前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『オンライン/長寿学入門『超高齢社会日本』のシンボルー 真珠王・御木本幸吉 (96)、ラーメン王・安藤百福(96)に学ぶ 「食を選んで大食せず、うまいものは二箸(はし)残し、胃腸と一緒に寝る」(御木本幸吉) 『人生に遅すぎることはない。五十歳でも、六十歳でも、新しい出発はある』(安藤百福)

      2021/03/09

  • 96歳 真珠王・御木本幸吉 (1858年3月10日―1954年9月21日)

  • いわずとしれた真珠王。明治26年7月11日に人工真珠の養殖に成功した、わが国で初めての世界的なベンチャービジネス家である。昭和2年2月、御木本はニューヨークで世界の発明王・エジソンと会見したが、「私はダイヤモンドと真珠だけはどうしてもできなかった。その真珠を発明されたことは世界の驚異です。おめでとう」と絶賛し、当時69歳の御木本を大感激させた。

    • 明治前期の金もない、技術もない、何もない、ないないづくし時代の中でに徒手空拳で人工真珠に取り組んだ御木本は苦闘の末に世界一を成し遂げた。その独創性と努力は過去150年の日本の生物、科学技術開発の歴史の中でも、トップ10には入ることは間違いない。特に、次の点は傑出している、と思う。

  •  

       地方のハンディーを乗り越えて、三重県という片田舎の海産物を世界な高級ブランド「ミキモトパール」に仕上げた,町おこしの大成功例であること。

    明治44年のロンドン支店を皮切りにパリ、ニューヨークに出店するなど海外販売網をいち早く築き、日本企業の海外進出のさきがけ的な存在。

    来日した世界のVIPがこぞって真珠島を訪れたが、御木本は大いに歓迎して、真珠と日本を大いに売り込んだPRの天才だった。もう1つ御木本の偉大さは、明治の経済人の中でも最も長寿であったことで、独自の健康法、食事法を実践して、96歳8月の大長寿を保ったこと。発明を大きな木に育てて企業を発展させていくには長い歳月が必要で、長寿健康が欠かせない。

    異文化コミュニケーションの天才であり、外国人とのコミュニケーションに抜群の才能を発揮したなど見習うべき点は数多い。

  • ●座右銘は「真寿(ほんとうの命ながし)」から 「智・運・命」へ

  • 「世界じゅうの女の首を、真珠でしめてごらんにいれます。」と明治38年、明治天皇が伊勢神宮に行幸した際に、大見得を切ったかと思えば、 80歳代までは揮毫を求められると、よく「真寿」と書いていたが、九十歳からは「智、運、命」にかえた。   

    智恵とは智識と実行の微分積分である。その智識の実践を何度も積み重ね、失敗することで成功への道が運が介在することで開ける。運は偶然でも、宝くじでもない。努力して切り開くもの、運は練って(寝てではない)待つもの。

  • そのためには、生命が長ければ(真寿)、成功の確率はより高くなる、たくさん失敗するほど成功の確率がより上がる。御木本は何十万、何百万という人工真珠の失敗によって、真珠成功をつかんだ。真珠王の96年という大長寿の実感がこもっている.

    寿とは[いのち長し]とよむが、「真寿」とは文字通り真の長寿のこと。人間は知識だけではうまくいかない。知識を智識まで高める必要があるが、それだけでも成功しない。智識を磨いて、実際に試す。その試行錯誤の中で智恵がついてくる 

  • ●長寿の秘訣はおかず以外は、朝晩は米飯1杯、昼はサツマイモとパンだけの小食主義、

  • 「食を選んで大食せず、うまいものなら二箸残す。胃腸と一緒に寝る」を死ぬまで続けた。いつも、薄着で、冬でもストーブや電熱器はいっさい使わず、息子が火鉢に手をかざすと叱った。「衛生を守り、健康に注意することが最も確実な生命保険だ」と生命保険には入らなかった。

