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高杉晋吾レポート⑭『新潟県集中豪雨被害ルポ』(上)ダムは被害激増の元凶。被災から身を守る住民の力、脱ダムへ転換を!(1)

      2015/01/02

 
高杉晋吾レポート⑭
『7月末の新潟県集中豪雨被害のルポルタ―ジュ』(上)

ダムは現代集中豪雨には役立たず、被害激増の元凶。被災から身を守る住民の力、
脱ダムへ!治水政策の転換を!(1)

 
 高杉晋吾(フリージャナリスト)
<森林保水、河川整備、避難,住民の力こそが洪水防止力>
今年七月末洪水の爪痕、洪水激化の根源は?我々は出発した
 
9月14日12時過ぎ、上越新幹線MAXとき号で着いた私と、同行の田中烈氏を芳賀誠一氏が三条燕駅に出迎えてくれた。
 
私は資料の入った黄色いリュックサックと、ほとんど白の半そでシャツ、ベージュのベストといった夏向きのいでたち、田中氏は大きなリュックをしょって、リュックの中にはキャンプ用のテントまではいっているという完全な登山スタイル。
高層ホテルなどが立ち並ぶ燕三条新幹線駅前には、青空に夏の日照りがかんかんと照りつけ、新潟の涼しさを期待した私の薄青いスポーツキャップに遠慮なく真夏の陽光が照りつけている。
 
高杉様と書いた半紙で86歳の白髪の芳賀氏がにこにこと改札前で待っていてくれた。周囲の様子を見るいとまもなく、彼の三男である芳賀三男(みつお)さんが三条市役所まで芳賀誠一氏と私、田中烈氏を送ってくれた。三男さんは背が高い。1メートル80以上はあるだろうか?無口のまま、にこにこと頭を下げて私たちを案内する。
 
私と芳賀氏は電話で、芳賀氏の洪水被害と(これから被害者として裁判を起こす)ということを聞いただけで被害内容も裁判の主張のポイントも聞いたわけではない。すべては会って内容を聞くということで「14日の正午に会おう」と約束しただけだ。市役所はこの日の取材先である新潟県三条地域振興局の合同庁舎の近くである。
車中から見た燕三条駅から市役所までの三条市繁華街の光景は洪水被害を感じさせるものは初めての視察者には分からない。市役所のレストランで楽しい食事を済ませた後、芳賀誠一氏と別れ、芳賀三男氏運転で、近くの新潟県三条地域振興局まで案内してもらう。
 
9月14日、12時
 
三条地域振興局では、地域整備部の近藤友成治水課長と笠堀分室の堀田芳洋(よしひろ)ダム管理課長が、わたくしがあらかじめ出しておいた質問事項に沿って答えてくれた。この詳細は長くなるので別途報告するが、質問のポイントは、
1、新潟県が今回の《2011年7月28日から30日》に掛けて行った水害対策とはどのようなものであったのですか?
2、笠堀ダム、大谷ダムなど、ダム現場が行った洪水調節とは、どのようなものであったのですか?
 
3、洪水をダムに溜めすぎるとダムが破壊される。従って洪水の危険を察知した場合、予備放流を行うことになっています。今回の洪水では、「この予備放流が行われずダムが満杯の状態であり、いきなり放流が行われ、これが下田地区などの水害を招いた」、という意見があります。実際はどうだったのですか?
 
4、7月30日五時過ぎ、下田(しただ)の堤防が150メートルにわたって決壊した。この決壊の状態は?
5、前回(2004年7月13日)の大水害の経験の反省から五十嵐川河川整備が行われたという話ですが、どういう河川整備だったのですか。それは有効だったのですか?
 
