日本リーダーパワー史(460)「敬天愛人ー日本における革命思想源流の陽明学の最高実践者「西郷隆盛」論・ 中野正剛著②
「敬天愛人」日本における革命思想源流の陽明学
の最高実践者「西郷隆盛」論
―1927年(昭和2)の西郷没後五十年記念祭典で行っ
た中野正剛(「戦時宰相論」を書き東条英機首相を
糾弾し自死した)の講演録「西郷南洲」②
<南洲翁は「大局を誤らず、小節にぬからず、抜山倒海の志を成すに、
殉難の精神をもって実践。「いくたびか辛酸を経て志始めて堅し」と詠
ぜられたように、死生の間に出入して体験会得せられた>
中野正剛による「西郷南洲」論―<彼と英雄主義>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%87%8E%E6%AD%A3%E5%89%9B
南洲と陽明学
俗に南洲翁をして、活溌溌地、十万無いんの英雄的行動を自在ならしめた思想的背景は王陽明学の修養に因ると説かれております。
私も少年時代、南洲翁の読まれた『 』や、『洗心洞箚記』『言志録』を半まがるりなりに味わってみましたが、「伝習録』はご承知のとおり王陽明と門人との対話であり、『洗心洞箚記』(は陽明学派の侠儒大塩平八郎の著書であり、『言志録』は縛られぬ程度に社会主義を講じてみようという態度の佐藤一斎の語録であり、いかにも少年時代の私どもを感奮興起せしめたものであります。
しかしながら要するに薬にたとえれば、草根木皮中の劇薬で、今日では麻酔剤でも注射薬でも、はるかに激烈なものがあるように、現代東西の名著に親しみ得らるる諸君から見れば、これに限るというほどの書物でもないかと思われます。
しかし美食に慣れない前の人間には粗食でも栄養となるように、南洲翁にはああいう書物が非常に利目があったかも知れません。南洲翁は少年の時の風貌でも子供喧嘩の仕振でも、藩公の世嗣の争いに立ち入られた態度でも、陽明派の書物など読めない時代から、挺身難に当ることがその志であって、活溌溌地、檻を蹴破って脱出するはその天来の風格であったかと思われます。かくのごとき天稟を磨く王陽明学派の修養が大いに力あったということは、間違いなき事実かも知れません。
朱子学を悪く修めた奴は文天祥の声色など使いたがって、ヒステリーのようになりますが、王陽明の方に変にかぶれると酔っぱらいみたような者になってしまうのであります。読む書物よりも心の把りようでありましょうが、心の把りようはその生れつきと環境とに困るかも知れません。
陽明学者のように聞えるかも知れませんが、私はわずかばかり読んだ書物の内容も大抵忘れておりますし、また必ずしも記憶していなければならぬとも思いません。ただその心持だけを語ってみようと思います。
南洲翁を偲びながら王陽明のどんな句が頭の中に浮んで来ますかと申しますと、まず「知はこれ行の主意、行はこれ知の工夫、知はこれ行の始、行はこれ知の成るなり」とか、また「理の発見見るべきものこれを文といい、文の隠微見るべきものこれを理という=…博文は、即ちこれ精、約礼は即ちこれことか、「虚文勝りて実行衰う」とか、「博文はこれ的礼の工夫、惟精はこれ惟一の工夫」とかいうような文句であります。
これは『伝習録』のはじめの方にある文句でありますが、これらの文字はシナ明朝時代の俗諺で、孔孟の古典を引用してあるので、ちょっと解りにくいかも知れませぬが、
要するにいろいろ物を知るのは、その肝腎要の所を突きつめて、直ちに行動に移るためであると言い、良知の明鏡に照らして理義を窮め尽せば、遂に満腔の情熱を傾けて蹶起せねばならなくなると言い、花やかな言論文章も、雑多な知識も、要点を外れ、急所を煎じつめておらぬとかえって邪魔物だというようなことを、非常に含蓄の多い字句で言い表わしたものであります。
しからばその大切な要点、即ち行動を支配する原則的大知をどこに求めるかというと、「天理は即ちこれ明徳、窮理は即ちこれ明徳を明らかにするな。」というように解釈しております。
そこで天地間自然の理は人間の明徳の中に備わり、本然の明徳即ち良知良能を磨き清めて、その至上命令に服することがすなわち天理に合する所以であるという風に解釈してしまうと、自分だけで信じている良心の当て推量を行動の標準にしてよいという風に間違って参りますが、そこに反求篤信といい、動静一如、事上錬磨といい、涵養触発といい、精々自己に偵じざるがごとく工夫錬磨すべきを説き、よい加減の自己陶酔を許さぬことになっております。