    「わしは、ただのホラ吹きとは違うんだぞ。」「わしぐらい大きなホラを吹き、そしてそのホラを吹き当てている者は、世界に類例がないだろう。」と自信たっぷりに吹聴し、

  • 「ホラは吹くが嘘はつかぬ。」が幸吉の口癖の一つだった。

  1. ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

『人生に遅すぎることはない。五十歳でも、六十歳でも、新しい出発はある』 

  • 96歳、日清食品創業者 安藤百福(1910年3月5日~2007年1月5日)

    自宅裏庭に立てた粗末な小屋で、大きななべ一つで即席めんの研究に取り組んだのは1958年(昭和33年)のこと。その2年前に安藤が理事長の信組は倒産し、無一文からの出発だった。

     この時48歳。「別にラーメンでなくとも、ほかに仕事があるのでは」と周囲からは変な目で見られたが、一日3,4時間の睡眠しかとらず執念で取組み1年後に「瞬間油熱乾燥法」による即席チキンラーメンの製品化に成功する。

  •  「起業家としては遅い出発だとよくいわれました。しかし、人生に遅すぎるということはありません。五十歳でも、六十歳でも、新しい出発はあります」と安藤は語っている。 

  •  チキンラ-メンは、どんぶりに入れてお湯を注ぐだけで食べられる簡便さが受けて瞬く間に人気商品となった。爆発的に売れ、高度経済成長、スーパーマーケットの爆発的な普及、テレビコCMに乗って「インスタント食品時代」を生み出す大成功をおさめた。

  • 5年後の昭和38年には東京、大阪証券取引所に株式上場して、一流企業に仲間入り。「アイディア、ひらめきは執念から生まれる」『石の上も5年で事業の基礎をつくれ』を実現した。続いて、安藤は米国市場へ進出した。ラーメンを日本・中国の食べ物から世界的な食品にしたいと考えたのである。 

  • 当時、米国には日本のような「どんぶり」という食器がなかった。そこで、麺をカップに入れてフォ-クで食べられないか。1966年(昭和41年)、米国を訪問したとき、ス-パ-のバイヤ-がチキンラ-メンを二つ折りにして紙コツプに湯を注しで食べている姿にピンとひらめいた。 

  • 昭和46年9月に世界初のカップ麺「カップヌ-ドル」を発売した。しかし、当初、販売は思うように行かず独自の販売ル-トを開拓するなど、苦労の連続であつた。安藤は61歳を迎えて普通の人なら定年退職だったが、カップヌ-ドルという新しい商品をヒット商品に育てることに夢中で取組んだ。 

  •  

  •   まさに『世界の食を変えた男』であり、世界のラーメン王』となった安藤はその長寿でも世界に例のない存在とだった。 

  • その健康の秘訣は『ラーメンとゴルフ』。 

  • 「腹八分目の食事と適度の運動」「粗食とゴルフ」と答えている。若い頃から、粗食で好き嫌いがない。青みの魚、とくに旬のサンマとイワシが大好物であった。一日一回はチキンラーメンを小鉢で、味噌汁代わりに食べた。これはインスタントラーメンを発明して以来、ずっと続けてきた習慣、イワシなどの魚を骨までサクサク砕いて食べた。 

  • 最後まで歯が丈夫で、入れ歯もなかった。運動はもっぱらゴルフ。90代半ば過ぎても1年に100回以上はゴルフを楽しんだ。「私はゴルフ場で倒れたら本望だと思っている。人の厄介にならず、元気に生きて、元気に死にたい」と語っていたが、その通り亡くなる2日までゴルフを楽しみ、仕事始めの訓示を30分行う元気ぶりで、急性心筋梗塞でなくなった。  

  • 安藤百福は96歳という長寿を保ち、2007年1月に亡くなったが、『ニューヨーク・タイムズ』は『ミスター・ヌードルに感謝』という異例の社説を掲げ「ソニーのウオークマンなどと並ぶ20世紀の大発明の1つで、飢餓から人類を救った偉大な人物」と最大限の弔意を呈した。 

  • 「太平洋戦争終戦直後、食べるものがなく、飢えて死んでいく人が多かった。その悲惨な状況をみて、食を生涯の仕事にした」。これが安藤の原点である。「食足世平」(しょくそくえへい)とは「食たりて世は平らか」という意味で、企業理念に掲げた。48歳で再起し、75歳まで実質上、社長を務め、90歳代でも会長として、生涯現役で世界中を飛び回っていた。

