日本リーダーパワー史(678)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(57) 『福島安正大佐のインテリジェンスが10年後に『日英同盟』(核心は軍事協定)締結へつながった。
日本リーダーパワー史(678)
日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(57)
『福島安正大佐のインテリジェンスが10年後に
「日英同盟』(核心は軍事協定)締結へつながった。
前坂 俊之(ジャーナリスト)
福島のインテリジェンスについて、さらに書く。
日本リーダーパワー史(674)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(56)
- 『福島安正大佐は今も続く『情報鎖国』『情報低国』の時代に世界的な戦略情報家のインテリジェンスに到達。「シベリアには英仏独のスパイが50年も前から活動、対ロ戦争は英、仏、独いずれかの強国を味方とし、その援助を受ける方策をとるべし」
- http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/14907.html
福島中佐の「単騎シベリア横断」は明治25年2月11日、ベルリンを出発し、ポーランド,ペテルプルグ、モスクワを経てウラル山脈を越え、酉シベリヤのオムスクから中央アジアに入り、アルタイ山脈をこえて外モンゴルへ進み、クーロンから北上してバイカル湖西のイルクーツクに着いたのが同年12月末であった。
翌明治26年正月からマイナス40-50度の極寒のシベリヤ横断となり、黒龍江の氷上を東進していたときには最低の氷点下50度という殺人的寒さで、3月ブラゴベシチェンスク着、この先の黒龍江畔は解氷期のため交通杜絶、そこで南下して満州のチチハル、吉林を経て
ウラジオストック到着が6月12日。
この期間は二冬を含む16カ月(488日)、距離1万4千キロ、乗りつぶした馬は計10頭、途中、山賊や狼の危険、谷川、山からの転落、乗馬狂乱にょる落馬、氷上で馬もろともに転倒し頭部重傷、コレラ病流行地帯の長期通過、食事不潔により下痢と便秘の連続、そして最後が過労衰弱のため倒れて無医村に十日間も寝込むなど、生命の危険は数しれず、近代の単独行による世界冒険、探検史上で見ても最難関、最困難の旅であったことは間違いないであろう。
しかし、真に大事な情報はこのような苦難を乗り越えて初めて入手できるものであり、とくにその実態を現場で確認することによって、単なる情報(インフォーメイション)から真の智恵(インテリジェンス)となることを福島中佐は体験して『情報将校のプロフェッショナル』になったのである。
福島が帰国するとロシア、フランス、ドイツによる「三国干渉」が起こり、残された同盟相手は『イギリス』のみとなった。ここに日英同盟が唯一の目標となったのである。
福島安正大佐は日清戦争終了、三国干渉のあとに明治28年4月に東京に凱旋して来たと思ったら、休む暇もなく『亜欧旅行』というこれまた壮大無比な長期偵察旅行に10月5日出発、東南アジア、エジプト、中近東、中央アジア、インドの英国関係の情報収集の旅に出発したことはこの連載でも以下にその計画内容を紹介した。
日本リーダーパワー史(673)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(55)
- 『三国干渉』後に川上操六はのような戦略を立てたかー『日英同盟締結に向けての情報収集に福島安正大佐をアジア、中近東、アフリカに1年半に及ぶ長期秘密偵察旅行に派遣した』
- http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/14876.html
「亜欧旅行」は一刻も早く英国をして日本と同盟関係を結ぶように仕掛ける外交戦略の情報収集、スパイ作戦の偵察旅行であり、期間は前回の単騎シベリヤ横断(488日)をさらに上回る538日であり、その報告書は「亜欧日記」として政府高官、各宮家、元老たちの広範囲の要人たちに配布された。
日英同盟の締結は明治35年1月であったことから考えると、その約8年前から情報活動が始まり、5年前の明治30年には政府高官たちに広報工作があったという経緯があり、周到な計画と必要な根回し、十分な準備があって初めて成功したといえるが、さらにその先の明治26年の福島中佐の単騎シベリヤ横断の情報成果が起因であることを計算すると、実に10年という長期情報戦略によって初めて見事な成功を勝ち取ったことを忘れてはいけない。
日英同盟の核心は軍事協定
日英同盟の調印が終るとただちに東京で、英国大使館付武官とわが陸海軍当局とのあいだで極秘のもとに日英軍事協定の試案が作られ、そして同年7月初にはロンドンの陸軍省で両国の正式調印のための会議が開かれた。
この会議に派遣されたのが陸軍から福島安正少将と海軍から伊集院五郎少将が代表であり、この協定の最も大事な点は2点あり、第1は戦略情報、第2はアジア海域の制海権確保の問題だった。
ではなぜ、『月とスッポンの結婚』といわれた日英同盟は締結されたのか。
日露戦争最大の勝因はこの日英軍事協商(軍事インテリジェンス)である。日露戦争でこれまであまり注目されてこなかったのが、日英同盟の陰に隠された日英軍事協商であり、日英諜報の全面協力である。諜報という性格もあって、この軍事密約の締結そのものが秘密裏に処理され、その後も明らかにされてこなかった。
当時、世界を支配していた大英帝国「パックス・ブリタニカ」の秘密は、軍事力と同時にインテリジェンス、情報力にあった。世界中に海底ケーブルをはりめぐらせて電信網を築き、情報機関とロイター通信社を持ち、情報を収集分析して世界制覇したのである。
1850年代、英国は「世界制覇は海底電信ケーブルにあり」と、海底ケーブルの敷設に取り組んだ。半世紀をついやして明治35年、最後に残った南アフリカ連邦とオーストラリアを海底電信ケーブルでつないで、世界中の植民地とロンドンを結ぶ世界電信網を完成させた。そして、この年の1月30日に日英同盟条約が調印された。
超大国英国がそれまでの「栄光ある孤立」政策を捨て去り、アジアの四等国日本と同盟に踏み切ったことに世界は驚いた。「月とスッポン」「王子と乞食」の結婚にたとえられたが、1年半も続いた南アフリカのボーア戦争で窮地に立っていた英国は、極東アジアで日本と手を組むことで、中国での利権を死守し、一方の日本は英国を対ロシア戦のうしろ盾にしたのである。
同盟の内容は、日本は英国の中国での権益を擁護し、英国は朝鮮、中国における日本の権益を擁護する。日英いずれかが一国と交戦した場合は同盟国は中立を守り、二国以上の場合は参戦を義務付けていた。これが露仏同盟に対抗して、フランスの日露戦争への参戦の歯止めとなり、ヨーロッパへの戦争の波及を防ぐ結果となった。
日本は、日露戦争になった場合に満洲での英国陸軍の参戦を強く要請したが、これは拒否され、英国は中立を維持することになる。
イギリス、フランスとも世界一、二の植民地帝国であり、世界の重要な拠点、港はいずれかががおさえていた。英国はこの全海域に海底ケーブルを敷設したわけで、日露戦争が勃発すると、一応中立を装いながら軍事協商の密約によって諜報面や、ロシア海軍へのサボタージュ、バルチック艦隊の寄港、燃料の石炭の補給などを妨害して、艦隊の日本到着を遅らせた。
フランスも、この条項にしぼられて、同盟国ロシアへの軍事、非軍事の協力に足かせをはめられたため、日英の外交的な勝利につながった。
日英軍事協商の日本側代表の福島安正少将は後年、「この軍事協商こそが陸軍が日露戦争に踏み切る最大のバックボーンになったものであり、英国から提供された対ロシア情報こそ日本が受けた利益の最大のものだった」と述懐している(佐藤守男 前掲書)。
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