・イラク戦争報道の各社の報道ガイドラインについて 2003,7
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(資料)
前坂俊之(静岡県立大学国際関係学部教授)
●英国・BBCの戦争報道指針
2003年3 月7 日、英BBC はイラク戦争報道指針をまとめた。概要は次の通り。
1 序文
BBC は、英国だけではなく世界の視聴者に、正確なニュースと情報を提供する特別
の責任を負う。視聴者に公平な分析を提供し、英国内外での反戦の声を含む多様な
意見を番組の中に取り入れていくべきである。
2 報道用語
我々は客観的であらねばならない。感情的に飾ることなく情報を提供することが主な
仕事である。明確さのために、「わが軍」と呼ばず「英国軍」と呼ぶのが適切。
3 取材源
レポーターは、ニュースソースを決定的に明らかにしなければならない。戦場のレポ
ーターや特派員が自分で見ていないことを報道する際は、そのことを明らかにしなけ
ればならない。軍や政府関係からの大量の情報を得ても、その信頼性をチェックしな
ければならない。一方の広報担当者による情報を伝える場合、視聴者にそのことを伝
えなければならない。
4 報道の差し控え
我々は、英軍や国防省が十分に説明を与える限り、その要請により報道を一時的に
差し控える用意をする。その決定は、国防省や軍ではなく、我々が行うものである。
5 報道の差し控えの周知
情報が差し控えられたとき、その理由を視聴者に明らかにすべきである。また、理由
がなくなれば、すみやかに公表しなければならない。もしレポーターが検閲されたり、
したときや情報を差し控えたときは、そのことを伝え、視聴者になぜ我々がそうしたの
かを知らせる。
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6 専門家の寄与
特に注意が必要。専門家による軍事行動の詳細や選択肢の予測は、これを避けなけ
ればならない。
7 犠牲者報道
近親者がBBC の番組やサイトから、身内の死や負傷を知ることのないようにすべき
である。近親者に知らされることを確認するまで、死や負傷の詳細については報道を
差し控える。
8 犠牲者報道の用語
死亡かどうか確認できない際には「犠牲者」と呼ぶ。
9 死や負傷の場面
死者や負傷者の映像は、慎重に用いなければならない。国籍に拘わらず、個人の尊
厳に配慮しなければならない。親族へのインタビュー、死傷者の親族へのインタビュ
ーは、特に細心の注意が必要。
10 戦争捕虜
捕虜になったかもしれない人の関係者とのインタビューは放送しない。そのような素
材は尋問に利用されるかもしれず、捕虜の安全に影響する。
11航空機のクルーへのインタビュー
このような任務に就いている人々について、どんな情報源からのいかなる情報であっ
ても、いかなる個人的情報も出してはならない。
12 反戦
公平の概念のもと、あらゆる意見を放送に反映すべきである。国内外の軍事紛争に
ついての反対意見も聞き、吟味する。このような意見や反戦デモは、国内外の現実の
一部として報道される。
13 大量破壊兵器
生物化学兵器や核兵器は特別な恐怖を呼び起こす。もしそれらが使われたと伝える
ときは、決定的な事実の確信がなければならない、など。
14 時間サービス
特にテレビにおいては、継続的にニュースを提供する。時には、死傷者の映像を含む
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生の最新映像が入手可能かもしれないが、編集者は十分な配慮をもって報道しなけ
ればならない。
15 BBCi
これらの戦争ガイドラインは、BBCi のニュースや他のオンラインサービスにも適用さ
れる。
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●TBS の「イラク戦争報道ガイドライン」
戦争は悲惨な出来事です。その戦争を報道するのですから、視聴者に興味本位と
か、面白半分といった誤解を招かないよう十分注意してください。
衝撃的な悲惨な映像を特別な理由もなくひたすら繰り返さないように番組内でも十分
な連絡を取ってください。
また分かりやすいという理由だけで、戦争をゲームやスポーツにたとえることも戦争
報道では適切ではありません。
以下、今回の戦争報道について、気になる点を考えてみました。
① 戦争報道は、あくまで第三者の立場で公立中立に伝える。敵や味方という報道は
しない。善や悪といった構図も極力使わない。被害者側と加害者側という表現も
安易には使わない。
② 宗教上の表現や価値観を安易には使わない。イスラム教をオカルト的に扱うこと
はしない。例‥狂信的なイスラム教徒
③ 戦果の情報には、しばしば故意のミスリードが含まれることに注意する。また米英
側の情報量が圧倒的に多いことにも留意する。この対処として、情報源を示すこ
