渡辺幸重のフクシマレポート★『善意を基盤とする社会をめざして』 ~フクシマ後のコミュニティ再生を考える~
★「善意を基盤とする社会をめざして」
~フクシマ後のコミュニティ再生を考える~
渡辺幸重(ジャーナリスト)
2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、揺れと津波によって、私たちは多くの人命を失い、土地・財産を破壊され、心に傷跡を残した。福島では東電福島第一原発の核燃料がメルトダウンし、水素爆発が起きた。多くの人々が、放射性物質によって被ばくし、避難を余儀なくされた。
大震災・原発事故は、経済至上主義や効率主義、科学至上主義に大打撃を与えた。私たちは生き方・考え方の大転換を突きつけられたのだ。私たちは、パラダイムを転換し、新しい価値観・世界観を打ち立てなければならないだろう。その際に何が基盤となりうるか、考えてみたい。
大震災後の復旧・復興の動きを見ていると、新しい社会作りをするのだ、という声は聞かれるものの、必ずしも実態はそうなってはいない。
事故を起こした原発周辺の自治体の復興計画を見ると、「原発事故収束や廃炉に向けての作業基地および技術開発の拠点作り」「被曝医療・研究施設の誘致」「再生可能エネルギー供給基地の建設」「漁業の企業化」「植物工場」などの政策が並んでいる。しかし、それでは、外部依存、中央従属の構造は変わらない。
住民参加・地域主体の復興が叫ばれながらその方向にはなっていない。どのような質のコミュニティを再生するのか、が定まっていないからではないだろうか。特に、原発事故によって役所も住民も故郷に帰れない自治体にあってはコミュニティの質は重要である。同時に、日本社会全体がどのような質の社会をめざすのか、も問われなければならない。福島県内の1自治体だけで実現できるものではないからだ。社会全体を貫く“柱”が必要である。
他人を幸せにすることを考える社会
では、何がコミュニティ再生の柱になり、理念になるのだろうか。それを探るために、過去にさかのぼって村落共同体について考えてみる。
筆者は薩南諸島(鹿児島県)で生まれ育ったが、子どもの頃から島を早く出たいと思っていた。それは島社会では、個々人や家の“絆”が強く、プライバシーがないことに息が詰まる思いをしていたからだ。
しかし、そのことに目をつぶれば、実に温かい助け合いのある社会であった。そして、いま考えればプライバシーのなさに対しては、それを公言しないという“タブー”が個人や社会を守っていたように思う。筆者も子どもながらに大人社会のいろいろな情報を持っていたが、人がいやがることや人を陥れるようなことは言わない、というタブーは身につけていた。つまり、島社会では「相手のいやがることはしない、言わない」というタブーが、社会規範になっていたのである。
さらに、もっと広い視野からも考えてみよう。
筆者は、1954年3月1日のビキニ環礁における米国の水爆実験によって被ばくし、58年後の今日にあっても故郷に帰れないマーシャル諸島・ロンゲラップ島の人々との交流を行うボランティア団体に関わっているが、その活動の提唱者、島田興生さん(フォトジャーナリスト)は著書『還らざる楽園』(小学館)のなかで、次のように記している。
「マーシャル人はなぜ約束を守らないのだろう。(中略)約束を守らない理由は、突飛なようだが、マーシャル人が人の頼みごとを断わらないことにあるのだとわかってきた。とくに親戚や兄弟、目上の人からの頼まれごとは、絶対に断わらないので少し働き甲斐のある人の家には、貧しい隣人が米や醤油などの食料をもらいに来るが、それを断わってはならない。
親戚が一家十数人でやってきて何か月泊まっても、決して文句を言ってはならない。マーシャルには、旅の人や仕事のない人に、寝る場所や食べ物を与えて面倒をみるマニートという習慣が昔からあった。だから人々は困ったときでも、あまり肩身の狭い思いをしないで、人の世話になることができる。」
そして、一人の老マーシャル人からその根幹にある考えを聞く。老人は、いちばん大切なことは「他人を幸せにすることだ」と言った。他人を幸せにするためには、人の頼みを断わってはいけないのだ。島田さんは、「自分のことより、家族や社会を大切にしなければならないというモラルであり、それは私有を悪とし、共有を善とする海の民の道徳でもあった」と記している。
筆者にも、頼まれごとを断って相手にいやな思いをさせるのは悪いことだという感覚があり、それは日本の島々や地方にも共通するという確信がある。頼まれても断らないので約束事が重なり、約束の時間に遅れる。しかし、それは悪いことではなく、仕方のないことで、忘れたり、無視しているのではなく、順番が来たら確実に実行する。それはお互いにわかっていることだから遅れてもトラブルにはならないのである。