  • 2003年、会社の45周年でチキンラーメンの類型販売数は45億食に達した。

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究 , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(186)-百歳学入門(65)「女性芸術家たちの長寿・晩晴学④」―石井桃子、武原はん、宇野千代、住井すゑ』★『宇野千代(98歳)の晩晴学「何事も、くよくよしないこと、いつもヨーイドンの姿勢をとること。トシのことは一度も考えたことなんかないわ。イヤなことがあってもすぐ忘れれば、気持ちが明るくなる。失恋したって、くよくよしないから別の男がすぐ見つかるのよ。もう一度結婚したいわよ』

2013-05-18 08:16:26 百歳学入門(65)「女性芸術家たちの長寿 …

 日本リーダーパワー史(822)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェン㊲『日本史決定的瞬間の児玉源太郎の決断力⑨』★『『児玉の危機突破力の3番目は開戦論に反対の伊藤博文元老の説得である。』●『『児玉の4番目の戦略は、開戦時から戦争の終結、講和の引き際を考える』

   日本リーダーパワー史(822)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利 …

 日本リーダーパワー史(794)ー 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス』⑪『ロシアのクロパトキン陸相が敵前視察に来日した影響』●『 恐露病とクロパトキン来日疑惑が日本側に疑心暗鬼を生んで露探事件が起きた』

 日本リーダーパワー史(794)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダ …

『オンライン講座・日本リーダーパワー史(1231)』-桂太郎の研究②「ニコポン、幇間」ではない、真の「人間学の 大家」「胆力のあった」桂太郎首相の実像

2013/06/24 日本リーダーパワー史(389) 再録 前坂 俊之(ジャーナ …

no image
速報(217)『脱原発世界会議』●『山本太郎氏の発言』★『中沢新一氏の新党「緑の日本」を宣言』

速報(217)『日本のメルトダウン』 『脱原発世界会議』   ●『山本 …

『Z世代のための日韓国交正常化60年(2025)前史の研究講座③」★『井上角五郎は苦心惨憺、10ゕ月後に朝鮮で最初の新聞「漢城旬報」を発行』★『清国から西洋思想、日本の宣伝機関である、「井上角五郎を誅戮せよ」と非難、攻撃された』

苦心惨憺、10ゕ月後に朝鮮で最初の新聞「漢城旬報」を発行 http://ja.w

no image
★『オンライン60歳,70歳講座/長寿逆転突破力を発揮し老益人になる方法』★『今からでも遅くない、70歳からの出発した晩年の達人たち』★『農業経済 学者・近藤康男(106歳)ー70才の人生の節目を越えて、以後40冊以上の大著を完成』★『渋沢栄一(91歳)-計画を立て60から90まで活動する,90歳からスクワットをはじめ、1日3時間以上読書を続けた』

    2020/08/06 /人気記事再録 &n …

『リモート京都観光動画』/『世界文化遺産・下鴨神社(賀茂御祖神社)を参拝、平安以前の自然林に国宝、重文55棟の社殿が残る超パワースポット』★『世界文化遺産・下鴨神社の社叢「糺の森」原生林を流れる『泉川』のせせらぎ全中継30分』

 世界文化遺産・下鴨神社(賀茂御祖神社)を参拝、平安以前の自然林に国宝 …

no image
日本メルトダウン(921) <世界は再び混迷の時代、動乱の時代へとなるのか>『中国の外交政策:造った者が支配する(英エコノミスト誌)』●『戦争の足音」が欧州の東から迫りつつある ロシアが核の一撃考えているとの観測も』●『コラム:英EU離脱、新自由主義時代の終焉か=河野龍太郎氏』●『EUの盟主ドイツで「イギリス離脱」はどう報じられたか〜これって「イジメ」じゃない? 結論が出て、ますます混迷深まる』

日本メルトダウン(921) 世界は再び混迷の時代、動乱の時代となるのか 中国の外 …

no image
  戦後、自由民主党を作った大宰相・吉田茂(89歳)の晩年悠々、政治・健康法は・・・

 (2009/07/15)   『別刷歴史読本』「晩年長寿の …