片野勧の衝撃レポートー『太平洋戦争<戦災>と<3・11>震災』⑩中国引き揚げと福島原発(上)
片野勧の衝撃レポート
太平洋戦争<戦災>と<3・11>震災⑩
『なぜ、日本人は同じ過ちを繰り返すのか』
―中国引き揚げと福島原発(上)
片野 勧(フリージャーナリスト)
「国から2度、棄てられた」
原発事故からちょうど1年となる2012年3月11日。郡山市の開成山野球場で開かれた「原発いらない!3・11福島県民大会」――。
「私は国から2度、棄てられました」
9カ所の避難所を転々として、現在福島県本宮市の仮設住宅に暮らす橘柳子さん(73)は寒さの中、福島県民の一人としてこう語った。
1度目は戦争で。2度目は3・11「東日本大震災」による津波と原発事故で。橘さんはさらに続けた。
「国策に苦しみ、悲しむのは民衆です。…(中略)東北はもっと声を出すべきだと言われますが、すべてに打ちひしがれ、喪失感のみ心を覆っていて声も出ません。展望が見えないなかで夢や希望を追求するのは困難です。もう少しの間、寄り添って欲しい」
戦争も原発事故も国は「国民」を守ってくれない。政府は国民の健康や命を守る政策を第一に考えるのではなく、「国」という体制を維持することを第一に動く。最も立場の弱い障害者や老人などは虫けらのように殺されていくのは、戦争も原発事故も同じなのだろう。
橘さんは昭和14年(1939)11月24日、旧満州大連(現中国東北部遼寧省)で生まれた。1945年8月15日、ハルピン(現黒竜江省)で終戦を迎えた。旧ソ連軍が進出してきたのは、わずか数日後のこと。ソ連兵から逃れるため、各地を転々とした。
私は橘さんに聞いた。2012年8月21日、橘さんの友人宅で。
――お父さんのお仕事は?
「父は南満州鉄道(通称、満鉄)に勤務していました。農家の次男坊で、食えないから大連へ行ったのだと思います」
――お母さんは?
「内地で結婚しましたが、日本の地震が怖くて父に同行して大連へ行きました」
大正12年(1923)9月1日の関東大震災で、母の生まれ故郷の南相馬市小高も津波に襲われた。その恐怖感から地震の少ない中国へ渡ったのだと言う。
――終戦の8月15日は?
「私は7歳で小学校に入っていました。父は会社へ行ってソ連軍に捕らえられました。しかし、父はトイレに行くといって、逃げたそうです。監視が厳しい中、よく逃げたと思います。見つかれば、みんな銃殺されたと聞いています」
――引き揚げの記憶は?
「引き揚げたのは終戦の年の1945年も冬に入ろうとしていた、寒い日です。両親と叔母と私の4人でハルピンから徒歩で逃避しました。どこの港へ行ったか覚えていません。私は戦争のことを忘れようと思って戦後を生きてきましたから……。ただ、小さいリュックを背負って歩いたのは覚えています。そして漆黒の闇の中を走る幌のない貨物列車に乗せられたことも覚えています」
そんな中、集団から離れると、匪賊に拉致されると言われ、橘さんは空腹と疲労と恐怖に耐えながら必死で歩いた。満州に残されたのは弱い民衆だけ。寒さと暗闇の中を命からがら逃げてきたのである。
浪江町に帰ってきた橘さんは、大学卒業後、福島県の浪江町で中学校の英語教師になる。県教職員組合中央執行委員として活動後、現場復帰し、2000年に定年退職した。
放射線量の高い浪江町へ避難
――原発事故で浪江町は警戒区域に指定され、避難生活を余儀なくされました。
「国道114号線を車で避難しました。浪江町の津島というところです。終戦後、ハルピンから徒歩で逃げた時のことを思い出しました。ところが、後で知ったのですが、津島は最も放射能の線量が高いところでした。国からも東電からも連絡がないままに避難したのです」
原発で国から再び棄民にされた、この惨めさは言葉で言い尽くせないと彼女は言う。浪江町は福島第1原発のある双葉町・大熊町の北に位置する。沿岸部は大津波で崩壊。それに追いうちをかけて原発事故が町を襲った。
現在、福島県双葉郡6町2村のうち、4町に原発が計10基あり、東京電力の火力発電所のある広野町を除くと、発電施設のない町は浪江町だけ。なぜ、浪江町だけがないのか。
「それは一農民の戦いがあったからです。約10年間、闘い続けた結果、ついに原発建設を断念させたのです。私も署名活動に関わりました」
