大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を読み解く⑤ 死刑・冤罪・誤判事件ー30年変わらぬ刑事裁判の体質③
大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を読み解く⑤
裁判官・検事・弁護士・新聞記者の徹底座談会
死刑・冤罪・誤判事件ー30年変わらぬ刑事裁判の体質③
月刊『サーチ』1983年9月の再掲載
<出席者=樋口 和博(弁護士)安倍 治夫(弁護士)佐伯 仁(弁護士)前坂 俊之(毎日新聞記者)>
検察庁?正義感?そんなものは関係ない 一ただ法律に従って行動するだけ
本誌 佐伯先生、司法官の質がおちたって言われましたが、皆さん一流の大学を出られてそれなりの勉強をして、難しい司法試験をパスなさったエリートばかりでしょう? それは昔も今も変わらないと思いますが、その質の低下というのは、具体的に言うとどんな
ことでしょうか。
佐伯 一番大切な正義っていうものがね、われわれが常に求めて止まない正義に対する関心と、興味ね、正義に対する願望っていうのがずっと希薄になっているってことですよ。
本誌 先月号の太平洋テレビ事件の取材で聞いたんですが、頭にきた太平洋テレビの清水社長が検察庁にのりこんで「あんたたちには正義感ってものがないのか」 ってやったんですね。そしたら相手はケロリとして「正義感?そんなものは関係ありません。われわれはただ法律に従って行動しているだけです」 って・・シャアシャアと言ったというんです。正義のない法なんてヤクザの掟と同じだって怒鳴りつけたって言っておられましたけど。
安倍 脱税事件でしたね。無罪になったんだったかな。
本誌 ええ、一審二審とも無罪です。それで十九年もかかって会社は倒産寸前まで追いこまれたんだから責任を取れって言ったら「無罪になるたんびに検事がやめてたら検事になり手がない」 って河井信太郎さんが言ったというんです(笑)。
安倍 やはり私は昔の判事や検事のほうが、事実追求の力とか、それに対する関心とかがあったんじゃないかって気がするんですがね。
佐伯 法律の原点に正義感がちゃんとあったんです。やっぱり気魄ですよ。
安倍 気魄ですね。力がないためにどうにかしてやりたくてもできない人がいたかもしれないけどね。それでも一生懸命努力してた。今の裁判官はね、めんどうくさくなると目をふさぐのね。
佐伯 その点はぼくはアメリカへ行って、わずかな期間でみてきたけれども、アメリカの裁判官が全然ちがうのはその点ですよ。彼らは自分の正義感っていうか、自分の感覚でピシッと受けとめている。一人一人がとても個性的でね、そういうところが日本の裁判官って欠けてるんだ。本当にお役人根性っていうんですかね。
安倍 昔は私も研修所にいたけれども、先輩の教官のところへ遊びに行ったりすると、こんこんと人間とはこういうもんだっていう倫理を吹きこまれたもんですよ。ありがたいことですよね。
やはり先輩の中には後輩にそういう倫理感を植えつけようという人が多かったですね。今そういう話をする人がいないから教育も大変じゃないかなあ。エリートだからよけい大変なんですね。
やはり先輩の中には後輩にそういう倫理感を植えつけようという人が多かったですね。今そういう話をする人がいないから教育も大変じゃないかなあ。エリートだからよけい大変なんですね。
樋口 エリートを養成しようとするからダメなんですよ。
前坂 安倍先生は、二十年前に『新検察官論』を書かれて、内部から批判されて弁護士になられたんでしたが、二十年前と現在と比較してもやっぱりそういうような検察の気風っていうのは、ますます強くなっていますか。
安倍 ある先輩にね、早く『新新検察官論』を書けといわれているんです。その人は検察のはえぬきの人ですよ。先輩も後輩もエリートでね、まるで検察のへソから生まれたような人ですよ。
