トランプ大統領誕生で『日本沈没は加速されるか』「しぶとく生き抜くか」の瀬戸際(下)「トランポリズム(Trumpolism/トランプ政策を指した俗語) はどこまで実行されるのか、世界をかたずを飲んで見守っている。『米国はTPPの離脱を表明、仕切り直しに取り組むしかないー「自由貿易は日本の生命線」』
トランプ大統領誕生で『日本沈没は加速されるか』「しぶとく生き抜くか」の瀬戸際(下)
前坂俊之(静岡県立大学名誉教授)
「トランポリズム(Trumpolism/トランプ政策を指した俗語)
はどこまで実行されるのか、世界をかたずを飲んで見守っている。(2)
月刊『公評』82017年1月号)掲載
(以下の原稿は11月20日までの情勢を分析して書いたものです)
アメリカの孤立への回帰はオバマの時代からはじまっている。
トランプ氏の「モンロー主義」への回帰は、今回始まったのではない。すでに、オバマ大統領の時からはじまっている。 オバマは2013年9月にシリア内戦への軍事不介入の声明を発したが、「もはやアメリカは世界の警察官ではない」と言明、中東からの米軍撤退、2020年から2026年の間に沖縄から海兵隊を含む全米軍撤退、NATO(北大西洋条約機構)の閉鎖、全世界での米軍基地の縮小、撤退プログラムを打ち出した。
『アメリカは世界の警察官をやめる』『孤立主義』「アメリカ第一主義」は米国では党派を超えたコンセンサスなのである。
トランプ大統領の登場で「世界のブロック化」が現実化すれば、軍事力も資源も輸入に頼る「貿易立国日本」は最も打撃を受ける。イギリスのメディアは「最も打撃を受けるのはアジアでは日本、イラン、中東などが負け組で、中国、ロシアはほくそえんでいる」などの報道も見られた。今後の成り行き次第では『日本沈没が加速されるか』危機を迎えている。
トランプ氏は日米同盟、日米安保について
➀日本の安保ただ乗り論。「他国がアメリカを攻撃しても、日本はアメリカを助けなくてよい。他国が日本を攻撃したら、アメリカは日本を助けなければならないのはおかしい」―と日米安保の片務性を批判していた。
②日本、韓国、NATO各国も防衛費をもっと増額、負担せよ、
③日本も韓国も中国、北朝鮮に対抗して核保有すればよい と選挙中から日本批判を繰り返しており、当選後は「核保有発言などは言っていないと」と
一転して打ち消したが、日本側の「トランプ不安」は大きくなっている。
日本側の反論は「負担額」にこだわるミスマッチ
日本側のトランプの主張に対する防衛費の負担問題の反論は次のようなものだ。
安倍首相は11月14日の国会答弁で
『在日米軍の駐留経費問題ではアメリカも利益を得ている。日本は今年度、米軍基地の光熱費や人件費などの思いやり予算に加えて計約7600億円を支出している。日米間で適切な分担が図られるべきだ」と日本側負担の増額について否定した。 また、「非核三原則は我が国の国是で、今後とも堅持していく」として「核兵器を保有することはあり得ない」と強調した。
実際の日本の駐留経費の負担額は75%で、韓国40%、ドイツ30%のほぼ2倍にのぼる。 16年度の在日米軍の予算は55億ドル(約6000億円)より、日本の方が多い。
自衛隊関係者は「日本から出ていって困るのはアジアでの影響力を維持したい)米国の方だ」と指摘する。
しかし、トランプの政策アドバイザーとなったグレイ共和党下院議員は
「日本と韓国はそれぞれ世界3位と11位の経済大国で、GDPは日本が4兆㌦超、韓国はl兆3000億㌦超に達している。両国がアメリカの財政的・軍事的負担の下で、豊かな民主主義国に成長した過去を考え合わせれば、米軍駐留費を全部負担するのはフェアな話ではないか?」と話す。 さらに「日本、韓国、さらに東南アジアの同盟国、友好国との間の共同ミサイル防衛網の構築に力を入れる。
その上で中国に対し交渉を求めて、国際的な規範に逸脱する軍事、準軍事の行動に断固抗議して、抑制を迫る」とトランプの中国抑止政策を解説する。 いずれにしても、
この日米の安保パーセプションギャップ(認識の違い、亀裂)が今後の外交交渉のポイントになりそうだが、気になるのは日本側の日米同盟、日米安保に対する冷めた認識、世論である。
年約5000億円で「アメリカの核の傘」を買って現実―
これを破棄して自主防衛すれば費用倍増する。
さあ、どうする!