浪江町は原発建設に反対し、原発を建てさせなかった町。東電に逆らった町だ。今回、浪江町は原発事故で放射能にひどく汚染されていたのに、東電から事故の連絡は一切、なかったという。
事故の収束も見えず、被災地への賠償が十分でない一方、東電は福島にある原発10基のうち、4基を今後、稼働させたいという。しかし、こんなことが許されていいのだろうか。
戦争と原発事故――。どちらも人間の生活や文化、土地、財産、そして豊かな自然をすべて奪い尽くす。橘さんは戦争も原発事故も忘れたい。しかし、忘れようとしても忘れられないという。
原発事故で警戒区域に指定されている浪江町で2012年5月末、一時帰宅中の60代男性が首をつって自殺した。その2週間後にも旧警戒区域の南相馬市で避難所からひとり自宅に戻っていた50代男性が亡くなった。
原発さえなければ……
橘さんの母・大井トシノさんも昨年7月、92歳で亡くなった。認知症のトシノさんは震災当時、約130人の入院患者と院長が取り残された双葉病院(福島県大熊町)の系列の介護施設に入所していた。
避難は困難を極め、10時間以上に及ぶ移動で体力を消耗し、お年寄りが次々に死亡した。2011年3月中だけで入院患者と施設入所者を合わせて50人が亡くなったという(『東京新聞』2012/8・12付)。
これらのお年寄りたちは原発事故がなければ死なずに済んだ人たちだ。トシノさんもそのひとりだろう。
橘さんは言う。
「母は介護施設から会津若松の病院に避難していました。それまでしゃんと背筋を伸ばしていたのに、再会したときは別人のようにやせ細り、ベッドに寝たきりでした。母はどんなに辛かったか分かりません。原発さえなければ、もっと長生きできたはずです」
なのに、トシノさんの死は震災関連死とされていないという。
「お墓にも入れてあげたいのですが、それも叶わないのです。だって、警戒区域で墓場にも行けないのですから」
私は橘さんの話を聞いていて、この国の福祉は一体どうなっているのだろうか、と怒りを覚えた。
2012年7月16日。将来のエネルギー政策を決める政府の意見聴取会(名古屋市)で中部電力の社員がこう発言した。
「(福島原発事故で)放射能の直接的な影響で亡くなった人は一人もいない」
「原発さえなければ」と納屋に遺書を書いて自死した酪農家。一体、どこに原発事故で死んでいない人がいるのか。事故によって避難を強いられ、そのために亡くなった人も多くいるのに……。
原発関連死の9割が70歳以上
避難生活などで病状が悪化したり、自殺に追い込まれた震災関連死は復興庁の調査報告書によると、調査対象になった岩手、宮城、福島3県18市町村の死者1263人の約9割が70歳以上の高齢者だという。
死亡原因(複数回答)については、「避難所生活の肉体的・精神的疲労」が638人と半数を超えた。そのうち福島県内が433人を占め、東京電力福島第1原発事故が広範囲・長期間にわたり多数の住民を苦しめていることが判明したという(『毎日新聞』2012/7・21付)。
再び、橘さんの証言。
「ふるさとに帰れない、と泣く人も増えてきました。ささやかな幸せや何気ない日常を奪われた喪失感が心に穴を開けているのです。これが放射能汚染のせいでなければ何なのでしょうか」
戦争によって焦土と化した日本は戦後、奇跡の復興を遂げたという。本当にそうなのだろうか。高層ビルが立ち並び、地下鉄は分刻みで走っている。携帯もパソコンも車も新しいものが次々と生産されていく。物質的には豊かになった。しかし、それが「復興」なのか。
14年連続、年間自殺者3万人超。先進国の中でも群を抜いて高いという。「自殺」という理不尽な死を強いられて亡くなる。自殺は出口の見えない不況に洗われる現代の格差・高齢社会の縮図だ。この現実が奇跡の復興を遂げた社会の姿なのか。
「誰かを置き去りにしてでも効率最優先で進む社会は、自分や自分の大切な人が置き去りにされるリスクを孕んでいる社会である」(『世界』2012/8)とは自殺問題に取り組むNPO法人ライフリンク代表の清水康之氏の言。
(つづく)
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