<書評>『戦争の断面を,あざやかに浮上』―井上ひさし編『社史に見る太平洋戦争』A5判480頁2500円、新潮社
1995年10月7日『図書新聞』に掲載
<書評>井上ひさし編『社史に見る太平洋戦争』A5判480頁2500円、新潮社
前坂 俊之
戦争の断面を,あざやかに浮上―銃後の企業・団体の社史アンソロジー
戦争に翻弄される銃後の苦闘と思わずふきだすドタバタ劇の悲喜劇
社史というと評判はあまりかんばしくない。大体、内容がつまらない。体裁も大きく、重い、かさばる、特に重たくて置き場所に困る。もらった社員も荷物になるので、古本屋へ持っていくが、古本屋もイヤがるものと相場が決まっていた。
ただし、一般的に不人気な社史の中で、一部だが、企業がしっかり金をかけているだけに、資料性の高い、正確な記述で高い評価を得ているものもあり、一部の研究者、専門家には目の離せないものもある。
本書はその点で、これまでの社史の盲点をうまくついたといえる。ごく一部の評価の高い社史の中から、十五年戦争下の記述についてのさわりの部分、資料的な価値の高いところを集めて、編んだアンソロジーである。
軍部、政府、行政などのいわば戦争を指導、遂行した主体のものや、戦附記は省いて、戦争に動員された銃後の企業、団体の社史三十四社、三十六編を選び、うまく並べている。
編者の井上ひさし氏は、戦後史のスタートを八月十五日からするのは死者たちの苦しみ、無念、死をおし隠し、戦争指導者の無能、無責任を免責にするものとして、開戦(昭和16年12月8日)を出発点とすべきだ、とあとがきで書き、本書の意図もそれに沿っている。
戦争の実態、それも銃後での日本の会社、団体、業界は、それぞれの持ち場でいかに対応して、巨大な戦争の犠牲となり、血のしたたる努力を傾けたか。
戦争にほんううされる銃後の苦闘と思わずふき出しそうになるドタバタのいわば歴史のディテールがアラベスクのように記録されている。現代史を知るためにも、社史のアンソロジーは有効な方法であることをこの書は教えてくれる。それだけではなく、
どこから頁を開いても歴史的な事実として、読みものとしてもおもしろい話が随所に登場してくる。
「後楽園の25年」(後楽園スタジオ刊)によると、昭和十八年から野球用語のカタカナが追放された。
「ストライク」は「よし一本」、「ファール」は「だめ」、「セーフ」は「よし」、「アウト」は「ひけ」などとなり、日本の武士道に反するので、試合の途中での選手の交替や九回裏も「撃ちてしやまん」の精神からたとえ、勝っていても全滅させるまでやるべきだという主張がされたが、さすがにこれは採用されなかった。
戦争末期には同球場は高射砲陣地として、東部軍に接収され、グラウンドはトウモロコシ、ジャガイモ、カボチャの畑地になり、機関銃、電波探知器もスタンドに備えられ要塞と化していた秘話も紹介されている。
そうかと思うと、「鉄道弘済会(キヨスク)三十年史」によると、戦時色が濃くなった昭和十二年ごろから「旅行はやめましょう」「享楽旅行」は「国民の敵」とのキャンペーンがはられた。ところが「帝国ホテル百年史」によると、ホテルの滞在客は食事目当て
で満員で断わるほどだった、という。
それはさておき、「食堂車はぜいたくだ」と軍部の横ヤリで廃止となったが、廃止してみると不便だというので、再び復活した、という。戦争中は列車の中で販売するものにもこと欠き、ホタテの貝殻を皿がわりに売ったり、モズクを売って欠乏をしのいだ。
昭和天皇の「玉音放送」の内幕、秘話もNHKの「放送五十年」から、広島原爆、八月十五日の紙面はどのように作られ、新聞社はどう対応していたのかは「毎日新聞百年史」きから、詳細に紹介されている。
敵性語が禁止され、きびしい言論統制がひかれた中で、戦争に勝つための欧米各国の事情を把握するために洋書や海外資料を集めるために密命を帯びた「丸紅」は社員をアジア、ヨーロッパに派遣して、図書館資料を接収し、洋書集めに奔走する。