主な答え,(抄録、未完)  洪水に対する笠堀ダムの意義
 
三条市での集中豪雨の有様はこうでした。激しい豪雨が28日から第一波と第二波が連続しました。第一波は、28日の午後10時ころから始まりました。ダム湖には約774万立米の水が溜まっていました。そのダム湖に、実に約、1千5立米/秒の雨が一挙にダム湖に流れ込みました。
 
(高杉注)下流の洪水をダムで防ぐという名目で、上流から流れてくる雨量を洪水に備える予備放流を行ってダム湖の空きと余裕を作っておき、その空きで洪水をストップさせて置くというのがダムによる治水の狙いだ。だから、洪水時にはダム湖を空けて一時溜めて置くための予備放流が行われる)。
 
新潟県、 住民の意見の中には、この予備放流を行わなかったという意見がありますが、それは違います。予備放流は、6月15日から9月いっぱい、制限水位まで下げて置くという形で行っています。
 
その中で7月29日には制限水位194,50メートルだったのを午前3時頃から放流して減らし始め、午前10時ころまで予備放流を行なっています。
しかしその後の激しい降雨のために、午前11時頃には制限水位を超えて洪水満水位に近づいてきました。
 
ダム湖の水位が上がって、湖水がダム堤体を超えて溢流するとダムが破壊される恐れがあります。そのために午後4時ころからダムによる洪水防止を諦めて、降雨と同じ量をダム下流に流しました。これを但し書き操作といっています。そうしないとダム堤体が破壊されて、溜まった水が一挙に下流に流され、被害が増大しますので、やむを得ない措置です。この操作は午後6時まで、約2時間、行いました。
 
集中豪雨第二波、 7月30日午前0時頃から第二波の激しい豪雨が始まりました。降った分はダムに貯留することができないと判断し、但し書き操作を午前1時過ぎから午前7時半まで行いました。この但し書き操作による最大放流量は秒652,6立米です。
 
高杉、はあ、そうですか?毎秒652,6立米、流したんですね。数字で言われてもさっぱり分かりませんねえ。数字で説明したり、また数字で反論しますと、かえって具体的な現実である洪水を、空理空論に巻き込んでしまいますから止めておきましょう。まあ、ご説明のあった数字は措いておいて、後で別の視点で考えて見ます。
 
では、前回に起こった洪水の反省に基づいて、五十嵐川の河川整備を行ったという話ですね。今回の災害ではこの河川整備が功を奏して被害が少なかったと聞いています。
 
質問4―5に対する主な答え、
 
新潟県。河川整備は、前回2004年7月13日の大被害の経験から、被害甚大だった、信濃川と五十嵐川の合流点3.9キロメートルの河川拡幅、そのための付近の住居の立ち退き等を行いました。その結果として、住民の被害は非常に少なくなったんです。
しかし、上流の下田(しただ)地区などには河川整備の手が行き渡りませんでした。だから下田地区は今回の洪水では、被害が大きかった。今後は全河川に河川整備が行われるようにしたいと思っています。
 
高杉 三条市長が、「河川整備はごく一部でしかやられなかったので、整備しなかった上流で被害が大きく起こった。もっと全体の整備という視点で、上流も含めて総合的にやるべきだ」と言っていますね。
 
新潟県  「全河川整備をやれ」と言われましても、河川整備は、建設予算や立ち退き賠償などの関係も含めて、そんなにいっぺんに手をつけられません。三条市長は政治家だから、上流の票を考えて、できるかどうかは別にして、そんなことを言うんですよ。実際に河川整備は拡幅される由利町周辺の立ち退きだけでも数百億円かかります。それなのに、上流まで一遍にできる訳がありませんよ。
 
 高杉 まあ、そうでしょうね。いっぺんには出来ないですね。しかし考えると森林の整備や、河川敷の改修などで洪水を減らせることは前回と今回の洪水で証明された訳ですね。それなのに今まで、つまり2004年7月13日の大洪水までの治水のやり方は、住民が求める森林整備や河川整備をやってほしいという意向を無視して、ゼネコンなどが求めるダム建設一辺倒の治水政策で突き進んできたのでしょう?そのダムについて住民から『ちっとも洪水から住民を守っていない』『予備放流をしないで、いきなりダムが壊れるからと、下流で洪水が起こっている最中に大放流をして下流住民に被害を与えた』と大批判を受けたんでしょう。
 
