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高杉晋吾レポート⑰ルポ ダム難民①超集中豪雨の時代のダム災害①森林保水、河川整備、住民の力が洪水防止力

      2015/01/01


高杉晋吾レポート⑰
ルポ ダム難民①

超集中豪雨の時代のダム災害①
森林保水、河川整備、避難,住民の力こそが洪水防止力になる。

                                                                        高杉晋吾(フリージャーナリスト)

()三条市の巻  
(写真上、三条市下田《しただ》地区で洪水によって破壊された蕎麦店)
私が2011年9月14日15日に新潟県三条市で2011年7月28日から7月30日まで続いた激しい集中豪雨被害の調査を行ったのは、この水害が現代治水問題の全てを典型的に含んでいるから、ということ。そして被害を受けた現地の方々に被害の現実を教えてもらいたいからだ。
簡略に言うと笠堀ダムも大谷ダムも、これなら洪水を防止できると設計した数値(高水計画)以上の洪水を防ぐことができないだけではなく、洪水をそのまま垂れ流し状態にして、下流域に大被害を与えている。
私のように被害を受けていないものは、被害を受けた人びとから被害の現実を教えてもらうしか現実を知る方法がない。
逆に設計値以上の洪水が来て、ダムの堤体の高さを超える状態になるとダムが壊れるので、猛烈な放水を行い、下流の洪水を激化し被害を激化する。日本全国のダムは時間あたり20ミリ程度の豪雨を想定している。しかし現在の集中豪雨は時間あたり80ミリ以上の豪雨が普通、ほとんどが100ミリ以上という状況になっている。
私たちが、現地の人々から水害の現実を教えてもらいながら調査した笠堀ダムも大谷ダムも、20ミリ程度の「豪雨」を想定して作られている。だから現在、時間あたり80mm/時以上の集中豪雨が日常的になった現代的豪雨では、全く治水の役に立たっていないことが露呈してしまっていた。
そればかりか、「下流の洪水を守り、下流の人々の命を守る」という本来の役目を放棄しただけではなく、何と「ダムを洪水による破壊から守るため、猛烈な放水を下流に対して行って下流を危険に晒す」という倒錯した行為が当たり前になっている。これが三条市の洪水被害とダムによる災害の現実であり、これが全国のダムの常態なのである。
私たちが三条市の調査計画を立てた後に発生した奈良県、和歌山県、三重県の集中豪雨被害の問題を考える要素も完全に三条市調査結果に表れていた。私たちは三条市五十嵐川と、治水ダムである「笠堀ダム」「大谷ダム」の調査、問題点の一端を三条市市民とともに調査した。住民が私に教えてくれた事実は、「集中豪雨被災の真実とダムによる災害」である。
「時間あたり80mm以上の集中豪雨が日常化しているこの時代に、20mmの雨にしか対応できない、図体ばかりでっかいダム優先の国家の治水政策がどんな役割を果たしているのか?」という現代治水政策の根本を明らかにする調査である。
三条市調査の結果は、1980年から30年以上にわたってダム問題を見てきた私にとっても、いままで考えてもいなかった思いがけない、そして不思議な認識を得ることが出来た。住民の地域に生きる力は、都会人の貧相な自然観を超えた豊かさをもっている。
調査の最初は、三条市集中豪雨災害の担当であった新潟県の三条地域振興局治水課であるが、その質問の趣旨は本稿の最後に資料として記載してあるので読んでいただきたい。
内容は、新潟県の水害対策、県営笠堀ダム、大谷ダムなど、ダム現場が行った洪水調節の内容。前回2004年7月13日の集中豪雨被害対策として五十嵐川の河川整備の実際。等々であった。だがこれらは末尾に資料として添付する。お役人とのやりとりは堅苦しく、わずらわしい。至って興味を削ぐので興味のある方は末尾をご覧ください。