樋口 俺も『裁判官批判』を書こうかなあ(笑)。ぼくは裁判官やってて、へへーつて頭下げてる弁護士って大嫌いだったですね。つっかかってくる弁護士が好きだったです。若い弁護士にはそれが出来ます。しかし年とった大家の先生になると、さようしからばが多くてね。国選弁護人なんかとくにその傾向が強かったね。
ぼくは、つっかかってくるような若手弁護士に出逢うと、これからの司法をしょって立つ人だなって気がしましたな。私はそういう感覚をもって裁判してきましたね。
怪しい奴をつかまえ、この野郎と脅し、お前がやったんだ
それじゃ死刑、こんな裁判があるか
前坂 冤罪の原因として、見込み捜査の問題ですとか、別件逮捕の問題、自白強要とか、長期匂留の問題上かありますね。その中で特に自白の問題ですが、裁判官が自白偏重をすんなり認める問題と、やはり戦後の刑事訴訟の場合、証拠主義と言ってもどうしても自白を中心の捜査になっているということでは、戦前と変わっていないんじゃないかと思います。
免田事件なんかの場合でも本当に物証っていうものは少ない、財田川事件にしても松山事件にしても物証っていうのはほとんど鑑定ぐらいしかないんですね。
佐伯 とにかく、新しく刑事訴訟っていう制度は作ったけど、捜査のやり方っていうのは全然変わってないんですよ。ようするに検挙なんです。その検挙については自白が最大の証拠なんです。自白がなかったら吉展ちゃん事件のホシはとれないじゃねえかってこれなんです。
これが未だに支配してるんです。そこに人権のかけらもないわけです。免田事件にしたって財田川事件にしたって、安倍先生も指摘されてますけど、原因はみんなこの辺にあるわけ。だから、怪しい奴をつかまえてきて、この野郎って脅して、やりましたって言わせて、ちょっと裏付けをとって、ハイ一丁あがりなんです。
免田君がなんであんなことになったかっていうとそれなんですよ。ほんとに捜査官は幼稚で、人権のジの字もなく、人間を虫ケラのように扱って、お粗末な自白調書を三通作りあげ、それにちょっと鑑定なんかをつけて、お前がやったんだ、それじゃ死刑。こんな裁判があってはならないのです。
安倍 社会的地位のある人は免田君のようにはならないんですよ。浮浪者で汚ないかっこうしてトボトボ歩いてる奴だったからですよ。しかし、いじめつづけられた人間の執念ってのは恐しいもので、その免田君が今じゃ刑訴法なんてわれわれより詳しいって話ですよ。昔もらった手紙なんてヒョロヒョロしたみみずみたいな文字だったけど、今は立派な手紙ですよ。ちゃんとした字で。
佐伯 ぼくは最終弁論のときに免田君の最終陳述書を読みましたが短い文章ながら立派でしたね。その中に出て来た彼の言葉がね、死刑囚としての永年の恐怖を訴えたあと「自分の生命もほしいが真実はもっとほしい」と書いてるんです。彼がこういうことが言えるようになったってこと驚きましたね。
安倍 そりゃあね、歌ひとつ作らせても死刑囚になるとすごくとぎすました鋭い表現をします。人間も極限に立たせられて、三十年も耐えると成長するのね。大したもんですよ。例の巌窟王でも獄中で字ひとつ読めなかった人が漢和大辞典を差し入れてもらって、昔の漢文調でね、検事総長に上申書を書いた。
どこで覚えたかっていうと自分で勉強したんだね。素質のある人は死というものに直面したときに、潜在した能力が短期間に信じられぬくらい伸びるんですね。
前坂 樋口先生、自白の問題で、裁判官も証拠より自白の方を重視しているるんじゃないかという見方についてどう思われますか。
樋口 自白を重くみるより、やはり証拠との関連がなければ自白は意味ないね。それは当然でしょう。
取調べ室にテレビカメラ、テープレコーダーの持ちこみ
前坂 樋口先生が下された死刑判決の中で、自分がやったんじゃないと訴えた人がいましたか。
