速報(136)★『日本のある島の活動家達は、原子力発電産業からの誘惑に抵抗している”)<ニューヨーク・タイムズ8/27>
F国際ビジネスマンから次の見事な翻訳が送られてきました。
『NYT の原発調査報道シリーズ、最新の記事全訳をお送りします。現地取材本当に良く出来ています。3/11以来のNYT の福一調査報道シリーズ、ピューリッツァー賞もの?ではありませんか。
企業で金儲けばかり考えていた小生、目から鱗です。広島県の隣山口県の祝島で、30年間苛烈な反対闘争が行われていたこと、常に一触即発の状況とは知りませんでした。
上関町は島根原発の後継と聞いていましたが、祝島が主役とは知りませんでした。汗顔の至りです。祝島へ行きたくなりました。』 (訳者コメント)
1. 先祖代々、親子代々受け継いで来た漁師生活、瀬戸内海の美しい自然の後世への継承などは、一時的な浪費、贅沢とは比べられない、遥かに価値あるものと信じ、1000人の島民が一致結束して、原発建設反対運動を30年間、人生の後半生を費やして闘った祝島島民の生き様が、日本の原発建設プロセスの異常性を浮かび上がらせている。
2. 30年の反対闘争の歴史の中で、島民が官、電力側からの甘い誘いに最後迄乗らなかったのは、国内の他県の事例からすれば、奇跡に近い禁欲振りである。同じ上関町民で本土側が、現ナマ攻勢に陥落したのに対し、その拒否の姿勢は際立っている。
原子力の危険性、特に放射能の危険性は人力では絶対に払拭出来ないとの認識も、他県よりも深く強いものがあったか?
3. 長年の反対闘争も、老齢化には勝てず、島の人口も半分以下と、闘いもここ迄かと云う情勢の中で、3/11、福島原発事故発生、闘争勝利迄、後一歩と流れが急変した。福島の不幸が、祝島に勝利を齎すか、この歴史の皮肉を島民はどの様にうけとめているか?
4. 足許の情勢では、土木工事の再開は、山口県知事がライセンスを発行しないという決断でストップしている。建設を進めたい、やりたいと叫んでいるのは、中国電力のみで、外堀は反対で埋まっている。
国内で計画中の原子炉は9基、建設中が1基であるが、工事開始の許認可プロセスでは、この上関が最も近い。この上関原発の計画の白紙化は、今後への影響は甚大。白紙撤回を勝ち取らなければならない。
以上
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2011/8/27 NYT by HIROKO TABUCHI
" Japanese Island’s Activists Resist Nuclear Industry’s Allure "
祝島、日本 ー この小さな島からほんの目と鼻の先にある、計画中の原子力発電プラントに、仕事を始める為に作業船がやって来た時、年老いた漁師、タケバヤシ・タミコ氏は劇的な抗議行動を実行した:彼女は、自ら埠頭に突っ込んで行った。
この行動は、グリーンピースの行動を彷彿とさせるが、何事も控え目な日本では極めて異例であった。しかし、その行動は、島の住民達に対抗して勢揃いしている権力側ー つまり政府であり、原子力産業であるが、これに対してほぼ30年間、島民達が戦って来たことを象徴していた。
” この海は我々の生計そのものである ” とタケバヤシ氏、68才は云う、彼女の家族は、鯛や鯖、そしてその他地元の珍味を、何代にも渡り漁師として、収穫して来た。” 私達は、他人にこの海を汚すことは絶対にさせない ” 。
祝島闘争の物語は、日本の一寸した試金石になる、取り分け、福島第一原発の大災害の余韻が強く残る中で、何十年に渡り、原発が安全という政府からの保障を認めて来た事に対して、不安を感ずる人々にとって特にそうだ。
原発プラントを建設するこの計画は、日本の他のどの計画よりも認可手続きが近いので、多くの反原発活動家は、原子力エネルギーへの日本の依存を終了させる希望の星として、この島の原発反対運動を看做している。
もし、ここの建設計画がボツになれば、その決定は、日本における原子力発電プラントの建設を終わらせる先例となりそうだと、反原発活動家は信じている。