そのダムに最優先の予算を付けて、河川整備を無視ないしは軽視して後回しにしてきた。住民はこの点をものすごく批判した。
この批判を受けて県は今回、前回の洪水の被害地を中心に河川の拡幅を行った。その結果、統計数字的には被害は減少した。このことが意味するものは、
「だからダム至上主義ではなく、河川敷の大幅改修を優先させておけばダムがなくても洪水を防げたのではないか?」
ということですね。
 
新潟県 いや、そんなことはありません。ダムは最初の段階で長いこと洪水を防いできています。これがなかったら、最初から膨大な水量の洪水が河川に流れていますからね。ダムがなかったら被害ははるかに大きかった訳ですよ。ダムがなかった場合を考えたら、非常に役立っていますよ。
 
高水数値で住民の被害と苦しみを表現できるか?
 
但し書き操作によってどれだけの水量を流したのか?県の説明では一秒間に652.6立米流したというのである。この数字こそ、お役人が住民に対する説明が「分かりにくくさせるための罠」なのである。
 
私はもう少し別の視点で分かりよくさせることを試みてみよう。
 
一秒間に約653トン流した。つまり一秒間に大型遠洋漁船一隻を五十嵐川に流したようなものである。これは一分間にすれば約三万九千五百トンの大型客船を五十嵐川に流したことになる。
時間にすると二百三十五万トンとなる。これを二三万五千トンの巨大船舶をタンカーを一時間に十隻五十嵐川に流した。但し書き操作では、これを約六時間続けたのであるから、一千百万トン。但し書き操作は笠堀ダムだけで二十三万トン級タンカーを一三八隻藻五十嵐川に流した。
 
仮に、大谷ダムもほぼ同じ規模で流したとすれば二十三万トン船舶二七〇隻が五十嵐川に流されたと考えられる。笠堀ダムは但し書き操作によって、太田のダムは自然溢水によって。私はダムから流される洪水水量等によって住民が受ける被害を数値で表現することに対しては否定する。
 
だがとりあえず彼らが云う数値を自分なりに分かりよく表現するために数値を船舶に例え、その巨大さを表現してみた。だが私の務めは後に書くように洪水被害の事実や現場での恐ろしさを現実の住民経験を通じて伝えることにある。だからとりあえず船舶の巨大さに例えるしかできない今の表現を許していただきたいと思う。
 
しかし、これで二つのダムが五十嵐川周辺に水害を齎さないと考える方がおかしいということはとりあえずは伝わるだろう。
ダムは今回も前回も、予想を超える洪水には但し書き操作を行う羽目になった。大きな量の洪水がダム上流から来たら、その洪水を止めないでそのまま流す。この但し書き操作で下流の下田地区は大被害を受けた。
 
ダムは笠堀ダムも大谷ダムも、洪水を防ぐ、観光によいという大宣伝で出発したのに、『予想の範囲では役立ったが、予想を超える洪水に対しては役立たずだった』と言える。
治水施設がある場合となかった場合を比較してみろ。なかったらもっと被害は大きかったぞ、という論理は必ず巨大施設を作った側の釈明論理に使われる。3月11日の東日本大震災でもこの論理が使われている。
 
たとえば釜石市の湾口防波堤。ギネスブックに「世界一の湾口防波堤だ」と記載され、巨大な規模をものすごく誇って数字を上げて大宣伝している。
「これで釜石は巨大津波がきても市民は安心だ」と歌まで造って市役所は浮かれていた。
所が今回の大震災ではこの世界一の湾口防波堤は一挙に津波で崩壊した。崩壊しただけではなく、巨大ケーソンの隙間から放射される津波のジェット噴流で釜石市の被害は激増した。
 
