高杉晋吾レポート⑱ルポ ダム難民②超集中豪雨の時代のダム災害②森林保水、河川整備、住民力こそが洪水防止力
2015/01/01
高杉晋吾レポート⑱
ルポ ダム難民②
超集中豪雨の時代のダム災害②
森林保水、河川整備、避難,住民の力こそが
洪水防止力になる。
洪水防止力になる。
高杉晋吾(フリージャーナリスト)
(一)三条市の巻
●見過ごせないダム放流の衝撃
だが、ダム放流の害の見過ごせない問題点は、放水が持っている恐るべき衝撃力だ。
重力式コンクリートダムの巨大なコンクリートのゲートからいきなり水を放出するときの衝撃波を思い浮かべる。これは、一般的な河川の洪水による水の流出とはわけが違う。
ダムの害の一つは、不自然な人為的な水量が、一挙に狭い谷間に溜められることである。このダム湖の超重量の水圧が、周辺の山岳や地層に大きな影響を与える。
山や渓谷、河川は人間には計り知れない長い期間を掛けて地震を起こし、土砂崩壊等を起こし、洪水等によって安定した地形を作りだしている。この地球の行為は人間ならば、病気をし、熱を出し、咳やくしゃみをし、治療をする行為に似ている。こうして人間は体に生じている歪みを正したり、矯正したりして、己の体を安定させる。人間の体が安定した状態。これが『健康』である。
地球もまた、己を安定させるために洪水も地震も起こす。その結果として地盤は長年かけて安定してきた。この地球活動は『数値計算等』とは全く関係がない。そこに人間がいきなりその安定を無視した超巨大、超重量のコンクリートダム、そしてダム湖を災害の数値予測によって作るのだから、地層に影響しないはずがない。
自然状態では、河川・湖沼や峡谷の安定した水量に応じて周辺の地層、地下水層も形成され、その地下水層の上に山岳も築かれてきたのに、その自然の安定状態の中に突然、数億トンという貯水、超重量のダムが一気に作られるのである。
それが地下水層を変動させ、地層に衝撃を与え、土砂災害を引き起こす。最近では「深層崩壊」などと言って巨大な山ごと雪崩を打って崩れる現象が数知れず起きている。
●ダム放水とは!数億トンの水圧に押されたダムの放水噴射が、
やわで無警戒な住民生活地点を襲う衝撃!
やわで無警戒な住民生活地点を襲う衝撃!
もう一つの大問題は突如として行われる超重量のダム水によって加圧された水量による大放水である。この放水については、機動隊による放水銃によって大人が吹き飛ばされる光景を想像しみると分かりやすい。
しかし放水銃とは比較するも愚かな膨大な水量を湛えたダム湖の水圧を受けた放水である。これらのダム湖の超重量水圧と放水はダムによる振動や、ダム地震を引き起こす。このダム災害の実例は世界の無数にある。たとえばバイオントダム(イタリア)、サウスフォークダム(アメリカ)等々枚挙に暇がないほどである。
県三条振興局の課長とのやりとりをしてびっくりしたのは「洪水量が増えたからダムが振動するということはなかったし、他のダムの例でも聞いたこともない」と頑として言い張ったことだ。私が「洪水に際してダム職員が遭遇する事例として、ダムが巨大洪水によって引き起こされるダム震動やダム地震」の話をしたときに〔そんな事実はない〕と断言したのだ。
だが、ダムは地震を引き起こす。当然、ダムはダム設計時の予想を超える洪水が起きた時はダム自体が振動する。そしてダム湖水量の激増が周辺地下水圧の変化を招き、地震さえ発生させることはダムと地震や振動についての初歩的な常識である。
また、もう一つ考えていただきたいのは巨大なダムの高さと、そこから放出され落下する水の衝撃の激しさである。
●高度から直撃するダム放水の衝撃
ダムは通常の山岳の地形とはかけ離れた高さから一挙に放水する。このジェット噴流のような激しい放水の異常な状況も問題である。数億トンの湖水の水圧が巨大な放水銃の噴流となって下流の住民の住む地域に噴射放出されるのである。
この膨大な水の量と激浪は、いかなる山岳の自然な鉄砲水も及ばない怒涛の噴流の衝撃となって下流に叩きつけられる。噴流が叩きつけられる地点は、滝が日常的に流れ落ちている滝壺ではない。
滝壺は噴流に叩きつけられても、数万年、数億年の間、噴流に耐える強固な岩盤と噴流の力が拮抗し安定しているので、平然としている。
