池田龍夫のマスコミ時評⑦ 「鳩山論文」批判は行き過ぎ―NYタイムズ→日本各紙の問題点
池田龍夫のマスコミ時評⑦「鳩山論文」批判は行き過ぎ―NYタイムズ→日本各紙の問題点
(池田龍夫=ジャーナリスト)
政権交代の悲願を達成した民主党の鳩山由紀夫代表は九月十六日、晴れて第93代内閣総理大臣に就任した。
一月のオバマ米大統領(民主党)のチェンジに続き、日本変革の行方を全国民が注視している。鳩山氏が8・30総選挙前、月刊誌に寄稿した論文内容の一部を米国メディアが速報したことをきっかけに、新政権を揺さぶる騒ぎが巻き起こった。自民党長期政権に代わる民主党政権の外交政策に諸外国が関心を注ぐのは当たり前だが、米国マスコミや一部知識人の論評は一面的で、感情的な反発すら感じられる。
この〝米国発〟批判に驚いたためか、日本側マスコミの安易な報道によって、騒ぎが増幅されたような気がしてならない。「鳩山論文」が、激しい非難を浴びるほど反米的な内容だったのか、新聞各紙の報道ぶりに絞って、問題点の考察を試みる。
米国紙電子版の報道がきっかけ
八月末からの〝騒動〟の経緯は既に報道されているため詳述は避けるが、一連の流れを簡単に整理したうえで本論に進みたい。
米ニューヨーク・タイムズ紙8・27電子版が報じた「鳩山論文」批判を、特約関係にある朝日新聞が同日夕刊一面に速報したのが発端。「冷戦後、日本は米国主導の市場原理主義、グローバリゼーションにさらされ、人間の尊厳が失われた」…などの記述を厳しく批判した内容で、他紙の関連記事掲載も総選挙を挟んで数日間続いた。
そもそもNYタイムズ電子版が掲載した記事は、月刊誌「Ⅴоice」9月号に鳩山氏が寄稿した「私の政治哲学」という論文(英訳文)に基づくものだった。しかし、タイトルが「日本の新たな道」(A New Path for Japan)となっているうえ、論文の一部が端折られていた。しかも各紙第一報は、「鳩山民主党代表が寄稿した」と記しており、これも間違い。
その後の調べで、NYタイムズ電子版は、ロサンゼルス・タイムズ紙の親会社系列のトリビューン・メディアサービスから配信を受けて掲載したことが分かった。鳩山事務所の説明では、「鳩山HP」に載せた英訳文を米配信会社が全米に流したのが発端で、NYタイムズ紙からの掲載要請に鳩山事務所は応じたという。
ところが、クリスチャンサイエンス・モニター8・19電子版に同論文が掲載されていたことが、複数のメディア研究者の指摘で明らかになった。八日も遅れたのに、高級紙「NYタイムズ」の報道によって〝騒ぎ〟が広がったと推察できる。
「市場原理主義の破綻」の指摘を曲解
「Ⅴoice」9月号は八月十日発売だが、日本国内では特別な反響はなかった。筆者も遅ればせながら同誌論文を精読したが、常軌を逸したセンセーショナルな論文とは思えなかった。「9・11同時多発テロ」(2001・9)以降の米ブッシュ政権の軍事・独善主義と、「リーマンショック」(08・9)を頂点とした市場原理主義の破綻に対する非難が国際社会に巻き起こったことは、紛れもない事実ではなかったか。
米国メディアは、原文で問いかけた「鳩山論文」の文脈を無視して、冒頭に「冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄され続けた。至上の価値であるはずの『自由』、その『自由の経済的形式』である資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。
金融危機後の世界で、われわれはこのことに改めて気が付いた。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場経済至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか、それが今われわれに突き付けられている課題である」と指摘したことが、一部の米国人を苛立たせたと推察できる。
しかし、米紙電子版では、原文第一章に掲げた「友愛」に関する個所が削られていた。そこには、「ひたすら平等を追う全体主義も、放縦に堕した資本主義も結果としては人間の尊厳を冒し、本来目的であるはずの人間を手段と化してしまう。
人間にとって重要でありながら自由も平等もそれが原理主義に陥るとき、それがもたらす惨禍は計り知れない。それらが人間の尊厳を冒すことがないよう均衡を図る理念が必要であり、カレルギーはそれを『友愛』に求めたのである。『人間は目的であって手段ではない。国家は手段であって目的ではない』」と記されており、この理念が同論文のベースになっていると読み取れる。
しかし米紙電子版が、この理念を紹介せずに論文第二章最後の「市場原理主義批判」を真っ先に引用したため、真意が伝わらなかったと考えられるのである。また同電子版には、「現時点においては、『友愛』は、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統の中で培われてきた国民経済との調整を目指す理念と言えよう。
それは、市場至上主義から国民の生活や安全を守る政策に転換し、共生の経済社会を建設すること意味する」と述べた個所が紹介されており、よく読みさえすれば「市場原理主義の行過ぎに警告したのであって、グローバル化する時代に反旗を翻したものでない」ことを、理解できるはずだ。
国内各紙のニュース判断が甘すぎる?
