前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

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『Z世代のための 欧州連合(EU)誕生のルーツ研究」③』★『欧州連合(EU)の生みの親・クーデンホーフ・カレルギーの日本訪問記「美の国」③★『子供心に日本はお伽話の国、美しさと優雅の国、同時に英雄の国であった③』

   

日本リーダーパワー史(275)

前坂俊之(ジャーナリスト)
 
① 同種交配が衰微を招き、才能ある民族と人種の間の混血の結果、人種改良が達成される。少年時代の私たちは、私たちの混血、私たちに日本人の血の流れていることを誇りに思っていた。
②  私たちの子供心には、日本はお伽話の国となっていた。美しさと優雅の国となっており、それと同時に英雄の国となっていたのである。
③ 私たちが半分は日本人の血を分けているという点から、敬意を表され、また共感を寄せられたのである。世界でもっとも勇敢な民族に私たちの血が繋がっていることが、敬意と共感を寄せしめたのである。何となれば、若い男子の間では勇敢こそ、すべての美徳の中の最高のものであると永遠に見倣されているからである。
 
 
「美の国」(クーデンホーフ・カレルギー著、1968年)③
 
  <日本生まれの私>
 
短躯王ピピンが合法的に在位していたメロビング王家の廃位を行なって、自らの家族であるカロリンガー王家をもって王位を変えた例とは異なり、日本のいわゆる将軍が皇帝を排除して帝位に即こうとした例は全然ないと語っていた。
 
 さらにまた、世界歴史における最大の侵略者は、マケドニア人でもなければ、また、ローマ人でも、イギリス人でもなくて、ジンギスカンと、その子孫の支配下で歴史上最大の世界的大国を建てたモンゴル族であってその領土はアレキサンダー大王の領土よりも比較にならぬほど大きかったと語ってくれた。
 
 また文化の面においても、すべての文化民族のうちで、もっとも偉大で、かつ、もっとも古いのは、当時は弱体民族ながらも、シナ民族であったことについても、父は私たちに覚えておくよう注意したのである。
さらにまた、同種交配が衰微を招き、才能ある民族と人種の間の混血の結果、人種改良が達成されることについても、父は繰り返して私たちに説明してくれた。したがって、少年時代の私たちは、私たちの混血、私たちに日本人の血の流れていることを誇りに思っていた。
 
 
 私たちは日本について思い出すことも、私たちの祖父母について思い出すこともできなかったが、日本の祖父母からは、一年のうち幾度かにわたって、日本からの贈り物の入った木箱が送られて来た。
 
品物は、絵本、動物、人形などであった。色とりどりの着物を着た日本女性の人形がガラス蓋の付いている小さな木箱に入っていた。
風にふくらむ彩色布地で作った大きな鯉職も入っていた。弓と矢も送られて来て、そのため私たちは城の庭を安全でなくしたものである。水の中へ突込むと花に変わって行く小さな木の棒もあった。
 
陶器で作った日本の猫は、ヨーロッパの布製の動物とはあまり似ていなかった。日本製の陶器猫の毛は黄色ではなくて金色であった。日本製の猫は非現実的であり、童話的であった。それは、母が私たちに折にふれて語ってくれた日本の童話に出て来るいろいろな姿を思わせた。
 
 私たちの母は、日本についてはあまり話してくれなかった。
おそらく母としては、彼女の日本に対する限りない望郷の念のあまり、子供たちの同情を呼んだり、または、彼女の新しい郷土に比べて古くからの故郷日本の優れていることに関係ある事柄について私たちの前で語ることは、まずいと感じていたのであろう。
母は日本については話さなかった。彼女自身が日本であった。私たちから見ると、父はオーストリアでなくて、ヨーロッパそのものであり、母はアジアではなくて、日本そのものであった。

<日本女性のすばらしさ>

 
 私たちの母からは、筆紙に尽くせないほどの魅力が発散していた。柔らかくて細く、いつも微笑を浮かべていて、優雅と端麗に充ち満ちていて、私たちから見ると、母は美と善の化身であった。母は完全無欠な女性と思われた。
 
ヨーロッパ人のどんな女性よりも優れており、とりわけ柔らかさの点で母よりも劣っている父方の親戚の女性よりも立派であった。
 母はときどき日本着物を着ていたが、そんなときは、私たちにとっては、お祭りのような嬉しさが湧いた。また、母が日本製の二つの楽器(琴と三味線)を弾き、それに合わせて唄ったり口ずさんだりしたとき、またじゅうたんに坐って、毛筆で両親あての手紙を長い巻き紙に書き、それを巻いて小さな画に入れて、東京へ送らせたとき-のようなときには私たち子供は、はしゃいで喜んだものである。
 
 
このような次第で、私たちの子供心には、日本はお伽話の国となっていた。
美しさと優雅の国となっており、それと同時に英雄の国となっていたのである。
 
 
 
日本に対する私たちの関係の点では、日露戦争が一つの大きな役割を演じていた。日露戦争の勃発したときには、私は十歳であった。私は地球儀の上でオーストリアと日本の間に跨がる巨大な国と、ヨーロッパの最強国に対して敢えて挑戦した小さな日本列島とを比べて見た。
 
一〇〇年以前にナポレオンを破り、オーストリアを震え上がらせたロシア帝国と日本を比べて見たのである。
私の父はロシアが好きであった。父はロシア語を話したし、また、私たちに毎日、ロシア語を教えてくれていた。彼の母はベータースブルク(後のレーニングラード)で、ギリシア正教派の儀式に従って洗礼を受けているのである。父の祖母マリー・カレルギスは、全権を握っているロシア首相ネッセルローネの姪であると共に、ほとんど養女同然であった。この祖母の再婚した相手はロシア人であった。
 
