高杉晋吾レポート(21)ルポ ダム難民⑤超集中豪雨の時代のダム災害ー<和歌山県新宮、田辺本宮、古座川、白浜など>
2015/01/01
高杉晋吾レポート(21)
ルポ ダム難民 ⑤
超集中豪雨の時代のダム災害 ⑤
<和歌山県新宮、田辺本宮、古座川、白浜、日高川中津、
日高美浜町の現場ルポ>
日高美浜町の現場ルポ>
高杉晋吾(フリージャーナリスト)
2011年12月13日、午前9時、私たちの和歌山県水害調査は始まった。
同行者は埼玉県の仲間である田原廣美、12月12日21時40分に池袋を出発して、13日の7時45分に新宮駅に到着した。
前回、11月15日から19日までのダム難民(2)において奈良県五条市大塔地区、
《写真左、被災地、本宮や新宮上流の二津野ダムの放水》》 および十津川村の調査を行ったが、その際、多くの人々から下流の和歌山県田辺市の本宮等の被害が大きいという話を聞き、自分なりに調査計画を立てた。今回は田原氏のほか、地元に明るい奈良県五条市の窪田照久氏が参加することになった。窪田氏は第一日、13日の午後から参加する。
新宮駅前いろいろな箇所に水が漬いた痕跡が残っている。今回の調査の移動手段である車を借りるオリックスレンタカーは9時に開店するのでそれまで新宮駅待合室でぶらぶら。新宮駅前も、かなり十津川による浸水被害があった。新宮駅前売店でもかなり水に浸かったし、オリックスレンタカーも1メートルくらい水に浸かり、車を避難させた。
まず我々は、田辺市本宮の本宮大社を目指して十津川街道《国道168号線》を北上を開始した。
前回までは十津川の名称を使ったが、新宮では同じ十津川を熊野川と言っているので私も熊野川と呼ぶことにする。
熊野川の岸辺は、竹藪や樹木が洪水でなぎ倒され、強烈な水流をそのまま表現するように、枝先を一斉に下流に向けた姿で、へばりついている。
橋げたの下には大量の流木が挟まったままぶら下がっている。道路もあらゆる箇所で岸辺が大きく陥没して、片側通行になり、あるいはそのままでは通行できず、所によっては従来の道が閉ざされて迂回する小バイパスが作られている。
この熊野川の岸辺の竹藪や、樹木、橋梁や道路の崩壊状況は、あらゆる箇所に広がり、惨憺たる水害光景が果てしなく広がっている。河川敷には上半身を泥の上に表した車が半分埋まっている。
新宮を出発してしばらく、車はスムースに進行していたが、次第にストップがかかるようになってきた。
車はくねくねと蛇行しながら十津川街道《国道168号線》を北北西に走る。田長(タナゴ)を過ぎると小船という地区があり十津川と北山川の合流点となる。そこを過ぎると電源開発第二発電所がみえる。
《写真右、新宮大社前、洪水では鳥居の三分の二が水に浸かった。松本さんの家の前の光景》
しばらく行くと熊野本宮大社に行きついた。
今日のアポイントは、本宮大社前に住んでいる田辺市自治会連絡協議会副会長の松本栄夫さんである。
松本さんは本宮大社の自宅前で待っていてくれた。
此処本宮大社熊野本宮大社は熊野三山の中心であり、主神は熊野信仰に起源をもつ「すさのおのみこと」だ。社殿は美しい熊野権現造りで有名な重要文化財。
だが、この場所は前回紹介した奈良県五条市大搭村の猿谷ダム、十津川村風屋の風屋ダム、十津川村と、田辺市本宮町の境の二津野にある二津野ダムという三ダムの下流である。最も近い二津野ダムの下流16キロにあり、三ダムの放水の影響をまともに受ける地域である。
この地域の今次12号台風による水害は三ダムの影響もうけて、惨憺たるものであった。
松本さんは今私たちがきた十津川街道を指さして言った。
『あそこにささやき橋という橋があります。あの橋のところは高くて、こちら側の道路の道路は高さが下がっています。この町はあの橋より約一メートルは低い。だから私の家の周辺は道路から言うと3メーターの高さで洪水に浸かりました。』
松本さんの自宅は、道路に面して「 」という店が付属しており、その店のオーナーだ。店舗のわきに十数段の階段があり、その階段の上に、段違いになって茶褐色のレンガ建て二階の家がある。それが松本さんの自宅だ。
その家も廂の下、道路の高さから3メートル上まで水に浸かった。
松本さんの家の前の道路を挟んだ向かい側にある大きな神社が、熊野本宮大社である。本宮大社の前はかなり広い地域が水に浸かり、本宮大社の大きな鳥居が三分の二まで水に浸かった。郵便局も駐在所も土産物屋も全部浸かり、海のような情景となっていたのである。
二津野ダムの方向、つまり上流側をみると、十津川街道は左に湾曲している。十津川(写真左、熊野本宮から新宮への道。土砂崩壊と焼却炉破壊)
は道路とは逆に右に湾曲している。そこに大居地区がある。大居地区の手前の橋から洪水が侵入してきた。
「明治22年に大きな水害がありました。それ以後も58年の水害がありましたが、その当時はこのあたりは畠でした。家がほとんどなかった。だから今回ほどの被害はなかったんですがね」