それでもこの防波堤がなかった場合とある場合とを比較すれば「有ったから被害は減ったのだ」という屁理屈を主張している。この屁理屈の論理は住民の側にとって笑い物になっている。
まさに「ダムがなかったら」という言いぶんは「釜石市の湾口防波堤がなかったら」という巨大施設弁護論の詭弁に相当する。
私は後に書くように、ある笑い話でこの釈明をからかっているが、その話は後に書くことにする。
 
9月14日、午後2時半、 笠堀ダム、大谷ダム現地に向かう
 
車の進行方向、前方、西北方には粟ケ岳の姿が淡い青色でみえている。車中で、芳賀三男氏が云った。
「五十嵐ダムを作る時、本城寺というお寺は、自分で土手を持っていたんですが、お役所から『五十嵐ダムが出来るのでもう洪水はないからお寺の土手は必要ない』と言われて土手を壊した。所がすぐに水害がきて水浸しになったんです」。
国道289号線を南東に向けて走る。周辺は見渡す限り水田である。
「ここいらは水がきれいだからね。コシヒカリの本場です。」
旧下田村役場を右手に見て通り過ぎる。
 
「ねえ、私はさっき、『笠堀ダムや大谷ダムを作る頃や出来た頃の宣伝パンフレットをくれ』って一大事のように言ったので、下らない要求だと思われたでしょうが、実は行政は「ダムが出来れば、水害が防げる」とか、「地域が観光で栄える」などという大宣伝を、住民説明会やパンフレットで散々やっているわけですよ。
 
だけど現実は、「観光で栄えたか?」「ダムで水害を防げたのか?」いかにダムを作る時の住民への宣伝と現状のダムの現実が違うのかを宣伝パンフレットと比較するとよくわかりますので、最初のパンフレットが欲しかったんですよ。そんなものがない訳はないのに、新潟県は出さないでしょう。出すとやばいということを新潟県も知っているんですよね」
私の話を聞いていた三男氏が運転しながら笑い出した。そして言った。
 
「大谷ダムなんかは観光客がにぎやかに来たのは、ダムが出来た最初の一年だけですね。観光でダムに人が来たのはね! これから行く大谷ダムの資料館ですが、あそこは、今ではほとんど人が入っていない。職員も4人はいますから、人件費もかかるだろうにね。私などが行くと、資料館の職員はびっくりするような雰囲気ですよ。『何しに来たのか』というようにねえ。ロビーに飾ってあるダムの模型が壊れているのに修繕もしない。人が来ないんだから直せば無駄に金がかかるというわけですなあ」
「まさか、いくらなんでも、観光客に来てほしいはずの資料館職員が来た客を見て『何しに来た』という訳もないでしょうがねえ」
私たちは車の中で笑った。ダム湖が出来れば観光で栄える?洪水が防げる?どうやら三男さんの話ぶりでは笠堀ダムも大谷ダムも、全国のダムでも「観光で栄えた」事実はない。
 
 
住民の要求で始まった河川整備
 

9月14日、午後4時、三条ダム被害の中心地へ
「河川整備によって三条市全体の被害は少なくなった」という意見があるが、少し一面的な解釈ではないだろうか?確かに死者や浸水地域、床浸水は少なくなったが、つぶさに見ると信濃川との合流点付近の島田町や、低湿地である諏訪地区、月岡地区は今回の水害で浸水被害が大きかった。逆に被害は河川整備地区ですら増悪した個所もあるのだから、より詳細な分析が必要であろう。
 
今回の最大の被害地区である下田等の被害を見てみよう。
同じ三条市でも都市部以外、つまり三条市内でも中山間地域である下田など農村部等上流では河川整備は放置されたままであり、その結果、江口―萩堀地区の堤防決壊が起こった。ある意味では五十嵐川の河川整備は三条市の都市部分に対する河川整備であって、下田など、中山間部に対する河川整備は行われなかった。これが農山村地域に対する行政の視点であるのかもしれない。
 
笠堀ダムの現地には一般の客は車では入れない。崩壊などがあるから危険だ、というが車が入れないのではなく、行政など関係者の車は堂々と入っているのだから「車も入れる」のだ。私たちは、侵入禁止の柵を越えて、緩やかではあるがかなりな坂道を歩いて登りながら笠堀ダム現場に行く。確かに道路は部分的にかなり大きく陥没し、崩壊している。
 