 このような事情にもかかわらずー私たちの父は、日露開戦の最初の日から日本側の味方であった。それは、彼の妻が心の底で日本的な国家主義者たる考えを失っていなかったので、妻を愛する心から来ているだけではなくて、さらにまた、この戦争の結果が彼の七人の子供の将来に決定的な影響を及ぼすことを知っていたからでもある。
 
父は東京からの外交報告書の中で、すでにこの戦争を予報していたことを誇りにしていた。単にこの戦争勃発についてのみならず、さらに日英同盟、そして日本側の勝利について予報していたことを自慢していたのである。
 
 父はウィーンの親しい新聞記者に頼んで、すべての戦況を電報で送らせていたので、私たちは新開が届くより前に、全部の戦況を知っていた。
戦況に関するこれらの報道は、すべて勝利の連続であった。海戦にも、陸戦にも、日本側の勝利の連続であった。日本は一回も敗戦を経験しなかった。
 
私たち子供は誇りを感じ、また幸福であった。私たちは、この戦争について、日本の国家主義者と同じょうに感じていた。勝報の入るたびに、私たちは日本の国旗を掲揚した。私たちの教室には満州の地図が懸けてあり、それにはロシアと日本の小旗がピンで差してあった。
 
毎日ロシアの国旗が外されて、その代りに日本の国旗が差し込まれた。私たちに出会った人は、誰も彼もが日本の勝利について私たちに祝詞を述べてくれた。
 
私たちの知っている範囲においては、私たちだけが日本人との混血であったので、私たちは、なんだか勝利者であり、英雄であるかのごとく感じ世界中で、もっとも勇敢な民族と血の繋がりのある感を強くしたのである。
 
 私は、旅順港封鎖のため自沈した日本艦隊に関する記事を覚えている。この記事は、私たちのために父が読んで聞かせたのである。石を積んだ幾隻かの日本船が、ロシアの軍港の入口で沈み、そのとき、日の丸の旗が、はためいており、日本の国歌君が代が響いていた光景を思い出すのである。
 
 また、一つの部隊から他の部隊の本部へ重要な報告を持って行く任務を有する日本軍の騎馬伝令に関する話によって、私は深く胸を打たれた。
この騎馬伝令は、途中でコサック兵の襲撃を受けて包囲されたのである。彼はこの軍機書類が敵の手に渡らないようにするため、自分の腹を切り開いて、死に瀕しながら、その書類を腹の中に隠した。
 
コサック兵は、この死人になった日本兵を、そのままにしていたところ、その直後に、日本軍のパトロールが彼を発見したのである。パトロールは、隠されていた軍機書類を発見し、それを宛先に引渡した。血染めのこの軍機書類は、前述の英雄的行為を記念するため、ある社寺に保存されたのである。
 
 日本側には、捕虜になった者が、ほとんど皆無であったことについても、私たちは誇りを感じた。もっとも身分の低い日本兵ですら、敵に降参するよりも死を選ぶものであることを、私たちは誇りに感じた。
 
このときから、日本人は、世界でもっとも勇敢な民族であると見られるに至ったのである。日本は第二次世界大戦では敗戦国となってはいるけれども、この戦争においても日本人の勇敢さは示されているのである。
日本軍の側における志願による多数の特攻飛行士によって示されているのみならず、さらにまた、アメリカ軍の側においても、日本人二世の部隊が、ヨーロッパの激戦地であったモンテ・カッシーニやフォゲーゼンで戦功勲章獲得の最高記録を樹てた事実が証明している。
 
 旅順が陥落したときと、対馬沖の日本海海戦でバルチック艦隊が全滅したときの私たちの歓喜を、私は今日なお覚えている。
 
 日露戦争後の日本は、強国として認められるに至ったのである。アメリカ合衆国および六カ国に及ぶ従来のヨーロッパにおける強国と並んで、アジアにおける唯一の強国として認められたのである。
 
私たちの素姓に日本の血が半分混じっているために、私たちがいつかは苦しまねばならぬかも知れなかった危惧の念は、吹き飛ばされたのである。それから数年後に私たちがウィーンに在るマリア・テレジア大学の学生となったときでも、私たちは異人種混血による悩みを全然経験しなかった。
 
むしろ反対に、私たちが半分は日本人の血を分けているという点から、敬意を表され、また共感を寄せられたのである。世界でもっとも勇敢な民族に私たちの血が繋がっていることが、敬意と共感を寄せしめたのである。何となれば、若い男子の間では勇敢こそ、すべての美徳の中の最高のものであると永遠に見倣されているからである。
 
        *  *  *
第一次世界大戦では、日本はオーストリアの敵側に加わっていた。イギリスの同盟国として、日本はドイツ国の植民地たる青島を攻撃し、オーストリアはドイツの同盟国として日本の敵方であったのである。
しかしながら、このような敵対関係は純理論であった。私たち自身、または私たちの母もそのために苦しまなかったし、また日本に対する私たちの私的な考え方は変わらなかった。
 
この第一次世界大戦中に私は、ある海外旅行をしたが、そのとき、私は質問欄に記入しなければならなかったが、その中には特に、「昔殿の滞在したことのある敵性国はどこですか」、「滞在目的は何でしたか」という欄が設けてあった。
第-の質問に対しては「日本」、そして第二の質問に対しては「出生のため」と私は記入した。
 

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究, IT・マスコミ論

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