今年七月末、洪水の爪痕、洪水激化の根源は?我々は出発した
9月14日2時過ぎ、上越新幹線MAXとき号で着いた私と、同行の田中烈氏を芳賀誠一氏が三条燕駅に出迎えてくれた。私は資料の入った黄色いリュックサックと、ほとんど白の半そでシャツ、ベージュのベストといった夏向きのいでたち、田中氏は大きなリュックをしょって、リュックの中にはキャンプ用のテントまではいっているという完全な登山スタイル。高層ホテルなどが立ち並ぶ燕三条新幹線駅前には、青空に真夏のような日照りがかんかんと照りつけ、新潟の涼しさを期待した私の薄青いスポーツキャップに遠慮なく陽光が照りつけている。
高杉様と書いた半紙で86歳の白髪の芳賀氏がにこにこと改札前で待っていてくれた。周囲の様子を見るいとまもなく、彼の三男である芳賀三男(みつお)さんが三条市役所まで芳賀誠一氏と私、田中烈氏を送ってくれた。
三男さんは背が高い。1メートル80以上はあるだろうか?無口のまま、にこにこと頭を下げて私たちを案内する。その車中から見た燕三条駅から市役所までの三条市繁華街の光景は洪水被害を感じさせるものは初めての視察者には見えてこない。
私は新潟県の三条市振興局治水課で今回の洪水でダムが果たした役割を中心に聞いた。
今回の洪水で笠堀ダム、大谷ダムが行ったダムによる放水が私の関心であった。当然、ダム放水が洪水を激化したのである。
治水課の説明では、今回の洪水で、ダム当局は「但し書き操作(洪水などで、ダム水位が異常上昇した場合、水位が上昇し、ダム堤体を超えるとダムが破壊される。だから法的な例外措置によるゲート開閉操作)を行った』というのである。
 
数値で住民の被害と苦しみは表現できない
《写真左、下田地区のいたるところにある土砂崩れの惨状》
では但し書き操作によってどれだけの水量をダム下流に流したのか?県の説明では一秒間に652.6立米流したというのだ。
この数字を聞かされた地域住民は、おそらくは何も分からないままに聞き流してしまうだろう。それが数字というからくりであり、恐ろしい現実の事態を、数値で抽象化してしまう官僚特有のからくりである。此処に現実に起こった事態を、「抽象化して人びとを煙に巻くための数値の罠」がある。
私はもう少し別の方法で現実に事態を分かりよくしてみたい。
一秒間に約653トン流した。つまり一秒間に大型遠洋漁船一隻を五十嵐川に流したようなものである。一分間なら六〇隻流した。一時間では七二〇隻、一日なら一万七千二百七十隻になる。これを三日間続けたのだから、五万一千八百十隻になる。
「1秒に653立米」等というお役人の説明を聞かされる住民にとって、この現実を抽象論の迷路に迷い込ませる数字による説明が、被害の生々しい現実を、架空の世界に覆い隠してしまう「目くらまし」だということが分かるだろう。
洪水時、笠堀ダム、大谷ダムは恐るべき水量を地域に叩きつけた
私はダムから流される洪水水量等によって住民が受ける被害を官僚やその筋に近い学者は、机上の数値や特有の難解な言葉(私はこれを日本語ではない「難解語』と呼んでいる)で表現し、現実の大災害を空っぽな数字遊びや難解語の訳のわからない言葉の混濁に転嫁してしまうことに対しては全く反対である。
現実の洪水では川を数字が流れ、難解語の土砂が押し寄せてくるわけではないのだ。
だがとりあえず彼らが云う数値を自分なりに現場感覚に近づけるために数値を船舶に例え、その膨大さを表現してみた。だが私の務めは後に書くように洪水被害の事実や現場での恐ろしさを現実の住民経験を通じて伝えることにある。