だが、ダムが放出する噴流が落下する地点は何十万トンの激流に耐えられるようにはできていない。人びとが日常生活する土地は地質と砂礫、粘土層、地下水層等がかさなったやわな地盤である。それは我々の寝室のようなもので、敷布団と毛布、肌がけ、掛け布団などがかさなった無警戒な地層である。
そこに数十万トン、数百万トンの噴流が襲うのである。ダム湖の水圧とダム堤体の高度から噴出する噴流の害もまた、ダムの害を考えるときに重要なポイントだろう。
これらが「予測以上の洪水」が起きるたびに行われるダムの常態なのである。
このダムの建設は石川島播磨が行った。ダムがなければ観光地になるはずであった。ダムが作られたので観光地になるべき土地が滅びた。人びとは人命や貴重きわまる財産をダムによって失った。そればかりか、生活の基盤も失ない、自ら築いた人生の全てを捨てて逃げ惑うのである。
私は、人っ子一人いないダム光景の中で、気持ちまで荒涼としてくるのを感じていた。
●大谷ダムへ、最近の集中豪雨には有害無益の穴あきダム
14日午後3時過ぎ、私たちは三条市から南々東に向けて車を走らせた。私たちが走っている国道289号線は福島県境まで伸びている。破堤した江口は燕三条から約15キロ、もう五キロも南下すれば福島県只見町との県境に到達する守門岳北北東山麓に大谷ダムはある。
笠堀ダムは国道289号線からY字形に東に分かれた285号線に入った直後にある。289号線はこのまま工事を進めれば守門岳の東部の八十里峠を越えて福島県南会津郡只見町に入る。しかしこの道路工事は現在ストップしており、福島県会津郡只見への道はまだ開かれていない。
私たちは、午後4時頃大谷ダムに到着した。大谷ダムと笠堀ダムはほとんど東西に至近距離に隣り合わせたダムである。笠堀ダムが機能一点張りの殺風景なコンクリートダムならば、大谷ダムは粘土と岩石を組み合わせたロックフイルダムだ。
大谷ダム周辺は茶褐色の近代的な建物、資料館と管理棟が建っている。この建物の中間に広場があり、オブジェのカリヨンの時計塔が不自然な銀色で光っている。あまり自然を重んじているとは思えない異様な光景である。
まあ、笠堀ダムの殺風景な光景に比較すると大谷ダムは観光を意識したデザインといえるだろう。しかしダム管理棟にも資料館にも、周囲には人っ子ひとりいない。まだ夏の午後四時なのに資料館は早くも閉館している。
三男さんが言うように人が来ないのに開館していることもないだろうという感じである。管理棟の階段を上がり事務所に入った。事務室に一人、職員がいた。彼は土木技術系統の人だった。
私は大谷ダムが建設されるのにあたって住民に立ち退きを求める際の説明資料をくれないかと訊ねた。詳細の記録はないという話だった。
●大谷ダム、下流に一日二千万トン放水、U宇型放水路の怪
「なぜ大谷ダムが必要か?治水が主な目的です。昭和38年に笠堀ダムが建設されていますが、昭和40年代に何回か五十嵐川に洪水が続きました。笠堀ダムだけでは五十嵐川下流の安全を守れないというのでもう一つダムが必要だということになりました。その目的としては洪水調節、治水が一番大きな建設理由だったですね」 語ってくれている技術者は実に温厚そうな人物である。
実直に私の質問に答えてくれている。
高杉「この大谷ダムには『穴あきダム』という特徴があるんですね」
担当者 「穴あきダムには、今までのダムのような下流に流すゲートの開閉による誤動作がありません。此処のダムは自然調節ダムです。通常の水位は191.4メーターです。雨が降って水位が191,4メーター以上になると、ダム堤体の右端に水路のようなもの《非常用洪水吐=こうずいはけ》があって、自然に流れてゆくんです」。
前述の通り、笠堀ダムなど普通のダムではダム湖に水が溜まりすぎるとゲートを人工的に開閉して、ダム湖の水を調節する。
但し、洪水防止のためのダム水の放流と、発電のためのダム水の貯水との間にある治水と利水の矛盾のために、職員が胃に穴が開くような苦渋を味わう。大谷ダム(穴あきダム)ではダム湖に溜まりすぎた洪水を、そのままこの水路で流してしまうというのだから、職員はゲート開閉操作の責任は免れる。
ダムゲート操作の責任は免れるが、下流の住民にとっては、ダムが設計以上の洪水が来たら、垂れ流し状態になって、ダムはあってもなくても同じことになる。私は改めて「穴開きダムって何だ?」という感想を抱いた。
