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 池田龍夫のマスコミ時評⑨ 「八ツ場ダム」工事中止の衝撃―無駄な公共事業ストップ!

   

池田龍夫のマスコミ時評⑨

 「八ツ場ダム」工事中止の衝撃―無駄な公共事業ストップ!
 
        
ジャーナリスト 池田龍夫(元毎日新聞記者)
 
 新政権がスタートしてから「百日が勝負」といわれるが、九月十六日発足した鳩山由紀夫・民主党政権の滑り出しはどうだろうか。
首相就任早々の国連総会演説「CО25%削減提案」が反響を呼び、オバマ米大統領との初首脳会談に続き、韓国・中国を訪問するなど、外交デビューは上々と言えよう。
 
国内政治では、公共事業の抜本的見直しや公務員制度改革、景気対策、医療・年金改革など懸案はヤマ積みだが、自公政権時代より担当大臣に改革意欲が感じられ、情報公開が進むような気がする。
厳しい年末を控え、具体的成果の成否が注目されるわけだが、どの政策をみても〝大胆な決断〟なしに旧来の陋習は破れない。本稿では、公共事業見直しの中でも象徴的な「八ツ場ダム」問題に絞って、検討してみたい。
 
前原誠司・国土交通相が就任直後の記者会見(9・17未明)で「八ツ場ダム建設中止」を打ち出し、九月二十三日には群馬県長野原町のダム建設予定地に乗り込んで、「国費ムダ遣いストップ」の先頭に立った。
 
国交相は、住民を長年苦しめてきた政策ミスを謝罪したが、建設中止勧告に地元民は驚き、一八〇度の政策転換に衝撃が走った。さらに国交相は十月九日、全国で建設中のダム五十六事業のうち四十八を見直すことを決定、うち「八ツ場」など本体未着工の二十八ダム凍結を明らかにした。
 
地元民以外に、「八ツ場ダム計画」を知政治勢力の不毛な対立、非難合戦に陥ることを自戒して、冷静な姿勢で「ムダの排除」に衆知を集めなければならない。突如クローズアップされた問題だけに、先ずダム建設計画の概略を振り返って論点を整理しておこう。
 
 難題が多く、半世紀も揉め続ける
 
戦後の関東地方を襲ったカスリーン台風は一一〇〇人もの死者を出す大災害だった。当時の日本国土は荒廃しており、台風災害が繰り返されていた。そこで利根川の洪水対策として「八ツ場ダム計画」が持ち上がり、支流の吾妻川・八ツ場地区への建設を決めて長野原町に通知したのが、台風から五年後の一九五二年。それから五十七年、水没世帯(四七〇戸)移転と地形上の欠陥が絡み合って、未解決のまま土木工事だけが強行されてきた。
 
 計画当初、草津温泉などから流れてくる硫黄分を含む強酸性の水質処理が、重大問題になったという。ダム建設の目的は、治水と利水(下流の各県への供給)にあったから、危惧するのは当然のこと。
 
そこで「強酸性を中和するため石灰を川に流す」方針を打ち出し、草津町に「中和工場」をつくった。さらに川へ撒いた大量の石灰ヘドロを貯めるため「品木ダム湖」を建設したのが、六十三年から六十五年にかけてだった。各新聞はこの点を報じていなかったが、当初から難題を抱えていたことが分かる。
 
このほか、浅間山・白根山噴火の不安、さらにダム周辺地域の軟弱地盤を心配する声もあり、そもそもダム建設には不適当な地域だったようだ。また戦後の経済復興に伴って利根川などの護岸・防災対策が進み、「利水」の点でも首都圏の水需要は減少傾向で、「八ツ場ダム」に頼らなければならない状況はなくなったと、多くの専門家が指摘していた。
 
 しかし、一度走り出したダム計画は見直されず、移転反対住民の説得に何年も時間を空費してしまった。群馬県が提示した「移転住民の生活再建案」を、長野原町長が受け入れたのが八五年、建設省が「ダム建設基本計画」(二〇〇〇年度完成予定)を告示したのは八六年だった。
 
その後も補償交渉が難航し、現時点での移転世帯は三五七戸、まだ一〇〇戸以上が残されたまま。そこに、「ダム建設中止」の大号令が下されたのだから、住民の怒りと困惑が痛いほど分かるものの、続々明るみに出てきた「無謀なダム計画」を精査した結果、「中止」を決断せざるを得なかった事情は分かる。
 