とや未確認情報であることを明示することを、心がける。
④ テレビゲーム映像のような空爆映像も、その映像の中に悲惨な犠牲者がいること
を忘れない。戦争報道がテレビゲーム感覚に陥ることがないように注意する。効
果音やBGM の使い方にも十分な配慮をする。
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⑤ ハイテク新型兵器も戦争の道具である。能力の説明などで過度な表現を倣うと、
兵器を賛美していると誤解されかねない。例‥攻撃による犠牲者を作らない最
新鋭兵器
⑥ 戦争の当事者であるアメリカの報道が、そのまま日本でも適切とは限らない。
安易に翻訳して使うのでなく、十分注意して扱う。アメリカの報道ぶりを紹介する
場合は、その眉を明確に告知する。
⑦ 警備に関する報道や生物化学兵器に関する報道では、いたずらに不安感を煽ら
ないように注意する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
毎日新聞の戦場・紛争地域の取材ガイドラインの骨格案
毎日は6 月28日朝刊で取材ガイドラインの骨格を発表した。その内容は次ぎの通り。
「紛争地の状況は刻々と変わり、かつ地域によって特性が異なる。従って実際の場面
においてはガイドラインに縛られることなく、あくまで自主的かつ柔軟に判断すること
が求められる」
【出発前】
・ 取材対象地域に関する情報収集に努める。現地の政治状況、生活習慣など安
全面にかかわる情報を重点的に集める。
・ 身分証明書やプレスカード類は、英文または現地で広く通用する言語で書かれた
ものを用意する。
・ 現地で使われる可能性のある兵器について情報を集める。
・ 現地に適した通信手段を確保する。
・ 基本的な医薬品、医療キットを持参する。常備薬などは多めに用意する。
【取材上の注意】
・ 紛争地などでは運転手やガイド(助手)、通訳が安全確保に関して重要な役割を
果たすので、現地情報に精通した信用できる人物を選ぶ。
・ 記者登録が必要な地域では、必ず所定の手続きによって登録を済ませ、プレスカ
ードなどの交付を受ける。複数の紛争当事者が存在する地域では、各当 事者が
発行するプレスカードを申得し、これらを使い分けることが必要な時もある。
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・ 地図を持参する場合、あまり詳細な地図(例えば軍用)だとスパイと誤認されること
もある。
・ 移動する単に「プレス」のサインを掲げることが安全性を高める場合もある。
しかし、記者が誘拐や追いはぎなどの対象になるケースもあるので、「プレス」の表
示を出すかどうかば、現地の状況によって決める必要がある。プレスの腕章につい
ても同様だ。
・ 兵士やゲリラと間違えられるような服装は避ける。
・ 武器は持たない。また持つ人間との行動には細心の注意を払う。
・ 望遠レンズ付きのカメラは銃と誤認され、狙撃の対象にもなりかねないので、
特にカメラマンは注意する。
・ 政府機関、橋、空港など戦略的要衝の撮影は、身柄拘束の危険があるので注
意する。
・ 戦場では、武器弾薬類に手を触れない。「何も拾わず、何も持ち帰らない」ことを
徹底する。
・ 武装勢力に随行する時は彼らの指示に従う。
・ やむを得ず地雷敷設の恐れがある地域に入る場合は前の人が歩いた足跡や、
前の車のタイヤの跡をたどって移動する。
・ 軍や武装勢力の横間所前では車の速度をできるだけ落とす。U ターンなど怪しま
れる行為は絶対にしない。
・ 軍や警察車両と紛らわしい車は使用しない。
・ 夜闇の移動はできるだけ避ける。
・ 地域によっては防弾チョッキやヘルメット、防毒マスクを確保する。
・ 定時連絡を取るように努める。
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・ 対時(たいじ)している両軍の間には入らない。
・ 軍が撤収した直後に現地入りする場合は、特に注意して情報収集に努める。
【宿泊】
・ 危険地域での宿泊はなるべく避ける。空爆や砲撃を受ける恐れがあるホテルに
宿泊する時は、防空壕(ごう)として使われる地下室などへの避難ルートを調べて
おく。
・ 緊急時の避難勧告などが出された時に連絡してもらうため、現地の大使館や出先
機関などに自分の滞在先や連絡先などの電話番弓を伝えておく。
【帰国後】
・ 長期取材に携わったものは、健康診断とともに、メンタル面でのカウンセリングを
受けるようにする。
イラク戦争で毎日新聞カメラマンのアンマン空港爆発事件
毎日新聞は6 月27日朝刊で、同事件の検証記事を2頁にわたって掲載した。ちょうさ
の総括は次の通りである。
調査班は、同僚記者や専門家からの話をもとに、事件発生の九日後には
① 戦場取材による特殊な精神状況
② 長期取材の疲労
③ アラブ地域をよく知っていること(ホームグラウンド意識)による油断
