名リーダーの名言・金言・格言・苦言・千言集①「才能ではなく、熱意こそがハシゴをつくる」パナソニック創業者 松下幸之助ほか10人
<名リーダーの名言・金言・格言・苦言・千言集①>
前坂 俊之選
★☆「リーダーは統帥すべし、指揮に没頭するな」
東洋精密工業元社長 大橋武夫
「統帥綱領」では「大軍を指揮することを統帥という。大軍の統帥は方針を示し、後方(補給)を準備すればよく、その他の事は部隊のじゃまになることが多い」とある。
社長は方針を示し、資金を準備することが一番大切であり、社長が進路を示すだけで、社員の全能力が自動的かつ積極的に、その方向を集中指向されなくてはならない。
社長は指揮すべからず。統帥しなければならない。陣頭指揮もせいぜい一年に一度ぐらいにしておけばよい。陣頭指揮、率先垂範ということは、何も社長が社員と同じことをして、その規範を示すことではない。
社長が社長としての任務を、陣頭に立って社員の手本になるように、立派に果たすことである。
土建会社の社長が現場をうろつき、落ちクギを拾って、歩いているようでは問題だ。ただし、社長は細部の指揮をしてはならないが、理解はしていなくてはならない。
◎◎「才能ではなく、熱意こそがハシゴをつくる」
松下グループ創業者 松下幸之助
松下の名語録の一つがこれ。二階に上がるためには、ハシゴか階段が必要で、飛び上がって、上がれるわけではない。どうしても二階に上がらなければならない人、上がりたい人が、どうすれば上がれるか必死に考えた結果、ハシゴを思いつく。上がりたい情熱のない人にはハシゴを思いつくはずはない。才能があり、頭がいい人はハシゴを思いつくであろう。
松下は〝熱意〟こそ、才能を発揮させる原動力であり、二階に上がるための必要条件と言う。
「私は熱意のある人を買います。『何としてでも、二階に上がりたい』という熱意がハシゴというものをつくりだしたのです。ただ何となく『上がってみたいなあ』と思うぐらいでは、ハシゴを考え出すところまで行きません」
松下のもう一つの名語録に「まず思え」というのがある。まず思って、その思いの熱の温度をドンドン上げていくと、その熱意、情熱が仕事を可能にする。才能や知識が活きてくるのだ。ところが、人々はできない原因を熱意ではなく、才能に置いてしまう。
◎○「つねに負担を背負え」
マツダ創業者 松田恒次
松田の経営理念の一つは「つねに負担を背負い、その克服に全力を傾注していく」であった。
とにかく、長い目で必要なものを今日、負担して背負い込み、これを解消しようと必死になって努力していく。
経営者は荷を軽くしてはいけない-と松田は言う。「将来の足がかりになるような計画性、みんなの幸福がそこから生まれてくるようなものを、つねに背負い解決していく心構えが大切だ」。松田は一九五八年(昭和三十三)に、広島での組立工場建設に着手し、二年後にやっと完成した段階で、この負担が大きくのしかかってくる時病院の建設を始めた。
病院建設は赤字となり、その後も大きな負担が続くことが当然予想された。松田は重荷を背負い、ファイトを燃やした。
病院完成後は、次の飛躍の足場を求めて、大規模な土地の買収に踏み切った。
「計画性のある負担をつねに背負っていくのが本当の経営者」と松田は言う。
○●『無事是貴人』
東芝社長・経団連会長 石坂泰三
これはサラリーマン時代の、石坂の座右の銘であった。サラリーマンになって、石坂は初めて〝満足することが、一番豊かなことだ″という意味をかみしめ、この言葉を味わえば味わうほど、含蓄の深さを感じた。
石坂は言う。
「私だって、世捨て人や禅坊主ではない。だから金も欲しい。ぜいたくもしたい。しかし、いくら欲しくても得られない場合は、現状に満足して、働くしか道はない。不平を言ってもそれは得られるものじゃない」
〝無事是貴人″は心のブレーキである。
「私は人生万事、小成に安んじろというのではない。小さな地位でも、一日一日を充実感を覚えながら働いておれば、必ず道は開けてくる。不平不満をぶちまけるだけでは、道は真っ暗だ。一時の苦を忘れ、明日を夢見ながら、コツコツ働くしかない」
◎●「〝なしたもんだ″の経営」
YKKグループ総帥 吉田忠雄
吉田はファスナーからスタートし、YKKを海外に約五十の工場がある世界的な企業に育てた立志伝中の人物。〝なしたもんだ″というのは、吉田の出身地である富山県魚津市の方言で、よく「おのれはなしたもんじゃ」というように使われる。
その意味は「お前は一体何様だと思っているのか。何様になったつもりか」というオゴリたかぶった自らへの戒めの言葉。
逆によい時は「これでよかったのか、もう一歩の努力と工夫があっても、よかったのではないか」、悪い時には「オゴっていて、状況判断に甘さがあったのではないか」という常に自戒し、反省する言葉でもある。
吉田はいつもこの言葉を忘れず、「なしたもんだ」と自らに問い続けてきた。私生活でも、企業経営の面でも、常にこの反省を続けてきたのが発展、成功へとつながった、と言う。
