高杉晋吾レポート⑬「脱原発」「脱ダム」時代の官僚像ー 元国交省エリート、宮本博司がダム反対に変ったのは?(下)
高杉晋吾レポート⑬
ダム推進バリバリの元国交省エリート、宮本博司がダム反対に変ったのは?
「脱原発」「脱ダム」時代の官僚像
元、淀川水系流域委員長 宮本博司氏インタビュー(下)
高杉晋吾(フリージャナリスト)
大阪府の橋下知事は槇尾川ダムを止めた!
宮本、
その通りですよ。大阪の槇尾川ダムの話をしましょう。私も大阪府の槇尾川ダムの委員をやっていました。槇尾川ダム計画の予定地の槇尾川の場合は土手の上までコンクリートを張ってあるんですよ。そのコンクリートはダムがないと水嵩が上がってダムが壊れます。だからダムが必要だというのが大阪府のダム担当のお役人たちの主張なわけです。
槇尾川にはコンクリートが張ってあって、誰が見たって水嵩が上がっても堤防のコンクリートが壊れるわけはないんですよ。それでもこの線より上については、何ぼ補強してもこわれないという自信は持てません。それ一点張りなんです。
ですから私も橋下知事に
『橋下さん、これで壊れるというのやったら、現地に入って府民を前に、ここまで水が来たらこの堤防は壊れますと、あんた言いきってください。そういう説明ができますか?』
と云ったら、この槇尾ダムについて、橋下さんは
『わかりました。槇尾ダムについては要りません』
と云って中止にしました。
だけど国交省はいまだにこの論理ですよ。皆分かっているんですよ。『この堤防は補強すればいいんですわ』
とね。わかりきった話なんです。しかしそれを言い出したらダムが必要だという説明がつかないんです。だから基本高水が高かろうが低かろうが、関係ないんですよ。
要するに、計画洪水と云うのを決めて、それよりも上に行ったら堤防が壊れますよ、というのが、「ダムが必要だ」という大前提になってくる。
私らは人間が勝手に線を決めて、「水は此処までしか来ません」などと云っていても自然現象はいくらでも超えてきます。ダムを乗り越える。そういうことも起こりするんだから、ダムを水が乗り越えた時に、今度は乗り越えた水が堤防を壊す。堤防が壊れやすいのは、水が堤防を乗り越えて、堤防の裏側を削るからですよ。
「お役人語録」、常に巨大工事続行、住民の命は関係ない!
高杉
そういう風に考えると、お役人の論理は庶民には通じない不思議な論理ですね。どういう論理かまとめてください。
宮本、
官がやってきたことを民が否定することを許さない。官がやったことは正しかったと云い張る。但し「今度の津波は予想を超えて大きかった」等と予想がつかないことには責任が無い。全部、巨大なハードを作る方の論理です。洪水や津波が百年に一回の規模を予測して計画を立てて対策の構造物を作る。長年かかってそういう巨大構造物を作る。その間に災害が起こって人々が死んでもこういいます。
『まだ整備途上でした』
仮に構造物ができたとしますね。大きな災害が来て人が多数死んでもこう言います、
『これは想定外でした』
ですから今の計画と云うのは、常に巨大構築物を作るための、工事を続けられるための計画です。巨大産業、鉄やセメント、ゼネコン、電力などの利権のための計画です。これに追随する政治や官界が総体として利権を追及することを至上命令とする言葉がついて回っています。
我々市民の論理は、住民の命を守るという観点です。国交省の考え方にはそういう視点が全くない。
鉄、セメント、ゼネコン等の利権と役人の立場
高杉、
私はついつい露骨なことを考えます。釜石と大船渡にある湾口防波堤については、大船渡には太平洋セメント、釜石には新日鉄、そして国交省、港湾事務所、政治屋。まさに鉄とセメントで「でっかい物を作ろうや!」とやったんだと。そういう図式がみえるような気がするし、勝手に思っています。いずれ立証して見せるよ、と。実際どうなんですか?
釜石あたりで言うと、五洋建設とかマリコンが動いている。そこまで直接的な蠢きはしないものですか?
宮本、
私自身はゼネコンなりが仕事をやってくれと直接言ってきてやったという経験はありません。しかし全体としてそういう作る側の論理と許認可する側の論理は関連しています。役所は直接作りません。本来は住民の命や生活や地域の安全を守るのが役目です。しかし実際は産業の立場で動いている。但しそのことを意識していない。
高杉、
そうですね。そういうことを意識しないようにしているでしょうし、そういう意識で日常動いていたら、罪の意識にさいなまれて、つらいでしょうね。でも私はそうじゃないかと思ってしまう。それから談合への動きがある。予定価格の漏えいとか、そのあたりの動きは無いでしょうかね?
