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百歳学入門(81)▼「長寿創造的経営者・大阪急グループ創業者の小林一三(84歳)の長寿経営健康十訓」

   

    百歳学入門(81

 

▼「長寿創造的経営者・大阪急グループ創業者 
小林一三(84歳)
の長寿経営健康十訓」

前坂俊之(ジャーナリスト)

<長寿経営学10か条>

  サラリーマン根性を捨てればサラリーマンも成功する。エキスパートになれ

  成功を得るには信用第一 

  成功の第2の条件は礼儀を知ること

  「事業は〝三一〟である」一つのものは三つに売れ

  素人こそ成功する

  「議論は手段であって目的ではない。目的は実行にある」

  「すべて八分目、この限度を守ってさえいれば、失敗しない」

  今日成功する人が、必ずしも明日成功するとはいえない」

  健康の秘訣はノドを大事に、うがいすること

  大病よりも小病こそ注意すべし、経営も同じ


大阪急グループ創業者 小林一三(18731月―19571月、84歳)は大正、昭和戦前期に活躍したアイデアのあふれた創造的経営者で
阪急、東宝社長、商工大臣を歴任した関西財界の雄である小林は「乗客は電車が創造する」との言葉を実践、電鉄経営を基軸に、阪急電鉄沿線の地域開発、タウンづくりで、人口を増やし、ターミナル駅に百貨店を、劇場を作り、住宅、演劇・映画、ターミナル・デパートなど「大衆本位の事業」で成功した。大衆的な想像力と徹底した合理主義経営で私鉄事業の多角化に成功したユニークな近代経営者。

小林は山梨県韮崎の豪商の長男で、慶応義塾に入り小説家を志したが、明治二十五年に三井銀行に入行、大阪支店勤務の時、早くも事業や人的つながりで頭角を現した。

同四十年銀行をやめ、箕面有馬電気軌道(阪急電鉄の前身)創立に加わり、専務と私鉄経営の新生面を拓いた。斬新な土地付き分譲住宅の月賦販売を断行し、四十三年宝塚・箕面両線を開業した。宝塚新温泉を開設し、大正二年、少女唱歌隊(後の宝塚歌劇団)を発足させ、豊中運動場を造り全国中学野球大会を開催し(後に甲子園球場)、次々と顧客創造策を展開した。同七年社名を阪神急行電鉄とし、阪神線を開通して経営基盤を確立した。

 ターミナル・デパート構想は昭和四年、梅田に阪急百貨店を開業して実現さす。同七年東京へ進出、東京宝塚劇場を創立し、日劇を吸収して「劇場デパート」をつくり、東宝映画を設立した。東京電灯(現東京電力)の立て直しも行い、政界に出ては商工大臣(第2次近衛内閣)などを歴任した。戦後、梅田と新宿に夢のコマ劇場をオープンし、八十四歳で死去した。

 

  サラリーマン根性を捨てればサラリーマンも成功する。エキスパートになれ

 

 サラリーマンに限らず、社会生活において成功するには、その道での、何か一つのエキスパートになることだ。ある一つのことについて、どうしてもその人でなければならない、といわれる人間になることである。

 銀行員だったら、為替なら為替については、誰よりも広くて深い知識をもつ人になれば、自分の道は必ず開かれてくる。一つの銀行でそういうエキスパートになっていれば、為替のことならなんでもみんな聞きにくる。上役でも、重役でも、イザという時、みんな聞きにくるようになる。そうなれば、自分の地位も安定し、昇進の道も開かれる。ついでにその道の権威が業界に広く認められれば、いよいよ社会的にも活動範囲は大きくなる。

 

 

  成功を得るには信用第一 

 

 何事も信用の上に立つことがいちばんである。その信用を得る輝一の条件は正直でなければならぬ。いかに優秀な才能を有する人でも、信用がなければ成功しないが、一口に正直というも愚直であってはダメ。機転の利く人、臨機応変にふるまえる人でなければならぬ。そこで、自分が正直であると共に、人の不正直を見抜くだけのカがなくては人は信用されない。