なるほど、笠堀ダムで職員がゲート操作の矛盾を味わった。だからその職員の矛盾を解決して、ゲート開閉の操作をしないで済む穴あきダム《大谷ダム》を作った。職員がゲートの開閉を行う際の誤操作問題はなくなったのでダム職員は助かった。だが、水位がダム堤体以上に上がれば、自動的に溢れだしてしまうので、大洪水を防止することはできない。下流の犠牲は増大した。
管理棟窓からみると、左方向にダム湖が広がっている。管理棟の窓を開くと、直下に非常用洪水吐(こうずいばけ)の水路がある。この水路は建物の窓直下を左から右へと広がっている。幅3,9メーター、高さが3.4メーター、100メートルのU字形のコンクリート水路である。
『洪水が起き191,4メーターの水位を超えるとダム湖から水が最大で220トン/秒、設計では170トンの/秒の水が流れ出し始めます』。
高杉「予想を超える洪水が来たら、そのまま流してしまう。その流し込みに人間の誤動作はない。しかし下流住民にとっては、ダムが洪水を止めてくれるから安心だというわけにはいかない。洪水をダムが止めてくれないのだから::、一体何のためのダムですかねえ」
●電力のため?住民の命を守る?狭間で苦しむダム職員
一秒で220トン流すということは、一分あたり一万三千二百トン。一時間で七十九万二千トン。一日では一千九百万トンだ。三日間では五千七百二万四千トンになる。
一秒で二二0トンとか、一七〇トン等といわれると分からないが、現代で最大のクルーズ客船「オアシス・オブ・ザシ―ズ号」は二十二万トン、全長三百六十メートル、全幅四十七メートルの巨船だ。
この巨大客船が約二百六十隻も狭い五十嵐川に殺到するということになる。こう言い直すと、何と膨大な水量をダムは放水するのだろうかと感じることが出来るだろう。
後に入手した大谷だムの宣伝パンフをみると子供向きに、「ダムの役目①、治水」「ダムは水を溜める大きな入れ物です。雨がたくさん降って、河の水が多くなり溢れそうな時は、その一部をダムに溜めておき下流にゆっくり流すことで川の氾濫を防ぎます」
と書いてあるのだが、非常用洪水吐の説明では、「ダムがいっぱいになった時には水が此処から流れてダムが壊れないようにします」と書いてある。
妙な話だ。水が極端に多く流れるのが洪水だ。その洪水から下流を守るという建前でダムはできた。ダム水が多く溜まってしまったら、流れてきた洪水をそのまま下流に流す、というのでは、ダム建設段階で住民への説明等で散々唱えていた「下流の安全」という至上課題を、いともあっさりと捨て去っているではないのだろうか?
どうしてダムを作るための大義名分を但し書きや自然流化等で放棄してしまえるのだろうか?
人びとの日常生活空間である地域を超巨大タンカー数百隻に相当する大洪水が、近来日常化した集中豪雨のたびに襲うのでは、下流の人々は日常的にダム水の大襲撃に遭うことになる。これで「ダムがあるから安心しろ」という方が無理な話ではないか?
管理棟の担当者は疑問を呈する私にやや重苦しい雰囲気で話し始めた。
担当者は苦しそうに語った。
「実は私の住まいも下田です。下田の洪水被害も直接経験しています。集中豪雨というのは一時間に20ミリ、24時間で80ミリというのが異常気象といわれていて、それが災害復旧法の対象です。所が今の異常気象の現実は一時間で80ミリも降っていますのでね。このダムを作った当時は時間あたり20―30ミリを対象にすれば十分だったんですがね、今は当時の降雨状況とは全く違いますからね。降るたびに今までの洪水の概念にはない猛烈な雨が降る。今ではこれが当たり前になっています。ダムが集中豪雨をそのまま流してしまうので命にかかわる被害を受けた住民の皆さんがダムに対して怒っていろいろと批判されるのは身に応えますわ!」
と彼はつらそうで、表情は暗い。つらいはずだ。ダムを作る前提なはずの洪水水量が「超集中豪雨」の現代では全く違ってしまったのである。
20ミリの洪水を防ぐと宣伝して作ったダム管理の側に入る職員は、そんな規模では全く間に合わない80ミリ以上の超集中豪雨の現代ではダムに座っていること自体が、水害被害者たちの集中批判を浴びる『針のむしろ』に座っているようなものだろう。だからと言って、超巨大規模のダムにすればよいという訳には到底行かない。
超赤字財政自体の国家にも自治体にも、そんな予算はないのである。
wikipediaによれば、このダムが計画され建設に着手したのは1971年、竣工したのは1993年である。