宮本,
例えばダムを作るのは住民のためだ、と意識している。しかし住民のためだという意識が飛んでしまって、役所自身がダムを作るためにダムを作るんだと。湾口防波堤にしても住民の命を守るということなんですが、ものを作るということが目的になり、そのために、どんどん予算を使うこと自体が自己目的化してゆく。それが役所の仕事の動機になってしまっている。そこが本末転倒です。
お役人の住民の命への不感症はどこから生まれる?
高杉、
だから個人が賄賂を貰ったとかそういう個人的な問題もあるがそれよりも大きく構造的な仕組みの問題ですね。それが河川法改正の根源にあった。システムが腐食するのは、やはり天下りとかねえ。そういうことが魅力なんでしょうかね。宮本さんなんかも天下りしていりゃ、今頃左うちわですわな。
宮本、
昭和30年代、40年代は、完全には、そういう状況ではなかった。生き生きとしたものがあった。しかしそれが30年40年たって、現在ではすっかり官界が制度疲労をしています。良い悪いじゃない。全体がそうなってしまっているのだから、ここを変えないといけない。
私自身が本省におってダムを作ることで住民が果てしない苦しみに追いやられる。このことを知らずに仕事をやる。このシステムを変えなければ駄目です。住民の苦しみや痛みが分からない霞が関が物事を決める。でもお役人さんでも真面目に考えてやっている人は多いですよ。
(高杉、今、管政権が、復興会議が有識者を集めてまたぞろ復興のための知恵とやらを提案している。危ない奴が多い。国民自身が何とか提案していかないと、また、国が決めて巨大な構築物を作り、国民を従わせるという方式が露骨だ。危ないですね)
高杉,
今、八ッ場ダムの問題がこのような有様になっている出発点に異常な事態がありました。
坂西徳太郎と云う建設省の役人が昭和27年に八ッ場ダムの計画地に村人を集めて「この村はザンブリとダム湖の湖底に沈むよ」と云って笑った。冷笑した。そういう言葉を冷笑しながら言うというのは一体何だろうな?と私は信じられない蛇のような感性にショックを受けました。
日本ダム最大の発展史は満州事変、朝鮮戦争
その歴史的な背景を調べてみようと思って坂西徳太郎の経歴を知らべて見ました。そうしたら彼は満州事変後、間組にいて、朝鮮と満州の国境の鴨緑江で巨大ダムの建設をやっていた人物だということが分かった。その頃の満州は関東軍司令官が東条英機、実質上の満洲国総理大臣が岸信介。彼等は満洲国の財源を熱河等のアヘンに求めて関東軍が熱河に軍を進め、満洲国の財政の30%以上をアヘンで潤っていた。その財政を基礎に岸が満州産業開発五カ年計画を施行してその中心が産業のエネルギー政策つまりダム建設に向いていた。
だから満州と朝鮮、いずれも日本の植民地国家を糾合して鴨緑江に巨大ダムを建設することにした。なぜ鴨緑江に東条や岸が着目したのかと云えば、その頃、鴨緑江でダムを建設していた企業があった。
それが後に水俣病を大発生させたチッソです。当時は朝鮮チッソと云っていた。このチッソの社長は野口遵です。
彼は化学肥料の事業には膨大な電力を使うので自力で水力発電所を作っていた。鴨緑江に巨大ダムを建設し、朝鮮の労働力を牛馬のようにただのようにこき使って水力発電所を作っていた。そして会社も朝鮮人労働力をただのようにこき使って蛸部屋労働を強制し大もうけをしていたんですね。
関東軍は土地を奪い、従わないものを三光作戦(殺しつくす、焼き尽くす、奪い尽くす)で虐殺したり、万人坑に生き埋めにしたりしていた。
この電力事業に目をつけ、岸と東条は、野口遵を社長にする国策会社「朝鮮水力電気」(別称鴨緑江水電)を作らせて社長に据えた。坂西徳太郎はこの国策会社にいて、朝鮮人や満州人から命と引き換えに賄賂を取り、住民を、建前としての五族協和の精神と称して好きなように扱ってきた。
戦後は建設省に入り、朝鮮戦争に協力する産業のエネルギー政策に水力発電ダムを作る仕事に参加していた。これが日本のお役人の、ダムをつくるために住民を追い払う蛇のような感性を形成してきたと思います。
そういう歴史の渦の中でお役人の感性は育てられてきたなとおもいます。
宮本,
そういうことですね。一つの組織は大事だと思いますが自分たちだけの組織になって風通しが悪くて自分たちの財界至上の論理だけの中で固まると最悪ですね。
高杉、
それでね、釜石市の港口の外側に作られた世界一の湾口防波堤と云うものについてのご意見を伺いたい。河田恵昭教授は「津波が来るぞ」というお話を2009年12月に岩波新書に書いておられる。
