日本風狂人伝⑲ 『中江兆民奇行談』(岩崎徂堂著)のエピソード ②
日本風狂人伝⑲
2009,7,14
『中江兆民奇行談』(岩崎徂堂著)のエピソード②
前坂 俊之
1・・兆民と花嫁
君が文部省に出仕をして居った時の事だが親友の世話で或る華族の令嬢を嫁に貰ふ事になった、
其令嬢といふのは妙齢将に二八の春を迎へ花成威頼、一笑百輿せんけん其輝娼たる細腰は実に古の小町旦二合を遅くる程のビューチフルで、おまけに才学衆に秀で、経済家政の道から裁縫遊芸に至る迄何一つとして知らないものはなく才媛の名都門に噴々たる古今無類の優物であった、
夫れであるから才子通人一度此令嬢が花顔を瞥見すると魂塊天に飛び上り、久米の仙人も亦転がり落ちん計りである、処が此令嬢を貰ふと云ふ御本人の矯介先生大嬉びであらふと思いの外一向有難がる様子もなく地蔵の顔を蚊がさした程も感じない、共訳と云ふは先生例の大抱負を懐にして居って早婚は出世の妨げであると悟ったからだ、
然し友人が折角の媒介であるから其好意を無にするも気の毒と、やがて黄道吉日といふ御定りの佳辰を卜して華燭の盛典を挙げやうとした、そこで友人連は君が平常を心配して若しや粗暴不埒の狂言をやらかした日には大変と何卒かをとなしく済まして呉れろと頼んだ、先生唯ハイ!~と其通り承知をしたので愈ヒ当日友人と一所に或る楼で以て花嫁の来るのを待つ事になった、
其内、酒が出る肴が運ばれると忽ち各本性を現はして端唄、都々逸、二上り三下り、甚句もやれば詩吟も初まるといふ騒になった、処へ女中が取次で只今お嫁さんが御出でになったと告げる、すると一同いよ待ってやした、
篤介お楽しみなぞと酔に乗じて君を冷評するので、四面楚歌の中に包まれた項羽にあらぬ兆民はムツ下したが以て生れた不羈豪放、千鳥のように足をよろめかかせ自身起って花婿様が御出迎へしやうと、玄関へやって来て令嬢を引張て座敷に着かせ、杯を取換して平気に済まして居る、こちらは令嬢両の頸を真紅にして恥かしがつている、
すると篤介何を思ったか、ふと己れがフンドシを引外し、股間に垂下っている処のキンタマの其大さといふたら金着の様で色兵黒になって漆見たまた様なやつを両手で以て引延し、一同を眼鏡越に睨んで「丁度今は冬であるのに、己れは一文なしで何も花嫁にやるものがない、唯だここに一つの睾丸火鉢があるから是をやらふ」、と令嬢はそれを見て顔を反け、知らない風もてなしをして居る、すると友人の一人が「君の待遇は結構だが火の気のない火鉢では仕方がないからこれを持て大に令嬢に馳走しろ」と直に傍に在った火鉢の真紅になってる火を挟んで篤介に戯ると、先生善しきた此上へ載せろと益げんこつで陰嚢を伸張る、朋友も亦酔てるものであるから拳ほどのあつい火を陰嚢の上へ置くと、篤介、あつっいツと飛上って一同を残して何処へか逃げて行ってしまった、
驚いたのは令嬢で勿々裾を扱って帰って了ふ、其翌日になると使が兆民の邸へ来て御縁談の儀は御断り申すと言ってきた、先生しめ、たと手をたたいて咲笑二杏、己が謀は大的りであるわい。
2・・・三味線と越中節
元来、学者などゝ云ふ者は余り世間の事を知らぬのが通則の様に思はるゝが、独り兆民に至っては丸で大反対で何にもかにも知らぬものは無い、近著一年有半に於ても俗曲但歌を評して居るにつけても案外の通人だと云ふ事が知れるのである、
そこで先生の十八番は何かと聞くと三味線を弾くことで夫れに越中節か常盤津を唄ふのが巧者ときて居るので聴く者をしてそぞろに胆をば奪ふのである、此人にして此伎価が有るとは誰れか感服せない者はない、処で居士が最も諷諭して居るのは常盤津の釈迦八期記、清元の山姥、長唄の勧進帳京鹿の子などであると云ふ話である。
3・・・入院中の小山師の病を苦にす
凡そ物に栄枯盛衰のあると同じく、人にも亦栄枯盛衰の期があり、健不健の時がある、神ならぬ生物の常則として免かるべからざることである、