祝島の抵抗運動の物語は、1982年に始まった。上関町(カミノセキ)は、祝島と二つの小島そして日本の本州から離れた室津岬から成り立っているが、原子力産業界が約束する活性化効果で円熟している様に見えるその他多くの隔絶した地域の一つであった。
小規模農業や小規模漁業の域を越えて取り立てて云うほどの産業は無い中で、この上関町は第二次大戦後の日本の急速な変化に遅れない様に、追い付いて行くのに呻吟していた。
そこで、1982年、中国電力が最初にこの岬の寂れた先端部に、原子力発電所を建設するアイデアを出した時に、多くの住民は熱狂した。
中国電力は住民達に熱烈な求愛をし、日本中の原子炉を見て回る豪勢な研修ツアーズで彼等を接待した、その旅行は、参加した住民によると温泉での逗留も含まれていた。この接待旅行は、又350万平方フィートのプラントを建設する為に埋立てられる漁場の損害を、地元の漁協に補償する意味合いもあった。
” この上関町はお金が必要であった、この町はシュリンクする一方で、成長して行く事が必要であった ” 、とイノウエ・カツミ氏、67才、このプラント建設支援運動のリーダーの一人はいう。
しかし、祝島、約1000人の住民と、原発の建設予定地から僅か2.5マイルしか離れていない、この祝島は納得しなかった。この島の漁協は、原発の立地には圧倒的に反対票を投じていた。
1983年1月の冷たい朝、ほぼ400名の島民達は新年のお祝い行事をそそくさと終えると、会場は抗議の行進となった。男性は漁師用の長靴を履き、女性はボンネット帽子を被り、石垣で囲まれた路地を動き回った。
この抗議運動は、これから島民が実行する1000以上の抗議活動の始まりを告げるものであった。その幾つかは、2009年のタケバヤシ氏の抗議活動に匹敵する凄いドラマシーンも含んでいた。
この年の抗議活動の一つは、漁民達の小さな船隊が外海に乗り出し、建設業者の作業船の先回りをして、進路を変えさせた。” ここでは、原発プラントは要らない、この海はお前達のものではない ”、と漁民達は、エンジン全開、全速力で船を走らせながら大声で叫んだ。
祝島の住民達でさえ、彼等の仲間達の多くが抵抗しなかった時、なぜ自分たちが体制派に進んで挑戦したのか、その理由について正確に気付いていた訳ではない。
彼等の生計そのものが、危険を冒すには、余りにも海に頼り過ぎていて、もし災害に見舞われたら、避難するのははるかに難しくなると云うことである。
その他にも、島の男達の多くは、漸次 何処か他の場所に職を求めて去って行った。その内の何人かは原発プラントで働いた。そして彼等は厄介な話を持って、故郷へ戻り、島の闘争の中で最前線の役割を果たす様になった。
イソベ・カズオ氏、88才はその内の一人である。彼は、日本の戦後の混乱期に島を離れ、最初は建設現場で働いた。しかし、1970年代には新しく操業を開始した福島第一原発
で働き始めた。
彼は、原発プラントの中の2号原子炉で、放射能付着物の洗浄をする仕事をした、放射能防護服を身に付けて汗だくになって、ボロ雑巾を使いながら。
彼の、その時からの被曝線量の記録は、彼の提供によれば、このほんの3ヶ月の仕事の間で約850ミリレムを受けたことを示していた、これは、原子力プラントに従事する作業者が1年間に許容されるほぼ最大限の線量であり、一般市民に許される限度の8倍以上であった。
イソベ氏は、1982年、祝島への帰郷の途中で、中国電力が祝島の海を隔てた丁度対岸に、原発プラントを建設する計画であることを聞いて、彼は恐怖に戦いた。
” 放射能を封じ込めることは困難であることを、私は自分の目で確かめて来た 、私は近隣の全ての人に電力会社側、体制派が何を言ってもそれに同意してはいけないと言ってきた、” とイソベ氏は云う。
未だに、上関町の大部分はこの原発計画を支持し続けていた、1983年以来、選挙の度に、原発賛成派の町長を選んで来た。町議会議員の大多数は未だに、原発建設賛成派である。
