『オンライン講座/日本戦争報道論③』<イラク戦争報道を回顧する>―『戦争報道を検証する』戦争報道命題5か条『戦争は謀略、ウソの発表、プロパガンダによって引き起こされる』★『戦争の最初の犠牲者は真実(メディア)である。メディアは戦争 を美化し、戦争美談が捏造される。』
2003年 12月5日記事再録
<イラク戦争から1年>
前坂 俊之(静岡県立大学国際関係学部教授)
イラク戦争開始から間もなく1年。米英軍によるイラクの占領行政、治安、復興計画は難航し、連日のように米軍や、外国部隊、民間施設への自爆テロやロケット攻撃が相次ぎ、サウジ、トルコなど外国でのアルカイダとみられるテロの連鎖が起き、治安は悪化の一途だ。このままではベトナム戦争の二の舞い、戦争の泥沼化が必至の情勢である。
イラク戦争は国連で各国の意見が分かれ、国際世論の大きな反対を押し切って英米軍が攻撃に踏み切っただけに、世界中のメディアの注視の中で、これまでに例のない大量の戦争報道がなされた。この1年間、どのような戦争報道がなされたのか。まちがった報道はなかったのか、戦争報道の問題点は何だったのかー戦争報道のあり方、命題をジャーナリズムの歴史の中から、世界のメディアと比較しながら振り返ってみよう。
・戦争報道命題①「戦争報道はジャーナリズムのオリンピックであり、各国メディア
の力量が問われる。
戦争はメディアにとって最大のビッグイベントであり、ジャーナリズムにとって戦争報道
こそ、その取材力、実力、国際性、真の力量を問われるものだ。世界各国のメディアの実力を比較するのは容易でない。国際的メディアは別として、各国のメディアはそれぞれの国、地域性、言語、読者、視聴者などによって制約された国内産業の色彩が強いからだ。
ところが、戦争報道は1つのテーマをもとに世界中のメディアが取材競争するので、その國際競争力、取材力、スクープ、事実追及力、勇気、実力の総体を横一線で比較することができる。いわばジャーナリズムのオリンピックと言ってもよいものだ。
91 年の湾岸戦争やアフガン戦争ではプール取材でメディアは戦場から排除された。今回のイラク戦争ではベトナム戦争以来、約四十年ぶりに米軍の部隊、艦船などに「埋め込まれて」「エンベッド」従軍取材が認められた世界中から約600人が従軍記者となって作戦に加わり、日本からも各社合計数十人が参加した。
ところが、3月20日の開戦直前に日本の大手メディア(新聞、テレビ)は「記者の生命の安全を守る」という理由でバクダッドから横並びで一斉に退去した。爆撃される一番危険な場所はフリーランスに任かせてしまった。米国、英国、フランス、スペイン、ドイツなど世界各国の記者の多数がバクダッドにとどまって取材を続けたのに比べると、最重要な取材現場から一斉集団離脱したのは日本だけであり、いわば、オリッピック出場を自ら棄権した形で、日本のメディアの特異性・臆病ぶりが際立たせた。
戦闘終結の途中から、何社かはバグダッドに戻って取材を始めたが、今度は毎日カメラマンのアンマン空港爆弾事件が起きた。これは取材の本質のところではなく、爆弾とは思わずオミヤゲに持ち帰ろうとして爆発しヨルダン人に死傷者をだすという、お粗末なジャーナリズム以前の事件であった。
かつてベトナム戦争報道では日本のメディアは世界の注目を浴びた。ベトコン(南ベトナム民族解放戦線)や北ベトナムの姿を従軍取材などで深くえぐり、戦争の真実を報道して米国はもちろん、世界の世論形成にも大きな影響を与えた。
「毎日」の大森実外信部長、「朝日」の秦正流外報部長らはライシャワー駐日米大使から、「公正な報道をしいない」と抗議を受け、米上院外交委員会でも日本の新聞は左翼が多いという虚偽の攻撃を浴び、大森外信部長は退社に追い込まれた。
今回、中東の衛星放送「アルジャジーラ」がビンラディンのスクープ、イラク側の犠牲をしっかり伝えていく客観報道によって一躍、グローバルメディアにのし上がったが、ベトナム戦争当時は日本のメディアが「アルジャジーラ」のような役割を果たしたのである。
一方、米メディアはどうだったのか。
「米政府のチアーリーダー」と揶揄されたFOX ニュースは客観報道をかなぐり捨てた愛国的報道で、CNN、3大ネットワークを抜いて一躍、視聴率トップに躍り出た。CNN のテッド・ターナー会長は「戦争煽動屋」とFOX