集中豪雨はその後、激増の一途をたどっている。気象庁の観測統計によれば、アメダス(気象庁による地域気象無人観測装置)1000地点あたりでの時間雨量50mm以上の雨の回数は、1976年― 1986年に160回だったものが1998年―2009年には233回になっていて、+45%と明らかな増加を示している。
また、同じく時間雨量80mm以上の雨の年間平均発生回数は1976年― 1986年に9.8回だったものが1998年―2009年には18.0回になっていて、+80%と更に急激な増加を示している。
次回報告するが、2011年9月の紀伊半島水害ではダムによる放水が問題になり、放水基準の見直しが始まった。
【紀伊半島豪雨】ダム事前放流の基準、和歌山県が見直しへ
2011.9.16産経新聞
台風12号の被害を受け、和歌山県は16日、椿山ダムを含め、県が管理する4つすべての治水ダムについて、放水して豪雨に備える「事前放流」を行う場合の基準雨量などの見直しを検討する方針を示した。
県管理の治水ダムは4カ所あり、うち七川(しちかわ)ダム(古座川町)は総貯水量3080万立方メートルだったが、3日午後0時過ぎに“満杯”となり、流入分をすべて放流する操作に切り替え。流入・放流量は毎秒1300トンに達し、洪水調節機能を事実上喪失し、下流では約800棟が床上・床下浸水した。
●時間20mmの雨のための穴あきダム、―
80mmが日常化した現代豪雨には有害無益!
大谷ダムが計画された頃は一時間に降る雨が20mm程度の洪水量を洪水予防のダム計画としていたのに、完成後はダム計画をはるかに超えた80mmくらいの集中豪雨が当たり前の時代になっていたのである。だから今の時代の小雨程度に役立つが、ほとんどの集中豪雨に対してダムは役立たずなのである。
役立たずの木偶の坊ならお笑いごとですむが、ダム建設計画の水量を超える洪水が上流からきて、ダムの最高水位を超え、堤体を超える場合には、通常の洪水対策をしていたのではダムが壊れてしまうので、特例として「但し書き操作」というのを行う。
通常のダムではダムゲートを開けて放流してしまう。
大谷ダムの場合(=穴あきダムの場合)はダム堤体を超える水位の水は洪水吐から流してしまう構造的な仕組みになっている。この放水が地域に洪水被害、土砂崩壊、深層崩壊等の被害を与えるのである。大谷ダム職員は下田の住民だから一面、洪水被害者なのだ。被害住民の苦しみを熟知している。
もう一面は住民から『ダムの放水によって被害を受けた』と冷たい眼で批判されているダムの職員でもある。その胸の内は計り知れないほど複雑だろう。
《写真左、大谷ダムの放水路、下流洪水の元凶だ》
私の胸の内に、「そんなに苦しまないでくれよ。この水害による被害は、あなた個人の責任じゃないんだから::。貴方も誤ったダム推進政治による治水政策の被害者なんだよ。被害を受ける住民の立場も、誤った治水政策を強制される職員の苦しみも、同時に味わってきた。あなたも犠牲者だ」という思いが広がってきた。
しかし、考えてみるとダム職員も労働者である。住民がダムの放流で苦しんでいる時に、労働者であるダム職員は自分のダムにおける放水行為が下流住民を苦しめるということを考え悩んでいるばかりで話はすむのだろうか?
以前は電産労働組合が、地域住民と一緒に考え、自分たちの職場の行動が住民を苦しめることがないように考え行動したのではないか?尤も住民のことなど考えたこともない労使一体路線の現在の労働組合ではこんなことは言うだけ無駄か?
この地区に住んでいた46軒の人々の多くは、旧下田村役場周辺に移ったという。
我々は、大谷ダムを出発した。途中様々な洪水後の光景を見たが詳細の調査が明日あるので、急いで三条市の中心部に向かう。
目的は県が2004年7月13日洪水の後に行った信濃川と五十嵐川の合流点3,9キロの河川改修の状況を調査するためである。新潟県が河川改修を行なった箇所の最上流部分である渡瀬橋(わたらせ)で下車した。
周辺は左岸が諏訪地区という低湿地帯、家並がぎっしり詰まっている。土手をジョギングしている中年の男性に聞いた。「おれの家はもっと上流だ。7年前の水害では2メートル50くれえ水がきておれの家も水に浸かったよ」
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