日本リーダーパワー史(354)日本の最も長い決定的1週間>『わずか1週間でGHQが作った憲法草案①』
日本リーダーパワー史(354)
<日本の最も長い決定的1週間>
●『東西冷戦の産物として生れた現行憲法』
『わずか1週間でGHQが作った憲法草案①』
前坂 俊之(ジャーナリスト)
①秘密の1週間
米ソ核戦争の勃発寸前までいったキューバ危機を描く米映画『5月の7日間』というのがあったが、新憲法制定のドラマは昭和戦後の日本人にとってGHQの密室で行われた『日本の最も長い1週間』であったといえる。
連合国による敗者への裁き、米ソ対立、東西冷戦の激化、のきびしいはざ間に置かれた日本にとって、約1ヶ月間にわたって日米英ソの熱い憲法代理戦争が繰り広げられた。
ドラマの幕開けは太平洋戦争の敗戦からまだ半年もたっていない1946年(昭和21)2月3日、日曜日の朝11時、GHQ民政局長・コートニー・ホイットニー准将からの1本の呼び出し電話で始まる。
GHQの主要メンバー3人に、突然上司のホイットニー准将から電話で「すぐ出て来い」の呼び出し連絡があった。
GHQ(連合軍総司令部)の置かれていた皇居お堀端の第1生命ビルにあわててかけつけたのはケーディス大佐(民生局次長)、ハッシー中佐、マイロ・ラウエル中佐(法規課長)の3人。ホ准将は3人に秘密の指示を下すべく、説明をはじめた。
『最高司令官は憲法草案を書くように命令された。
毎日新聞のスクープをみても日本政府の憲法案はあまりに保守的で、天皇の地位に何らの変更を加えていない。松本国務相は新聞記者に対して、天皇の地位は実質的に従来のままであると述べた。われわれが受け入れられない案を日本政府が提出し、やり直しさせるよりも、提出する前に指針を与えた方が良い、と元帥も指示された」
この2日前の1日、毎日新聞朝刊の「憲法問題調査委員会試案」スクープ記事が直接の憲法作成の導火線となった。
これは松本案そのものではなかったが、それに近い案で明治憲法の枠を一歩もでない保守的な内容にGHQは激怒して、ハーシー中佐が楢橋書記官長に『すぐ政府案を見せて欲しい』と電話し、日本政府も大慌てで松本草案を翻訳して午後4時に民政局に届け出た。
ホイット二-は、マッカーサー元帥にメモで、憲法改正権限の行使を促し、翌2日にはマッカーサーに「最高司令官のための覚書」(毎日新聞のスクープ記事に対する評価について)を提出した。これに対してのマ元帥からの命令が下ったのである。
ホ准将は黄色いメモ用紙を取り出した。これは米国務省での重要書類の色が白色と区別して間違わないように黄色に色付けされたもの。マ元帥の3原則のメモ用紙である。そこには憲法草案の指針として
① 天皇は、国家の元首の地位にある。皇位の継承は、世襲である。天皇の義務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法の定めるところにより、人民の基本的意思に対し責任を負う。
② 家の主権的権利としての戦争を廃棄する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてのそれをも放棄する。
③日本の封建制度は廃止される。皇族を除き華族の権利は、現在生存する者1代以上におよばない。
―などが書かれていた。
ホ准将はこの「マッカーサー・ノート」について丁寧に説明した。ケーディスが「いつまでですか」と締め切りをたずねると、なんと1週間だというのには3人とも驚いて、顔を見合わせた。
毎日のスクープにあわてたのは日本政府も同じであった。
2日には「5日に予定されていた松本案討議のための吉田外相とGHQの非公式会談を7日(木)に延期してほしい」とGHQ側に申し入れた。
マ元帥はこの会談を延期してGHQの手で憲法草案を大至急作って、12日に日本側に示すように指示し、これを受けてホ准将は日本側にさらに1週間延期するように回答していた。
3人は宿舎の第一ホテルにかえり組織作りをおこない、まず3人で運営委委員会を結成し、その下に7つの小委員会を立ち上げた。
立法権、行政権、人権、司法権、地方行政、財政、天皇・条約などの7委員会で、当時の民生局は行政部、朝鮮部があったが、行政部の25人全員をその小委員会のメンバーに割り振った。
2日目にあたる2月4日、会議室に行政部のメンバーが集められ、トビラを厳重に封鎖した後、意意気込んだホ准将は宣言した。
『憲法会議のために皆さんを招集した。日本政府にリベラルな憲法を制定させるようにすることがねらいで、それができれば、憲法は日本人によって作られたものとして元帥は世界に公表することになるだろう』
このあと、ケーディス大佐が憲法作成の組織図、分担と責任者を任命し、テキパキと仕事の進め方を説明した。作業はGHQ内部でも厳重に秘匿され、多局にとくにGⅡ(参謀第二部、諜報・治安担当)には一切漏れないようにされた。