だからとりあえず分かりにくい数字を船舶の数に例えるしかできない今の表現を許していただきたいと思う。しかし、この遠洋漁船のたとえ話によって、二つのダムが五十嵐川周辺に水害を齎さないと考える方がおかしいということは、とりあえず、少しは実感出来れば幸いである。
笠堀ダムも大谷ダムも、今回と前回、予想を超える洪水に但し書き操作を行う羽目になった。大きな量の洪水がダム上流から来たら、その洪水を止めないでそのまま流す。この但し書き操作で下流の下田地区は大被害を受けたのである。
この批判に対するお役人特有の反論がある。「治水施設がある場合となかった場合を比較してみろ。なかったらもっと被害は大きかったぞ」、という反論である。この論理は必ず巨大施設を作った側の釈明論理に使われる。
3月11日の東日本大震災でもこの論理が使われている。たとえば釜石市の湾口防波堤。ギネスブックに「世界一の湾口防波堤だ」と記載され、巨大な規模をものすごく誇って数字を上げて大宣伝している。
「これで釜石は巨大津波がきても市民は安心だ」と歌まで造って市役所は浮かれていた。
所が今回の大震災ではこの世界一の湾口防波堤は一挙に津波で崩壊した。崩壊しただけではなく、巨大ケーソン《コンクリート製の箱》の隙間から放射される津波の射流(=圧力を受けた水が狭い隙間から噴出するジェット噴流)でケーソン自体が互いにぶつかり合ってひっくり返り、その射流の被害で釜石市の被害は激増した。
それでも湾口防波堤を推進した学者やお役人は「この防波堤が『なかった場合とある場合』とを比較すれば、有ったから被害は減ったのだ」という屁理屈を主張している。
「湾口防波堤がなかったらもっとひどいめにあっていた」
お天気男の大ボラ・ジョーク
私は、この屁理屈を聞いて、私が語った大ボラを思い出す。私が九州北部の都市に仕事で行った時、お役所の案内役の女性が優しかったので調子に乗って大ボラを吹いたのである。『俺はね、日本一の天気男だから、おれが来れば、天が恐れをなして、必ず空が晴れる。』 ところがこの大ボラの翌日、九州北部には稀な猛吹雪となった。女性は笑いながら「高杉さんの日本一のお天気男も怪しいものね。こんな吹雪になって::」と。
私も負けていない。
「なあに。おれがいるからこの程度で済んだ。おれがいなかったら皆凍死していたんだ」
彼女は噴き出しそうになったが、口元を押さえ、心配そうに私の顔を覗き込んでだまった。私は優しい彼女の不審を買って「ううむ!残念無念!」と大いに悔しがった。
だが、こういうジョークは、情けない負け惜しみ男である私の屁理屈ジョークで済むが、住民の命がかかる治水問題はジョークでは済まない。
まさに「ダムがなかったら」という言いぶんは「釜石市の湾口防波堤がなかったら」という鉄、セメント、ゼネコンなど巨大資本の利権に直結する巨大施設弁護論の詭弁に相当するのである。
釜石では湾口防波堤があったので市民は安心していた。その結果、被害は死者・行方不明者約2000人という大被害をこうむった。巨大施設の有効性を主張した学者や役人はこの屁理屈を述べた次に「湾口防波堤がなかった場合と比較し湾口防波堤の有効性について検証してみよう」という論議を主張した。
ここで出てくるのが数値を持ち出して災害を仮空化する数値比較のお遊び論争である。
八ッ場ダムなどの経験では、そのため『いわゆる学者を動員して有識者会議や検証委員会を作ろう』ということで問題をさらに抽象理論にぶつけあいの迷路に誘い込む罠が差し出され、この主張に反対運動からさえも議論好き、空理空論好きが飛びついて『検証論争』が始まっている。
誰にもわからない「高等数値」が争われ、特権階級特有の難解語が飛び交い、悲惨な現実を知る者にとって全く関係のない不毛の世界が『検証委員会』で繰り広げられる。
なぜ国や財界は被災の現実を数値化してしまうのか?