週刊東洋経済(11月12日号)によると「日米の安全保障体制は今後も続くと思いますか」とのアンケート調査では、4人に1人が「思わない」と答え、2,30代がその半分をしめた。
では「日米安保以外の選択肢ではな何がよいか」、の問いでは「核によらない自主防衛」が最も多く4割を占めた。つまり、若い人には日米同盟よりも、核不保持の自主防衛という、トランプの主張を支持する者が結構多いということだ。
では、この日米同盟を廃棄して、沖縄の負担をゼロにして自主防衛に転換した場合のコストはいくらかかるのだろうか。
現在、日本の防衛費は年間5兆円弱、GDP(国内総生産)の1%以内で推移してきた。そのうち約1割の5000億円前後が在日米軍関係費である。つまり、日本が米国の傘の中で守ってもらっているコストは4000億~5000億円なのである。 これを、日米同盟を解消し、自主防衛に切り替えた場合にはかかる費用は
➀空母や戦闘機、防衛ミサイル、艦船、潜水艦などの購入費用負担増
②レーダー、偵察衛星、情報収集能力の独自開発などを合計して約4兆円強である。 在日米軍関係費(5000億円前後)をなくす代わりに、その8倍の約4兆円のコスト増が発生する計算である。(前掲週刊東洋経済)
核保有国で、日本の防衛費の5倍で軍拡を続ける中国と核実験繰り返し長距離ミサイルの開発を続ける北朝鮮に対して、核抜きの丸腰の自主防衛で果たして対抗できるのか、という疑問が大きい。
さらに、トランプの言う如く抑止力としての核保持の議論もあるが、NPT(核兵器不拡散条約)体制に入っている中、日本が独自の核開発に動こうものなら、外交や貿易面で多大な負担と批判にさらされる、というジレンマもあり、日本は難しい判断を迫られることになる。
結局、自主防衛による完全な代替は難しいだけに、日米同盟の維持を前提に現実的な対応をしていくしかないであろう。
米国はTPPの離脱を表明、仕切り直しに取り組むしかないー「自由貿易は日本の生命線」
経済のブロック化で世界経済には暗雲が?という悲観論が出ている。 トランプ氏の当選でTPP発効は事実上無理な情勢となった。そのため11月18日に安倍首相はトランプ氏に外国首脳として最初に会談、1時間半にわたる話合いで「信頼関係を築くことができると確信が持てる会談だった」と自信の表情で語った。
TPPの態度決定は2017年1月20日のトランプ大統領の正式誕生後に発表されるだろうが、TPP離脱が決定的となり、第2、第3案の戦略を練り直す必要があろるだろうう。 TPP参加国は今後とも米国に強く働きかけること、一部には中国の参加を望む声も出ているが、多くの参加国は様子見を決め込んでいる。
いまから約80年前のことだが、安倍首相の親類筋の松岡洋右(のちの外相)が『満州は日本の生命線』と主張して、1932年(昭和7)に国際連盟から脱退した。
これと比較すれば現在の日本、世界にとって「TPPや自由貿易協定こそグローバリズムの死守すべき生命線」なのである。この危機意識から、安倍首相はいち早くトランプ氏に会いに行ったのである。
この『安倍スピード外交』は、拙速と批判する向きもあるが、外交が自国の国益追求と同時に、互いのトップ同士の信頼関係によるものとすれば、安倍首相の積極姿勢は評価に値するといえる。 中国がトランプ氏を評価するのは互いに孤立主義、保護主義で、自由貿易に反対している似たもの同士のためだが、中国習近平外交は「大中華思想」「中国の夢」(中華思想単独覇権主義の夢)を目指す軍拡路線をとっており、戦前の日本の『大東亜共栄圏』に似た「おらが経済圏、中国の核の傘の下連盟」の結成に取り組んでいる。
トランプ氏はTPP,各国との貿易協定、パリ協定(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)から脱退発言をしており、今後、こうした難問続出で迷走する可能性が大きい。
米国がアジアからも手を引くという空白、間隙をついて、中国側は東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、アジアインフラ投資銀行(AIIB、日米主導のアジア開発銀行に対抗する形でできたアジア向け国際開発金融機関だが57カ国が参加)、「一帯一路」(新シルクロード・ユーラシア大経済圏構想で60ゕ国が参加)など豊富な中国マネーをエサに、これらの貿易協定強引に進めて低レベルの中国優先ルールで仕切るのではないか、との危惧の声が出ている。