そのため、業務については暗号を用いて、使用される草案、ノートは、すべて「最高機密」として処理され、万一この秘密を漏らした場合は、軍法会議にかけられるーことなどが決めた。
こう書くと、法律や憲法のことなど全く無知な米軍人のシロウト集団が急遽集められて、突貫工事で憲法をデッチ上げたという印象を与える。
確かに日本の憲法についての専門家がいなかったことは間違いないが、運営委員会の三人はすべて米国の弁護士で、視野の狭い軍事1本ヤリの日本軍人とは一味違っていた。進駐直後からGHQは憲法改正をめざしており、近衛文麿に研究させるなど準備をしていた。運営委員会には書記としてルース・エラマン嬢が加わった。
ホ准将はマ元帥より17歳年下で法学博士の学位をもつ弁護士。フィリピン戦線からのマ元帥の片腕として働き、元帥の部屋には唯一、フリーパスで出入りできた人物。元帥を動かして、憲法草案をGHQが作ることを仕掛けたのは彼の方だった。
運営委員会の責任者となったケーディス大佐は40歳。ハーバード大学のロー・スクールを卒業した「ニューディーラー派」の弁護士。ラウエル中佐は民生局法規課長でハ大学のロー・スクールの後、スタンフォード大で博士号を取得。
弁護士として法律顧問などをして20年10月に法規課長として着任。明治憲法の研究を命じられ高野岩三郎らの「憲法研究会」や在野の憲法草案を取り入れるなど準備を進めていた。ハッシー海軍中佐はハ大、バージニア大学で法学博士の学位を持つこれまた弁護士出身であった。
メンバーのほとんどは「日本の歴史を書き換えるのだという情熱に取りつかれて」1週間ほぼ、連日2,3時間ほど仮眠するだけで、不眠不休で憲法案文つくりに取り組んだ。その作業は徹底した秘密を保持が成功したラウエル弁護士と回想する。
「部屋の外に見張りがいて、他の部局の人間が来ると、サッと信号を送る。トタンに一同は憲法関係の書頬を裏返しにして伏せ、デタラメの数字を書くふりなどをしてゴマカした。ウィロビー少将も何をやっているのか、しきりに探りを入れようとしたがわからなかった」(週刊新潮編集部編『マッカーサーの日本』(新潮社 昭和45年刊)
起草にあたっては「マッカーサー・ノート」と「SWNCC-288」が基本指針とされ、アメリカの州憲法、ワイマール憲法、フランス憲法、ソ連邦憲法などの各国の憲法も参考にされてた。
前文の起草に当たってはアメリカ憲法、リンカーンのゲッティスパークの演説、テヘラン会議宣言、大西洋憲軍 アメリカ独立宣言などが文言が利用された。
日本の憲法についての資料、本も大学、図書館から秘密裏にかき集められた。起草にあたっては、委員から各問題点について議論百出して、論点が整理されていき最終的に運営委員会で調整してまとめられた。
国民主権と天皇については「天皇の権力、権利、権威を正確に規定した憲法のやり方は、すべてあべこべにし、主権をはっきり国民に置き、国民の代理人である三つの政治部門によって、これを行使せしめることは全員一致した。天皇の役割は、社交的な君主のそれであり、それ以上ではない」となった。
国会は「第1回の会議で、マッカーサー元帥は1院制の議会に賛成だということがわかり、多くはこれを支持した。
その理由は貴族院は廃止されるべきだと考えられたからだ。日本側が主張した職能的、組合的な上院にはどのような形のものに対しても、強い反対があったが、誰もこれを基本的原則だとは考えなかった」
「立法府優位の英国制度と、抑制均衡の米国制度のいずれをとるかが論じられたが、日本に近い英国の制度の方に傾いた。
司法権と立法府の関係は意見が分かれた。過半数は、憲法解釈に関しては最高裁判所に絶対的な審査権を与えることに賛成した」
内閣については意見の対立があった。「小数派は、内閣総理大臣の任命権を天皇に与えることを主張したが、運営委員会は内閣総理大臣は、国務大臣を任意に任命し、罷免する権力を与えられるが、他方、内閣は全体として議会に責任を負い、不信任決議がなされた時は、辞職するか、議会を解散する、と定めた」
「地方自治では、専門委員会のほうは地方公共団体に一種の地方主権を与える考えだったが、日本は国土が小さいので米国の州権のようなものは適当でないということになった」
「土地その他天然資源は国有とする。ただし、適当な補償は払う」などとなった。
十日に、予定よりも二日も早く各小委員会の憲法草案ができあがった。マッカーサー元帥に提出すると、ただ一点、第28条の「勤労者のスト権」の部分が修正されたただけで、直ちに承認された。GHQ側から13日に会談したいと日本側に連絡があった。
このように、「マッカーサー憲法」草案は4日から10日までのわずか1週間の超スピード作業でつくられ、十二日に印刷されたが、この間、厳重な機密保持が成功して、日本側には一切知られることはなかった。
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