前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『オンライン講座/ウクライナ戦争と日露戦争を比較する⓶』★『1904年(明治37)/2/4日、日露戦争を決定する御前会議が開催』★『明治天皇は苦悩のあまり、10日ほど前から食事の量が三分の一に減り、眠れぬ日が続いた』★『万一わが軍に利あらざれば、畏れながら陛下におかれましても、重大なるご覚悟が必要のときです。このままロシアの侵圧を許せば、わが国の存立も重大な危機に陥る(伊藤博文奏上)』

   

  『オンライン講座/日本興亡史の研究 ⑭ 』記事再録

 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス㊶

 前坂俊之(ジャーナリスト)

開戦時期決定に関する陸軍統帥部の努力

 日露両国の交渉は、根本的な主張の食い違いがあり、平和解決の望みは少なく、3612月末に至っても解決出来なかった。

この間、参謀本部は政戦両面で速かに開戦を決行する方針だったが、政府当局の真意は国論の統一と戦争準備がまだ整っていないことと、日露交渉に尚一抹の希望をつないでいたため、時期尚早として参謀本部の方針を受け入れなかった。

両国の交渉はロシア側が遅延をかさねて、回答せず37年1月12日、参謀本部の戦争準備をすでに完成し、海軍当局も1月20日を以って戦備を完了すべきと通告して来た。

1月中旬、某新聞記者が児玉次長に『戦争開始時期』を質問してきた。児玉次長は直ちに二本の指を上げて答えたので、記者は一月二十日だろうと解釈してこの間答を翌日新聞紙の漫語欄に掲載した。次長の答えは、海軍の戦争準備が19日に完成することにより、陸軍の動員下令は翌20日のつもりであった。

 この危機における一日の遷延は、わが国の千歳の不利あると同時にロシアに大きな利益をもたらす。

ところが、海軍は19日になって準備がいまだ成っていないといい、1月25日に延ばすといい、さらには1月中を要すとまで前言を翻し、開戦の期日を何度も先延ばした。

19日、参謀本部の食堂は憤慨に満ち満ちた。某参謀本部員の1人が

『明20日の回向院の大相撲(春興行)の総見を見に行こう』と提案して、全員で同意、児玉次長以下の部員一同で大相撲の参謀本部総見を行ったの。これはロシアに対して,戦意がないこと示すカムフラージュと同時に、海軍に対する不満の表明でもあった。

この大相撲の最後取組には常陸山と荒岩との一戦があった。小柄の荒岩が大兵の常陸山を放り投げ、見物席から大喝采が上がり、しばらく止まなかった。参謀本部の面々から見ると、小男の日本が大男のロシアを倒した縁起のいい吉兆とうつって、帰途、部員は居酒屋に立寄り痛飲を重ねて深夜に及んだ。

陸軍省の部員がこれを聞き、同じく翌21日に大相撲総見を計画するものがあったが、寺内陸相より「この時局多難の際に、相撲見物とは何事ぞ!」と一喝せられ、参謀本部の前日の行動批判にまで及んだ。

児玉と寺内の肝ッ玉、器量の違いがここに表れている。

 

「和戦決定の責任は政略(政治家)の任にして軍部(軍人)の任にあらず」とドイツの戦略家・フルーメはいう。

これは「戦争は政治の一手段なり」とのクラウゼビッツの戦略論の本質だが、平和か戦争かの決定は軍事上の判断を重要視するべからずを忘れた偏論である。

日本政府が1月13日、ロシア政府に再考を促して以来、1月末に至ってもなお回答はこず、回答すべき時期をも明示しなかったが、その一方で、ロシアの極東での兵員動員は着々と進められ、一日を緩うするを許さぬものがあった。

参謀本部の諜報によると「ロシア参謀本部長及び陸軍大臣は作戦計画を立案し上奏裁可を得、又,皇帝は極東総督に全権を委し、同総督は戦争を決心したものの、紅海にある増加艦隊の来港を待ち、シベリア第三軍団の編成が終り、旅順の船渠竣工するまで戦争開始を遷延する意図がある」。

 このため大山総長は、開戦を遷延することはいたずらに敵の術中に陥ることになると、2月1日、ロシア軍に関する情況判断を上奏し、内閣に通報し、『今や一に戦略上の利害に基き、わが行動を決定して速かに先制の利を獲得すべきこと』を主張した。

ついに賽(さい)は投げられた。

明治371904)年2月4日、日露開戦を決定する御前会議が開かれた。その日、空が白みはじめたころ、明治天皇は、最も信頼していた枢密院議長・伊藤博文に、急遽参内を命じた。

 明治天皇は、白羽二重の寝衣のままで、普段、誰も入室を許されない私室「常の御殿」で、憔悴し切った表情で伊藤を待ちかねていた。天皇は苦悩のあまり、10日ほど前から食事の量が三分の一に減り、眠れぬ日が続いていた。この日も終夜眠れず、夜の明けるのを待ちかねてのお召しだった。

 駆けつけた伊藤に、「……本日重大事について、元老会議があるが、あらかじめ卿の意見を聞いておきたい」との御下問があった。 御前に平伏した伊藤は、「国難がいよいよ切迫してまいりました。万一わが軍に利あらざれば、畏れながら陛下におかれましても、重大なるご覚悟が必要のときがくるやにしれませぬ。このままロシアの外力の侵圧を許せば、わが国の存立も、また重大なる危機に陥ります。

