『ユビキタスが実現するーあらゆるものにつけられた超小型チップが主役』-
『ユビキタスが実現するーあらゆるものにつけられた超小型チップが主役』-
前坂 俊之 (静岡県立大学国際関係学部教授)
東京・小田急新宿駅。乗客が自動改札口に定期券を通して出ると、すぐ『ピー、ピピ
ー』と携帯電話にメールが届く。駅近くのホテルレストランの食べ放題などのグルメ情
報や商店の割引サービス情報などが、定期利用者の性別、年齢、お好み、関心分野
に合わせて個別に改札口から送られてくる。この3月から小田急、オムロンが提携し
て始めた全国初のサービスで、通過するだけだった自動改札口が一挙にメディアに
変身した。
わずか0・4ミリの超小型チップの無線IC タグ(RF-ID)。豆粒以下のこのタグには
品質、成分、産地、使用期限などの大量の情報が詰まっており、無線電波によって通
信できる次世代のバーコード。
このIC タグがついた商品はレジで店員がバーコードを一点一点押し当てて料金計
算する必要はなく、読取装置とIC タグが通信して自動的にショッピング袋の全部の料
金が表示され、店側はいつどの製品が売れたのか、リアルタイムに生産、在庫、流通
の一括管理ができる。
トレーサビリティー(生産履歴の追跡確認)ばかりでなく、食品の鮮度や薬の効能、副
作用、食べ合わせの悪い場合は自動的に薬の方から知らせてくれるなど流通だけで
はなく、生活を劇的に変えるだろう。
つい一年前には「ブロードバンド(BB)時代」の到来と騒がれ、今や三人に一人が
ブロードバンドを利用しているが、今度は「ユビキタス」本番を迎えようとしている。
ブロードバンドではインターネットに常時接続して、よりスピーディーにアクセスでき
る環境が整い、情報の中心が映像、動画へとシフトしていくと同時に、次の段階では
「どこからでも」アクセスできる「ユビキタス」の地平が開かれてきた。
もともと「ユビキタス」(ubiquitous)とはラテン語で、「同時にいたるところに神は遍在
する」という意味だが、「いつでも」「誰とでも」「どこからでも」「どのような環境でも」、人
から人へ、人からモノへだけではなく、モノからモノへと、人、モノのすべてがインター
ネット・アドレスが無限大となるIPv6によって結ばれ、インターネット・コンピュータ同士
で自由自在に情報のやりとりができる、欲しい情報が自動的に送られてくる環境が実
現してきたのである。
あらゆる商品やモノに超小型コンピュータであるICタグがつけられる『どこでもコン
ピュータ」の概念は、今から約二十年まえにトロンの生みの親・坂村健東大教授が唱
えたものだが、これこそ「ユビキタス」と同意語である。
ユビキタス情報化社会では、これまでのパソコン(PC)は主役ではなくなり、携帯電話、
情報携帯端末、テレビ、情報家電などのほか、あらゆる機器、商品、モノに組み込ま
れるI C タグこそ真の主役となる。
このユビキタス情報化社会で、人々に一番求められるのは「コンシェルジェ」(フランス
語でかゆい所に手が届くという意味)なコンテンツである。
遠く離れた祖父母や父親、家族と携帯電話で互いの顔をはっきり見ながら会話したり、
ビデオメールを送ったり、きめの細かい介護福祉、ケアサービスなどもユビキタスで可
能になる。
外出先から遠隔操作して家庭の機器をコントロールすることもでき、さまざまな事故や
災害から家庭を守るホームセキュリティーも一層充実できる。
超高齢化社会を迎えようとしているわが国では、シニア世代を二十四時間、生活のす
みからすみまでサポートし、安全で、快適な生活を送れる行き届いたライフサービス
は、ユビキタスによる「コンシェルジェ」コンテンツによってこそ実現可能となる。
日本にとって「この失われた一五年」はパソコン(PC)とインターネットの第一期の時
代でもあったが、その間、日本企業はほとんど主導権を握れなかった。
しかし、第二段階に突入し、こうしたユビキタスなライフサービスの開発では、利便性
の追及、その微細技術、キメの細かさ、ディテールをおろそかにしない丁寧さ、美的な
感覚など日本人の生活感覚に根ざした得意分野であり、世界的にも負けない高い技
術競争力を持っている部分でもある。
ユビキタス実現の技術、インフラ、機器、サービス開発の取り組みは日本が世界を一
歩リードしており、これから始まる「ユビキタス・ネットワーク時代」では日本企業が再
び主導権を取るチャンスは十分にある。
< 『聖教新聞』 2003年3月27日付掲載>
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