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 池田龍夫のマスコミ時評(12)大詰めの「沖縄返還密約文書開示訴訟」91歳の吉野・元アメリカ局長の証言

   

 池田龍夫のマスコミ時評(12)

大詰めの「沖縄返還密約文書開示訴訟」
91歳の吉野・元アメリカ局長が核心に迫る証言
 
                 池田龍夫 ジャーナリスト・(元毎日新聞記者)
 
 師走入りの2009年12月1日、東京地裁103号法廷は、厳粛な空気に包まれていた。「沖縄返還密約文書開示訴訟」第4回口頭弁論は午後1時開廷、杉原則彦裁判長が着席したあと2分間の写真撮影。その後、原告団後方の扉が開かれ、吉野文六氏(元外務省アメリカ局長)が姿を見せ、裁判長席前の証言台に立った。
91歳、約40年前の「沖縄返還交渉」の外交責任者だった吉野氏が〝密約の有無〟についてどのように証言するか、……宣誓に続き原告側の証人尋問、ついで被告側(国側)の尋問が始まった。吉野氏の尋問時間は合わせて1時間半近く。このあと、我部政明・琉球大学教授が証言台に立ち、10年前に発掘した米国外交文書に基づいて詳しく証言した。
 
 吉野氏は2006年2月、マスコミの取材に応じて「密約の存在」を認める発言をしてきたが、今回の証人尋問でも「日本側の肩代わりを記載した『日米合意文書』に署名した」と明言した。耳が遠く、マイクを使っての尋問となったが、当時の記憶を想い起こして語り続ける重い言葉に、傍聴の100余人は粛然と聴き入った。
 沖縄返還から37年の歳月が流れ、米国外交文書公開で「密約文書」が発掘されてからでも10年経過したが、歴代自民党政権は「密約はなかった」と国民を欺き続けてきた。
 
西山太吉氏(元毎日新聞記者)ら原告が求めているのは、①米軍用地の原状回復補償費400万㌦を日本が肩代わりする、②米短波放送ボイス・オブ・アメリカ(VОA)の国外への移転費用1600万㌦を日本が負担する、③沖縄返還協定で決められた米国への支出金3億2000万㌦を上回る額を日本が負担する――の3密約に関する「日米合意文書」の開示で、今回の吉野、我部両氏の証言によって、「密約」解明の道が大きく開けてきた。
2009年9月民主党政権誕生によって、外務省内に密約を検証するための「有識者委員会」が設置され、作業を急いでいる。この時代の変わり目に、吉野氏が法廷の場で「密約の存在」をキッパリ証言した意味は重く、大きな波紋が広がっている。
 
          吉野文六・元アメリカ局長の証言
 12月2日付け新聞各紙が大きく報じたのも、「吉野証言」の重大性を再認識したもので、傍聴人として感じた法廷内の模様を交えながら、4時間にも及ぶ「証人尋問」のハイライトをまとめて報告したい。
 
  [米軍用地の原状回復補償費400万㌦を肩代わりしたとする密約]
400万㌦合意文書の左下にある『BY』のイニシャルは私が書いたもの。右下の『RS』
はリチャード・スナイダー米駐日公使のもので、沖縄返還交渉の私の相手だった。スナイダー氏とは外務省局長室で会ったが、その際米側が作成した〝密約文書〟に署名、日本側の400万㌦負担(肩代わり)は事実だ。返還協定には『原状回復費は米側が自発的に支払う』と明記してあったが、実際は違っていた。当時米国の財政事情が急速に悪化したため、金銭を支払うことが困難だったと推測される。米議会では「ボロ儲けしている日本にカネを出す必要があるのか。

ダメなら、沖縄を返還しなくてもいい」とのルーマーも流れる状況下だった。当時の愛知揆一外相や条約局長らと協議したうえで合意文書にサインしたわけで、私の独断ではない。この文書のコピーは事務官が取り、沖縄返還の担当課長らが目を通したと思う。そのコピーはある程度保存していただろうが、必要ないとして処分したと思う。