松本さんの家の中をのぞかせていただいた。家の中は修復工事のさなかでごった返していた。
『洪水のさ中、一週間ぐらいは元気良かったですよ。でも、それから後は段々考えこんで行きました。夜眠れないんですよ。家のことなんかはさておいて、自治会の責任者ですから、あそこの土地はこうしなけりゃならない。此処の家はこうしなけりゃならないと地域のことを考える。』
本宮の憩い「やたがらす」という店が松本さんの自宅の店である。その店の裏手に自宅がある。その自宅の中は冷蔵庫がひっくり返っている。ゴミが流れ込んでいる。『情けなかったですよ』と松本さんはため息をついた。その日、私たちのヒアリングの後、松本さん田辺市に行き、自治連合会の災害対策委員会に出席するために田辺市に出発して行った。
再び新宮へ
本宮の松本氏の話を聞き終えて、私たちは新宮市に戻った。その途中で私たちは何度もひどい崩壊の姿を見た。
近畿地方整備局の測定機も道路わきに立っているが、その測定器にも流木が突き刺さったり、覆いかぶさったりしている。周辺の家や施設もすっかり破壊されている。
「人命か?」「ダム防衛か?」画期的!新宮市の決議書
こうした状況を見ながら、午前中の調査は終わり再び新宮へ戻った。新宮では市議会の災害復興対策委員会(市議全員)の前田賢一委員長と榎本鉄也副委員長に今回の水害についての話を聞いた。
榎本氏は語ってくれた。
「今回のような規模の水害は1947年(昭和22年)の大水害以降は一件もなかったですね。あの水害でも今回のような死者は出なかった。市議会は今回の水害の後で、ダム対策特別委員会発足の前に、電源開発のダムの放水が災害を激化したという市民の意見を受けて、ダムの放水状況などの詳細を聞くということで電源開発を呼びまして、大阪の支店長や、ダム操作の責任者等数名を呼びまして、説明::、というよりは市議会としての抗議を行いました。」
榎本さんは至って冷静に話す人である。
(写真上、前田委員長、 写真下、榎本副委員長)
「ダム操作に問題はなかったのか?と。もう一つは事前放流が出来ていないじゃないかと。
「まず、どういう操作をしたのかという詳細説明を受けた。しかしそれで納得した、という話ではないんですが、とにかく電源開発の釈明を聞こうじゃないかというのが始まりです」
今回の水害では、新宮市内で13名の方が亡くなった。一名はまだ行方不明だ。そのうち6名が水死である。後の六名は土砂災害による圧死である。
水死ということに関して、ダムの放流による急激な増水など、何らか因果関係があるのではないかという見解が出た。
「熊野川町の市民が異口同音に言っているのは、増水してくるスピードがものすごく速かった。逃げ遅れて亡くなったと言っておられる。これはダムの放水による異常な増水のために亡くなったということです。」
熊野川町というのは新宮市市役所から西北約12キロの新宮市の一部である。私たちは午前中、実情を知らないままに田辺市本宮町を訪れたのだが、本宮町の東南約6キロの十津川街道沿いの町であった。
実は、この町のものすごい災害事情を前田委員長や、榎本副委員長から聞いた後に早速ご案内願って熊野川町を訪れ、現地で非常に痛切な町の人の話を聞くことが出来たのだが、その話は後で報告しよう。
榎本さんの話は続く。
「ダムに関しては、私、予備知識が有りませんでした。だが熊野川(十津川)の流域にある11基のダムはすべてが発電用のダムだということを知り(写真右、新宮市日足地区付近の深層崩壊) しくました。新宮市議会としては、『電発も国も、十津川の治水を全く考えていなかった』と思わざるを得なかったですね」。
電源開発のダムが六基ある。そのダムは利水ダムではあるが、ある程度は治水の努力もしております、ということを電発は言っていました。
しかし、和歌山市議会は、この電源開発等の説明に納得せず、2011年(平成23年)10月6日、抗議の意味も含め,市議会としての次のような決議を行った。
ダムの弾力的な運用を求める決議書
このたびの紀伊半島を来襲し台風12号は、新宮市に大規模な洪水および土砂災害等をもたらし、尊い人命や家屋等の財産を奪い、道路、水道等のライフラインが途絶える等、過去の災害に比して類をみない甚大な被害を生じさせた。
また復興の見通しが立たない中、住宅の流出、水没、破損等により、市民生活が著しく損なわれ、農林漁業等においても多大な影響を生じた。よって生活の糧を失った市民も多く、市民不安が日増しに強まっている状況にある。
この時局に鑑み、本市議会は、災害対策及び復興対策に関する調査研究を行い、住民の安全安心を確保するために、全議員をもって構成する『災害復興対策特別委員会』を設置し、あらゆる機会を通じて議会一丸となって取り組んでいくこととなった。