グループの総帥・リチャード・マードックを名指しで激しく非難しているが、他の米メディアもFOX の愛国的な報道に追従した。
以上を見てみると、イラク戦争報道では「アルジャジーラ」の健闘が目立ち、米メディアは多くの問題を浮き彫りにしたといえるし、ベトナム戦争報道では実力を発揮した日本メディアは今回はその弱体ぶり、衰退ぶりを見せつけたといってよい。
・戦争報道命題② 戦争は謀略、ウソの発表、プロパガンダによって引き起こされる。
戦争では謀略や情報操作はつきものだ。関東軍の謀略によって起こされた満州事変(一九三一年)、ナチドイツのポーランド侵攻、(1938年)、朝鮮戦争(1950)、ベトナム戦争に米が全面介入したトンキン湾事件(1964)、など、先に相手国が手を出したとウソを言って戦争をしかけるケースは枚挙にいとまない。
今回も「イラクの大量破壊兵器(WMD)、生物兵器が差し迫った脅威」とする米英の戦争の大義については情報操作の影がつきまとっていた。結局、フタをあけてみると、大量破壊兵器、生物兵器とも、米軍の必死の捜索にもかかわらず未だに発見されていない。昨年10月、米調査団(デビッド・ケイ団長・CIA 顧問)は「大量破壊兵器はまだ見つかっていない。生物化学兵器が大量に存在していたことを示す証拠も発見できていない」と米秘密議会で証言し、戦争の大義は情報操作された可能性が一層、高まった。
さらに、2003年1月のブッシュ大続領の一般教書演説の中で「イラクがアフリカ・ニジェールからウランを購入するという計画があった」という核疑惑文書がすぐ偽造されたものとわかるほどお粗末なもの。これをCIA から依頼されて調査したウイルソン元駐ガボン米大使の夫人が、この文書の信憑性を否定した報告したのに、一般教書演説には逆に「疑惑あり」と盛り込まれた。
これに腹を立てたウイルソン氏は昨年7 月のニューヨーク・タイムズ紙に寄稿し「ブッシュ政権はイラクの脅威を誇張するために情報をねじ曲げた」と告発した。さらに政府高官がリークしてウイルソン氏の夫人が「WMDに関するCIAエ作員」と暴露、9 月末にはCIA が、連邦情報保護法違反(CIA の身元を暴すと有罪)の疑いで捜査に乗り出すなど情報操作疑惑が泥仕合の様相を呈している。
一方、英政府も「イラクは45 分で大量破壊兵器を配備できる」ので先制攻撃が必要だとする決定的な理由がBBC のスクープなどで偽造された疑いがあることが次々に判明。昨年2 月に公表したイラク報告書が研究者の論文を無断転載したうえ、数字などを改ざんしていた疑いも浮上。「イラクは45 分で大量破壊兵器を配備できる」などと指摘した英政府の報告書(1昨年9 月公表)も、証言した科学者が昨年8 月に自殺し、報道したBBC と英政府が全面対立の状態となった。
ブレア首相は昨年4 月、イラクが戦争中、大量破壊兵器を使わなかったことについての発言で、「国連査察団のため、フセイン政権は大量破壊兵器の組織的な解体・隠ぺいで、兵器を使用可能な状態に戻す作業が困難になった」とも言っており、「45 分で配備可能」とも明らかに矛盾する。クック前外相も回顧録で同じようなブレア首相の矛盾発言を取り上げており、イラクの脅威誇張疑惑は今もくすぶり続けている。
・戦争報道命題③ 戦争の最初の犠牲者は真実(メディア)である。メディアは戦争
を美化せよ。戦争美談が捏造される。
「戦争が起こった時、最初の犠牲者は真実である」とは第一次世界大戦の参戦を決めた時、米国のグラハム上院議員が言った有名な言葉である。
戦争で勝つためには敵を欺き、真実を隠蔽するのは軍の常套手段である。メディアに自分達の有利な情報を書かせ、不利な情報は検閲して書かせないという言論、メディアの統制、情報操作、プロパガンダを行なってきたのが、戦争報道の歴史である。
言論の自由が尊重されている現在でも、国や軍は真実よりも戦争の勝利を最優先しがちであり、メディアと正面から正面衝突する。古くは上海事変(1937年)の肉弾三勇士や太平洋戦争時に数多く作られた軍神を引き合いに出すまでもなく、戦争のたびごとにプロパガンダとメディアが一体となり、戦争美談や軍国美談を創作される。今回はリンチ事件である。
