日本リーダーパワー史(711)陸軍軍人で最高の『良心の将軍』今村均(陸軍大将)の 『大東亜戦争敗戦の大原因』を反省する①パリ講和会議で、日本は有色人種への 「人種差別撤廃提案」を主張、米、英、仏3国の反対で 拒否され、日本人移民の排斥につながる。
2021/06/08
日本リーダーパワー史(711)
『良心の将軍』今村均(陸軍大将)の
『大東亜戦争敗戦の大原因』を反省する①
第一次世界大戦後のパリ講和会議で、日本は有色人種への
「人種差別撤廃提案」を主張、米、英、仏3国の反対で
拒否され、日本人移民の排斥につながる。
毎年100万人以上の人口増加する日本はアジア・満州に
移民先を求めたのが、満州事変、
日中戦争の原因になった。
Wiki 今村均陸軍大将
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%9D%91%E5%9D%87
① 一省 (満洲・支那(日華)事変の過失)
なんと言うても、清洲事変はあせり過ぎた。踏むべき順序、取るべき手段を尽くさずして、やってしまった。
満洲での、わが利権が、また、わが民族の平和的発展が、いかに、蒋介石、張作霖政権の対内政策上の便宜から、条約を無視し、不法に庄迫され、阻害されているかの実状……。そして、これに対し、わが政府、とくに外交機関が、どのように手をつくし、平和的交渉に努力して来たかの経緯を、もっと十分に国民同胞に、また世界に認識させ、日本の行動が真にやむを得ないものであることを納得させ得るまでは、いかに彼(中国)から挑戦されても、隠忍しているべきものであった。
その手順を踏まず、政府の腰もきまらぬうちに、関東軍は堪忍袋の緒を切ってしまい、非が彼にあったにもかかわらず、世界は、最初に泣き声を張りあげた支那(中国)に同情し、いっさい、日本の言うことには耳をかさないことになってしまった。が、この満洲事変については、自分も大きな責任を持つ一人である。
支那(日華)事変も、またそうである。排日、排貨のあらしは強かったが、また蒋介石政権の北支に対する兵力の増強があったにしても、日本としては、どこまでも十分に満洲を育てあげ、世界をして、なるほど、満洲建国は、領土侵略ではなく、在満三千万民衆の福祉増進に意義あるものであったと認識させ、これに対する蒋政権の報復的排日行為は、東洋平和のためによろしくないとの判断を得しめたあとで、対応策をとるべきであり、それまでは、なんとしても隠忍をつづけるべきであった。
いわんや、北支に生じた紛争を、中支の長江方面、やがて南支那にまで波及させることは、世界政策上絶対に避けなければならぬことであった。
中、南支那の飛び火に馳せつけることにしたのが、支那(日華)事変を収拾のつかない、泥田の中での仕事にしてしまった。
支那事変に対する、アメリカの対日干渉が、資金凍結、経済封鎖までに進んでは、これはたしかに日本民族死活の問題で、こうなっては、取るべき道は、二つの中のどちらかである。対米戦争か、または支那(中国) からの総撤兵で、満洲だけに力を集中し、理想的建設をすみやかならしめるかである。
そして、そのいずれによるとしても、こんな大きな真に国家を賭けるような決断は、もっと国民の総意をたしかめてからあとに決すべきで、ここでも手順を省きすぎたと思う。この支那(日華)事変についても、私は責任を負わなければならぬ一人である。
② 二省 (日本民族の宿命)
私が、1941年(昭和16)十二月、南支那から呼びもどされ、蘭印方両派遣軍司令官を拝命したときは、武者ぶるいというのか、身体の全筋肉が細かくふるえるように覚えた。
民族の興廃を決する、また東亜十億の民族を解放する、このような聖戦に、最意要な一方面の最高指揮官に当てられることは、なんとした光栄のことであろう。また、なんという大きな責任を負わされたものであろうとの感激で、緊張したためである。
私は、第一次世界大戦当時、欧洲にいて、つぶさにベルサイユ平和会議の経緯を知り、そのとき以来、わが民族がこうむって来た、米英からの迫害というものを心にし、とうとう大東亜戦争にまで追いこまれてしまったという、民族的宿命の観念をもっていたので、なんとしても戦いを勝ちぬかなければならないとの決意のもとに、ひざまずいて天の加護を祈った。