 
 

  成功の第2の条件は礼儀を知ること 

親展の手紙を放ったり、手荒な行動をする人は、信用を得ることはできない。いくらえらくとも、イザ鎌倉というときだけ用に立つ人では、ちょっと人からの信用はむづかしい。第3の条件は物事を迅速に、正確に、親切に取り運ぶことである。頼まれた仕事を遅らせて催促されるような人では、とても信用は得られない。往々、時間外に働くことが信用を博する途と心得ちがいをするものもあるが、定められた時間内の、与えられた仕事の完成がもっとも大切だ。

 

  「事業は〝三一〟である」一つのものは三つに売れ

 小林は自分の名前を分解して、このように唱えていた。「事業は〝三一〟である。一つのものは三つ売れ、一つのものは三つに売れ」と。これはトータルシステムをいち早く実践した思考であった。

 物を一つ売る場合でも、単なる商品を売っているだけでは〝一三〟にはならない。これに目に見えない情報に、信用とサービスを添えて、三倍にして売ると、一挙に増える。デパートで食堂を始めた時、金のない学生が来て、ライスだけを注文し、テーブルにある福神づけとウスターソースをかけて食べる者が多く、閉め出しを考えた。

 これを聞いた小林は、この学生たちは、今に卒業して役所や会社の幹部になる連中だと、逆に優遇策を打ち出し、特別の学生専用の、ライス食べ放題の食堂をつくって大評判になった。

後年、この食いつめた学生たちが阪急ファンになり、バックアップしてくれた。一石三鳥、無形のサービスをつけることで、一つしか買わぬつもりできた客が三つ買って帰るようになった。

   素人こそ成功する

小林は常々〝シロウト成功論〟を唱えていた。

「クロウトは自分が築いたもの、自分が体験したワクをなかなか容易に出られないものだ。その点、シロウトは既成のワクにとらわれないので、いいものを集め新しいアイデアを出すことによって成功する」と。

小林は全く未知の分野に進出して、事業をことごとく成功させ、今でいうベンチャービジネスのチャンピオン的存在。

 小林は宝塚に植物園をつくることを思いついた時も、突然、部下の吉岡重三郎(後の東宝社長)に設計を命じた。吉岡は植物園の専門家でもなければ、植物についても全くのシロウト。「専門家にまかした方がよいのでは」と吉岡は拒否したが、小林は「君がやれ」と命令した。

吉岡はかつてニューヨークのセントラルパークの図面を持ち帰っていたので、これを参考に自分自身で池や茶室、温室のある植物園を設計して、これが大評判になった。

  「議論は手段であって目的ではない。目的は実行にある」

 

 小林のいつもよく言っていたたとえ話。

Aは仕事もよくできる。信用もあり、なかなかの人物だが、いつも不遇で重用されない。口を開くと「ウチの会社の上司はダメだ。Bのようにハイハィと理クツを言わないで、盲従する茶坊主ばかりを可愛がる。僕のように、会社のために正々堂々の議論をするヤツは遠ざけられる」と不平不満を言う。

 ところが、Bは自分の意見を正しい理クツだからといって手柄顔に話をせず「こういう考え方もありますが、貴方の意見はいかがでしょうか」と上役の説いて「なるほどごもっともです。その方がよろしいと思います」と自分を殺して上役を活かして、仕事をする。ハタから見ると、上にゴマをすっているかに見えるが決してそうではない。要するに「議論は手段であって目的ではない。目的は実行にある」のだから、むしろ自説は発表せず、実際に行わしめるのがエライ。Bはいつの間にか出世し、Aは不遇のまま終わる。

「縁の下の力持ち」の出来る人、出来ない人の見本である。

「すべて八分目、この限度を守ってさえいれば、失敗しない」

 