笠堀ダム現場の荒涼たる光景。
 
立て看板がありこの笠堀ダムは昭和33年に建設の許可がおり、昭和39年に竣工した、許可期限は平成33年までである、と書かれている。
笠堀ダムは、見慣れた重力式の殺風景な巨大コンクリートダムである。上流側のダム湖には流木はほとんど見えない。水害以来もう一ヶ月半もたっているから、湖面のごみや流木などは、もう片付けたものと思える。
 
巨大なコンクリートダムの直下の左岸に笠堀発電所がある。この発電所の水利権があるからやたらに予備放流が出来ないのである。火力発電所に例えるなら、湖水の水をやたらに流すことは、火力発電のための燃料の石油を無駄に捨ててしまうのと同じことになる。
だからダム湖の水利権を持っている電力会社は、このダム湖水の放流を簡単には認めない。電力会社にとってはダム湖の水を下流住民の安全のために放流することは、電力会社の水利権を侵害する行為なのである。
 
これが治水と利水の矛盾である。この矛盾によって、ダム職員は洪水のぎりぎり限度までダムの水を流さずに、下流地域の洪水を防ぐためにダムを空けて置く作業ができない。電力会社の発電用の水を溜めて置くために下流住民の安全を犠牲にするのである。
ダム職員は電力会社の圧力と住民の安全との狭間に立って、洪水時には『胃に穴が開くような』緊張を強いられている。
 
重力式コンクリートダムの垂直に近い屹立の状況を見ていると、この巨大なコンクリートのゲートからいきなり水を放出するときの衝撃波を思い浮かべる。このダム湖からの膨大な水量の放出は、一般的な河川の洪水による水の流出とはわけが違う。
 
ダムの害の一つは、不自然な人為的な水量が、一挙に狭い谷間に溜められているダム湖の超重量の水圧によって、突如として流され、周辺の山や地形に及ぼす衝撃である。山や渓谷、河川は人間には計り知れない長い期間を掛けて安定した地形を作りだしている。この地球の行為は人間ならば、病気をし、咳やくしゃみをし、治療をする行為に似ている。こうして人間は体に生じている歪みを正したり、矯正したりして、己の体を安定させる。人間の体が安定した状態。これが『健康』である。
 
地球もまた、己を安定させるために洪水も地震も起こす。その結果として地盤は長年かけて安定してきた。そこに人間がいきなりその安定を無視した超巨大、超重量のコンクリートダムをつくる。自然状態では、河川・湖沼や峡谷の安定した水量に応じて周辺の地層、地下水層も形成され、その地下水層の上に山岳も築かれてきたのに、その自然の安定状態の中に突然、数億トンという貯水、超重量のダムが一気に作られるのである。
 
それが地下水層を変動させ、地層に衝撃を与え、土砂災害を引き起こす。最近では深層崩壊などと言って巨大な山ごと雪崩を打って崩れる現象が数知れず起きている。
 
これらの人為的な行為が引き起こすダムの振動や地震についての世界の事例は無数にある。たとえばバイオントダム(イタリア)、サウスフォークダム(アメリカ)等々枚挙に暇がないほどである。県三条振興局の課長とのやりとりをしてびっくりしたのは「洪水量が増えたからダムが振動するということはなかったし、他のダムの例でも聞いたこともない」といったことだ。
私が「洪水に際してダム職員が遭遇する事例として、ダムが巨大洪水によって引き起こされるダム震動やダム地震」の話をしたときに〔そんな事実はない〕と断言したのだ。
 
だが、ダムは地震を引き起こす。当然、ダムはダム設計時の予想を超える洪水が起きた時はダム自体が振動する。そしてダム湖水量の激増が周辺地下水圧の変化を招き、地震さえ発生させることはダムと地震や振動についての初歩的な常識である。
 

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