計画から半世紀、総事業費は当初二一一〇億円だったが、二〇〇四年には倍以上の四六〇〇円に膨らんでしまった。国内最高のダム工事費で、既に移転費や国道建設などに三二二〇億円を注ぎ込んだが、本体のダム工事は未着工。「ダム計画が七割も進んでいるのに、中止しては勿体無い」との指摘もあるが、「事業予算の進捗率」に過ぎず、今後の予算積み増しは避けられないと指摘されている。
 
国交省関東地方整備局は〇九年七月「ダム建設を中止すると下流の五都県に負担金一四六〇億円を還付する必要が生じ、継続した場合に比べて約八〇〇億円多くかかる」と強弁していたが、建設中止を明言した前原国交相は「ダム完成後の維持費や河川・海岸の堆積土砂や侵食除去に膨大な費用がかかる」と、この試算の間違いを指摘している。
 
 工事ストップ、住民救済に取り組め     
 
水源開発問題全国連絡会共同代表、島津暉之氏の「ダムストップで、国費支出を減らせる。水没予定地再生へ最大の取り組みを」と題した寄稿(『毎日』10・2オピニオン面)は本質を衝く指摘なので、一部を引用して参考に供したい。
 
「ダムストップは誤った判断だという意見が流布しているが、それらの情報は事実ではない。第一に七割というのはダム事業費の七割が昨年度までに使われたということであって、工事の進捗率とは全く別物である。本体工事は未着手であるし、関連事業の付け替え国道、付け替え県道、代替地造成の完成部分の割合は一〇%以下で、工事は大幅に遅れており、完成までの道のりは遠い。
 
第二にダム事業を継続すれば、地すべり対策工事費、吾妻川の流量の大半を取水している東電の発電所への減電補償、関連事業で必要となる追加予算により、一〇〇〇億円程度の増額が必至である。この増額を考慮すれば、利水予定者の既負担金(国庫補助金を除くと八九〇億円)を仮に返還したとしても、中止した方が国費の支出を大幅に減らすことができる。
 
……ダムの中止に当たっては、水没予定地の人たちの生活を再建し、地域を再生させるため、最大限の取り組みがされなければならない。それは、不要なダム計画の推進で地元を半世紀以上苦しめてきた国と群馬県、さらに、ダム計画を後押ししてきた下流都県の責任の下に行われるべきものである」。
 
 基本計画を変更して工事費を四六〇〇億円に増額したのは二〇〇四年九月だが、四年後の昨年九月には工期を二〇一五年度に延長すると再変更している。
 
エンドレスな工事に国費を垂れ流す乱脈行政にストップをかけ、無駄な予算を民生充実に振り向けることこそ政治の本道だ。福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫の歴代首相四氏は群馬県出身であるのに、この無謀な「八ツ場ダム計画」に手を打たなかった政治責任は重大だ。
 
  「費用対効果」…事業ごとに優先順位を
 
 「公共事業に充当できる財源総額が決まった段階で、社会インフラとしての必要性と、費用対効果の経済合理性を基準にして、事業ごとに優先順位をつけることにすべきです。その場合、必要性や費用対効果の合理性などは、従来の、先に結果ありきのなおざりな調査ではなく、中立の機関でのしっかりした調査を基にして議論されるべきです。
 
……官僚などが入り込まないように創設された国家戦略室(戦略局)などが好ましいと思います。そして、その意思決定に関しては、国民から常に見えるようにするべきだと思います。常に外からその意思決定を見ることが出来ると、国民によるガバナンスの機能が働くからです。
 
 また、今回の政権交代によって、折角、今までのしがらみがない政府が成立したわけですから、今ある公共事業の案件については、時限性の急な案件を除いて、全て白紙に戻すべきだと思います。
 
そして、必要性と費用対効果の合理性に基づいて、新しい目でスクリーニングすべきです。そのスクリーニングで上がって来た案件について、優先順位に従って、公共事業を行っていけば良いと思います。既得権益を、徐々に減らすことができるはずです」と、真壁昭夫・信州大学教授が指摘(『村上龍ブログ』の一節)している通りだ。
 
 「八ツ場ダム」問題についてメディア側の問題意識が足りなかったように思う。「住民の怒り」や「工事を中止すると却って負担増になる」といった現象面に傾斜し過ぎた記事が多く、背景や問題点の分析が不足していると感じた。政権移動による混乱はなお続いているが、公共事業偏重の政策変更を促す好機と捕らえる視点が必要で、この際旧来型の政治報道からの脱皮を要望しておきたい。
        (池田龍夫=ジャーナリスト)
 
 
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  八ツ場ダム=やんば
  吾妻川=わがつま
 

 - IT・マスコミ論

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