日本興亡学入門 ④ チェンジイング(変わる)アメリカと「死につつある日本」
2017/01/11
日本興亡学入門 ④ 08年11月20日
チェンジイング(変わる)アメリカと「死につつある日本」
前坂 俊之
(静岡県立大学国際関係学部教授)
1・・バラック・オバマの誕生
第44代代米国大統領・バラック・オバマ。47歳。米国は建国以来220年にして初めて黒人大統領が誕生しました。アフリカからの奴隷や世界中からの移民で労働力によって産業を興し、巨富を築き、その強力な軍事力によって世界を支配する20世紀の「パックス・アメリカーナ」の時代となりました。
米国は基本的に軍産複合体が国を動かしていますが、その暴走によってアフガン・イラク戦争へ突入して手痛い失敗を喫し、世界の信用を失墜し、未曾有の世界経済恐慌を引き起こしたトリプルミスで、アメリカの一国支配の終わりの始まりを迎えています。
その大変革期米国民がマイノリティーと変革のシンボルとしてオバマを選んだことは何とも象徴的です。4年前まで全く無名の存在だったオバマの「アメリカを変えよう」(チェンジ)、「やればできる」(イエス・ウイー・キャン)というその情熱と勇気が没落の不安感をもった国民の心を揺り動かして巨大な変革の流れを生み、圧勝したのです。
圧倒的な富と繁栄と自由と夢と希望のある国、その裏で長年の超えがたい人種差別と偏見、対立が渦巻き、貧困と暴力と宗教対立など根づよく残る世界一の格差社会、他民族国家、多文化国家の矛盾を抱えた込んだ米国民主主義のダイナミズムとスピードを改めて感じました。
ブッシュの「間違った8年間」を何とかリセットしたいと、新星オバマ大統領に希望をたくしたのです。「米国民が歴史を受け入れて成熟し、人種的に寛容になった表れ、移民の波が押し寄せる時代を映している」とボストン大学のドン・モンティー教授は意識の変化を指摘していますが、(日経11月6日朝刊)
一国中心主義を転換して、個人の利己主義、企業の利益至上主義を排して、人種問題を乗り越え、肌の色の違いではなく、その人間性でリーダーを選んだ米国民の選択は21世紀こそ他民族・多文化・共生主義の新しい時代に入ったことを示しています。
2・・・「日本は死につつある国である」
こうした米国のダイナミズムをみながら、日本の政治、社会と比較してみると、「日本は死につつある国である」(連載1回目)、「国、社会に閉塞感が満ちている」ことをとつくづく感じます。
米国流の大統領制民主主義は馬で疾走するカーボーイと同じで、突っ走って落馬しても、ドラスティックに危機対応能力を発揮して、新たなリーダーが出現して問題解決をスピーディーにやり、再生、改革をしていく復元力・改革力で米国にかなう国はありません。
移民に大きく門戸を開き、異質なものを受け入れ、人口増加し、実力社会で能力のある新人が次々に表れイノベーション(改革)していく世界一の活力のある国であることに変わりはないのです。
また、メディア、ジャーナリズムが、政府をしっかり監視して、失敗や不正を暴き、主権者の国民に真実の情報を徹底して開示していく民主主義のチェック機能を果たしています。主権者たる国民が積極的に政治参加して、ネットで寄付金が400億円も集まるように、支持する指導者を応援して大統領にしていく政治的な情熱はこれまた他国に見られないものがあります。大統領と政府と行政、司法、メディア、国民という民主主義を形成するフラットな緊張関係がうまく機能しているのです。
オバマは当選した最初のスピーチで、有名な「人民の、人民による、人民のための政府」という奴隷解放の途中に倒れた1863年のリンカーン大統領の民主主義の原理を引用していましたね。この言葉が発せられたのは1868年[明治維新]より、5年も前のことです。当時、日本は徳川幕藩体制下で、士農工商の身分、階級制度がつよく残っており、その封建鎖国国家を薩長藩閥が倒して、明治維新を実現して四民平等という近代市民国家への第一歩をしるしたのです。
2・・日米は民主主義の理念を共有している国なのか、違う
それから140年余の日米関係の中で、今よく、「世界で最も重要な2国間関係である」「互いに長い民主主義の理念を共有している国である」と日本側のトップからしばしば強調されます。
しかし、日本の政治に米国流の「人民の、人民による、人民のめの政治」、民主主義の理念が本当に根づいたのでしょうか、日本でオバマのような政治家、首相が生まれるのでしょうか。残念ながら、マイノリティー出身で、若くて、経験も少ない、政治家がトップになっていくダイナミックなシステム、政治風土は日本にはありません。
