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大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を読み解く ⑥死刑・冤罪・誤判事件ー30年変わらぬ刑事裁判の体質④

   

大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を読み解く⑥
 
裁判官・検事・弁護士・新聞記者の徹底座談会
死刑・冤罪・誤判事件ー30年変わらぬ刑事裁判の体質④
月刊『サーチ』1983年9月の再掲載
 
<出席者=樋口 和博(弁護士)安倍 治夫(弁護士)佐伯  仁(弁護士)前坂 俊之(毎日新聞記者)>
 
 
検挙率世界一なんて自慢にならない

本誌
 先月号で例の爆弾事件で無罪になった人たちの手記をいただいたんですけど、読んでもうびっくりして、本当にあんな取り調べが実際やられているなんて信じられないです。「認めりやいいんだよ、認めりゃ、どうやってやったか筋書きはこっちで作るんだから」 って(笑)、刑事がそう言うんですよ。やりましたって言うまでおしっこもさせてくれない、水も飲ませてくれない。
 
安倍 それぐらい平気でやりますよ。
 
樋口 そりゃあ、やるでしょうね。留置所が警察だってことだ。飯くわせること、タバコ一本吸わせることから全部お巡りさんが握ってるでしょう。これが拘置所だったら独立していますからね、こりゃその点はだいぶ違いますよ。
 
安倍 捜査に新しい近代的な方法をとり入れると、犯人の検挙率が減るんですよ。それがいいんですよ。なにも日本みたいに検挙率一番なんてね、そんなこと決して誇るべきことじゃないですよ。悪い人間が横行しても、犯罪社会学的にいうと、犯人の検挙数が少ないから俺もやろうっていう人はそういないですよ。ちゃんとした教育さえ行なわれていれば、悪いことをするのは精神異常者だけです。そういう人は治療すればいいんで、何も捕まえて刑事がたたく必要はないわけ。一番大切なことは教育ですよ。幼児時代からちゃ
んとした人間教育がされていれば、人なんか殺しません。
 
樋口 今日の永山事件の判決ね、二審判決をみると被告のそういう育ち方の点にひとつの問題がありますね。二審の情状のところに、能力的に十八歳の少年と同じ程度でしかなかったとあるけど、十八歳の少年に対しては死刑は下せませんからね。それと同じような能力しかないんだから、これは死刑にすべきじゃないというのが二審の判決
です。これの最高裁の判決はいつです。
前坂 七月八日ですね。
 
樋口 最高裁がどうでるかっていうのでね。これがぼくは死刑の問題についてまた大きな影響があると思う。よく検討してみる必要があるように思いますね。(七月八日最高裁は「量刑不当」で無期減刑を破棄)法務大臣は死刑執行にハンコを押したがらない
 
前坂 免田事件が無罪になったら、その影響ってものはどうなんですか。今後の他の再審裁判が良い方向に向いていくということは期待できますか。
 
樋口 ぼくはプラスになると思いますがね。しなきゃならんと思いますよ。
安倍 前よりはよくなりましたよ。
 
佐伯 ぼくもプラスにしたいと考えますよ。そのためには免田事件の無罪判決を通じて、そこに存在している重大な問題とか、意味を、まずどうやって社会に正確に知らせようかということですね。
 
樋口 そりゃあやっぱり、ジャーナリズムに大きな責任があると思う。新聞なんていうものは、見出しをどう書くかっていうことでもずい分違うものなんです。「誰々が執行猶予になった」という書き方と、「誰々が有罪の判決を受けた」っていう書き方では、まる
で受け取り方が違うわけよ。だから免田事件なんかは、再審の結果が出たら、やっぱりジャーナリズムが、人権を守るための努力をするべきですね。
 
佐伯 ぼくは一番言いたいのは、国が誤ちを犯した時に、なぜ、いさぎよくしかも迅速につぐないをしないか、つてことなんです。これを強調したいですね。だって、司法制度というのはそぅいう誤ちを前提にした制度ですからね。そこを問題としたい。権力が誤ち
を犯したんだ、だから犯したときに国がいさざよくすばやく救済するっていうことが大切なんですよ。
 
安倍 やはり、国の威信ということを、逆の意味にとっていますからね。っまり素直に誤ちを認めたら、国の威信がなくなるんじゃないかっていう考えが、強いわけですよ。だからほおかぶりして通してしまえということになる。
 
前坂 つまり面子でしょう。検察の面子ばっかり大事にして、無責任体制そのものです。その誤ちのために一人の人間が三十何年間も死刑囚でいたということに対する配慮、思いやりなどまったくないですね。
 