 幸いにわが忠誠な国民が十年間、臥薪嘗胆してきた成果を十分に発揮するならば、決して恐れるに足りません。今日はもはや断固たる御覚悟をなさるべき時機と考えます」と奉答した。

 2月4日午後140分から開かれた御前会議は夕刻まで続き、ついに開戦が決定した。

 明治天皇の御決断の瞬間は、森厳、凄烈空気が会場を圧した。しばらくの聞、沈黙が続いたが、伊藤博文が、「これから尻ばしょりで、ほっかぶりをし、握り飯をもって、数十年前の書生に返ったつもりで、御奉公するつもりでございます」と、おどけたしぐさで言うと、天皇ほか、山県有朋、桂太郎、山本権兵衛、小村寿太郎児玉源太郎、大山巌といった会議の面々は大笑いして、場の雰囲気は一気になごんだ。

会議終了後、奥に入った天皇はしばらく無言なままだったが、お側の者に、「いよいよロシアと国交を断絶することになった。不本意であるが、やむを得ない」とポッリともらした。明治天皇はこの日、何も食べずに過ごした。

以上は前坂俊之『明治37年のインテリジェンス戦争』(祥伝社 49-50P)

 

 - 人物研究, 健康長寿, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『湘南海山ぶらぶら日記』★『真夏の鎌倉海をひとり占め、さかなクンと 遊ぶの巻「釣りバカは死んでも治らない』●『真夏の鎌倉カヤック釣りアホ日記(8/5)』『中アジを連発!イナダはこないね、日射病よけで3時間勝負!』

 『湘南海山ぶらぶら日』 真夏の鎌倉海をひとり占め、さかなクン 遊ぶの巻ー「釣り …

日本リーダーパワー史(538)「FOREIGN AFFAIRS REPORT」(2015年1月号)からの『ゾンビ日本」への警告

[amazonjs asin=”4622078767″ …

no image
日本リーダーパワー史(343) 『最強のリーダーシップー西郷隆盛の国難突破力』 『情においては女みたいな人』(大久保利通の西郷評)

日本リーダーパワー史(343)  ● 『最強のリーダーシップ …

日本リーダーパワー史(626) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑳『ドイツ・参謀総長モルトケはメッケル少佐を派遣、日本陸軍大学校教官となり参謀教育を実践。メッケルの熱血指導が「日清・日露戦争』勝利の主因

   日本リーダーパワー史(626)  日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑳ …

no image
日本メルトダウン脱出法(820)『中国の経済構造大転換、待ったなしー25年前の日本と比べると、成長余地は大きいが』(英FT紙)●「どんな若者も幹部になると腐敗する中国の役所」●「「爆買い」は2月で終わる!?ー観光客増でも、客単価の減少が止まらない」

  日本メルトダウン脱出法(820)   中国の経済構造大転換、待った …

no image
速報(23)『日本のメルトダウン』35日目ー◎福島原発の廃炉はチェルノブイリより困難=独重機メーカー●

速報(23)『日本のメルトダウン』35日目 ◎福島原発の廃炉はチェルノブイリより …

no image
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < 米国、日本メルトダウン(1048)>『トランプ大統領は弾劾訴追されるのか』★『トランプは大恩人のFBI長官解任で二度、墓穴を掘った』●『中国まで心配するトランプ「反科学政策」の現実離れ』★『どこが違う? トランプ・ロシア疑惑とウォーターゲート』★『トランプ降ろし第3のシナリオは、副大統領によるクーデター』★『北朝鮮危機が招いた米中接近、「台湾化」する日本の選択』

 ★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < アメリカ、日本メルトダウン(10 …

no image
『ニューヨーク・タイムズ』で読む日本近現代史①ー日本についての最初の総括的なレポート<「日本および日本人ー国土、習慣

  <『ニューヨーク・タイムズ』で読む日本近現代史 の方がよくわかる① …

no image
 日中,朝鮮,ロシア150年戦争史(52)『副島種臣・初代外相の目からウロコの外交論④』●『日本で公法(国際法)をはじめて読んだのは自分』★『世界は『争奪の世界』、兵力なければ独立は維持できぬ』★『書生の空理空論(平和)を排す』★『政治家の任務は国益を追求。空論とは全く別なり』★『水掛論となりて始めて戦となる、戦となりて始めて日本の国基立つ  』

   日中朝鮮,ロシア150年戦争史(52) 副島種臣外務卿 …

no image
★『2018年(明治150年)の明治人の歴史復習問題』-『西郷どん』の『読めるか化』チャンネル ②<記事再録まとめ>日本歴史上、最大の英雄・西郷隆盛を研究せずして 『日本の近現代史』『最高の日本人』を知ることはできないよ②◎『山県有朋から廃藩置県(史上最大の行政改革)の相談を受けた西郷隆盛は「結構です!」と一言の基に了承し、即実行した』<この大度量は今の政治家にあるか?> 

  2018年(明治150年)の明治人の歴史復習問題― 『西郷どん』の …