わが国は、第一次大戦のときは、勝ったほうの連合国に加担し、犬馬の労をとった。そして平和会議のとき報いられたものは、総面積伊豆半島よりも小さい、裏南洋の委任統治諸島だけで、わが海軍の守った独領ニューギニアではなかった。これでは、ふえてやまない民族の生存確保には、なんの足しにもならない。のみならず、わが国が、全有色民族衆望放衆塾の上に、平和会議で提案した、たった一つの条件〝有色人種差別待遇の撤廃″は、無残にも、ウィルソン、ロイド・ジョージ、クレマンソーの米、英、仏三巨頭により踏みつぶされ、次いで、太平洋をめぐるアメリカ、カナダ、オーストラリアにより、つぎつぎに日本人は、入国を拒否されてしまった。
人種的差別撤廃提案
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A8%AE%E7%9A%84%E5%B7%AE%E5%88%A5%E6%92%A4%E5%BB%83%E6%8F%90%E6%A1%88
パリ講和会議
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E8%AC%9B%E5%92%8C%E4%BC%9A%E8%AD%B0
一年に、百万、百五十万とふえてやまない日本民族は、どうすればよいのか。ただ、白人にまさる力をたくわえ、余地の残されているアジアのどこかに発展するより生きる道はないと考えられているとき、蒋介石政権は、支郡(中国)統一の政策として、巧みに列国の対日圧迫の傾向に即応、排日排賃の一点張りに推進してきたものである。
私は満洲事変以来の戦争で、わが国は、取るべき、なすべき準備手段をやらなかったことを反省はするが、こうまでになったのは、民族の宿命であった″という考え方が、どうしてもとりのけられんでいる。
③ 三 省 (大権の侵犯)
かように日本民族の宿命を感じたとしても、それは責任の所在や、将来の教訓を無視するつもりのものではない。私は、こんな宿命論は、おのれ一己の自慰的のものに過ぎないとさえ反省し、もっと理性的に敗戦の原因 -とくに重大のもの-と信ずるところを率直に披歴する義務があることを認め、次のように述べる。
敗戦の第一の大原因は、私を含めて軍の首脳部が、こんなに文化が進み、万事が科学的分科に進んでいる時期に、なおかつ、戦争は軍人のもの、軍部が行うもののような、近代戦争の性格にそぐわない思想で、戦争のことを考え、また進めた誤りによるものだ。
近代国家という大有機体は、人体のように、頭脳というひとつの統制のもとにではあるが、各専門の部分部分が、それ自体健全であり、相互に連鎖し、かつ調和を保ち、はじめて機能を発揮し得るものである。
しかるに、憂国の気持ちからではあっても、いつか、それが独善的に、軍人が、他の部門に干与し干渉し、各部各部の健全と調和とを害したことは否認出来ない。ことに、それが政治部門にわいてひどかった。
軍人の政治干与ということは、今日に始ったことではない。戦いに勝つということは、軍人の国家に負う最大の義務であり、これを果たせば、それに対し、国民多数が尊敬を払うことは自然である。
だから、世界のどこの国の歴史を見ても、戦勝後の軍人の発言権は大きくなる。大ローマ帝国が、幾多軍人政治家の角逐の後、シーザーが、その基礎をたて、クロムウェルや
ウエリントンのような軍人が、英国の主権者や大宰相になり、支那歴代の王朝創始者が、周以降は、ことどとく戦勝軍人であり、民主主義の本場と自負するアメリカでさえも、戦勝直後、参謀総長だったマーシャル元帥を、国務長官の地位にすえ、アイゼンハワー元帥を大統領に選挙したことでも、右の傾向はうかがえる。
わが明治維新は、各藩青年武士の力で、徳川幕府を打倒した結果、成り立ったものであるため、明治政府が、これら武士、なかんずく最も多くこれに貢献した、薩、長二藩の武士出身者の発言を一口を無視することができず、引きつづき日清、日露、日独戦の勝利が加重し、幾多の軍人出身者を首班とする内閣が構成され、この因縁は、その後にもあとをひき、今上陛下の昭和になってからの政府でも、終戦までの十九年間、政治家出身六人、陸軍出身五人、海軍出身三人の首相を見ている。
が、なんと言っても、政治は軍人の本務ではない。軍人は、ただ戦いに勝つだけの研究と、創意と糾兵とに精進してきたものであり、また精進すべきものと信ずる。