樋口 これは大変なことだと恩うね。
 
安倍 法務大臣は、死刑執行命令を、自分の任期中にやりたがらないのですよ。任期交代ですから、どうしても十件でらいやってもらわないと、つて言われると、気の弱い人は.そうかなって、ハンコ押しちゃうわけ。
老巧な人は、いや今日はちょっと腹痛いからって(笑)。

へんな坊ちゃんみたいな大臣がくると、「大臣、これは六カ月以内にやることになっていますから」 「おお、そうか」なんてハンコ押してしまう。死刑の審査というのは、最後に検事のところに死刑審査の記録が回ってくるわけですよ。
 

 私も法務省にいたので二つぐらいやりましたけど、大変ですよ、死刑となるとね。こんなヤツは悪いからすぐ死刑執行しろっという意見を書く人は少ないんですよ。たいがいは、これは気の毒だからなんとか死一等を減ずることができないかっていう結論でむすぶ
んです。

やはり、行政でもずっと上の方の人になるとインテリジェンスが高いですよ。それで、むしろ早く死刑にしろ、なんて刑事局付の検事がいうと、むしろ蔑視されるわけです。田舎者だな、というふうに。

 だから、たとえば帝銀事件の平沢(貞通)なんかは、ずーっと待っているわけですよ。飼い殺しみたいにね。検察は平沢が獄中で死ねばいいと願っているし、法務大臣は死刑執行にハンコ押したがらないですよ。
 
闇に葬られた無実の処刑者は何件くらいありますか
 
前坂 佐伯先生、インドで前に死刑が確定して二年間執行されなかった人で、人権上大問題であるということで、減刑されたことがあったですね。日本の場合、死刑囚ということで、二十年も三十年も獄中に入れっ放しっていうのは許されていいことなんですかね。ヘビの生殺しみたいに。
 
樋口 残酷ですよ。
安倍 やるんならスッパリやれなんてことになると、今度はまた問題でね。「おお、そうか、そんなに急ぐのか」ということになる。あんまりせかすのも考えものでね。
 
佐伯 免田君が三十余年もの長い間、死の恐怖を克服できたのは、潮谷総一郎さんのアドバイスでね。点訳の奉仕作業を夢中になってやっていたからです。自分がなんとか放けずにすむように、絶望と闘うための手段でもあったわけですよ。何かに夢中になるってことが……。
 
本誌 免田さんの第三次再審開始決定が高裁で棄却されたとき、面会に来た父親が、裁判するのに弁護費用が必要なことから、「これを最後にしてほしい、家族もあきらめている」と言ったということを聞いたんですが、再審の場合は、弁護士の費用を国が出してくれるってわけにはいかないんですか。
 
樋口 いかない。日本ではダメ。改正案が出て通れば別だけど。
安倍 国選なんて役に立たないし、彼らは国におもねるし、情熱をもってやるなんてことはないからね。法律補助協会から金をもらっている弁護士がそんなことやるわけないですよ。
 
本誌 でもお金がないと再審もできないということになると……
 
安倍 しかしね、再審に成功した例をみても、金持の人がやっているわけじゃないし、またお金を払えば出てくる、ロッキード弁護団のような弁護士は何人ついたって何の役にも立たないしね。やっぱり地下足袋で手弁当でコツコツ捜査する人でなければこまる。
 
本誌 そうすると、いい弁護士に会えるかどうかで、その人の生死が決まるわけですね。運命みたいなもので、はずれた人は悲劇ということですか。
佐伯 免田君の場合なんて、絶望のあまり何時間も泣き万策つきているときに、ふと週刊誌か新聞をみて、そこに日本弁護士連合会っていうのがあったんです。昭和三十六年か七年ですね。
それで再審の救済をしてくれることを知って、連合会と橋渡しができて、彼は今日救われたわけです。あの時に連合会が立ち上がらなかったら、彼は終わりだったかも知れない。
 
前坂 日本では無実の処刑はないってことになっているんですね。
たしかに、死刑が決定し執行されたのちに真犯人が出現するとか、証拠が出て無罪がはっきりした例はないですね。
 
安倍 執行の前に真犯人が現われた例はあります。死刑じゃないけど弘前の事件なんかそうでしょう。徳川時代なんかおそらく死刑囚の三分の二は無罪だったと思いますよ。明治時代でもおそらく三分の一くらい冤罪の人がいるんじゃないですか。
 
