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日本リーダーパワー史(642) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(35)世界史を変えた日露戦争勝利のスパイ大作戦→ ドイツ皇帝ウイルヘルム2世は『明石元二郎たった一人のインテリジェンスで、満州軍20万人に匹敵する成果を挙げた』と大絶賛した⑥

      2016/01/17

 

日本リーダーパワー史(642)

日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(35)  

★10 <世界史を変えた日露戦争勝利のスパイ大作戦→

ドイツ皇帝ウイルヘルム2世は『明石元二郎たった

一人のインテリジェンスで、満州軍20万人

に匹敵する成果を挙げた』と大絶賛した。

 前坂俊之(ジャーナリスト)

明石とレーニンの接点

ところで、日露戦争開戦前に参謀本部は明石元二郎をペテルスブルグに送り込むと同時に、ヨーロッパに諜報体制をいち早く築いた。

参謀本部、海軍軍令部が外務省を通じてロシア情報収集の「密偵者(スパイ)」採用を要請すると同時に、小村寿太郎外相は明治37年1月12日、ロシア、オデッサ、ウィーン、パリ、ベルリン、ストックホルム、ハーグのヨーロッパ各国公使や領事あてにスパイの雇い入れを指示、現地でそれぞれ大学教授,新聞記者、元ロシア軍人らと面談、チェックしたうえで採用した。

報酬は月五百円、百ルーブル(実費は別)、千から三千ルーブル、ロシア派遣の場合は六千フランなどを支払った。スパイには具体的な調査項目として「ロシア陸海軍に関する事」「財政及び一般経済」「ロシア国内有力者の動向」「宮中及び政府部内における政権争奪の模様」「べゾブラーゾフ一派の進退ならびにヴイッテ派の勢力回復の動き」などを指示して探らせた(坂東宏著『ポーランド人と日露戦争』(青木書店 1995年刊)。

この情報収集のファイルは、「日本外交文書」や外務省外交史料館などに保存されている「密偵者使用雑件」「在外武官琶」などによるものだが、坂東の調査によると、「フィンランド総督ボーブリコフ殺害事件(六月十六日)」「内相プレーヴェ殺害事件(7月28日)」などの事件やテロ、暴動に、外務省はじめ各国公使、参謀本部の関心が集まっていたという。

とくに、『落花流水』では、ロシア社会革命党(エスエル)の「デカンスキー」(アゼフのこと)を高く評価していた。アゼフはその後、要人テロ集団の「社会革命党戦闘集団」を組織し、その指導者となって、先の「内相プレーヴエ殺害事件」や「モスクワ総督セルゲイ大公の暗殺(1905年2月17日)」などを実行した最過激のテロリストとして知られるが、実は帝政ロシア秘密警察のスパイであることも、のちに判明している。

このアゼフのテロがロシア革命の起爆剤になると日本側では見ていたため、テロリズムを排斥し、農民問題を無視してもっぱら労働者の立場にたつレーニン率いる民権社会党(ロシア社会民主労働党)はあまり評価していなかったことが、『落花流水』から見てとれると坂東氏は分析している。

明石は同党がパリ合同会議、ジュネーブ会議に参加しなかったのは、社会革命党の戦術であるテロリズムを嫉妬したためとしているが、坂東氏は、「日本側は政治的テロに訴える、社会革命党(エスエル)、アゼルのほうが革命の中心となり、レーニンのロシア社会民主労働党を過小評価して、ロシア革命の中心勢力を見失っていたのではないか」と指摘している。

さらに、坂東氏は、明治38年6月に発生した「戦艦ポチョムキンの反乱」については、明石が四万円(現在の金で三億円)の資金を提供してアゼフ(コードネーム「デカンスキー」)が引き起こしものという『落花流水』の記述は誤りだと指摘する。

『落花流水』をもとにして書かれた児島襄の『日露戦争』や、水木楊『動乱はわが掌中にあり』もこれを論拠に、明石工作の大成功の三のポイントにあげているが、ロシア側の研究では「戦艦ポチョムキンの反乱」にアゼフは関与していなかったことが判明している。

また、「明石工作」の最大の評価ポイントはロシア革命の主役となったレーニンにまで接触して、統一戦線をまとめ上げた点にあるが、その肝心のレーニンとの接点を裏づける具体的な資料はロシア側、フィンランド側などの公文書、秘密文書のなかからもまだ見つかっていない、という。

このあたりが、『落花流水』や、小森徳治の伝記『明石元二郎』から「人歩きして、司馬遼太郎の『坂の上の雲』(第六巻)の第三章「大諜報」でも接触したことを、このネタほんからから引っ張っている。

こうした明石とレーニンが実際に会ったという会見記録や公文書は、日本やフィンランド研究者、ロシアの研究者のこれまでの共同研究では未だ判明していない、という事のようだ。

ただし、この明石―レーニンとの会見の文書が残され、保存されていないのも、これまた諜報関係では(特にソ連にとっては明石資金がロシア革命に大きな影響を与えた事実は何とか抹殺したいので)当然のことであろう。

小森の伝記『明石元二郎』では、「レーニンと明石はかなり深い関係であった。あるとき、明石があまり上等でない菓巻きをくわえていたところ、レーニンが見とがめて『君はなかなか立派なタバコをすっているな』と言ったという。明石は『多数の労働者の上に立つ身分になっては一本のタバコにも細心の注意をしなければならないということだな』と第三者にこのエピソードを話した」と書いているが、この件についても坂東氏は疑問を呈している。

ただし、小森は台湾総督時代の明石本人からこのエピソードを取材しており、具体的なレーニンとのやり取りなので、信憑性は高いと私は思う。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/marxism_gissenriron_roshiakakumeiko_akashitaisako.htm

肝心の明石とレーニンの接点だが、ロシア側の研究では、明石は七十五万円の革命資金をロシア社会革命党、グルジア革命的社会主義者・連合主義者党、ポーランド社会党などに提供したが、レーニンと関係については、「ポリシエヴィキ派指導者たちによる日本のパイにあずかろうとの魂胆は失敗に帰し、社会民主党メンシエヴィキ派指導部のとった姿勢のおかげで、同党全体としては、不名誉なこの奸計に深入りせずにすんだ」と記述している(前掲『日露戦争の秘密』51P)。

ところで、ロシア秘密警察は1904年(明治37)秋まで、ロシアの革命家たちと明石の連携を具体的にはキャッチしていなかった。10月になって、明石監視の特別任務をもってロシア秘密警察のスパイ・マヌイロフが『ノーヴオスチ』 (『ニュース』)紙の記者になりすましてパリに送り込まれた。パリのイエナ国際ホテルに滞在中の明石の隣室にすばやく部屋を確保し、ホテルのメイドも抱き込んで、明石の動静とシリヤクスらのメンバーとの接触を監視したほか、スパイとして明石の部屋にもぐりこみ、カバンの中からメモを盗み出すことに成功した。シリヤクスが各党派に渡す武器や弾薬、その数量と内訳を詳細に書いた極秘のメモである。

前掲『日露戦争の秘密』によると、マヌイロフは「日本政府は明石を使い、三十八万二千五百フランで銃砲四千五百艇を購入し、各革命グループにばらまきました。社会革命党に四千ポンド(十万フラン)、帆船購入に四千ポンド(十万フラン)を出しております」と、記述している。

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