 
[ⅤОA移転費用1600万㌦の密約]
VОA移転問題も私がスナイダー公使と折衝したが、日本側の撤去要請に対して米側は急にはできないと反発、非常に困難な交渉だった。米国にはもはや余裕がなく、日本がほとんど全額支払う形で米国を説得、「1600万㌦提供」で妥結した。これも交渉に当たった2人がサインしたが、外相や条約局長は当然承知していたと思う。日本は5年間文書を保存していたと思うが、フィリピンにVОAが移った以降は保存してないような気がする。
 
   [返還協定の3億2000万㌦を超える日本側負担の密約]
詳しい内容は覚えてないが、日本側負担の中の項目別品目と金額を並べた表を見たことはある。柏木雄介大蔵省財務官が表を示し、「これを返還協定に乗せてほしい。そうすれば、これに基づく金額を米国に支払うことができる」と言った。「3億2000万㌦は積算根拠のない〝つかみ金〟だ」と、私は北海道新聞記者に語った(2006年)が、これは事実。日本が支払うべきカネでなかったろうが、既に柏木・ジューリック会談で決まっていたこと(密約)で、予算上は問題ないと思って署名したのだ。
 
 
      我部政明・琉球大学教授の証言
公開された米国外交文書を発掘した我部琉球大学教授は、精緻な分析に基づいて明快に証言、吉野陳述の信憑性を裏打ちする内容だった。長年この問題と取り組んでいる我部氏だけに、米公開文書の記述や具体的金額を挙げて答え、実に説得力があった。法廷での微妙なやり取りを正確に伝えることが難しいため、「柏木・ジューリック合意」などを詳しく記載した「陳述書」の一部を借用し、参考に供したい。
  
[柏木・ジューリックが署名した了解覚書]
沖縄返還の経済・財政をめぐる交渉は1969年10月21日、東京で柏木雄介大蔵財務官
とアンソニー・J・ジューリック米財務長官特別補佐官との間で開始。日本が個別の評価を積み上げていく方法を主張したのに対し、アメリカは一括払い方式を主張して難航。11月6日から8日にかけての交渉で一括支払いの財政取り決めが決まった。その内訳は、▽民生用・共同使用資産の買収 1億7500万㌦、▽基地移転費及びその他の費用 2億㌦、▽通貨交換後の預金 6000万㌦以上、▽基地従業員の社会保障費 3000万㌦。

加えて、利息節約分を含めた通貨交換後の預金に関する1億1200万㌦の利益をアメリカ側が得ることになり、合わせて5億1700万㌦へと上昇します。さらにアメリカが所有する琉球銀行の株式と石油・油脂施設の売却益と、返還の結果、その後5年間で得るであろうアメリカ政府の予算節約分の1億6800万㌦が加わると、沖縄返還による財政・経済利益として総額6億8500万㌦をアメリカが手にすることになりました。
 

 こうして出来上がった日米合意を書面として確認する手順が日米間で話し合われました。その結果、11月12日に日本側の交渉責任者の柏木に加えて大蔵大臣の福田赳夫が、米側の責任者ジューリックと会って最終合意の了解事項を読み上げ、佐藤・ニクソン会談の数週間後に柏木が署名することにしました。実際に、11月12日に、福田がジューリックの前で読み上げました。
 
 そして、佐藤・ニクソン会談が、11月19日から21日にかけて行われ、佐藤・ニクソン共同声明が公表されました。もちろん、この共同声明において、9項で「総理大臣と大統領は、沖縄の施政権の日本への移転に関連して両国間において解決されるべき施設の財政及び経済上の問題があることを留意して、その解決についての具体的な話し合いをすみやかに開始することに意見の一致をみた」と言及するのみであり、了解覚書の内容は一切書かれていません。
 
 12月2日、柏木とジューリックはワシントンで、「YK」と「AJJ」のイニシャルで署名し、「了解覚書」が取り交わされました。財政取り決めが、このように複雑な手段で取り交わされたのは、「沖縄を金で買い戻した」との印象をもたれないようにするために、佐藤・ニクソン共同声明前に財政・経済取り決めに合意したことを秘密にする必要性があったからでしょう。
 
