前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『オンライン天才養成講座/エジソンの発明術を学ぶ』① 『エジソン、福沢諭吉からの警告』★『天才、リーダーは学校教育では作れない』★『秀才、優等生よりは、落ちこぼれ、落第生の方が天才になれるのよ』 

   

2014/07/17     2018/02/03百歳学入門(94) 

「20世紀最大の天才老人NO1<エジソン(84)の秘密>

日本の過度の学習塾・受験詰め込み教育がすべての子供が持つ『豊かな創造性と個性』をつぶして、有名大学卒・マニアル人間・創造力ゼロの自己改革できない・バカの壁をを量産するのみ。エジソンは小学校も中退して、母親から教わった。天才、リーダーは学校教育では作れない。小学生のエジソンは先生から「成績が悪いと叱られれ、以後、登校拒否して小学校を中退し、母親から教育を受けた。

前坂俊之(ジャーナリスト)

「天才は1%が霊感(インスピレーション)、99%が汗(パースピレーション)である」は、エジソンの格言の中で、最も短くて最も有名である。

秘書のインサルが天才について質問した時、エジソンはこう答えた。「99%はうまく行かないことを知ることで、他の1%が天才かも知れない。だが私が、何事もやり遂げられと思う唯一のほうほうは、忍耐強い観察を続ける努力である」

トーマス・アルパ・エジソン(1847~1931)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%
E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%82%BD%E3%83%B3

 トップリーダーを育てるための英才教育の必要性や、幼児教育の重要性を説く人が最近、増えている。しかし、残念ながら天才は学校からは生まれない。平均点の優秀な児童・生徒はつくれても、リーダーは学校教育でつくりだすことは無理だと思う。天才はいずれも学校では落第生だったことが多いという事実は考えさせられる。

 たとえば 『天才の通信簿』(ゲルハルト・プラウゼ著、丸山匠ほか訳、講談社、1978年)では西欧の三千年の歴史の中での天才の学校生活を調べているが、天才、トップリーダーを学校でつくりだすことは非常に難しいことを示している。

相対性原理などでノーベル物理学賞を受賞した天才の中の天才・アインシュタインは先生がサジを投げたような最低の生徒だったという。発育が遅く、口を利くのがひどく遅かったので、両親は知的障害ではないかと心配した。

 やっと話せるようになっても、しゃべり方はぎごちなく、おそろしく無口だった。このため、アインシュタインは学校嫌いになった。アインシュタインは子ども心に自分に興味のない科目をなぜ勉強しなければならないか、理解できなかった。学校の教育方針に従わなかったので、先生ちからひどい目にあった (前掲書)。

 二〇世紀の最大の天才・トーマス・エジソンも小学校を退学したことは有名である。「私はいつもクラスでいちばんできのわるい、落ちこぼれの生徒で、父でさえ私が低能であると思いこんでいた」 (同前)。 ある日、担任の先生が全員の前で「きみの頭は空っぽだね」と冷笑した。八歳の少年にとって、この言葉は笛でムチ打たれるよりこたえた。いきなり教室をとびだし、そのまま家に駆けもどり、「もう学校へ行くのはいやだよ」と母に涙ながらに訴えた。

 この先生の言葉は、一生涯脳裡に焼きついて離れることがなかった。「その日から二度とその小学校には足を踏み入れなかった」。あとは母が教育して読書を教えて、一緒に本を読み仕事をしながら独学で「大発明王」 に成長していったのである。エジソンの成功物語は教育とはいかなるものかを学ぶ絶好の材料である。

 優等生や既存の試験に強い、先生からはめられる「優等生的な」児童・生徒はつくり出せても、大発明や英雄になるような大天才は「逆境」や「苦労や貧乏の実体験」の中から育つという例証である。先生もあまり肩に力を入れる必要はない。どこまで人間形成に役立つ教育をするかである。