この考え方は「人間があらゆる技術を駆使して造った巨大構築物によって地球の活動を
止めることができる」という考え方から始まり、それを批判する人々に対し忍者のような目くらまし活動を行うことが基本になっている。
なぜ数値化するのか?ダムなど公共事業が行なわれる現場の実際をよく考えると、その謎は解けてくる。謎解きのキーワードは
「ダム作りの原動力は鉄鋼業、セメント業、建設業界が求めてやまない利権の追及だ」。
「ダム建設の大義名分は『住民の安全を守るため』と称する洪水予測から始まる」。
「予測された洪水は毎秒OOOトンだという数値がまことしやかに提起される」
「この予測に対して、これだけの洪水を防ぐためには、これだけの規模(数値)のダムが必要だというダムの規模が決まり、それによって企業が得る利益幅(数値)も決まる」
「国や自治体が出せる建設予算(数値)は決まっている。」
『その枠内で建設可能な業者が入札と談合(数値)で決まる』
いずれをとっても企業の公共事業参加は数値によって決まるし、国や自治体の建設予算も数値で決まる。
この数値に基ずいて、「今後の最大降雨はこのくらいだろうから、それによる洪水規模はこのくらいだ」などという『予測』が立てられる。だが、この予測はとんでもない茶番である。ダムの利権幅の枠内で決められるダムの規模が先にあって、その規模に従って予測数値も作り上げられるのである。
だから企業によるダム作りは建設予算や企業の能力などの数値によって決まる。企業の忠実な番犬である国や自治体もまた『数値』を持ち出してくる。地球現象である地震、洪水や集中豪雨でさえも「数値」で予測することが出来る、というあらぬ妄想を前提に数値を決めて「治水政策」を編み出してゆく。
所が、3.11大震災の津波、七月から九月の集中豪雨の現実は、地球の動きを数値予測するという人間様のご都合によるでたらめを木端微塵に打ち砕いてしまった。
企業や国、自治体の数値予測はことごとく外れるのである。なぜならば、地球の現象は人間の経済現象などとは全く無関係に動いているからである。地球の現象と人間の経済活動は『釈迦の掌と孫悟空のうぬぼれ』の関係である。
いくら人間が「巨大建設物によって地震、洪水、津波を抑えた」と豪語しても、地球の起こす現象は、たちまち人間の作る巨大構築物を破砕し吹っ飛ばしてしまうのである。
巨大構築物が、地球の自身、津波、集中豪雨等を押さえつけることが出来るという妄想は産業革命以来の「大量生産、大量消費、大量廃棄」の、近代化が齎した人間の地球に対する傲慢さの象徴である。この傲慢さの鼻柱をへし折ったのが2011年3月11日の地震と大津波であり、7―8―9月の集中豪雨である。
原発災害もまた同じ人間の傲慢な思考方法に対する地球の答えである。
9月14日、午後2時半、 笠堀ダム、大谷ダム現地に向かう
車の進行方向、前方、西北方には粟ケ岳の姿が淡い青色でみえている。車中で、芳賀三男氏が云った。
「五十嵐ダムを作る時、本城寺というお寺は、洪水から身を守るために、自分で土手を持っていたんですが、お役所から『五十嵐ダムが出来るのでもう洪水はないからお寺の土手は必要ない』と言われて土手を壊した。所がすぐに水害がきて水浸しになったんです」。
山本リンダ風に言えば「ダムなど信じちゃいけないよ!」というわけか。
国道289号線を南東に向けて走る。周辺は見渡す限り水田である。
「ここいらは水がきれいだからね。コシヒカリの本場です。」
旧下田(しただ)村役場を右手に見て通り過ぎる。
「ねえ、私はさっき、『笠堀ダムや大谷ダムを作る頃や出来た頃の宣伝パンフレットをくれ』ってお役人に、さも一大事のように言ったので、下らない要求だと思われたでしょうが、実は行政は「ダムが出来れば、水害が防げる」とか、「地域が観光で栄える」などという大宣伝を、住民説明会やパンフレットで散々やっているわけですよ。
だけど現実は、「観光で栄えたか?」「ダムで水害を防げたのか?」いかにダムを作る時の住民への宣伝と現状のダムの現実が違うのかを宣伝パンフレットと比較するとよくわかりますので、最初のパンフレットが欲しかったんですよ。そんなものがない訳はないのに、新潟県は出さないでしょう。出すとやばいということを新潟県も知っているんですよね」
私の話を聞いていた三男氏が運転しながら笑い出した。そして言った。