なお、今回の洪水被害は、熊野川上流のダム放流に起因すると予想されたことから、電源開発に対して、ダム操作の説明を実施し説明を求め、先般実施したところであるが、電源開発の回答は『各ダムは洪水調整の目的を持たない発電専用の利水ダムで、事前放流は規定上できない』『放流量は流入量を超えず、適正』『台風時は通常より水位を下げて対応した』等々ダム操作の正当性の主張に終始したものであり、市議会および熊野川下流域の住民には到底納得できるものではなかった。
よって、本市議会は、人命最優先を念頭に、今後二度とこのような不幸をくりかえすことのないよう、電源開発及び、電源管理者である和歌山県、国土交通省、経済産業省等、政府に対してダム操作規定の見直しを含めてダムの弾力的な運用を強く要望し、熊野川下流域の安全安心に努めることを此処に決議する。
以上、本会議において決議する。
平成23年10月6日
これに類する決議は和歌山県の各市町村で行われている。後に逐次報告しよう。
私は榎本さんに確認した。
「電源開発(電発)の言い分は『電発のダムは治水ダムではなくて、利水ダムだ。ダムが洪水によって壊れたらいかん。だから但し書き操作によって放水するようにできている。だから但し書き操作という規則通りにやっているのだから問題はない』、という電発の話ですね。それに対して『放水によって人の命が奪われている』。規則通りなら人の命を奪ってもよいのか?社会の安全、安心を守るのは企業の社会的責任だ』というのが市議会の言い分だということでよろしいんですね?」
榎本さんは『全くその通りです』と答えた。
ダムの害の正体は何か?
私の従来からの調査では、ダムの害は,放水による被害だけではない。
(1) 周辺地質の大きな激変、
① その結果として地質崩壊(深層崩壊)
② 上流の堆積、下流の河床削減
③ 海辺の激変
④ 地域社会への打撃
(2) 水質汚濁
① ダムに堆積したヘドロの常時微量流出による河川の汚濁
② 魚介類、海草の死滅
③ 観光業界、林業、漁業業界などへの社会的打撃
などなどである。また、より広く視野を広げれば、
(3)電力業界を中心にする財界の社会専制支配
という問題につながる。専制支配というと言葉がきつそうであるが、本来、住民のための『公共事業』であるはずの電力事業を、私企業の利権として9電力に寡占支配させることが専制支配の一歩である。
しかも、私企業の利権行為である発電を行うことを政府が過剰に容認し、住民の命や財産まで奪ってざえもこれを許容し、住民が抗議しても、規則などを盾に住民と争う等という状況になると、まるで「王のために命をささげるのが当然」という専制支配そっくりである。
しかも、この民衆による『命を守れ』という当たり前の抗議が裁判によって、ほとんど却下されるという事態は、裁判が財界と専制政治の番人であること証明してる。電力業界による政治資金の提供や、電力業界労使による政界進出、天下りは、ダム操作の問題にとどまらない非常に広範な歪みを地域社会全体に及ぼしている。
新宮市議会がそれらの末端のダム操作の問題について鋭い指摘を行ったことは、今後のダム問題についての住民の側からの最初の進歩をもたらすものだろう。
新宮市は、このたびの水害によって市民がどのような被害を受けたかを明らかにしている。
新宮の被害は
死者13人、行方不明一人。
家屋被害、全壊77、半壊175、
床上浸水1434、
床下浸水1161、
そのほか水道断水
停電、土砂崩壊による交通遮断、通信途絶等々であった。
予備放流をする協定について、各都市との協定が進む
私は、こうした被害は新宮ばかりではなく、奈良県、三重県、新潟県、福島県等々、後半な地域に被害を及ぼしており、これらの地域同士の横の連携・情報交換、一緒の行動等の連携が必要なのではないかと思う。
「電力会社は放水についての批判を受けて、『じゃあ、事前の予備放流をやりましょう』と協定を各地と結ぶという動きをしているようですね?その点に関してはどうお考えですか?」と聞いた。
前田委員長は、太い声で話す。なかなかの迫力である。
「新宮は、協定は出来ていないんです。田辺市の本宮町が甚大な被害を受けました。御隣の紀宝町の和気(十津川左岸、新宮市田長の対岸)という地域が大きな被害です。ダム下流自治体、議会、住民が一丸となって電力会社と対応しないと良い結果は出ない。一緒に協調してやってもらえませんか?と申し入れたらみな快く『一緒にやりましょう』と。」
前田さんは、一息入れて、相手は電源開発だけではないと言い始めた。
「電発ばかりに抗議しても行かんのじゃないか?これは国策でできたものですからねえ。国、政府、国交省、経産省にも申し入れせなならんのじゃないかと思っております」
私はうなずいた。前田さんの視点に全く賛成であった。
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