本来の学校の意味はこの(スクール)という単語は、ラテン語の「スコラ」に由来し、語源はギリシア語の「スコレ」で「仕事から解放されて自由になる」という意味である。つまりスコレは、古代ギリシアでは、自由市民が精神修養をはかる余暇を意味するものであり、やがて人々が集まって話を聞いたり、討論しながら学習する場所を指すようになった。

 これが、一四世紀以降の西欧では読み書き計算を教える学校、寺、私塾が生まれ、一七世紀になると今日の小学校に相当する普通学校が成立し、一八世紀には急激に増加している。義務教育が導入され、全児童が少なくとも小学校に就学する教育体制が確立したのである。これと比べると、日本の義務教育制度は一八八〇年(明治二三)の教育令(三年間)で導入され、二〇〇年以上は遅れたのだ。

福沢諭吉の子供教育論

日本の教育制度はどう発展したのか。日本の近代教育制度は文部省の東大など官立校に先駆けて福澤諭吉の慶應義塾(一八五八年(安政五年)に開校した蘭学塾がスタート、一八六八年(慶応四年、明治元年)に「慶應義塾」と名前を変えた)が開かれたが、福澤は明治元年五月、上野に立てこもった彰義隊と官軍の戦争が始まり、江戸が戦火に包まれる瀬戸際でも講義を続けて、生徒に言ったという。

 「これから新しい日本が始まる。過去の日本は亡びる。これからの日本はお前たちが背負って立たねばならない。われ関せずで黙って勉強しなさい」

 そのうち、上野の山に官軍が大砲を撃ち込み、その砲昔が響いてきた。

学生が落ち着かなくなると、「しばらく講義を止める。みんなハシゴで屋根にのぼって、バカどもの騒いでいるのをみろ」と、屋根上で見物させ、それから、一心不乱に講義を続けたという毅然としたリーダーシップを示したという。

教育こそ国の盛衰を左右する。福澤の決然として、若者の未来に託した姿勢こそ真に教育者の姿であろう。いま、少子高齢化で国難に遭遇している日本にとって、教育で優秀な人材、世界で活躍する人材を育てて、二〇年、三〇年後に国運を立ち直させることこそ重要である。 

福澤は慶應義塾で経済こそその国を独立、繁栄させる基盤であると役人養成ではなく、実業家の育成に取り組んだ。これが、明治の「富国強兵」の人材養成になったのである。九人の子どもがいた福澤は小学校教育について、体育を中心にして子どもの活動を妨げるなとして、こう語っている。

「子供の教育法は、もっぱら体のほうを大事にして、幼少の時から読書などさせない。まず体を作った後に心を養うというのが私の主義で、生れて三歳、五歳まではいろはの字も見せず、七、八歳にもなれば手習いを少し、まだ読

書はさせない。それまではただ暴れ次第に暴れさせて、ただ衣食にはよく気をつけてやる。自由自在にしておくのは、犬猫の子を育てると変わることはない」と自然流で、勉強、勉強などといっていないのだ(福沢自伝より)。

 

 また、次のように親にくぎを刺している。 東大の教育法を批判、息子を退学させた。

「世間の父母はややもすると勉強、勉強といって、子供が静かにして読書すればこれをはめる者が多いが、私は子供の読書、勉強は反対でこれをとめている。年齢以上に歩いたとか、柔道、体操がよくできたといえば、ホウビを与

えてはめるが、本をよく読むといってほめたことはない。長男、次男の二人を東大に入れて勉強させていたところが胃痛で体をこわした。家に呼び返し文部大臣に『東大の教授法は生徒を殺すか。殺さなければ頭がおかしくなる、

大は少年の病気製造所と命名してよろしいか』と抗議して二人を慶應義塾に入れて卒業させて、アメリカの大学に留学させた」((福沢自伝より))とまで書いているのだ。

 福澤は日本の教育制度を変えた男であり、慶應大を創設して教育を実践してきた先覚者である。その方法論は現在の大学制度の改革を先どりしている。

外国人もどんどん採用し、多くの学生を海外留学させ、ハーバード大の日本分校にすることも検討していた。東大が旧来からの官僚養成学校であるのに対して「経済大国」の基礎をつくる経営者、実業家、リーダーを送り出した。