所が此小山も元来活撥で健田不吊の男であるが如何に剛の者だと云って病には打勝れない、遂に頚部に一塊物を発して赤十字社病院に入院することになった、暫らくの間医者の厄介となり病院の粋客となって居ったが全々不治の病気と定まって居ったので全快する等がない、
此世と縁切れをすることになったのは気の毒に堪えへぬのである、所が彼れは入院中、日夜兆民先生の病ひを気にして見舞ふ人毎に乃公は宜いが先生の病気がと云ふ事計りを口にして居った、すると先生の方でも小山の病気を心配して何卒余の疾の如く不治症でなければ宜いがと物語られたさうだが、之れでこそ兵に師弟の本分を尽した者である。
関連記事
-
『純愛の日本史』<結婚とは死にまでいたる恋愛の完成である>女性学を切り開いた稀有の高群逸枝夫妻の純愛物語』★『強固な男尊女卑社会の封建国・日本』
2009/04/09   …
-
『オンライン/早朝海上散歩に行こうよ』★『 梅雨の波静かな鎌倉海で朝寝をしながら瞑想する方法とは(7月24日am500)-地球温暖化、海水温の上昇で魚は脱出たのか、釣り糸をたれSOSの魚信を待ったが応答なし、
梅雨の波静かな鎌倉海で朝寝をしながら瞑想する方法とは(7月24日a …
-
『安倍・トランプ蜜月外交を振り返る①』★『日本リーダーパワー史(979)ー『トランプ米大統領は2019年5月25日夕、令和初の国賓として来日した』★『140年前、日本初の国賓として来日したグラント将軍(元米大統領)が明治天皇にアドバイスした内容とは何か(上)』
2019/06/16 日 トラン …
-
『Z世代のための日本最強の宰相・原敬のリーダーシップー研究③』★『藩閥政治の元凶・山県閥をどう倒したか②<立憲民主党は100年前の大正政変・大正デモクラシーを見習え>』
2012/08/03 日本リーダーパワー史(290)記 …
-
『リーダーシップの日本近現代史』(319 )★『私の書いた『日本近代化の父・福沢諭吉に関する論考、雑文一覧 』検索結果 239 件(2020/3/20日現在)を一挙公開
『地球の中の日本・世界史の中の日本人」(前坂俊之オフィシャルサイト) …
-
「われわれは第3次世界大戦のさなかにある(NATO元最高司令官)」のに「75年たって憲法改正できない<極東のウクライナ日本>」★『よく分かる憲法改正論議』★『マッカーサーは 憲法は自由に変えてくださいといっている。 それを70年以上たった現在まで延々と 論争するほど無意味なことはない』
2019/11/03 『リーダーシップの日本 …
-
日本メルトダウン・カウントダウンへ(898)「消費増税再延期」-定見もなく「ころころ」変わる「安倍体制翼賛政治の殿ご乱心」優柔不断、決断先延ばし、命令変更、 実行先延ばし、『必敗するは我(安倍)にあり』
日本メルトダウン・カウントダウンへ(898) 定見もなく「ころこ …
-
日本リーダーパワー史③・女に殺された初代総理大臣伊藤博文
女に殺された伊藤博文 …
-
世界を変えた大谷翔平「三刀流(投打走)物語➄」★『米誌タイムの「世界で最も影響力のある100人」に大谷選手が選ばれた』★『「大谷がヤンキースに入団すればビートルズがニューヨークに来るようなものだ。スターはブロードウェイで最も輝く。才能にあふれ、ルックスがよく、カリスマ性のある大谷はニューヨークにふさわしい」(ニューズウイーク)』
世界を変えた大谷翔平「三刀流」 前坂 俊之(ジャーナリスト) 2021年は世界も …
-
日本リーダーパワー史(41) 『坂の上の雲』・軍神・東郷平八郎の功罪① 日本を興してつぶしてしまった
日本リーダーパワー史(41) 『歴史的にみた日本の国家破産の要因―軍人・官僚・政 …