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『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉓『大日本帝国最後の日⑦阿南陸相の徹底抗戦とその日の陸軍省、参謀本部』

      2015/01/01

 


『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉓

 


『大日本帝国最後の日―

1945815日)をめぐる攻防・死闘⑦

<阿南陸相の徹底抗戦とその日の陸軍省、参謀本部>

 

 前坂 俊之(ジャーナリスト)

 


阿南陸軍大臣の最後

 


十四日正午、「終戦の聖断下る!」の報は陸軍省、参謀本部を電撃のようにかけぬけた。ついに来るものがきた。
ぼう然自失する者、「承詔必謹」、大御心に従って行動すると決意する者、浮き足だっ者、ショックで放心する者、混乱とパニックが一挙に押し寄せて混乱の極にあった。
すでに九日の第一回目の聖断以来、「断末魔になっても軍の抗戦意識は、平時の心理状態では想像もつかぬほど絶大なものであった」(『大東亜戦争の収拾』松谷誠著、芙蓉書房)という陸軍内の雰囲気をいかに鎮静させるか。


終戦の決定と同時にそれ以上に難しいのは、徹底抗戦の意識にコリ固まった陸海軍の武装解除であった。
大御心を受けて終戦に向けて全陸軍をまとめて収拾しようとする阿南陸相、梅津参謀総長ら幹部たち。
一方、徹底抗戦を貫き、クーデターを起こしても、本土決戦に持ち込もうとする陸軍省
軍務局などの若手、少壮組の抗戦派。この二つに分裂していき、「何が起こるかわからぬ混乱状態」に陥っていった。

すでに陸軍省の庭のあちこちからは、機密書類を焼く煙が立ちのぼっていた。東京湾の近くに来ているという米軍上陸船団のデマやウワサが、大きな渦となって飛びかった。


混乱とパニックで、浮き足だつ


「明日にも上陸してくる!?」「東京が戦場と化す?」-敗戦のショックで放心状態に
あった兵士や憲兵の中には、このデマを信じ込み、脅えて集団逃亡するものが出はじめた。軍規弛緩による混乱とパニックで、浮き足だってきたのである。


阿南陸相の秘書官・林三郎は『終戦ごろの阿南さん』(『世界』昭和26 8 月号)の中でこう書いている。


「クーデターを計画した将校や八・一五事件を起こした将校も、この噂を信じていた。
彼らは、米国は強力な上陸船団を背景にして、日本に無条件降伏を強要しており、そ
の船団の上陸は、極めて近い将来に違いないと判断していた」


このため、上陸してきた米軍に大打撃を与えることにより、無条件降伏を緩和させることができると本気に考えていた。
クーデターを計画した将校ばかりでなく、阿南陸相もこのウワサを本当と思い込んでいた節がある。
十四日正午、聖断が下ったあと総理官邸で昼食をとった阿南陸相はトイレで小用を足しながら、林秘書官に真剣な表情でたずねた。
「東京湾にいる上陸船団に打撃を与えてから和平案に入る案はどう思うか」林は未確認情報として、反対したという。
この考えは、阿南の一時的な迷いといったものともとれるが、陛下の大御心に従い終戦するに当たり、陸軍の栄光と名誉を少しでも傷つけぬ方向での収拾を必死で模索していたのである。


どのようにして混乱を最小限度にとどめるか、陸軍の項点に身を置くものとして最大の課題であった。阿南陸相の立場は鈴木首相以上に困難を極めていた。


十四日午後一時、阿南は陸軍省に帰った。大臣室に若手将校ら約二十人が集まり、クーデターを計画中の軍務局の畑中健二少佐、井田正孝中佐らも必死の形相で説明を待っていた。
「即時終戦の聖断が下った。力およばず諸官の信頼に副えなかったことをおわびする」


阿南がしぼり出すように言った。
一人が大臣の決心変更の理由を聞き質すと、阿南は『言うまいと思っていたが』と前置きし、「畏くも陛下が、この阿南の手をとって、涙を流しながら『阿南よ、お前たちの気持ちはよく分る。苦しいであろうが我慢してくれ。
国体のことは大丈夫であると朕は確信するからお前もそう思ってもらいたい』と仰せられた。自分としてはこれ以上、何も申し上げる事はできなかった」

 

ここで一旦言葉を継いで、語気を強めて


「もし諸官で、これでも納得がいかぬというなら、まずこの阿南を斬れ。阿南を斬ってからやれ」と激しく言い放った。(『雄話大東亜戦争の精神と宮城事件』西内雅、岩田正孝、日本工業新聞社刊)
この時、畑中少佐が絶叫に似た大声をあげて泣き始めた。みんな一瞬アッケにとら
れた。阿南は中座していた首相官邸の閣議に向かった。


参謀本部の八月十四日



一方、参謀本部も陸軍省ほどではなかったが、動揺が大きくなり始めた。
「比較的鎮静を感じさせた参謀本部内も今日(十四日)午後にいたって、さすがにいささか動揺の徴あり、廊下に血走るような隻眼涙ふく隻頬の往き来するにも会う」(『河辺虎四郎回想録』毎日新聞社刊、昭和五十四年)


この動揺を抑えて、陸軍省、参謀本部が一本にまとまるためには、署名して将校に厳達してほしいとの意見が参謀本部第一部長の宮崎周一中将から出された。


河辺はこれに賛成、若松陸軍次官の同意を得て、三人で陸軍大臣応接間で会談中
であった杉山、畑両元帥、梅津参謀総長、土肥原教育総監のところへ入り、河辺次長が
「陸軍としていかに今後進むべきであるか、を明確にお決め願いたい」と申し出た。


即座に「その通りだね」と畑元帥がと賛成したが、他は誰も発言しない。


河辺が「この際、何の議論もないと思います。聖断に従って行動するだけと存じますが」というと、全員賛意を表わしたが、畑元帥だけが「僕は同意だ」と口に出した。


直ちに「皇軍ハ飽クマデ聖断二従ヒ行動ス」と書き、これにサインしてもらった。帰ってきた阿南陸相も異議はなく、全員が署名し、捺印した。


梅津総長から「航空部隊の者がざわつく心配が多いから、航空総軍司令官にもみせていた方がよい」との指示で、航空総軍司令官、第一、第二総軍司令官も署名し、各軍に通達した。これで陸軍首脳の意志は統一された。
参謀本部では午後二時半から、将校全員に対し参謀総長が泣きながら語り、涙とともに説示した。

 


一方、陸軍省では午後三時から課員以上全員を第一会議室に集めて、阿南陸相が訓示。

 

「今後、皇国の苦難はますます加重せられるが、諸官においてはもはや玉砕は任務を解決する道ではない。泥を食い、野にふしても、最後まで皇国護持のため奮闘せられたい」


午後一時からの閣議では終戦の詔勅の文面について審議したが、原案にあった


「戦勢日に非なり」という個所について、阿南陸相から、変更の執拗な要求があり「戦局必しも好転せず」と修正、十四日午後十一時に公布の手続を終了した。
前線の各軍への伝達は十四日午後六時、大臣、総長名で「帝国ノ戦争終結二関スル件」として発電された。


支部派遣軍からは「(終戦は)実行不可能。戦争遂行に邁進すべく御聖断あらんことを伏して祈る」との電報が返ってきた。事態はどう推移するか、未だ予断を許さぬ状況であった。


                                                         つづく

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