米陸軍女性上等兵、ジェシカ・リンチ さん(20)は3月下旬にイラク南部のナシリアでイラク軍と交戦し、弾薬がなくなるまで激しく抵抗したが、負傷し捕虜となった。9日間入院した病院ではイラク兵に縛りつけられ暴行、虐待されが、英雄的な米軍特殊部隊の突入で救出された。この救出劇は米国民にとってイラク戦争の「最大のドラマ」として、テレビなどで連日大々的に伝えられ、リンチさんは一躍、国民的ヒロインとなった。
映画化権の争奪戦が演じられた。
ところが、昨年11月、手記を発表し米テレビのインタビューに応じたリンチさんは、「軍は私を戦争のシンボルに使った。報道は間違いだった」と述べ「病院では殴られたり、暴行はなかった。女性看護師は親切で私のために歌を歌ってくれた」と真相を語り、米軍による全面的な情報操作だったことを認めた。
米国防省が戦争支持の世論を高めるために、リンチさんの救出劇を戦争美談、戦争のヒロインとして仕立て上げたのであり、メディアもセンセーショナルに誤報した罪は大きい。
・戦争命題④ 戦争報道は速報と同時に、検証がそれ以上に大切、速報主義の戦況報道に自縛されてならない。
第2次世界大戦で日本のメディアが「死んでしまった日」になった原因の一つは新聞の速報主義にある。一刻も早く戦況を報道することが至上命題となり、軍部が暴走して次々に、戦線を拡大して既成事実を作っていくのを、事実確認せずメディアも政府も即追認して、気がつけばとんでもないとこまできている。
事実を徹底して検証、確認せず、ウソの大本営発表をそのまま速報していくことによって、ジャーナリズムは自らの首を絞める結果となった。つまり、戦時下で愛国的で、政府を批判できない全体的な雰囲気のもとで、国からの言論統制も加わって、メディアは自己規制して沈黙し、状況に流されてしまう。
第2 次大戦への経過を振り返えると、ズルズルと日中戦争のドロ沼に入り、勝ち目のない戦争で大変なことになるといった危機感、問題意識があっても、政府、軍は、ヒトラーがヨーロッパで破竹の勢いで進撃している段階で、「バスに乗り遅れる」なとばかり日独伊三国同盟の方向に走っていく。メディアも熱狂的に支持し、速報主義、戦況報道のワナに陥っていったのである。
ところで、今やメディアのスピードは加速し、新聞からテレビ報道、さらに24時間ライブ放送というリアルタイムの速報性、同時性の時代を迎えているだけに、速報されたものを、もう一度フィードバックして、事実を検証していく作業こそがますます重要になってくる。
・戦争命題⑤戦争報道への提言を次に掲げる。
① 戦争報道で大切なのは視聴者がニュースを理解できるコンテクスト(文脈)を提供することで、情報の丸投げであってはならない。
点としてばら撒かれたカメラからの情報のライブ中継(タレ流し)は映像の丸投げ、ノイズ(雑音)そのもので、砂漠の砂嵐のように戦争の真実を視聴者に見えなくするだけだ。
情報のたれ流しではなく、何を伝え、何を切るのかという編集の作業が重要となってくる。その点、米メディアは戦争後は冷静さを取り戻し、フィードバックしての事実の再検証して、情報操作疑惑を次々に暴いているのはさすがである。
② 戦争報道では報道の中立性、公正さが問われる。戦争のさまざまな側面を多角的に伝えること、視聴者に判断材料を提供し、意見形成を促進させていくことだ。
③ 巧妙なメディアコントロールや検閲を打ち破ってねばりづよい取材力して戦争の本質に迫り、その実態を検証することこそコンテキストの提供になるが、そのためには両方から取材することである。『アルジャジーラ』の「1つの意見もあれば、別の意見もある」という報道方針こそ重要である。
④ 日本ではベトナム戦争の従軍記者たちも現役から去り、メディアの現場に専門的な経験、知識を積んで記者がいなくなっている。その点で軍事的な知識、歴史的な知識、専門性、分析能力、総合性を兼ね備えたジャーナリズムのアジェンダセッティング(議題設定機能)、編集機能こそが求められる。
⑤ ジャーナリズムの通弊だが、戦争という大事件も長く続くと、すぐあきられて、報道はどんどん小さくなり、新しいニュースにとってかわられていく。しかし、戦争は今も続いており、戦争の真実に迫っていく持続性こそ重要である。
イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせ
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