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<裁判員研修ノート⑪><冤罪天国を撃て>『事件記者は冤罪への想像力を持てー四日市青果商殺し冤罪事件』(1979年)

      2015/01/01

<裁判員研修ノート⑪>
 
 
11月30日に福井市の女子中学生殺人事件再審決定があったので、
30年前に書いた原稿だが、再録した。
 
―冤罪を生み続ける構造は変わったのか―
『事件記者は冤罪への想像力を持てー
四日市青果商殺し冤罪事件』(1979年)

 
真の民主主義国家において、無実で何十年も獄につながれ、人生をめちゃくちゃにされ地獄に落とされた人に対して、でっち上げをした警察、検察官は裁かれず、無実を見抜けず、間違って有罪、死刑の判決を下した無能な裁判官たちはのうのうと高額の退職金(市民が払った税金)をもらって、定年退官して裕福な生活を送っている。
 
こんな「裁判官・検察官・警察官の不正天国」-が今だに、責任追究されず、まかり通る「経済大国」「人権低国」日本を変えねばならない。11月30日に福井市の女子中学生殺人事件再審決定があったので、30年前に書いた原稿だが、参考になると思うのであえて、再録した。)
 
前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
 
1979年1月10日< 月刊「証言と記録」1979年1月号に掲載>
 
★『事件記者は冤罪への想像力を持てー
四日市青果商殺し冤罪事件』
 
 新聞記者になって、もうすぐ10年。大半を事件を追って過してきたが、最近ある本を読んで深く考えさせられた。日弁連代用監獄廃止実行委員会編「体験者が語る代用監獄の実態」である。
 
内容は、留置場に入れられた被疑者に弁護士があって直接体験を聴取したものだ。警察の取調べ方法、いかに自白させるか、留置場の実態はどうか -はほとんど知られていないショッキングな内容を具体的に調べられる側から伝えている。
 
 一例を挙げると。何年も変えたことがなくホコリと汗でむせかえる不潔な寝具。用便が丸見えになり、屈辱的なトイレの構造。冬期にはマイナス何度にも温度が下がり、寒さで
歯が合わないほどの人権を無視した構造等々。自白を得るためにアノ手コノ手で迫る捜査官の手口も生々しく暴露されている。
自白した者としない者との歴然たる差別待遇。自白をしないと「君がその気なら……」とトイレにさえ満足に行かせてくれない。差別待遇を見せつけて、気をひくという心理的な揺さぶり。
 
互いの感情的な対立が進むと、ひどい待遇に腹を立てた被疑者に先に手を出させるように仕向ける。殴りかからせるわけだ。
そうすれば正当防衛という弁明はできる。あとは、よってたかってぶちのめし、例え、公務員暴行陵虐罪に問われても、いいわけはできるという寸法だ。きわめて巧妙で、陰湿なやり方が細かく語られており、ショックを受けた。
 
 自らふり返ってみて、恥しながらこのような実態に無知だったのである。この10年間、警察を毎日まわり、何千という事件記事を書いてきたが、調べられる側の被疑者から直接、
取材したことが何回あったか。いつも、警察の発表を取材し、被疑者のいい分とて警察からのまた聞きなのである。
 
 「舟板一枚、下は地獄」という諺がある。
荒海を航海する漁民や船員の言葉だ。この本を読んだ時、私の脳裏にはこの言葉が浮んだ。われわれ新聞記者が刑事課長や捜査員と世間話に花を咲かせている時、壁一つへだてた取詞室や留置場は一種の地獄であろう。そのことに気づいている記者が何人いるだろうか。私は自らのうかつさと想像力のなさを恥じた。
 
捜査官と被疑者。調べる側と調べられる側。その差は壁一つであり、机一つである。しかし、実は全く別の世界なのだ。見える世界と見えない世界。天国と地獄といってもよい。
被疑者や調べられる側はなかなか見えない。想像力を働かし、相手の立場に立ってみないと容易に見えない。普通の市民や新蘭記者を捜査員と置き替えてみても同じである。要するに、捜査員であれ、新蘭記者であれ.市民であれ、相手の立場になって考え、想像力を働らかすという基本的な視点がないと、そのために被疑者や相手が傷つき、苦しんでいることが全く見えないばかりか、まっ殺することにもなる。冤罪もこのような想像力の視点から見直すべきであろう。最近、そんな事例にぶつかった。
 