新日鉄、鹿島、トヨタ自動車、JR、NTT、三妻銀行、野村征券、三菱商事、女子学習院、花王、資生堂、高島屋と日本を代表する企業、団体を通して、太平洋戦争の断面があざやかに浮かび上がってくる。戦中戦後の貴重な記録のアンソロジーである。
(静岡県立大学国際関係学部教授)
関連記事
-
-
『Z世代のための日中関係/復習講座』★『現代中国の発端となった辛亥革命(1911)で国父・孫文を全面的に支援した犬養毅、宮崎滔天、秋山定輔、梅屋庄吉』★『東京で中国革命同盟会が発足』
2010/06/25   …
-
-
FOX テレビの偏向報道?を英独立テレビ委員会(ITC)が調査
1 03,08 イラク戦争報道については、米FOX テレビが米政権支持を鮮明に打 …
-
-
日本のソフト・パワーは?―文化は国境を越えるー
1 国際コミュニケーション論 2005,11 前坂 俊之 ―<ビデオ『映画ビジネ …
-
-
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑧『英タイムズ』『英ノース・チャイナ・ヘラルド』報道ー『日露開戦7ヵ月前ー満州からの撤退期限を無視、軍事占領、増強を続けるロシア対、我慢の限界に近づく日本』●『ロシアは永住用の兵営や家屋の建設を続ける一方,日露戦争の可能性を笑い飛ばす。』●『日本のいらだちーロシアに対する日本国民の憤怒の情は拡大いる』●『戦争か平和か.今や全くのところロシア次第なのだ。』
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑧ 1903明治36)年 …
-
-
『 オンライン講座/自民党を作った吉田茂研究』<国難を突破した吉田茂の宰相力とは・『吉田茂は憲兵隊に逮捕されたが、戦争を防ぐために戦ったというのが本当の政治家。佐藤栄作とか池田勇人とかは政治上の主義主張で迫害を受けても投獄された政治家じゃない。』(羽仁五郎の評価)
2011/09/22 日本リーダーパワー史(1 …
-
-
★『Z世代のための日本政治史講座㉒』★『歴代”宰相の器”とな何か!』★『日本の近代化の基礎は誰が作ったのか』★『わしは総理の器ではないとナンバー2に徹した西郷従道』★『なんでもござれと歴代内閣に重宝されて内務大臣三回、海軍大臣七回、陸軍大臣(兼務)一回、農商務大臣などを歴任、縁の下の力持ちに徹し、有能人材を抜擢した』
2012/09/09 &nbs …
-
-
世界、日本の最先端技術『見える化』チャンネル ★5『中国溶接・切断ロボット業界の最新動向』- 『 溶接・切断の国際的な専門展示会として、アジア最大規模の 「北京エッセン溶接・切断フェア」(6/14―17)の最新レポート』●『安川電機を筆頭に、ファナック、川崎重工業、不二越、 自社製の溶接機と各種溶接ロボットを 組み合わせたソリューションを提供するダイヘン、 パナソニックの全6社が出展。
世界、日本の最先端技術『見える化』チャンネル ★5『中国溶接・切断ロボット業界 …
-
-
百歳学入門(105)本田宗一郎(74歳)が画家シャガール(97歳)に会ったいい話「物事に熱中できる人間こそ、最高の価値がある」
百歳学入門(105) スーパー老人、天才老人になる方法— 本田は74歳の時、フラ …
-
-
池田龍夫のマスコミ時評(117)「危うい日本」への貴重な講演録<オリバー・ストーンが語る日米史>(9/17)
池田龍夫のマスコミ時評(117) 「 …
-
-
日本の最先端技術『見える化」チャンネル/「2019NEW 環境展」(3/13)ー「リョ―シンのAI選別ロボット」は、従来「人」の手で行われていた廃棄物の選別工程をAI(人工知能)が自動化します
日本の最先端技術『見える化」チャンネル 「2019NEW 環境展」(3/13)ー …