『Z世代のための最強の日本リーダーシップ研究講座㊲」★『明石元二郎のインテリジェンスが日露戦争をコントロールした』★『情報戦争としての日露戦争』
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インテリジェンス(智慧・スパイ・謀略)が戦争をコントロールする
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ところで、ロシア秘密警察は一九〇四年(明治二十七)秋まで、ロシアの革命家たちと明石の連携を具体的にはキャッチしていなかった。一〇月になって、明石監視の特別任務をもってロシア秘密警察のスパイ・マヌイロフが『ノーヴオスチ』(『ニュース』)紙の記者になりすましてパリに送り込まれた。
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パリのイエナ国際ホテルに滞在中の明石の隣室にすばやく部屋を確保し、ホテルのメイドも抱き込んで、明石の動静とシリヤクスらのメンバーとの接触を監視したほか、スパイとして明石の部屋にもぐりこみ、カバンの中からメモを盗み出すことに成功した。シリヤクスが各党派に渡す武器や弾薬、その数量と内訳を詳細に書いた極秘のメモである。
マヌイロフは「日本政府は明石を使い、三十八万三千五百フランで銃一万四千五百挺を購入し、各革命グループにばらまいた。社会革命党に四千ポンド(十万フラン)、帆船購入に四千ポンド(十万フラン)を出している」ロシア警視総監に対して、「明石、シリヤクス、デカノージら一連の工作グループに「大規模な監視体制」をとるよう提言した。しかし、ロシア秘密警察、外務省もマヌイロフを信用せず、翌年八月にはそのスパイ活動を一方的に停止した。その結果、明石が「ジョン・グラフトン号」を手配して武器、弾薬輸送船として出航させる一連の謀略活動をまったく見過ごしてしまった。といわれる。
ここでもう一度、「インテリジェンス」の意味をふり返ってみる。
クラウゼヴィッツは『戦争論』で「戦争は、政治の表現である。政治が軍事よりも優先し、政治を軍事に従属させるのは不合理である。政治は知性であり、戦争はその手段である。戦争の大綱は常に政府によって、軍事機構によるのではなく決定されるべきである」と書いている。軍事、戦闘よりも外交、インテリジェンス、ソフトパワーが優先され、最後の手段が戦争というわけだ。
クラウゼヴィッツ流にいえば、インテリジェンスを単に諜報、スパイ、謀略と狭く考えるのではなく、全体的な知性、叡智、透徹した判断力、分析力から、外交、ソフトパワー、政治力を含む大きな概念でとらえ直す必要がある。インフォメーションが情報であるならばインテリジェンスはその情報を正確に人手し、有効な目的のために利用する智慧である。
こう考えると、「明石工作」は日本の諜報の全体計画のなかの一部分であり、さらに参謀本部は、より大きなインテリジェンスを計画し、政府はさらに大所高所からその戦略を実行したといえる。
伊藤博文がいち早く金子墜太郎を米国に派遣し、開戦と同時に大山巌が山本権兵衛と請和の時期を相談して、「機を見て軍配を上げてもらいたい」と要請したり、児玉源太郎総参課長が日本海海戦後、即講和へ動いた点など、そのインテリジェンス(智慧)と戦略で勝利を不動のものにした。まさにクラウゼヴィッツの『戦争論』の見事な実践であった。「明石工作」も、この幅広いコンテクストの中で検証する必要があり、ロシア側のインテリジェンスと比較しないとその実体は見えてこない。
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情報戦争としての日露戦争
日露戦争での各国の観戦武官は、日英軍事協商を結んだイギリスが二十二人と圧倒的に多く、アメリカ十二人、ドイツ、フランスが各二人などの順だが、これらの武官たちは戦場に同行し、戦闘のすべてを視察して両軍の実力をチェックし、本国に観戦報告書をそれぞれ提出した。日本対ロシアのインテリジェンスの差について、こう語っている。