つづく

 - 人物研究, 現代史研究, IT・マスコミ論

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本メルトダウン( 969)●『トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実』●『トランプが敗北しても彼があおった憎悪は消えない』●『預金が下ろせなくなる?国の借金1000兆円を国民に負担させた「預金封鎖」とは』●『そして預金は切り捨てられた  戦後日本の債務調整の悲惨な現実』●『尖閣問題も五輪ボート会場問題も「ノーベル賞マインド」で(李小牧)』●『東芝と日立、なぜ両巨艦の明暗は分かれたか 世間が決める「成功」にとらわれるな』

   日本メルトダウン( 969) トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」 …

no image
<国難日本史ケーススタディー③『我が日本は開国以来、いまだかつて真の外交なるものはなし』<林 董(ただす)の外交論>

<国難日本史ケーススタディー③> 林 董(ただす)の外交論を読む① 『我が日本は …

no image
日本リーダーパワー史(600)<まとめ再録>『アメリカを最もよく知った男・山本五十六連合艦隊司令長官が真珠湾攻撃を指揮した<悲劇の昭和史>

 日本リーダーパワー史(600) <まとめ再録>山本五十六は名将か、凡将か!? …

『オンライン日本資本主義講座/21世紀の公益資本主義の先駆者は大原孫三郎(クラレ創業者)」★『渋沢栄一を超えた男で、儲けた財産のすべてを社会に還元した日本一の資本家(大内兵衛いわく)』

日本リーダーパワー史(280) 『欲望資本主義を超克し、21世紀の公益資本主義を …

no image
日本のメルトダウン(525)「安倍首相の「ウーマノミクス」は革命が必要(英FT紙)●「日本の『報道の自由度』が59位に後退」

  日本のメルトダウン(525)     …

百歳生涯現役入門(178)-『晩年の達人の渋沢栄一(91歳)③』★『別に特種の健康法はないが、いかなる不幸に会おうともそれが人生なのだと達観し、決して物事に屈托せざるが(くよくよしない)私の健康法です』★『いつまでも「若々しい」人はドコが違うのか 中曽根元首相に茂木健一郎氏が聞いた秘訣』

 百歳生涯現役入門(178)ー 『生涯現役/晩年の達人の渋沢栄一③』 筆者は現在 …

no image
日本リーダーパワー史(759)-『名門「東芝」の150年歴史は「名門」から「迷門」「瞑門」へ」●『墓銘碑』経営の鬼・土光敏夫の経営行動指針100語を読む①』★『『日本老舗大企業にとって明日は我が身の教訓、戒語です』

日本リーダーパワー史(759)   名門「東芝」の150年歴史は「名門」から「迷 …

no image
速報(182)『日本のメルトダウン』『台湾第4原発事故で、沖縄県内で3万7400人がガン死』『石棺で現在の場所に封じ込め』

速報(182)『日本のメルトダウン』 『台湾第4原発事故で、沖縄県内で3万740 …

『Z世代のための日本興亡史研究④』★『日本海海戦完勝の<東郷平八郎神話>が40年後の<太平洋戦争開戦と敗北>の原因の1つになった』★『ネルソン神話と40年後の東郷神話の同一性』

  第2次近衛内閣(1940年7月22日から1941年7月18)の和戦 …

no image
日本メルトダウン脱出法(835)「米国株(10日):S&P500種4日続落、FRB議長証言で売り止まらず』●「蘇るリーマンショックの記憶、金融不安を高めるマイナス金利』●『コラム:問題児に転落したドイツ銀のハイブリッド債』●『爆買いから「爆学」へと進化し始めた、―中国人の日本リスペクトぶり』●『世界史が教える日本の大学の構造的欠陥―このままでは日本から大学が消えていく』

   日本メルトダウン脱出法(835)   米国株(10日):S&P500種4日 …