筆者は、村落共同体における社会規範とマーシャルにおける根幹にある考えは同じものだと感じており、どちらも“善意”を前提とした社会における考えだと理解している。
知識基盤社会は善意基盤社会の上に成り立つ
現代は情報社会である。インターネットはなくてはならない社会インフラになっており、東日本大震災ではツイッターやフェースブックが安否確認や救援情報の入手に使われた。そこで問題になるのがICT(情報通信技術)の持つ“影の部分”であり、その一つが個人情報の漏洩問題である。
これは現代社会の根幹を揺るがしかねない大きな問題である。しかし、これを根本的に解決する技術はない。たとえできたとしても、人がからむので100%完璧ということはありえない。また、法律で規制すると社会活動が停滞する。そもそも、インターネットは、一般大衆に開かれたシステムであり、情報公開を前提にしている。規制してもしきれないことは政府や企業の秘密情報を流すウィキリークスのことを考えるだけでも十分であろう。
では、根本的な解決方法は何か。情報公開はユーザーがお互いの善意を信じてこそ成り立つのであり、したがってインターネットは善意を前提とした社会で使わないと機能しない。そのことを社会が深く理解し、善意を基盤として社会システム全体を再構築しなければ根本的な解決にはならない。善意基盤社会では、たとえ個人情報を入手しても公開することをタブーとし、人のいやがることはしない。
高度情報社会は知識基盤社会とも呼ばれる。筆者の考えでは、成熟した知識基盤社会の成立には善意基盤社会が必須だということになる。「知識(情報)」と「善意(分かち合い精神)」の働きによって「知恵(行動、政策)」が生まれ、「幸福感(充実度)」が得られるという構造である。現代社会を支え、社会活動をスムーズにするには、村落共同体と同様、善意を前提にしなければならない、と言うことができる。
善意基盤社会で作られる社会政策は必然的に「人間中心」「経済よりも命が大事」となる。まずは、経済至上主義、効率主義、科学至上主義からの脱却が導かれる。そして、そこでとられる政策として、国家や自治体は非武装・非戦闘方針を取り、労働はワークシェアリングで分かち合い、生存権はベーシックインカムの導入などで保証されるようになるだろう。大衆運動は非暴力抵抗運動となり、外交では民衆レベルの国際交流から深い友情と平和が生まれる可能性が出てくる。
「世界同時一斉デフォルト」という選択
現在の世界では、一国だけの繁栄も一国だけの破綻もありえない。ギリシアやスペインがデフォルト(債務不履行)に陥ればヨーロッパでデフォルトのドミノ現象が起こり、さらに全世界に波及するだろう。もしかしたら、その引き金を引くのは日本かもしれない。そのとき、「すべての活動は善意に基づいている」と心底から信ずる世界、すなわち善意基盤社会になっていれば(少なくともその方向性が見えていれば)、デフォルトのドミノ現象による混乱と破壊は最小限に抑えられるだろう。
しかし、それでも南北問題や格差や経済構造など、既存の問題点は残ったままだ。さらに言えば、「人が作ったものは人が変えられるはずだ」という考えに立ち、この危機を「世界同時一斉デフォルト」という政策で一気に乗り切ろうという選択があるのではないだろうか。
ここでいうデフォルトは「債務不履行」という意味もあるが、「初期化」という意味が強くなる。「世界同時一斉デフォルト」は目の前の危機を乗り切るためのものではあるが、国際的にも国内的にも、さまざまな問題が二極化し、対立を深めるなかで、この政策を平和裡に実現できれば、世界のパラダイムは大きく転換し、新しい世界が出現するであろう。そのためには善意基盤社会を前提とすることが必要だと筆者は考える。
復興への願い
善意に基づく活動がすべていい結果を生むとは限らない。「善意でやってやったのにどうしてわかってくれないのか」という考えがわいた瞬間に善意の関係は崩れる。そうならないためには、「他人を幸せにする」という揺るぎない目的意識を共有することが必要である。善意基盤社会を実現することは容易なことではない。しかし、辛抱強くその実現に向けて動き出さないと人類や地球上の生物は滅亡してしまうのではないか、という危機感を感じるのである。今回の原発事故でそれがさらに強まった。
私たちは、人が作った原発が被曝を生み、住む土地を奪ったことをよく考えなければならない。それは単に技術の不十分性や人為ミスという小さなことではない。
東日本大震災からの復興は、世界に善意基盤社会の必要性を発信するものであってほしい。それが筆者の願いである。
「悲観的に考え、楽観的に行動する」のが成功の秘訣である。
(電子書籍『GN21人類再生シリーズ8「わたしたちは22世紀を望めるのか-明日のないその日のために-」』所収)http://www.gn21.net/
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