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『鎌倉海山ぶらぶら日記 』- 鎌倉光明寺「観桜会」(3/25)を見に行く中継ビデオ、 『 関東一を誇る山門の特別拝観で釈迦三尊、四天王、一六羅漢に感嘆』★『「森の踊り衆」による岩手県の民族芸能『鬼剣舞(おにけんばい)』は迫力満点』(動画5本20分)

      2017/03/31

鎌倉海山ぶらぶら日記

鎌倉光明寺「観桜会」(3/25)を見に行く、

関東一を誇る山門の特別拝観で釈迦三尊、四天王、一六羅漢に感嘆

 

鎌倉光明寺「観桜会」が3月25、26日の2日間開催された。桜はまだ開花していなかったが、

関東1を誇る山門が内部が公開されて、2階の釈迦三尊、四天王、一六羅漢がずらりと並び壮観。

本殿内部も参観できた。

同寺のパンフレットによると、

同寺は、天照山蓮華院光明寺といい、浄土宗の大本山です。創立は、鎌倉時代の寛元元年(1243)と伝えられ、御開山は浄土宗の第三祖然阿良忠上人です。

良忠上人は、浄土宗に関する多くの書物をのこされ、弘安10年(1287)7月6日、89歳の高齢をもって入寂されました。その後、生前の功績が認められ伏見天皇より 《記主禅師)の謎号(しごう)を賜りました。

この寺の開基は、鎌倉幕府第四代の執権、北条経時公です。その後も第五代の執権北条時頼公をはじめ歴代執権の帰依をうけ、七堂伽藍を整え、関東における総本山として、念仏道場の中心となりました。

江戸時代になると、徳川家康公は当山を関東十八檀林の筆頭におき、学問と修業の道場となり、全国から多くの僧侶が集まりました。

当山はまた皇室との関係も深く、後花園天皇からは山門にある『天照山』の掲額を、後土御門天皇からは、関東における念仏修行根本道場として『関東総本山』の称号を受け、国と国民の平安を祈る『勅願所』となりました。

また、明応4年(1495)当山第九世観誉祐崇上人の時、後土御門天皇の勅許をうけ、引

声阿弥陀経と引声念仏による十夜法要を勤めるようになり、今も古式によって毎年10月12日より15日までの4日間盛大に法要を勤めています。

鎌倉光明寺「観桜会」(3/25)ー関東一を誇る山門特別拝観で釈迦三尊、四天王、一六羅漢を観賞

同寺配布のパンフレットでは

お寺の門には総門というのがありますが、これは入り口を示す門のことで、お寺の主もたる門は山門です。
山門を入ることは、お寺の聖域(浄界)に入ることで身も心も浄くして仏道に入るという覚悟がなくてはなりません。山門にはそういう重みがあるのです。
現在の山門は弘化4年(1847)に造られたもので、間口約16m、奥行約7m、高さ
約20mで鎌倉の寺院の門では最大の格式を備えた山門です。
五間三戸二階二重門(ごけんさんこにかいにじゆうもん)といわれる門で一階が和風、二階が中国風に造られています。禅宗の五山形式が浄土宗に取り入れられたものです。
五間三戸とは、正面からみて柱より5つに間仕切りされていて、中央の3つの間にはそれぞれ両開きの大板戸がありそれが入り口になっているものです。
柱は全部丸柱で上と下が丸まっています。これを踪(ちまき)柱といい、後面中央の二本の柱は通し柱です。一階も二階も柱の位置が同じ場所になっていて組み合わせに工夫がほどこされ二階建ての構造を強化しています。
一階は直線的で装飾性が比較的少ないのに対して二階は広がりをもち装飾性に富んでいます。板の張り方も一階と二階とでは異なっていて、江戸時代末期の特徴を良く表した山門です。
二階の中央に掲げてある『天照山』の額は永享8年(1436)後花園天皇より賜った額。
二階からの眺めは素晴らしく材木座海岸から由比ガ浜、遥かには江ノ島、富士山を一望できます。

釈迦如来をはじめとする山門楼上の諸仏は、お寺の入口である山門において外界から法と人を護っています。
中心には釈迦三尊、四天王、その両側に十六羅漢が安置され、四天王は、東西南北それぞれの方向を守り邪鬼が入るのを防ぎます。
羅漢とは、煩悩を捨て、悟りを得た高僧のことで、十六羅漢とは、お釈迦さま
のお弟子の中でも特に十六人の選ばれたお弟子を指します。平成二十三年、法然上人八百年大御忌を期して普賢菩薩が新彫され、その他の諸像も修復をいたしました。

山門特別拝観で分厚い木製の階段を頭をぶつけないように注意しながら登っていくと、2階部分に釈迦三尊、四天王、一六羅漢がずらりとならんでいて、壮観、迫力がある。ちょうど海側の木戸を開放し、光が燦燦と差し込み、窓ガラスで仕切られた仏像、羅漢さんはガラスが反射してよく見えないが、接近してビデオ撮影をした。十六羅漢は最近彩色をほどこしたといい、ごく彩色が一層鮮明で、そのユニークな中国的な老仙人の顔をとても迫力、ユーモアがある。おもわず凝視して、ビデオをゆっくり回した。

Wiki阿羅漢 (あらかん)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%…
http://tobifudo.jp/newmon/shinbutu/ra…

 

 - IT・マスコミ論, 湘南海山ぶらぶら日記

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