 昔から「腹八分目は医者知らず」という諺があるが、単に食べ物のことだけではなく、世の中もすべて、八分目ぐらいの限度を保つことが必要である。

 いかに自分が利口であり、智恵があるからといって、その利口さを全部さらけ出したのでは、人間の味というものがなくなってしまう。あいつは利口ぶる、エラぶると逆に批判を招き、敵をつくることになる。

「すべて八分目、この限度を守ってさえいれば、たとえ成功しても、調子に乗り過ぎて失敗することはない」というのが小林の人生哲学であった。

 それと同じく、小林は「八つ九つ譲って、一つ二つガンバレ」という。上司との意見の違いや対立、友人間でもこれがあるが、どちらでもよいことは、ガンバらない、大体のことは自分の方から譲っておく。しかし、年中譲っておったのでは、心の底を見られるので、九つ誘っても、肝心な時には一つガンバって、折れない信念が必要だ。

 

  今日成功する人が、必ずしも明日成功するとはいえない」

 

 すべてが急速に変化している時代である。古いタイプの人間はこれからの時代に通用しなくなった。新しいタイプの人間こそ求められている。小林は「過去において成功したよぅな性格、能力が必ずしも、今日成功するとは限らない。また、今日成功する人が、必ずしも明日成功するとも断言できない」と言っている。

それだけ世の中の流れが激しい。新しい時代には古い人間をふるい落としていく。以前には尊重された人間も、顧みられなくなり落伍していく。逆に、時勢の変転を素早く見通して、それに適応する人間は勝利者となる。

小林のこの言葉は日本が太平洋戦争に敗れて、時代も社会体制も百八十度変った昭和二十年代の言葉だが、今にも十分当てはまる。

昨日の成功に酔っていると、明日、落伍するかも知れないし、今日の成功が明日も続くとは限らない。時代の変化に適応して、次々と脱皮していく者が生き延びていくのである。

 

  健康の秘訣はノドを大事に、うがいすること

 

 ぼくは何よりもいちばんノドを大事にしている。ノドさえ異状を来たさなければ、どこも不思議に故障がおこってこない。ノドをやられたとなると、それから、あちらこちらがいけなくなってくる。これはぼくだけの特異性かも知れないが、そうと知ったところで、ノドにいつも気をつけることが、ぼくの唯一の健康法となっている。 

だから、どこへ行くにもウガイ薬を持参して歩いている。会社にも自宅にもちゃんとウガイ薬を常備しておいて、外から帰るとかならずガラガラッとやる。それから人に会ったり、書類をみたり、会議にのぞんだりだ。

 なんでもよろしい。これだけは、という一つの保健習慣を身につけたら、なまけずに、またその効果を信じて常時つづけることだ。それから、ぼくは日曜、祭日は思い切ってなまける。ベッドに横になり用があったらパジャマをはおって起き出し、用がすんだらまたゴロリとやる。体も気分もすっかりこれで休まるからいちばん安上がりだよ。

 

  大病よりも小病こそ注意すべし、経営も同じ

 

 私は病気に対しては臆病である。ただし大病、難病をそれほど恐れるのではない。「来れば来れ」と、これに対しては相当な度胸をきめている。私がつねづね臆病なほど用心をしているのはカゼをひくこと、ノドを痛めること、バラをこわすことなど、多くの人々が軽く考えているちょっとした故障である。

病気はだれよも恐れるものだろうが、みんなは大病でしかあまり問題にしない。ところが、私は大病は来るべくしてやってくる。にわかにこれを恐れても今更どうにもならない。大病の卵は平素馬鹿にしている小柄の数々で、これはじゅうぶんに用心すれば、おのずから恐るべき大病も防げる道理で、大病を警戒するからには、まず小病から大いに警戒してかからねばならぬわけである。小さなことに気をつけることが、とりも直さず大きなことに気をつけることになるのは、病気とても、事業経営とても同じことで、私はつねになんでもないような小事にいちばん心を配っている。          

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