もっともTPPが成立すれば、APEC(アジア太平洋経済協力)を基として、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の創設を目指すものであり、FTAAPは、最終的には貿易対立の激しい米国と中国の結ぶことを目標に置いていた。
中国はこの日米が主導するTPP 、FTAAP 構想に反対してRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、アジアインフラ投資銀行(AIIB),一帯一路を打ち出して、対抗してきた。 中国は2015年7月、インターネットの規制など明文化した国家安全法が成立、ネット、メディア, Google.FaceBook,ソーシャルメディアを厳しく規制、約200万人の監視員がネットの検閲に従事しており、ネット上に『万里の長城』を築いている。
このため、中国主導の貿易協定ではネット、IT、医薬品などの知的所有権を無視した、中国国営企業の優遇のため低レベルの中国ルールづくりが進められているのだ。 TTPへの米国参加の呼びかけると同時に、RCEPに参加している日本は中国側としたたかに交渉し、自由貿易を死守するためのルール作りに積極的に取り組んでキャスティングボードを握る必要がある。
そして、米国にTPPへの復帰とRCEFへの参加を呼びかければ、アメリカも日本の役割に大いに期待して入ってくるであろう。 米国、中国が「ウイン、ウイン」の『机の下で手を握っている!』といわれる内向き同士の2国間協定に傾くのを阻止しなければ、再び、「ジャパン・パッシング」(日本無視)から「ジャパン・ナッシング」(日本はない)となった悪夢の再来となるであろう。
問題は対中国政策をどうするかである。
米外交界の大御所のヘンリー・キッシンジャーは日経(2016年11月15日付)のインタビューに答えて
『米国に『新孤立主義』、の選択腰はあり得ない。それは外交政策を知らない人たちの間で流行するロマンチックなファンタジーにすぎない」と一蹴し、「米国の『リベラルな国際主義」の伝統を各国とも追い求めている』と「トランプ誕生」にクギを指している。
また、民主党の政策ブレーンのジョセフナイも読売新聞(2016年5月29日)で
『米国の時代は今後も変わらない。米国の力の基盤が植民地支配でなく同盟関係にある。米国衰退論は、不正確で誤解を生む文言だ。世界が一段と複雑化している中では、他国と最も連携している国こそが最もつよい国になる。米国は約60の同盟条約を結んでいるのに対し、中国は数えるほどしかない。』 と「中国の世紀」を否定している。
日本にとって、今後問題となるのは日米関係だけではなく、日中関係である。 反知性主義のトランプ氏の外交政策は中国と類似した単独行動主義であり、多国間主義を排した人権無視政策であり、これまでの米国の『リベラルな国際主義』とは相反する。トランプは中国との貿易は一層重視しても、そのわがままな振る舞いの人権抑圧、差別行動には目をつぶるだろう。
トランプ新大統領は反デモクラシー、専制主義の中国、ロシアとは、知性派が毛嫌いする様な取引をして、プーチンとの関係も修復にむかい、『米中ロ』の3覇権国家の蜜月になる可能性があるとも一部で報じられている。
もしそうなると、改善しつつある「日中関係」はさらにこじれて、日中は対立的な方向に進むかもしれない。 元中国大使・丹羽宇一郎は
『日中関係は日米同盟に連動している。日米安保が変質すれば、日中関係は今以上に悪化する』という。 『中国と米国が机の下で手を握っている。中国共産党が好きか嫌いかは関係ない。ビジネスでも儲かるなら投資をすべきだ。なぜ、世界で日本だけが中国への投資を減少させているのか。政界のみならず経済界でも安倍さんに気に入られようという風潮が強まっている。』と警告している。(週刊東洋経済(2016年11月12日号)
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