④ 武器に対する知識不足が背景にあったのではないか
――と推測したが、当事者である五味宏基・元写真部記者の話を聞くことができなか
った。
今回、帰国した五味元記者から、疑問点のすべてを直接ただすことができた。
④は、五味元記者が明確に認めた。カンボジア内戦後の取材経験があった、とはい
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え、元記者には最先端の軍事・武器情報に対する関心は薄く、必要な軍事知識も欠
和しているように感じた。
①、②について、五味元記者は首をかしげ「そんなことはないと思います」と述べ
た。今回の事件はあくまで自分の未熟さが原因で、戦場の特殊事情や疲れで説明す
べきではない、との思いが感じられた。
③に対しては言下に否定した。青年海外協力隊員として2 年間アンマンに滞在、アラ
ビア語で簡単な会話ができ、ヨルダン人の友人も多数いることが、空港でのチェックに
対する脇の甘さとなったのではないか、というのが調査班の見立てだった。
聴取で、事件の本質として、別の要因も浮かんだ。
一つは、垣本さんが指摘する「思い込みの罠」である。これは、我々の日常の記者生
活の中でもよく起きる。人の名前、肩書を間違えて掲載、訂正する、うっかりミスもそ
の一つだろうし、政治、経済、国際情勢の記事でも、思い込みが見通しを誤らせたケ
ースはある。
特に、自分なりの合理的根拠に基づいた思い込みは、なかなか手ごわい。五味元
記者の場合は、「空洞」と「舗装道路の穴」という2つの事実が、元記者の直感、思考
の中で結びつき、「爆発済みの爆弾のキャップ=安全」、という思い込みを形成した。
背景には、カンボジア取材での「空薬きょう=安全」体験があったかもしれない。
「安全」認識は、その後ホテルで金属体を何度もいじり、苦楽を共にした助手に1つ
を分け与えるうちに、次第に強化され、修正不可能なまでに、五味元記者の中に定着
した。
もう一つは、五味元記者がこの金属体を、白分の記者としてのライフワークの証し、
として積極的な意味を込めて保持し続けたことである。彼は写真が写すもののリアリ
ティーに疑問を抱き続け、中東問題の取材にこれからもかかわり続けたい、と願って
きた。単なる石ころではなく、米軍の落としたもので、戦争の本質を体現するもの。
もし、それが安全であるなら、それほど不自然な行為とは思えない。
しかし、思い込みの代償は、あまりにも大きかった。調査班しては、どうしても最初の
「安全」判断に立ち戻らざるを得ない。確かに形状は空洞になっている。空港でサル
ハン曹長と一緒に手荷物検査をしていた軍曹が法廷で、「検査をしていた3 人とも何
なのかわからなかった」と証言した。
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しかし、そこは、直前まで戦闘行為が行われてきた特殊なエリアだった。戦場取材に
あたっては、そこで見るもの、聞くもの、触るものに対して、もっと「疑い」「恐れ」の感
覚を持つべきではないか。
その後バグダッドの病院で、遺棄された武器や不発弾でけがをして運び込まれてきた
子どもたちを取材して、「何だ、まだ戦争は終わってない」と直感したのも、写真取材
に対して、その客観性に疑問を抱き続けてきたのも、五味元記者である。
その五味元記者が、なぜ今一度、ここは戦場であり、戦争はまだ終わっていない、
危険が満ちている、という合理的で健全な「疑い」と「恐れ」の感覚を、自分の足元に
向けられなかったのか。
「戦場では何も拾わない」。この簡単明瞭な戦争取材の原則がなぜ守られなかったの
か。戦場取材のリスク感覚という点で、五味元記者は甘かった、と言わざるを得ない。
五味元記者が聴取に対し、「私の一番の罪は、(戦場取材の)危険意識が全くなか
ったことです」と何度も繰り返したのは、45 日間独房内で自問自答し抜いた、反省の
結論だと感じた。
元記者が3 週間も持ち歩き、いじり続けていながら何も起きなかったものが、なぜ空
港で爆発したのか、という疑問の解明である。ヨルダン国家治安裁判所に提出された
鑑定書と鑑定人(爆発物専門家の中佐)の法廷証言によると、爆弾は、安全装置、起
爆装置という2つの機能から構成され、スライド式の安全装置をいじっても必ずしも起
爆するとは限らない、としている。五味元記者が移動中カチャカチャいじっていたのは
明らかにこのスライド式の安全装置と空港でも、全く同じいじり方しかしていない、と強
調する。ではなぜ爆発したのか。そこは未解明のままである。
アンマン事件は、戦場取材では、取材者もまた、加害者になりうる、ということを示し
た。戦場という取材空間で、バランスの取れた危機意識を持ち続けることがいかに重
要か。我々もまた、重い課題を背負わされたと考える。(以上、調査班)
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