 冤罪発生の土壌
 
 1979(昭和54)年五月、三重県の津地裁四日市支部で四日市青果商殺し事件の無罪判決があった。五〇年四月、四日市室山町の道路上に駐車中の軽トラックの助手席で青果商が殺され、現金85万円が強奪された。その被告のFさんに無罪が言渡された。
 
 強盗殺人という凶悪事件で第一審が無罪というケースはきわめて稀である。しかも、この事件は検察側が証拠として提出した供述調書がすべて却下され、求刑もできなかったというおまけがついた。「白か、黒か」の決着をつけず、灰色無罪が多い中で、裁判所ははっ
きりと〝冤罪″を認めたのである。検察庁は控訴もできず、事件は確定した。
 
 この事件で一番驚くのは戦後34年たった今なお警察で拷問がまかり通っていることである。Fさんは脊椎カリエスで生死をさまよう大手術を受け、歩行が困難という身体障害者である。
 
その体の不自由なFさんをタタミに正座させて取調べた。この結果がFさんの身体にどんな苦痛や影響をもたらすか、明らかに拷問である。もし自分がそんな体でやられたらと考えれば子供にだってわかるはずである。
警察のやり方がどんなものであったか。私はFさんに会い、事件を調べるほどに、今どきこんなことがと慄然とし、このような調べ方に憤りを覚えた。
 
 Fさんは52歳。28年前の一九五〇年に第四腰椎カリエスを患った。四日市市立病院に半年以上入院、万一手術が不成功に終ってもという家族の一札を病院に入れて、二回にわたり、骨移植を伴う大手術を行った。腰には約10センチの金属棒が骨の代わりに入っている。
 
 取材に行くと、言葉で説明するのがもどかしいのか、Fさんいきなり「これを見て下さいよ」とズボンを下げた。背中を向けて、パンツも半分おろした。私はその無残な姿に思わず目をそむけた。
腰から尻にかけて、長さ二〇㌢、幅二㌢ほどで一㌢ほどの深さにザックリとえぐられた手術跡がみえた。そこから、上下に向って、大ムカデがはりついたように長さ三〇㌢近くも痛々しい傷跡があった。
右足がくの字型に曲がっており、見ただけで体の障害がわかる。歩く時も右足を引きずり、体を左右に大きくゆさぶり、やっと歩く。
名古屋大医学部の鑑定では、右腕関節の屈曲は自分で精一杯動かしても35度、他人がさらに力を貸した場合は最大限四五度でそれ以上は無理。右ひざ関節も130度しか動かないことがわかった。
 
 このため、Fさんはあぐらがかけない。正座をしても腰痛部、右ひざ関節が十分動かないので、普通の人のように尻とかかとがピッタリつかない。どうしても、尻が浮いた状態になり、最大限十分間も続けられない。
すぐにひざや腰から背中にかけて激痛が走る。結局、Fさんはタタミに座る場合でも、楽な姿勢は足を前に投げ出して、腰が曲がらないため壁などにもたれて体のバランスを腕でとる以外にない。これでも時間が長くなると足腰の痛みがひどい。座る習慣がなくなりつつある現在、普通の人でも長い正座やそれに近い座り方がいかに苦痛かは知っているであろう。
そのごく当り前の体験から出発して、Fさんの苦痛を想像しさえすれば、それがどんな拷問に当たるかは容易にわかるはずである。
 
フレーム・アップと拷問
 
 ところが実際の取調べはどのように行われたのか。逮捕されて三日間は机やイスのある普通の取洞室で行われた。Fさんが「やっていない」と否認を続けると、四日目からは「機動捜査隊仮眠室」というタタミの部屋に移された。一二畳の和室。仮眠室というだけあって、昼なお暗い。二つある窓は階段やのかますます興奮した口調になった。
 
廊下に面し、いつも天井の蛍光灯がついているが、それでも薄暗く、陰気な感じの部屋で他の部屋とは隔絶している。このような部屋で四人以上の警察官が常時一緒になって調べたのである。
警察官のこれに対する弁明がふるっている。「普通の調べ室では非常にやかましくて調べる上での障害があるというふうに思いましたし、静かな部屋で足の点もあって、足が痛い、カリエスか何かやって足を投げ出させて、壁にでももたらせた調べ方がいいということで、あの部屋を使うということになったんです」。
 
 ところが、この部屋で、食事や休けい時間、用便や湯茶を飲むわずかな時間を除いて、連続して深夜まで取調べが続けられた。もちろん、Fさんの障害は十分知っての上である。体を壁にもたれ、足を前に伸ばし、膝に座布団を当てることは許された。しかし、体を横たえるとか、楽な姿勢は一切とらせなかった。
 