樋口 それがないのが残念でね。
安倍 いや、樋口先生のようなこういうタイプの裁判官はめずらしいんですよ。
樋口 私の場合、死刑求刑を無期にしたのは倍ぐらい多いです。十何件か死刑にしてますけれども、無期にした方が二十何件。死刑が無期になって、検事が控訴して、また死刑になったのもたくさんありますよ。やっぱり死刑っていうのはたいへんなことです。
今、東京弁護士会に死刑研究部会ってのがありまして、この会だけには1日も欠かさず出るんです。死刑廃止がいいか悪いか、これはいろいろ問題があります。これから死刑っていうのは廃止の方向へ持っていくべきものかもしれませんが、でも、例えば昨日のように五人も殺したような事件があった場合に、世間の人はどう見るか、はたして死刑廃止していいだろうかっていう気持もあるし、まあいろんな問題が出てくると思いますね。
前坂 先生のような裁判官だったらいいんですが、結局、今度の免田事件が無罪になっても、そのことでほんとに裁判官なり検事が反省して、いろんな冤罪の問題とか、白白とか別件逮捕の問題とかがいい方に向くのかどうかですね。この前、サンケイに取り調べ室に
テレビカメラを設置するという提言が載っていましたね。
自白がどういう状況でとられたかをカメラで全部撮影して、本当に冤罪だと訴える人ならそのビデオを提出して、自白の任意性がはっきりわかるようにすればよいという内容だったんですが、今の裁判を見ていると、非常に遅れているというか、科学化とか機械化が全然おこなわれていないので、そのあたりの裁判の近代化ということについて、たとえば取り調べなんかにしても、もっと公明正大にやれないもんなんでしょうかね。
樋口 なるほどね。今、問題になっているので、先生方がいろいろとやっておられると思うんですが、弁護士が面会しますね。その時にテープレコーダーをもちこむとかね。
佐伯 テープレコーダーなんてぜんぜんダメですね。認めないですよ。密室捜査は彼らの決定打なんだから。
樋口 でも、テレビがダメでもテープレコーダーぐらい入れさせてだね、そのときの双方の言葉が後で再現できれば取り調べる方の態度だってずいぶん違ってくるのにね。
佐伯 そのことでぼくはアメリカへ行って本当にびっくりしたんです。公判にビデオがでてきたんです。堂々とみせるんですよ。
樋口 アメリカは今みんなそうよ。
佐伯 公開性、科学性が完壁で秘密性がない。日本じゃ、ぼくらがしゃべる時間さえ制限されている。十分か十五分なんて、非常識ですよ。
本誌 取り調べで調書をとるでしょ、あれ最後に指印を押させますけど、あれもちゃんと読ませてくれないんですってね。
安倍 読ませるわけない。脅かされてオドオドしているときに読んだってわかんない。だからテープレコーダーとまでいかなくても、調書を書かないでタイプや速記にするだけでもずいぶん違いますよ。
つまり「おまえ実はやったんだろう。ハイと言えば天丼食わせてやるぞ」なんてことを検察事務官は記録しないですからね、絶対に。だからってテープに入れてもねえ。テープは改ざんするしね。検察側にまずいところははずすし、はずしといていよいよ最後にベラベラ述べるところだけ取るしね。真実にふれた部分は調書にのらないわけですよ。
つまり「おまえ実はやったんだろう。ハイと言えば天丼食わせてやるぞ」なんてことを検察事務官は記録しないですからね、絶対に。だからってテープに入れてもねえ。テープは改ざんするしね。検察側にまずいところははずすし、はずしといていよいよ最後にベラベラ述べるところだけ取るしね。真実にふれた部分は調書にのらないわけですよ。
佐伯 つくるんですよ。フィクションですよ。
(つづく)
関連記事
-