日本の国会議員の4割はすでに2世3世の世襲議員なのです。江戸時代の藩主のような世襲化、私物化と同じことが、現在の政治の世界で行われているのです。明治維新の元勲たちは薩長派閥で確かに、政権をたらい回しをしましたが、息子に世襲させようとはしませんでした。
真のリーダーシップと実力のある政治家、総理大臣が国の舵取りをやらない限り、国を興すことができませんし、活力のある社会を作れないことを知っていたのです。政治家、総理大臣の世襲化は国力衰退の最大のガンなのです。
明治期最大の思想家・福沢諭吉は「人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という有名な言葉を残しました。「門閥制度は親の敵でござる」と徳川身分社会を生涯、批判した福沢は1860年、遣米使節団の一員として咸臨丸に乗って初めて訪問した際、「ワシントン大統領の子孫がどうしているか」と尋ねても、誰も知らなくて驚きます。
日本と違って大統領は世襲制ではないという米民主主義の基本を初めて知ったのです。福沢は役人になることを拒否して、教育に生涯をつくし、数多くの有為な人材を実業界を中心におくり出して、民力を養い、日本の変革を目ざしたのです。
この時に、使節団のトップは米大統領の歓迎レセプションやダンスパーティーをみて、男女が手を握りあってはしたなく(?)踊る姿に眉をひそめ、にぎやかなパーティーは「とび、人足の酒盛り」と悪印象を記しています。
また、議会を見学して、議員同士の喧々諤々のやりとりに目を丸くして「まるで、日本橋の魚河岸のおやじのようにハッピ姿(ズボンの服装)が大声で叫びあっている(議会での演説やそのやりとりのこと)」と全くチンプンカンプンで理解できなかったのです。
それから、150年ほどたった現在、民主主義や議会主義の理念を一体どこまでわかっているのでしょうか。
国力、民力、政治力の差の中で、政治家のモチベーションの差が大きいのです。オバマのようにアメリカを「変えたい」「差別をなくしたい」という強烈な意志の持ち主と、なりたくてなったのではない世襲議員や総理大臣の場合は、リ-ダーシップや決断力に差が出てくるのは当然です。
世襲化でイヤイヤなって、当選回数でトコロテン式に首相となった日本の場合は、プロの実力のない政治家のため、難局にぶつかると、執着心がないためにコロッと政権を投げ出すのです。こうした前代未聞のケースが2代に渡って続いたのですから、重症です。
大統領制と比べると、議院内閣制の日本の総理大臣ほど権限の弱いものはない、とよくいわれます。総理大臣の権限は閣僚の任免権しかなく、行政権は内閣にあって総理にはありません。首相官邸はわずか約30人のスタッフだけ。
官僚が行政権を握っており、ボトムアップでタテ割りの各省庁から政策が上がり、閣議前に事務次官会議で決まったものを閣議では形式的に花押を押すだけ、議会では首相は施政方針演説として各省が分担して書いた官僚の作文を棒読みするだけの「トコロテン式」の指揮日本型官僚主導型政治が百年一日のごとく続いているのです。制度もシステムも人間も旧態依然、前近代的なままで、行政改革、政治改革がこれまた毎回叫ばれながら、自民政権がほぼ半世紀にわたって続いているように、変わらない、変えられないのです。
3・・・日本沈没の「売家と唐様で書く三代目」
その結果が、日本沈没の「売家と唐様で書く三代目」です。明治世代(創業者)が苦労して日本を興したのに、大正・昭和戦前の世代の2代目がつぶし、苦労知らず、歴史知らずの三代目はすべてをなくし、家まで売りに出す羽目になるという古事です。国家財政の赤字は800兆円を突破して、米国以上の赤字率です。
国家の興亡はトップの情報判断のミスによって起こります。ブッシュの失敗は9・11同時多発テロに対して、アルカイダの背後にフセイン・イラクがいるというネオコンたちによる誤情報(CIAは完全否定)を丸のみしたことです。
オバマの当選が決まった段階で、日本でも自衛隊トップの暴走が発覚しました。航空自衛隊の田母神俊雄・前航空幕僚長の「日本が侵略国家というのは濡れ衣だ」という論文が問題化、自衛隊トップのインテリジェンスが問われるケースが発覚しました。
事実誤認のこの論文の内容といい、自らの地位、職責、自衛隊のトップの自覚といい、戦前の日本の無能な軍人、政治家と全く同じ、その亡霊が出てきたことに、その能力の欠如に唖然としました。亡国の一例が次々に出てきます。
(禁転載)
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