「おのれはなしたもんだ」と、周りの者に自問自答をすすめる。
●◎「商品は売れないのが当たり前」
イトーヨーカ堂創業者 伊藤雅俊
戦後、伊藤は小さな洋品店からスタート、母親から徹底してお客さんを大事にする商人道を学び、小売業の利益日本一となった。その伊藤の〝商いの原点″がこの言葉。
商売とは厳しいもの。商品は売れないもの、お客さんは来てくれないもの1ここから出発せよ、と言う。
この前提で、どうすれば売れるかを考えて、答えを出していく。
「お客様の立場に立って考える時、一番大事なのは品質が良い、価格が妥当、サービスが良いことです。このことを忘れると、商売は基本的に狂ってきます」
「商売とは厳しいものです。お客様にお願いして、買っていただいているのです。一つでも、まずいもの、キズがあったらお客様は来てくださいません。お客様は来てくださらないもの、商品は売れないのが当たり前から、出発しなければならないのです」
ゼロから出発して、お客さんの立場にいつも立つことが大切なのだ。
●◎●「バカにされても、バカにはならぬ」
電力の鬼 松永安左衛門
「世の中には、人をバカにしたがる奴と、バカにされることを、バカに気に病むものとがある。いずれもバカな話で、世渡りには、人をバカにしてもいけないし、バカにされてもバカにならぬ、心掛けが大切だ」-と松永は言う。
血の気が多すぎる若い時は、ついバカにするしないのとこだわる。バカにされぬには少なくとも、バカにされたと考えぬようにする。自分の若いところを抑えるのが一番。
秀吉は木下藤吉邸の時から、バカにされつつ、その実は、バカにする奴をバカにしながら、ついに天下を取った。これは、信長のゾウリ取りになってから、その持ち場、立場でバカになりきり働いた結果による-のである。
元来、バカな奴はとてもバカになりきれぬ。「バカの出すチエは知れたものだが、チエを生み出すバカは底知れず恐ろしい」ことを松永は身を持って体験した。
「バカになりきって、やるだけやる奴ほど強く、恐ろしい奴はない」と松永は断言する。
◎●「〝ジョウダン″で会社はやっていけない」
ミサワホーム社長 三沢千代治
「〝ジョウダン″は恐ろしい。〝ジョウダン″で会社はやっていけない」と三沢が言うと、誰れもがキョトンとした顔になる。三沢一流のジョークだな、と感づく人もある。
「ジョーダン」とは〝情報断絶″のことで、省略して〝憶断″。今や情報がお金であり、経済の血液であり、企業、組織の命運が決まる時代。油断大敵ならぬ、情断大敵なのである。
三沢は「経営者たる者、情報収集に全力を傾けるべきだ」を信念にしており、「情報は水と同じで低きに流れる」と言う。
つまり、情報を持っている人に、頭を下げて教えをこえば、自然と情報は入ってくる。人に頭を下げるのがイヤな人でも、情報に頭を上げると思えばよい、というわけだ。
集めた情報を三沢は四段階でふるいにかける。まず、その情報は軽いか垂いか。第二段階は生産性のチェック、第三段階はアイデアの独自性、第四段階は投資効率である。その四段階を通過した情報、アイデアこそ事業プランとして残る。
★☆★「山本五十六の〝五戒″」
連合艦隊司令長官 山本五十六
一.苦しいこともあるだろう。
二.言いたいこともあるだろう。
三.不満なこともあるだろう。
四.腹の立つこともあるだろう。
五.泣きたいこともあるだろう。
「これらをじっと我慢していくのが、男子たる者の修行である」というもの。
これと似た〝五省″は戦前の「江田島海軍兵学校」で、生徒に対しての言葉。毎日の行動を反省する言葉。
一.至誠に悖(もと)るなかりしか。
二.言行に恥ずるなかりしか。
三.気力に欠くるなかりしか。
四.努力に憾(うら)みなかりしか。
五.不精に亘るなかりしか。
●◎〇「つとめて難関を歩み、苦労人になれ」
出光興産創業者 出光佐三
出光佐三は「苦労人になれ」「困難に立ち向かえ」。-これが〝出光精神″であるとして、いつも口グセにしていた。
出光は終戦後、約千人の社員が海外から引き揚げて来たが、一人の首も切らず、石油カルテルとも正面から闘い、一歩もしりぞかなかった。
困難の連続に挑み、それをはねのけ難関を克服し、発展してきた。その出光精神を、佐三はこう解説する。
「もし、難関に負けた人はどうであるか。勝った人と非常に差がある。勝った人は仮に事業がうまくいかなくても、自分は、難関に打ち勝った、という信念が出来る」
「難関または苦労に負けない人は、事業に成功しなくても、人間として苦労人が出来る。もののわかる人、人の立場をよく考えてくれる人、人間として非常に立派な人になる」、
つまり「難路を歩いて、突破した人は、人間として、最高の道を歩いて来た人である」と。
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