「大谷ダムなんかは観光客がにぎやかに来たのは、ダムが出来た最初の一年だけですね。観光でダムに人が来たのはね! これから行く大谷ダムの資料館ですが、あそこは、今ではほとんど人が入っていないんですよ。」
三男さんは言葉を継いだ。
「職員も4人はいますから、人件費もかかるだろうにね。私などが行くと、資料館の職員はびっくりするような雰囲気ですよ。『何しに来たのか』と言わんばかりにね。ねえ。ロビーに飾ってあるダムの模型が壊れているのに修繕もしない。人が来ないんだから直せば無駄に金がかかるというわけですなあ」
「まさか、いくらなんでも、観光客に来てほしいはずの資料館職員が来た客を見て『何しに来た』という訳もないでしょうがねえ」
ダム湖が出来れば観光で栄える?洪水が防げる?どうやら三男さんの話ぶりでは笠堀ダムも大谷ダムもそんな事実はない。私の調査でも、全国のダムで「観光で栄えた」事実はない。
五十嵐川の河川整備の画期的意義、それは「住民の要求」で始まったこと
「河川整備によって三条市全体の被害は少なくなった」という意見があるが、少し一面的な解釈ではないだろうか?確かに死者や浸水地域、床浸水は少なくなったが、つぶさに見ると信濃川と五十嵐川の合流点付近の島田町や、低湿地である諏訪地区、月岡地区は今回の水害で浸水被害が大きかった。逆に被害は河川整備地区ですら増悪した個所もあるのだから、より詳細な分析が必要であろう。
今回の最大の被害地区である下田(しただ)等の被害を見てみよう。
同じ三条市でも都市部以外、つまり三条市内でも中山間地域である下田など農村部等上流では河川整備は放置されたままであり、その結果、江口―萩堀地区の堤防決壊が起こった。ある意味では国や県の治水政策は『都市内部でも格差があり、都市と農村でも格差がある差別政策』なのである。
五十嵐川の河川整備は三条市の都市部分に対しては行われたが、下田など、中山間部に対する河川整備は行われなかった。それは企業、工場群、膨大な人口が密集する都市部と、農村部への施策の格差、これが農山村地域に対する行政の差別的視点であるのかもしれない。
笠堀ダムの現地には一般の客は車では入れない。崩壊などがあるから危険だ、というが車が入れないのではなく、行政など関係者の車は堂々と入っているのだから「車も入れる」のだ。私たちは、侵入禁止の柵を越えて、緩やかではあるがかなりな坂道を歩いて登りながら笠堀ダム現場に行く。確かに道路は部分的にかなり大きく陥没し、崩壊している。
笠堀ダム現場の荒涼たる光景。
笠堀ダムは、見慣れた重力式の殺風景な巨大コンクリートダムである。上流側のダム湖には流木はほとんど見えない。湖面のごみや流木などは、もう片付けたものと思える。
巨大なコンクリートダムの直下の左岸に笠堀発電所がある。この発電所の水利権があるからやたらに予備放流が出来ないのである。
火力発電所に例えるなら、湖水の水をやたらに流すことは、電力会社にとっては火力発電の備蓄した石油を使わずに捨ててしまうようなものだ。だからダム湖の水利権を持っている電力会社は、このダム湖水の放流を簡単には認めない。電力会社にとってはダム湖の水を下流住民の安全のために放流することは、電力会社の水力発電資源が奪われることであり、水利権を侵害する行為なのである。これを住民の安全のために差し出すことなど出来ない。これが治水と利水の矛盾である。
この矛盾によって、ダム職員は洪水のぎりぎり限度までダムの水を流さずに、下流地域の洪水を防ぐためにダムを空けて置く作業ができない。電力会社の発電用の水を溜めて置くために下流住民の安全を犠牲にするのである。
誰でもここでそれでは考えるだろう。ダムを建設すれば、下流の洪水はなくなるから安全だと思い込んでいたのに、超集中豪雨の時代には全く役に立たないではないか?
これでは何のためのダムなのか?ダム職員は電力会社の圧力と住民の安全との狭間に立って、洪水時には『胃に穴が開くような』緊張を強いられるか、あるいは『俺たちが発電しているから産業も動き、そのおかげで人は企業に雇用されているんだ。企業あっての住民なのだから文句はあるまい』と居直り、自己弁護するのである。
《写真右上、笠堀ダム前景。写真右下、黒部ダムの放水、右下は大町市役所観光課パンフより、記事とは関係なし》

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