    [返還協定の3億2000万㌦を超える日本が負担の密約]

 この了解覚書の金額と沖縄返還協定の3億2000万㌦の支払いとは金額に違いがある。
了解覚書では当初、日本が米国に対し、民生用・共同資産の買い取り1億7500万㌦は現金で支払い、軍の移転費、その他の返還に関連する費用は財貨や役務により2億㌦相当を準備することになった。だが米軍が日本本土や沖縄に2億㌦分の新たな基地を必要としなかったことから、現金で3億㌦と物品・役務で7500億㌦に変更された。その後、日本の現金支払いは軍用地の支払いは400万㌦とⅤОAの移転費用1600万㌦の合計2000万㌦の支払いが3億㌦に加わり、合計で3億2000万㌦になった。
 
 以上のとおり、財政・経済取り決めの秘密の合意=密約が存在するのです。被告側(国側)は「了解覚書」を交渉途中のメモと主張しているが、アメリカの公文書に見るとおり、沖縄返還に際して、沖縄返還協定第7条に規定された3億2000万㌦(当時の為替レートで1152億円)の支払いの他に、日本がアメリカに対し財政負担を負うことを秘密裏に合意した取り決めです。
 
 
   国側は一転、「密約」の認否を留保……「有識者委員会」の調査待ち
 国側の尋問には、両参考人から「了解覚書は交渉の途中経過に過ぎず、重要文書ではない」との言葉を引き出そうとして、細かい数字を執拗に問い質すだけの印象だった。吉野、我部両氏の具体的例証に反論し、斬り込む材料がなかったと言えるだろう。というのは、密約を否定していた国側が今回、一転して認否を留保する書面を裁判所に提出していたことから読み取れる。その文書には「『密約は厳然と存在し、そして、それを証する文書も存在する』との主張については、平成21年9月16日の岡田克也外務大臣の大臣命令に基づいて、外務省において現在行われている調査に関係し得ることから、現時点では認否を留保する」と書かれている。最早、「密約はなかった」と強弁できなくなったということだ。
 
      米連邦準備銀行に「25年間の無利子預金」も明るみに 
 今回の法廷で、「3億2000万㌦」とは別に、沖縄返還時に円と通貨交換したドルを日本政府が米連邦準備銀行に預金していたことが分かった。これも米公文書に記載されていたが、政府は認めていなかった。1969年に日米財務当局者が署名した、この文書には「沖縄返還に伴い日本が米銀行に最低6000万㌦を25年間預金し、金利相当額の1億1200万㌦を日本が受け取らず、米側に利益供与する」と記載されているという。国側は預金した事実は認めたものの、「無利子かどうかは承知しておらず、密約に関係した預金ではない」と言い逃れている。これまた重要問題で、日本側の文書を探し出して検証すべきである。
 
      杉原裁判長の毅然たる訴訟指揮ぶり
 12月1日の証人尋問は、休憩を挟んで4時間に及んだ。杉原裁判長の訴訟指揮は第1回口頭弁論からテキパキしており、歯切れの悪い国側に向かって厳しく指摘する場面をしばしば目撃した。国側が今回の弁論の最後に「有識者委員会の調査報告を受けて、今後の主張、立証を明らかにしたい」と発言したことに対し、裁判長はすかさず「開示に関する文書が出てくるということですか」と切り返し、国側が沈黙する一幕があった。さらに裁判長は「この裁判は文書開示をめぐる問題であり、外務省調査とは関係なく判断する」と明言、傍聴席の多くがその毅然たる姿勢に感銘を受けた。
 従来にない緊迫した審理は、最後に次回日程を「2010年2月16日(火)午後4時半開廷」と決め、午後5時閉廷した。次回で結審、春先には判決の運びになると予想される。
 