前坂 結局、闇に葬られた、そういう無実の処刑者というのは実際は何件かあるんですか。
 
安倍 いますよ。いまぞくぞく再審が出てくるのをみると、明治時代はずいぶんひどかったと思いますね。
 
樋口 おそらくそうでしょう。旧刑訴法時代にはそうとうあったんじゃないんですか? あの火つけをしたというお寺のおばあさんだってね、最終陳述で「やってません]と言わなかったら、死刑じゃなかったけど、刑務所に行ってますよ。ほんとに最後の、何か言うことないかっていう時に、ニコッと笑って言ったから無罪になったけどね。

安倍 もう一つはね、死刑囚になる人は、つかまった瞬間は精神薄弱的なんです。知能程度も低いし、教養もないし、社会的地位もない、弁護する能力もないし、第一に検事がそういう雰囲気を与えない。

偉い人に歯向かった経験もないから、警官に対してさえも弱い

んだ。体力もないしね。だからすぐ一審有罪ができるんです。たまにがんばってくれる免田君とか、巌窟王は、これはもう偉人ですね。三十年もねばるというのは、大変な人物ですよ。ふつうのヤツだったら捕まったら終わりですね。俺はやってないなんて言い通せないですよ。

樋口 たいがいの人が、やってなくても、「やったろう、やったろう」 ってずっと言われつづけているうちに、暗示にかかっちゃって本当にやったような気持になるんだね。
 
万一ガチャンと手錠をかけられ連行されたとき絶対に自分を守る方法は……
 
本誌 お話伺っていると、何だか恐ろしくなりますね。引っぼられたら最後、よっぽどいい弁護士さんや裁判官にめぐり逢えないかぎり、あっという間に犯人に仕立て上げられてしまいそうで、万一ガチャンと手錠でもかけられて連れていかれた時、そこで絶対に自分を守る方法というか、コツみたいなもの(笑)、このチャンスに伺っておきたいんですけど。

樋口 法廷でよく言うんですよ。「黙秘権というのを知っていますか」 って。すると「ハイ知っています」 って言うんですよ。そして「本当のことは本当のこと、ウソのことはウソだと申し上げることです」 って言うんですね。冗談じゃない(笑)。
 黙秘権というのは、免罪符なんです。しゃべらなくていいんです。自分が危いって思ったら。

本誌 
でも黙秘させてくれないでしょう?

安倍 「しゃべれば明日帰してややるぞ」とくるからね。「やった、と言っておけよ」と、三日くらいメシなしでそうされると、「やりました」となるわけ。もうオワリですよ。

佐伯 でも男女の違いもあるようです。「ピース缶事件」で私が担当した女性です。被告人が九人いて黙秘通したのは女の子二人だけ。相手が女の子だから、捜査官が「このヤロー」とやれないところもあるかも知れないが、とにかく完全黙秘は女性だけ。だから私が
担当だったけど、なんにも調書がないんで楽でしたよ(笑)。しゃべると駄目なんだよ(笑)。しゃべってもその通り書いてくれればいいけど、それに尾ヒレがついて駄目になっちゃうわけね。

安倍 それと、必ず弁護士を頼むことね。いい弁護士か悪い弁護士かは別として(笑)。弁護士を頼めば、それだけで相手に対する牽制になるんです。捜査も慎重になるし。弁護士は屁理屈をいうからね(笑)。
 
逮捕直後に国選弁護人をつけ得る制度にする
 
前坂 最後に、こうした冤罪事件をなくすためにどうしたらいいのか、という結論ですが、先生方の経験から、裁判官・検事・弁護士はいかにあるべきか、ど意見を伺いたいと思います。

佐伯 難しいことをおっしゃるね。
 
樋口 さっき安倍先生も言われたけれど、やっぱり捜査官も裁判官も人権感覚というか、人権意識を強く持つということね。その一語につきるんじゃないかと私は思うね。それより他にないと思う。人権意識を持って調書を見ること、証言を聞くこと、これをやっていけば誤判も防げるんじゃないかと思うんだがね。

前坂 その人権意識というのは、結局被告の言い分に耳を傾ける、ということですか。

樋口 そう。そういう意味です。

佐伯 私、修習生のとき、伊達秋雄さんについたんですね。伊達さんが私ら修習生に言ったことは、「君ね、法延にいま立たされて調べられている被告の人と同じ立場に立って、この人と同じ立場、同じ心情で考えながら物事をきめなさいよ」と言われたんです。

 弁護士という立場にいてそれは非常に難しいことなんですが、大事なことで、刑事裁判の基本ですね。事実を見る場合、物事を考える場合、証拠を評価する場合、法律を解釈する場合、すべてにその基本原点を忘れるなと言われたことが、強く頭に残っていますね。で、免田事件で私が非常に感じるのは、捜査の手続きをなんとか手直ししたいという感じがしてしょうがないですね。

樋口
 どういう具合に?