NYタイムズ電子版が「鳩山論文」の真意を汲み取らずに報道したことは遺憾だが、この一報に驚いた日本の新聞が、論文内容を十分検証しないまま〝過剰報道〟に走ったことこそ問題であり、紙面点検の不手際を指摘せざるを得ない。民主党圧勝の結果が出てから、検証的紙面が散見されるものの、「米国がクシャミをすれば、日本が風邪をひく」というパターンだったように感じられるのが情けない。
各紙第一報を点検して先ず気づいたことは、米紙電子版を下敷きにしており、「Ⅴoice」の原文を正確に報じていない点だ。原文を精査すれば、NYタイムズ報道の欠落部分が分かるはずで、その点を独自に書き加えて、記事全体を構成する努力が必要だった。日経8・29夕刊は「鳩山論文に批判的声が広がり、鳩山政権が誕生した場合、オバマ米大統領との初の首脳会談が友好的な顔合わせにならないとの見方も出ている。
…米公共ラジオによると、米外交評議会のシーラ・スミス上級研究員は論文が日米関係に重大な影響を与えると分析している」(特派員電)と報じ、産経9・1朝刊も「米政府元高官は『鳩山氏は極めて興味深い世界観の持ち主だ。一つとして同意する点はない』と語ったあと、「(論文が)エマニュエル大統領補佐官らの目に留まらないことを祈る。
仮にエマニュエル氏が読んだら〝反米政権を相手にする必要はない〟とオバマ大統領を説得するだろう」と懸念を示した」(特派員電)と伝えている。さらに読売9・4朝刊コラムで「NYタイムズ(電子版)が掲載した鳩山論文への批判が燎原の火のごとく米国内で広がったことを見ても、政治指導者の言動は重く、国益に大きな影響を与えかねない」(政治部次長)と、誇大にコメントしていたことに驚かされた。
オバマ政権のキャンベル国務次官補は九月二日、日本の政権移行にはこれまでより時間がかかるとして、「米政府は〝辛抱強く〟見守る必要がある」と語っており、オバマ大統領も鳩山氏と初の電話会談(9・3)を行ったあと「鳩山新政権発足後も日米同盟を基軸として、気候変動や核廃絶、経済対策など広範な分野で協力していくことを確認した」と公表している。従って、〝燎原の火のごとき反発〟ではなく、共和党寄り元政府高官、ヘリテージ財団の研究員や一部の知日派評論家の声高な論評に〝踊らされた〟現象と、受け取る方が妥当だろう。
国家間の外交交渉は「対等」が基本原則のはず。現実の交渉過程では、軍事力・経済力の差に左右されることは避けられないにしても、明らかに不平等な二国間取り決めがあるならば、その是正に取り組むことは当然のことではないか。
じっくり交渉を続けて、二国間の親密な関係を強固にする努力こそ、外交の基本である。「日米の基軸堅持」の方針を確認したうえで、不公正・不平等な問題を是正することは、両国の将来にとってマイナスになるはずがない。鳩山新政権の課題の中でも、「対米関係の再構築」は極めて重要であり、オバマ政権と〝対等な〟外交交渉を積み重ね、謀略的論議は断固排除してもらいたい。
「鳩山論文」をめぐって具体的に指摘したいことがヤマほどあるので、続報形式の論稿をインターネット(『日刊ベリタ』『マスコミ9条の会』『ちきゅう座』)に流したいと考えている。
(池田龍夫=ジャーナリスト)
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