の流言飛語への適切な対応に関する電気通信事業者関係団体に対する要請」をおこない、首相の諮問機関である復興構想会議でも話題とされた。
「うわさ」はつきもの
国の安全基準をクリアした葉物野菜や魚介物も、仲買価格が震災以前の半値近くになり、アジアや中東諸国でも日本産品輸入規制の動きが出始めている(25日現在)。東京の市場で売れないものが関西に回り、京都のレストランでもお客が魚の産地を話題にする。だが、誰しも「不安感」なく食べたいのは当然のことだ。2年前の中国製毒入りギョーザ事件のとき、日本人は基準をクリアした他の中国製食品まで敬遠した。ましてや、安全であるはずの原発がそうではなかったのだから、いくら「安心」といっても信じがたいのが消費者心理だ。
余震が今も続き、原発事故の収束と後処理には10年以上かかる。被害者の心理的トラウマは一生消えない。風評は時と場所を選ばないから、情報伝播のコントロールは簡単ではない。語法上、風評は「流言飛語」(流言蜚語)と同義で、そこに悪意がないかぎり、「無責任なうわさ、デマ」(広辞苑第六版)だと断罪しても意味がない。理論的にいっても、情報の①取材②編集③送出④理解という過程には個人の心的態度や能力差、雑音などが入るから、「うわさ」的要素のない情報伝達などあり得ない。
悪用に対抗できる対策を
また、広告関係者には常識だが、現代の宣伝術では素人のクチコミ的話題、ときにはライバル製品を蹴落とす「風評作り」が効果的だとされる。原発安全論は政府と電気業界とメディアが人びとの安全・安心願望を利用して作られた。選挙マニフェストの「安全・安心社会の建設」もその同心円上にあり、その構造は外国でも同じ。放射性汚染水が突然海に放出されれば、近隣諸国民が不安がるのも無理はない。
先のネット接続業者を対象にした総務省要請にしても、やらないよりはましという程度だ。「人の口に戸は立てられない」といった表現は世界中にある。ネットではそうした状態がグローバルに展開している。だが、嘘やユーモアが日常の警句以上に流通しては社会的な損失だ。
そのためには、まず、経済的詐欺行為等の防止策として、断固として対応できる体制作りが必要だ。たとえば、証券取引法違反罪(偽計・風説の流布、有価証券取引報告書の虚偽記載等)等が罰則付きで法律化されている。
国民が信頼する政治が必要
次に、根元部分まで踏み込んで物事を整理しなおす時機が到来したということである。今度の風評被害の元は原発事故である。当局への不信の背景には、東電による安全データ捏造を現場の東電職員が経産省の原子力安全・保安院に告発したとき、保安院が東電の摘発ではなく、その職員名を東電に告げ、当該職員が人事で報復されたといった事実などがあるからだ(2002年)。
そうした過去がある保安院などの関係者たちが「直ちに身体に影響はない」という。ネットではそれは「タバコを飲んでも直ちに影響は出ない」という類のごまかしだと揶揄しているが、誰がそれを批判できるのか。
税金を強制的に徴収する政府には国民の幸せを守る義務がある。今回の場合、起因責任を明らかにしながら、不当な扱いを受ける福島県産農業/漁業産品への利益補填をするのは当然だろう。
しかし、長期的には、風評を抑え、安全産品の流通を保障することが重要だ。それには、人びとに信頼される情報提供体制を整え、人びとも不必要な買い占めに走らずにすむよう、日頃から信頼できる政治家と友人を選んでおくことだ。政治は市民の幸せを守るためにある。社会の二重構造を21世紀にふさわしい形に作り変えていかないと、国民全体で間違えて、国民全体で反省し、結局は国民が犠牲になる構造が何も変わらず繰り返される。
SANKEI EXPRESSコラム「メディアと社会」第92回を著者の了解のもとに転載させていただきました。
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