     吉野・西山両氏が、37年ぶりの握手
 吉野氏が証言を終えて退廷する際、原告団席の西山氏が立ち上がって握手を交わした姿は感動的だった。新聞報道によると、「落ち着いたら、いつか会いましょう」「連絡してください」との言葉が交わされたという。吉野氏は37年前の東京地裁で、西山氏が国家公務員法容疑で訴追された「機密公電漏洩事件」国側証人として「密約」を否定しており、複雑な心境だったに違いない。
 
 退廷後記者会見に臨んだ吉野氏の話を直接聞けなかったので、新聞報道(『毎日』12・2朝刊)の一部を引用させてもらう。「沖縄密約事件前、西山さんが外務省担当記者だったころに一度、天ぷらそばを食べたことを打ち明け、『西山さんは活発で、有能な人だった。

(事件後)西山さんが非常にたくさんの費用や時間を費やして何回も裁判に挑んだことに対して信念の強さに感心していた』と述べた。『刑事裁判では密約を否定しましたね』と質問されると、『〝密約がない〟とは、いまは証言できないと思う』と言葉少なに語った」と同紙は報じていたが、悩み抜いた老外交官の真摯な姿が映し出されている。敵対していた両者の37年ぶりの握手は、重苦しい裁判の空気を和らげたのである。

 
     元大蔵官僚から「復元補償費400万㌦」をめぐる証言
 「沖縄返還密約」は、外務省・大蔵省連携の外交工作だが、これまで大蔵省関係者の証言はなかった。「吉野証言」の日にぶつけたように、沖縄タイムス12・1朝刊が「400万㌦の肩代わり『私が見積もり』」との大蔵官僚証言を、1面トップで特報した。朝日が12・8朝刊、毎日が同日夕刊に後追い報道したが、大蔵サイドの証言は初めてで、「文書開示訴訟」にとって価値ある証言である。証言者は当時、大蔵省主計局課長補佐の森田一氏(75)で、上司からの指示により、「米軍用地の復元補償費」見積もりを担当。沖縄に飛んで調査して琉球政府の幹部らと計算して、385万㌦とか400万㌦に近い数字を持ち帰って報告、最終的に400万㌦となったという。

森田証言によると、大蔵省は米側が負担すべききだと主張していたが、外務省が「米側が米議会を通すことが難しいと主張するので日本側で支払うことにし、米国に支払う3億2000万㌦の中に現状回復費を含める形で、日本が負担することにした。極秘にするので大蔵省も了承してほしい」との連絡を受けたという。「内々のからくりということだったが、〝密約〟を記した電報を入手した西山さんから二度取材を受けた。あまりにも詳しすぎ、おかしいと思いながらも『知らない』ととぼけた」と語っている。課長補佐の立場だったから、その後の複雑な交渉にはタッチしていないが、密約工作のからくりが透けて見える。森田氏は大平正芳元首相の女婿で、首相秘書官のあと運輸相を務めた政治家で、貴重な証言と言える。

 
   「〝密約〟検証委員会」の報告に注目
 吉野氏は元公務員のため、証人尋問を受ける際には所属長の承認を得なけれならないと、民事訴訟法は規定している。今回は岡田外相が承認したので、証人尋問は実現したが、自民党政権が継続していれば実現しなかっただろう。民主党への政権交代が、裁判の在り方にも変化を及ぼし、〝より開かれた審理〟につながれば歓迎すべきことではないか。
その重責を担って、外務省「有識者委員会」は、①60年安保改定時の核持ち込み、②朝鮮半島有事の戦闘作戦行動、③72年の沖縄返還時の核持ち込み、④沖縄返還での現状回復費肩代わり。――4つの密約の検証作業を進めており、1月中に報告書が提出される予定だ。
 
「密約」の一部を認める報告書が提出される予感はするが、核問題・防衛政策論議に新たな課題が浮上してくるだろう。年末の普天間飛行場移設をめぐる日米交渉が難航して、新年に持ち越されており、新年度予算編成などの難題ともからんで、鳩山由紀夫政権の前途はいぜん険しい。
                           (2009年12月20日 記)

 - 現代史研究

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