事件が核心にふれると「俺も正座するからお前も正座して正直に答えろ」「甘やかしておったらいい気になって、足を投げ出して、反省もせん、図太い奴じゃ。正座しろ」とドナる。
かと思うと、「認めたら楽にさせてやる。横にもさして、調べるようにしてやるから」とムチとアメを使いわけた。
 Fさんは苦痛に耐えて、否認していた。腰から背中にかけて、キリで刺されたような激痛が走った。何度か横にさせてくれと頼んだ。「横着な、被疑者の態度か」と責める。被害者の写真を目の前に突きつけ、「正座して、おわびしろ」と怒る。
 そのうちに、体がひどくしびれ、疲労と重なって食欲も減退してくる。とうとう、逮捕後10日には倒れ、医師に診察してもらった結果、感冒と疲労と診断された。正座の強要、体の苦痛から少しでも逃れたい。
 
その一心から、Fさんは警察の調べに迎合した。
 「出てから、何で自白したんか″とよく聴かれるんですよ。しかし、わしが意志が弱かった面もあるが、それだけじゃない。あんなひどい環境で、何が何でもいわせようとするんですから、誰れでも言わされるんですよ。調べるんじゃないんですから。
 
最初から警察の筋書き通りに私に認めよというんです。捜査員がここでは認めよ。裁判所で真実を晴らせばいいではないか〟とそんなことまで言うんですよ。奴らが一片の良心があるなら、私には〝お前に良心があるなら白状せよ〟といいましたが、こっちのセリフですわ。まあ、怒りで煮えきりますが、反省などする奴らではないですわ」
-Fさんは怒りで顔を赤らめ、話しながら思い出すのか、ますます興奮した口調になった。私が本当に理解してくれているのか、不安そうな視線を何度か交差させた。
 
 「私の人生はこれで終わりました。しかし、一度はられた殺人という汚名が家族や子供たちにつきまとうと思うと気が狂いそうです。残念というか、無情というか」
Fさんはくちびるをギューとかみしめ、憤りとあきらめの表情が交互にあらわれた。
 
 身体障害者。車の中で格闘し、しかも、相手の体をひきずるという体のハンディからは
難しい犯行の模様からみても、真先に除外してもよい犯人像であろう。それが、何百人も捜査して糸が切れ、最後に浮かび上がったグル-プの中にFさんがいたこと。
警察は迷宮入りを恐れ、これが切れると、という不安から最初の糸のFさんに、しゃにむに〝犯人“を押しつけて行った。
 
Fさんは別件の詐欺で逮捕されたが、この詐欺もの不動産業の売貿取引をめぐる借金をデッチ上げたものだった。いやがる相手に無理やり、「だまし取られた」という被害調書を出させて、逮捕状を取ったのである。
 
しかも、その時に「Fを殺人で調べるんだが、材料がない。詐欺の被害を出してほしい」と持ちかけていた事実も裁判で明らかになっている。
 このようなデタラメな捜査や取調べがまかり通ったことに慄然としない人はいないであ
ろう。Fさんがたまたま犯人にされたが、誰れだって犯人にされる可能性はあるのだから。私たちは、自分自身の身を守るためにも冤罪や取調べられる側の人権と苦痛に想像力を働かす必要があるだろう。それ以上に、被疑者の人権に想像力のカケラもないこれら悪徳警察官に対処処するためにも。
 
 (まえさか・としゆき 毎日新聞記者)
 
  (以上は1971年1月の原稿のまま)
 
(以下は、11月30日に福井市の女子中学生殺人事件の再審決定をみて、相変わらず冤罪事件の根絶ができていない、日本の刑事裁判の腐敗構造にまたまた怒りがわいてきた、のでこの昔の原稿をアップした。つぎの文章をつけたした。
 
それ以上に日本の刑事裁判の冤罪構造体質(警察の拷問、別件逮捕、自白強要、証拠無視、留置場の問題、非科学捜査、検挙率主義、国家警察(非市民警察)などと検察の問題(接見禁止、長期拘留、証拠不開示、証拠隠ぺいなど)、裁判官の問題(『疑わしきは罰せず』の原則を守らない、警察、検察官との司法一家体質から抜けられず、国家裁判官の意識が濃厚、民主主義社会の信号としての意識、市民裁判官意識が弱すぎる、裁判の公正、真実、正義を守る独立意識に欠けている)
この全構造はこの50年で余りにも体質改善できていない。冤罪、再審事件が続発していることがそれを示している。
 
 
 
 

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