要するに南洲翁はこんな風に王陽明の言説に心身を打込んで修養せられたであろうことは想像に難くない次第であ。まして、南洲翁の性格と、言論とには大いにその趣きが現われております。
私は南洲翁の記念品を拝観致しましたが、「入日にたつのは南洲翁の手書せられた私学校綱領であります。いわく、
1 道を同じうし義相協ふを以て暗に東合せり故に此の理を研窮し、道義に於ては一身を顧みず必ず踏行ふべき事
1 王を学び民を憐むは学問の本旨、然らば此の天理を極め人民の義務に臨みては一向難に当り一同の義を立つべき事
原文は少しテニヲハが違って変な文章になっておりますが、南洲翁が郷党数千の健児とともに修養せんとしたところは、言わんがための言論、飾らんがための文章でなくして、博文の問より要約の心髄に到達し、支離滅裂の境を踏み越えて、簡明直裁の天地に躍り人らんとするにあったのであります。南洲翁はこの痛快なる文句を単に私学校の壁に題したばかりでなく、その一生涯の行動がまさにこの通りで、
月照とともに海に投ぜられたのも、鳥羽伏見の戦いに断じて一発の巨砲を放たれたのも、いわゆる征韓論に国を挙げて道に殉ずるの覚悟を提唱せられたのも、議破れて廟堂を退かれたのも、一万五千の子弟に嬰児のように純真な巨躯を投げ与えられたのも、みなこの一念の発動に外ならぬと思います。
鹿児島にはずいぶん体の大きさにおいて南洲翁に匹敵し、これに伴って度量も広く、大人物として天下に名を成した人も少なくありません。しかるにこれらの大人物に比較して、著しく南洲翁が目立つところは、常に道義のために憤りを発し、身を挺して難に当るという魂の飛躍であります。
普通、大人物といわれる人には不得要領の態度が多い。また余りに是非正邪の分界を明白にせぬことが大人物たるの修養として教ぇちれてさえいるのであります。しかるに南洲翁は枝葉末節はともかく、根本の問題については、常に右するか左するか、最後の見解と決心とを持っておられるのであります。
鳥羽伏見の戦いは断じて避けないとか、廃藩置県は断じてこれを行うとか、韓国問題には断じてその衝に当るとか、ちゃんと態度が明白でありました。いわゆる大政治家とか大人物とかのように曖昧模糊不得要領のところがないのであります。
しかしてこれを行うとか、これを断ずるとかいう時に、判断の標準を眼前の利害得失に置かず、必ず道義の鏡に解し一途に邁進して死をもって徹底せしめんとするの趣きがあります。
実に責任感の最大なるところは、死をもってこれに当らねば徹底しないわけで、この辺の覚悟が常にはっきりしているところに南洲翁の真骨頭があり、王陽明の学風が覗わるるのであります。
通常南洲翁は枝葉末節に拘泥せず、大概のことは人任せにせられたと伝えられておりますが、それでも南洲翁は決してズボラで投げやりで、細事を慎まれなかったと見ることは出来ません。
尋常、人が眼角立て、口角泡を飛ばして相争うような問題でも、南洲翁に取りては取るに足らぬ全く無価値の問題と思われることもありましょう。これらに対しては全く他のなすがままに放擲せられたに相違ありません。
しかし普通細事において人言を容れられたというのは、細事を疎略にせられたというのではなく、細事を大切にされたからということが出来ます。人間の知見には限りあるもので、いかに大人物でも、瑣事末節を万般の事尽くを挙げて自ら裁断あうることは不可能であります。そこで、大体を総覧してよく人言を容れることはかえって細事を鄭重に取扱う所以であります。
何事にも一言なかるべからずという一口居士なるものは、自己の覚束なき知見をもって、何事にも干与しようとするもので、実に瑣事末節のゆるがせにするべからざるを知らぬ者というが適当と思われます。
南洲翁が不世出の人物であって、大局を誤らず、小節にぬからず、抜山倒海の志を成すに、殉難の精神をもってせられたことは、その天稟にもよりましょう。また自ら「いくたびか辛酸を経て志始めて堅し」と詠ぜられたように、死生の問に出入して体験会得せられたところもありましょう。この間において王陽明の修養が与って大いに力ありしことを想像するに難くないのであります。
日本リーダーパワー史(32)「英雄を理解する方法とは―『犬養毅の西郷隆盛論』・・
http://maesaka-toshiyuki.com/detail/323
つづく
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