佐伯 密室捜査をやめさせて、もっと公開にして、何とかアメリカのようなオープンな捜査や取り調べができるように…‥・。それと留置所をなくすこと。まずそこからですね。つぎに、裁判官ですね。裁判官が検察側が出す供述証言に拠らないという基本的姿勢を
守ってくれて、心証形成のあり方を根本的に正すこと。われわれ弁護士もふくめて、そういうことへの反省をする、そして死刑を廃止する。それと、官僚の非常識を破るには、やはり陪審制度しかないんじゃないかと。

樋口 陪審制度というのは一つの考え方ですね。陪審制度は、昭和十八年までありましたが、私は十二年に初めて大阪で傍聴したんです。これはとにかく結論が早いですよ。二年も三年もかからない。その日のうちか二日か三日、長くて一週間で結論が出ちゃいますよ。ただ陪審制度を日本に導入するにはいろんな問題があるけれど。

 

安倍 でも、日本の裁判官はわりといい方ですよ。一応一生懸命、主観的にはまじめにやろうとしていますよね。復讐心なんかを大衆が持っている場合には、陪審制度は危険だと思うな、日本では。
 
佐伯 ただ私が思うのは、官僚の非常識をどうやって破るのかという……。事実認定論のところでね……。
 
安倍 ドイツ流に参審制度(三人の専門裁判官に素人の裁判員二名を配した方法)でも、大分違うんじゃないですかね。とくに私はその中に素人を入れるべきだ、というんですよ。とにかく、いまのまま官僚だけにまかしておいたんじゃ、裁判はどんどんダメになって行きますね。
佐伯 私はね、国民に〃俺たちに裁判をやらせろ〃という要求をひろげたいですね。俺たちがやる方が、お前ら官僚より正確だという、私たちの力で裁判をやるという叫びがほしいと思います。
 
安倍 さっきの話のようにたとえば逮捕直後に国選弁護士をつけ得るという制度にすれば、また大分変わってきますね。われわれにも経験がありますが、やはり弁護士がつくと一生懸命やりますよ。うるさいと思うから。冤罪の疑いがある人が捕まった時、すぐに若い弁護士でもついたらよくやりますよ。しかし、逮捕されて二十日ぐらい経って、起訴されてから弁護士がくるでしょう。そのときじゃもう遅いんです。最初の数日が大切なんだ。
 
証拠隠滅は常套手段か、殺害で頭がい骨を何回も割ったナタを「なくしました」っていうんですよ。
 
本誌 免田事件の場合もそうですけど、再審で長期の裁判になると、証拠品の紛失という問題が出てきますね。
 
佐伯 そう。免田君の場合、かんじんの返り血を浴びている上着がない。マフラーも地下足袋もない。殺した凶器とされているナタもないんだから。
 
安倍 私はかつて検察庁にいて証拠品係の検事をやったことがありますが、彼らは引っ越ししのときなくしたというんだけど、証拠品というのは単品で置いとくことはないんですよ。大きなハトロン紙の袋に入れて縛ってレッテルや荷札をつける。その中から取り出してなくすなんてことは不可能に近いことですよ。
一番問題になっていたのは、殺害で頭がい骨を何回も割ったナタですよ。その凶器を「なくしました」っていうんですよ。なくそうと思っても難しいですよ。あのナタ、そんな小さなものじゃないんです。机の中に入れても隠せないもの。穴を掘って埋めるにしてもかなり大きな穴が必要ですよ。
 
樋口 それは常識を逸してますね。それだけで立派な犯罪ですよ。
 
佐伯 隠すことの方が難しいですからね。われわれが、しよっ中、万年筆をなくすのと話が違うわけで、大きいものでしょう。一審のときも「ないない」で、出なかった。やっと出たのは公判のずいぶんあとになってからんだよ。血が付いていないやつだから、返すと大変なわけですよ。しかしなぜそれだけがないのか、他の関係のない下着なんか全部あって、かんじんの血の付いですよ(笑)。
 
安倍 上着もはじめは知らんふりをして「返してくれ」と言ったんです。そしたら「血を浴びてカどもはえていて使いものになりませんから」という返事で返してくれないんですよ。「いやカビははえても何でもいいから返してくれ」と言ったら、「ないっ」ていうたと思われる上着がないと言うんだか
樋口 それだけで、もうダメね。
佐伯 似たような衣服を捜すのにはものすごく苦労したんですよ。銀座の古着屋でみつけて。裁判官に誤解を与えないように、こういうもんだと認識させるために捜したわけです。
 