1994年中央政府は、職権を乱用し、このプロジェクトに賛成して、この原発プラントは日本にとって ” 決定的に重要な電力資源 ” と明言した。
その支援目的で、この町は手厚い報酬で報われていた。町の記録によれば、1984年から2010年迄で、上関町は約45億円(今の為替レートで58M$)を政府補助金の形で受け取っていた。また、24億円、31M$を、地元のマスコミによれば、原発プラントのオペレーター、中国電力から得ていた。
しかし、祝島はギブアップする積りはなかった。島民達は町議会に原発反対の候補者を配置していた。祝島漁協は、中国電力からの現金贈与の分前、約 10億円、13M$を受け取る事を拒否した。そして、中国電力が、この原発プラントの環境への影響の調査結果を中央政府へ提出した時、反対派の人達は、近くの海でイルカが生息している事に触れていない等、意図的な削除について指摘した。
島民達は又、公益企業である中国電力を、プラントの一部が国有地に建設される事を非難して、告訴した。日本の最高裁は、2008年にこの訴訟を否決した、原子力発電に反対する活動家達にとって同様の敗北が続いた。(その間に、島民達は、建設計画の実行を妨害したとして、中国電力から逆提訴された)
” 私達は、原発賛成派の通り道に障害物を投げ入れる為にあらゆる事をした ”、と イシイ・ミサオ氏、68才は云う、彼は妨害の嫌疑で9年間法廷闘争を戦った。
それから2008年の徹底抗戦の中で、プラント建設のある段階をコントロールする山口県が、中国電力に埋め立て工事の再開を許可した。
怒り心頭の島民は、作業者を常時監視する為に建設現場の側に見張り小屋を作った。そして2009年の9月、中国電力は、埋め立ての為に、海の区画をブイを使って区切ろうとした時、タケバヤシ氏と彼女のプロの漁師の仲間が、建設側と衝突した。彼女が波止場に繋がれていた間、他の人達は、それぞれ船に乗って、作業船をストップさせる為に、舳先を外に向けた。
しかし、その翌月、電力会社側の作業船は夜陰に紛れてブイを取り付け、埋め立て作業の開始を宣言した。
一方では、祝島は全く異なる類の闘争に負けていた。 住民は年を取り、人口は減少の一途を辿った、島の経済は病んでいた。小学校も中学校も閉鎖された。この3月迄で、人口も半分の479人に減少し、住民の平均年齢も70台の後半になっていた。反原発の抗議活動も昔は何時間も続くのが常であったが、今は20分位続ける程度で、か弱い島民には丸石の敷かれた小径を長時間歩く事は最早出来ない。
誰もが手荒く扱われる時、ファイトし続けるのは難しくなっている、と タオ・ヒサコ氏、70才は云う。
その時、3/11、壊滅的な地震と津波が福島第一原発プラントの防御システムを破壊し、世界でも最悪の原子力災害の一つを引き起こした。
福島原発事故、これが全てを変えた、と この原発で働いていたイソベ氏は云う。
先月、山口県知事は、中国電力に埋め立て工事を許可するライセンスを更新しない、と発言した。上関町周辺の市町村も建設計画への反対を口々に宣言している。上関町の町長、カシワバラ・シゲミ氏、計画中の原発プラントの長きに渡る支持者の一人であったが、その彼が、建設計画は廃棄する必要があるかもしれないと、言い出した。
” 我々は、原子力発電所を持たない町を建設する事について考えなければならないかもしれない、” と最近の町議会で述べた。
先月、中国電力の新社長は、社員に向かって、会社は原子力発電所の建設計画は前向きに進めて行く、と表明した。また、会社の幹部達は地域の政治家達に、計画は最新の耐震技術を取り入れて作られる事を確約した。
しかし、この会社、中国電力は、今や、福島の悲劇に勇気を得た反対者達に直面している。
” 我々は建設推進派の動きを完全にストップさせようとしている ”、とヤマト・サダオ氏、祝島の抵抗運動のリーダーの一人は最近の反対派の集会で述べた、” この30年間の中で、我々が手にする最善のチャンスが来た ”。
完
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