日本メルトダウン(994)―『かつての「政財官」鉄のトライアングルの『日本株式会社』、「世界で最も成功した共産国日本」、「社会主義国家以上に社会主義的な日本の会社主義」は昔の夢、いまや「アジアの後進国」に転落し、「小中学生の数学テストではシンガポール、香港、韓国、台湾にぬかれて5位。これではIT競争力の復活は絶望的、日本沈没待ったなしを示す赤信号情報9本』●『 20代兄弟が生んだ1兆円企業、モバイル決済「ストライプ」の躍進』●『アジアの富豪一族資産ランキング」発表、日本は二家族がトップ50入り』
日本メルトダウン(994) 20代兄弟が生んだ1兆円企業 モバイ …
-
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(208 )』★『サウジ主導で中東3カ国がカタールとの外交断絶-湾岸危機深刻化 』●『トランプは、中東でサウジを中心としたスンニ派連合を再結成して、イランを中心とするシーア派連合と対峙する古典的な戦略をとる様です。』
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(208)』 サウジ主導で中 …
-
日本メルトダウン(1000)ー『1人あたり」は最低な日本経済の悲しい現実/日本の生産性は、先進国でいちばん低い』●『日本人は「人口急減の恐怖」を知らなすぎる 今後はフリーフォールのように急減していく』●『原発廃炉費用の転嫁で電気料金はどれだけ増えるのか 賠償費用も転嫁されると家庭の負担はさらに増加』●『 カジノを合法化してパチンコに課税せよ『 日本は世界最大の「脱法ギャンブル大国」(池田信夫)』★『「日本を殺せ」が米国で大ヒット、東京だった次の原爆 オライリーが描く「逆説の日米戦争」』
日本メルトダウン(1000) 「1人あたり」は最低な日本経済の悲しい現実 …
-
世界リーダーパワー史(934)ー『迷走中のトランプ大統領のエアフォースワンはついに墜落寸前か!』★『政府高官たちは大統領失格のトランプ氏に対して憲法修正25条の適用を水面下で検討したものの、同条の適用は史上初となるため「憲法上の危機」を招くため、同氏の退任まで政権を正しい方向に導くことで一致した』
世界リーダーパワー史(934) 『迷走中のトランプ大統領のエアフォースワンはつい …
-
現代史の復習問題/「延々と続く日韓衝突のルーツを訪ねるー英『タイムズ』が報道する120年前の『日清戦争までの経過』③-『タイムズ』1894(明治27)年11月26日付『『日本と朝鮮』(日本は道理にかなった提案を行ったが、中国は朝鮮の宗主国という傲慢な仮説で身をまとい.日本の提案を横柄で冷淡な態度で扱い戦争を招いた』
記事再録 英紙『タイムズ』が報道する『日・中・韓』三国志 <日清戦争はなぜ起こっ …
-
『Z世代のための日韓国交正常化60年(2025)前史の研究講座⑤」★『福沢諭吉の「韓国独立支援」はなぜ誤解、逆恨みされたのか⑦ー「井上角五郎伝」による甲申事変の真相、脱亜論への転換これで起きた』
2015/01/01/福沢の一番弟子「井上角五郎伝」から読み解く⑦ http:/ …
-
最高に面白い人物史➄人気記事再録★「日本最強の参謀・戦略家は日露戦争勝利の立役者―児玉源太郎伝(8回連載)』
日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(62) 『世界史の中の『日露戦争』ー <まと …
-
日本リーダーパワー史(302)今、ジャーナリストは戦時下の認識を持ち>原発報道と日中韓歴史認識を『国際連盟脱退』と比較する⑨
日本リーダーパワー史(302) –3.11福島原発事故 …
-
★『2017年は世界大乱、アジア激震の幕開け』-『トランプ大統領誕生で『日本沈没は加速されるか』、「しぶとく生き抜くか」の瀬戸際』(上)
トランプ大統領誕生で『日本沈没は加速されるか』「しぶとく生き抜くか」の瀬戸際 …