アメリカで受けもつ事件数は一年で十六件、日本は三百件
 
本誌 先生方の仕事は体力的にも大変だと思うんですが、アメリカなんかにくらべたら、日本は弁護士にしても、検事にしてもあつかう件数が多すぎますね。過重労働が原因で、判断がにぶったり、捜査や取り調べに手ぬきができたり、やはり人間ですから、そのあたりのことも問題じゃないかと思いますけれど。
 
安倍 ほんとうにアメリカでは受け持つ事件の件数が少ないですね。ボストンの裁判所に行ったときに、「あなたは何件扱っていますか」と聞いたら、十六件だというから、私はてっきり一週間に十六件だと思って「それは大変でしょう」と言ったら、一年間で十六件だというんだね。それだったら綿密にできますよ。われわれのように一年に三百件やった経験とくらべる方がおかしいぐらい。
 
樋口 私もこの前アメリカに調査に行ったときに、まっ先にシアトルに行きましてね、オリンピアの最高裁の長官以下が、私たちを歓迎してくれて招待宴を開いてくれたんです。日本じゃアメリカからそうした客が来ても、誰もパーティなんかやりゃせんですよ。そのときに、隣にいたチャールスとかいう裁判官に、僕が死刑問題について聞いたの。死刑についてどう考えてるかと。

そしたら非常に恐縮してね。じつはいまコメントができない。いま、その死刑問題が最高裁にかかっているというんだね。だからコメントができないというんだ。大変フランクな態度でね。話していても、やはり官僚システムではない裁判官のあり方を感じましたね。じつに人間んぽいんだな。
 

 そのあと、ニューオーリンズの刑務所に行ったんだけど、そこでは名誉刑務所長の辞令をくれたんです。センスの違いというか、しゃれてますよね。日本の刑務所で名誉刑務所長の辞令なんか出しますかね。それこそ密室の中でしょう。あっちは刑務所長も選挙な
んですね。こういうところに、日本とアメリカの違いがあるんだなあ。民主主義が定着してるんですね。
 
警察の発表だけを鵜呑みにするマスコミの責任
 
前坂 こうした冤罪事件の報道ということで、マスコミの責任という問題も大きいものがあると思いますが…
佐伯 いや安倍先生ね、免田事件の再審公判のときの新聞の態度の変化というのもすごかったですよ。裏付けもなしに、検察側の言うことを鵜呑みにしてハタハタッと記事を書いて、それで嘘だとわかると今度はシューンとしちゃう。報道の正義がどこかへ行ってしまっている。
前坂 その辺の首尾一貫しないというか、わっと煽るというか……。
 
樋口 そうそう。逆にマスコミの報道に警察が煽られ、検事も煽られ、しまいには裁判官まで煽られる恐れが日本ありますね。これは問題ですな。
 
安倍 あーいう風に書かないと新聞が売れないですからね。
樋口 そうなんだよね。どこかの新聞が良識的に冷静に書いたりしたら、何だ、おまえんとこだけこんな記事書いて、と他の新聞とケンカでしょう。
本誌 まだ犯人と決まっていないのに被告の名前を呼びすてにするのもおかしいと思いますけど。
佐伯 あれは新聞ではそういうきまりにしているのかな。
樋口 いまの若い裁判官の中には、被告を○○さんと呼ぶ人がいるね。アメリカでは有罪と決まるまでは、ミスとかミスターを必ずつけるが。
 
本誌 元被告という表現はどうなんでしょうか。元被告というと、何となくまだ悪いことをしている人、というイメージがあるんですね。
佐伯 新聞の煽りというのは社会へのおもねりでしょうね。だから社会の文
明度の反映でもありますね。
樋口 伺っていると、その通りだと思いますね。そこで私なんか、それがどうすればわれわれが望んでいるようなことが可能になるかということを考えますとね。それぞれ問題があって、なかなかすぐには結論が出せない。だけど、やっぱり国民全体の文明意識とい
うか、それが高まらないかぎり、何をやってもダメで、やっぱり教育の問題ということになるんじゃないですか。われわれも謙虚になって、真剣に反省し、勉強すべきですよ。
 
  (この座談会は六月二十九日に行なったものです。七月十五日、免田氏は無罪判決・即日釈放されました。検察側は控訴期限前の七月二十八日、控訴を断念、免田氏の無罪が確定しました)
 
                           (おわり)
 
 
 

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