「ロシア軍はひどい情報しか持っていなかった。司令部の参謀や他のロシア将校たちは皆、中国人のスパイが彼らにとっての主な情報源であった。中国人は雇い主に忠実ではあったが、その情報は全く信頼できなかった。それは東洋的な心理作用によるもので、相手が受け入れやすいことを言うのを好むものだ」(英国ウオータス陸軍武官の証言)
「主要な情報源は、信頼できない中国人である。総参謀部の対日情報見積りは、甚だしい過小評価で、日本軍の兵力を最大三十~四十万人とみていた」(同上武官)
また、英国陸軍武官ホールデイン中佐は「平時におけるロシアの諜報は良く整備されていたが、満州における戦争は失敗。(その理由は)日本軍の諜報組織と異なり、現地におけるロシアのスパイ活動のための拠点作りが軽視された。情報幕僚たちはすべての活動に関し、無能な中国人通訳に依存したことだ」
こうした両国の諜報力格差の最大のものは、予算である。日本は軍事諜報活動経費として約千二百万ルーブルを計上し、ロシア陸軍の四十倍強となっていた。日本の参謀本部がいかに情報収集活動に重点を置いていたかの証拠である。
これに対して、開戦直前までロシア側の日本に対する秘密活動組織はなかった。情報収集活動は、駐日公使館付陸軍武官のみであった。陸軍武官にとって、漢字の読みとりが活動の最大の障害となった。
「この暗号にも似た表記法が、たまたま獲得した情報源の利用を不可能にし、日本人通訳の良心に依存する以外に方法がない。陸軍武官の立場は正に悲喜劇的である」(同前)
さらに「価値ある日本語の手書き情報の入手を命じられておりながら、その内容を知る方法といえばへ秘密を保持する必要からぺテルブルグへ送るしかない。そこで日本語に精通したロシア人に解読してもらい、ようやく日本語が分かる遅さである」と諜報の困難さを訴えている。
左近毅訳『日露戦争の秘密』―ロシア側史料で明るく見えた諜報戦の内幕」(成文社、一九九四年)坂東宏著「ポーランド人と日露戦争」(青木書店 一九九五年)稲葉千晴著「明石工作―謀略の日露戦争」(丸善ライブラリー 一九九五年)など西側研究を総合すると、戦争全期間にわたって日本政府から約百万円が反ロシア、革命組織に提供された。資金の拠出の対象は、ロシアの反政府運動のリーダー、社会革命党、グルジア革命的社会主義者、連合主義者党、ポーランド社会党、フィンランドの積極的抵抗派などが主だった。その拠出金は、各党派の活動資金、印刷、非合法文書の配布、党派の連携、武装決起の準備などに使われた。
一九〇四年のパリ会議、 一九〇五年のジュネーブ会議の二度にわたる諸派合同会議では、日本側が期待していた諸党派間の強力な統一戦線の結成はできなかった。一九〇五年六月に計画されたペテルブルグの武装蜂起も失敗した。「ジョン・グラフトン号」によるロシアヘの武器輸送も失敗した。
ロシア側は明石工作をまったく過少評価して、「日露戦争の帰趨にはいささかも影響を及ぼさなかつた。はつきりしているのは、ロシア革命は全体として見れば、東京の指令で発生したのではなく、その内的必然性から起こったものである。いずれにしてもロシア秘密警察、内務機関は日本側諜報機関の暗躍に対抗しえず敗北を喫した」(『日露戦争の秘密』)と書いている。
一六世紀からのロシアのユーラシア大陸北部一帯からの大膨張・拡大侵略政策は北中央ヨーロッパ、中央アジア、シベリア、中国などその周辺国に大きな被害と犠牲をもたらした。ロシア革命の発端は確かに、ロシア国内の革命派の内部反乱と周辺諸国の長年の侵略の恨み骨髄による反ロシア独立運動が一体となった革命的情熱の爆発的な高まりだが、そこに火を注いだのは「明石工作」であることは間違いない。
金欠病に苦しむロシア革命運動に「明石工作」資金が投入された結果、すでに完成していた世界的な情報通信ネットワークで瞬時に両方のニュースが伝わり日露戦争とロシア革命がシンクロ(共振)し、発火、誘爆していったのである。
明石大佐が直接、間接的に接点を持った関係者がテロ、暴動、血の日曜日事件などでの主役になったことは間違いなく、同時連鎖的にテロ、暴動、革命に拡大、発展してドミノ倒しにつながった。結局のところ、「明石工作」や諜報合戦、最前線での戦闘全体を指揮した参謀本部トップリーダーの総合的なインテリジェンスの勝利といえる。
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