だから、時の情勢で、軍人が組閣を命ぜられたとしても、その人一人が、そのほうの知識者と相寄り、相助け、政治に任ずべきであり、軍人幕僚を、その渦中に人らしめてはならない。しかるに、いつもいくらかの軍人が、その渦中に明躍したり、暗躍したりする。そして、その傾向は、陸軍がはなはだしく、ついには、陛下の命ぜられた組閣者を道に擁し、これが断念を強要したような、大権侵犯の罪悪をもあえてしている。
(以上は今村均『幽囚回顧録』秋田書店(1966年刊、240-250P)
つづく
関連記事
-
『日本・世界最先端「見える化」チャンネル 第3回国際ドローン展(4/20)』ー『ロームの<ドローン産業の未来を支えるI0Tソリューション>』★『JUAVAC ドローン エキスパート アカデミーのドローン女子』(動画20分あり)
日本・世界最先端「見える化」チャンネル 第3回国際ドローン展(4/20)ー ●『 …
-
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』⑰「甲申事変の処理をめぐる日中外交の展開」「申報」
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日中韓のパーセプションギャップ …
-
日本リーダーパワー史(792)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス』➉『朝鮮半島危機には児玉源太郎のインテリジェンスに学べ』★『クロパトキンの日本敵前視察には包み隠さず、一切合切すべてみせろ』と指示。
日本リーダーパワー史(792)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダ …
-
高杉晋吾レポート④ ギネスブック世界一認証の釜石湾口防波堤、津波に役立たず無残な被害③
2011年3月24日 ギネスブック世界一認証の釜石湾口防波堤、津波に役立たず無残 …
-
★「セールスの革命・インサイドセールスがよくわかる動画』ー「セールスフォース・ドットコム」のプレゼン(16分間)
世界の最先端技術「見える化」チャンネル 「イーコマースフェア2019」(2/7、 …
-
百歳生涯現役入門(179)-『晩年の達人/渋沢栄一(91歳)④』★『不断の活動が必要で、計画を立て60から90まで活動する』●『煩悶、苦悩すべて快活に愉快に、これが私の秘訣です。』★『90歳から屈身運動(スクワット)をはじめ、1日3時間以上読書を続けていた』
百歳生涯現役入門(179)- …
-
『米中新冷戦時代に突入しているが、中国の思想・行動パターン(中華思想)を理解するためには清国新聞『申報』で150年前の日中韓対立戦争史の論説を読むとよくわかる』★『前坂俊之HPで「申報」の検索結果は 153 件あるので見てください。』
●前坂俊之HPで「申報」の検索結果 153 件ある、ので見てください。 http …
-
日本リーダーパワー史(85) 日本最大の英雄・西郷隆盛の最強のリーダーシップとは・・』(上)
日本リーダーパワー史(85) 日本最大の英雄・西郷隆盛の最強のリーダーシップとは …
-
速報(307)◎『5月31日関西広域連合限定再稼動を容認』●『4号機プール未使用燃料2体搬出リスクに小出裕章(MBS)』ほか
速報(307)『日本のメルトダウン』 ◎『5月31日 …
- PREV
- 日本メルトダウン脱出法(892)『地滑り的にトランプ勝利?まさかが現実になる可能性』(古森義久)』●『米国の「強いドル」政策を脅かすトランプ氏 (英FT紙)』●『性懲りもない不正で日本の五輪開催はこれが最後か、日本ではなぜかもみ消される電通の闇、海外では詳しく報道』●『お粗末な記者対応が示す中国のソフトパワーの限界 ハードパワーの実力も実は未知数(柯 隆)』
- NEXT
- 世界の最先端テクノロジー・一覧 ④『フェイスブックは「人生の幸福度を下げる」米研究結果』●『「勝手にWindows10」騒動、MSついに屈服? 「更新回避法」を動画で紹介する事態に』●『Twitterが140文字制限の緩和を正式発表』●『「プログラミング界のライザップ」で本当に人生が変わるのか体験してきた』●『最も危険なパスワード 利用者数は依然トップ』