河田恵昭関西大学教授と湾口防波堤
「津波の大きさを低減させるには湾口の大水深部に津波防波堤を作るのが一番効果的である。岩手県の釜石市や大船渡等にはこの湾口防波堤が作られ際立って安全になっている」と。
『住民一人当たり300万円が投入される湾口防波堤』ですね。彼の意見では、もっとこういう施設について例えば湾口防波堤などのミュージアム等も作って国民に対する教育に力を入れようと。
翻ってわが国では釜石の湾口防波堤などの近くにはそのような施設は無い。そういう教育宣伝などは諸外国に比べて遅れているというわけですね。こうも言っています。
「治水に貢献している多くのダムがあるにもかかわらず環境保護の観点から、すべてのダムが無駄であるかのごとき評価を受けていることも情けなく思う」と。
ところがこれを書いた直後に、東日本大震災と大津波が来て、彼が〔際立って安全になった〕と書いたのに、湾口防波堤事態がめっちゃめちゃ崩壊され、際立って安全になったはずの釜石市は都市部が全滅してしまったわけですね。
ところが、この厳粛な地球の教訓が目の前にあるのに、湾口防波堤擁護論がすぐに出てくる。大戸川ダムの場合とまったく同じに、巨大施設、つまり湾口防波堤が有った場合と無かった場合の比較論が飛び出してくる。そこでこれからは、有識者会議や検証委員会等が出てきて、難しい表や数字を,ゴチャゴチャ並べて国民を何が何だか分からなくさせる、そしてダムや湾口防波堤について擁護するという寸法だと思います。
起きた現象をまともに受け止めろ。いまさら何を検証するのか?
宮本、
原子力の話もそうですが「まず検証すべきだ」と云うんですが、学者も政治家も。でもね、検証するということは調べるということですが、これは実際に大勢の人が死んだ事実をうやむやに先送りするための策謀なんですよ。
いまさら何を調べるんですかね?まずこの今の現象をまともにちゃんと受け止めたら、今までのやり方が違っていたんだと、はっきりと云って方向転換すべきだと思います。それを、うだうだと「これから検証します」などと云って訳のわからん学者を集めて、ご大層に検証するなどという。答えは結局今までの延長線上に行くだけですよ。『だからダムを作れ』と。
高杉、
本当ですね。
宮本、
我々がなすべきは、今までの近代文明に対する検証だと思います。そこを今までの延長線上で、基準を作るとかそういう議論をやるということ自体がまるっきり違います。
高杉、
本当ですね。ですから私の見解はうんと単純ですが八ッ場ダムが何で高水論争を中心にした裁判をやって連戦連敗しているのかということと、対照的に川辺川ダム計画ストップ、荒瀬ダム撤去をやった熊本の戦いが勝利しているのかということを対比して考えてみようと主張しています。
その場合には一番中心に考えねばならないのは高水論争についての評価だと思います。川辺川計画ストップ、荒瀬ダム撤去の周辺の人たちは高水論争への批判をしています。最初は高水論争に引きずり込まれかけていましたが、農民、漁民、ダム被害者を中心に戦いながら、高水論争への参加は、住民の命を守るダム反対闘争にとって全く意味がないと総括して高水論争を克復して勝利した。
ところが八ッ場ダムの場合は高水論争に引っかかり、ダムに苦しめられる住民をそっちのけにして、リーダーが先頭に立って高水論争を挑み、当然のことに八ッ場ダム裁判に連戦連敗した。淀川水系流域委員会でも、高水論争は克復して大戸川ダム等に勝利している。だから私は今の戦いではコペルニクス的な展開が必要なのだろうと思います。その辺はどうですか?
宮本、
その見解は私も高杉さんも、まるきり一緒ですね。前原さんが八ッ場ダムについてコペルニクス的な転換と云った時に、私も『そうです』と云っていたんです。でも結果ね、前原さんはやめて、馬淵氏になってからダムの見直しも出て八ッ場ダムストップさえ怪しくなった。あれなんかまるっきりコペルニクスどころか、いままでのやつを再度登場させるわけですよ
八ッ場ダム有識者会議への参加拒否か、参加か?
高杉、
ところで、貴方と嶋津氏二人が有識者会議に招へいされた。私もあの有識者会議は、ダム推進者の会議だと思っています。だから有識者会議はダム推進派の正体を住民に見破られないために「非公開」を強行した。貴方は「非公開は駄目だ。住民を基礎に公開論議すべきなのにどういうことだ」と拒否された。私は、これは当たり前の行動だと強く印象付けられました。失礼だが私の頭に宮本さんは知っていましたが、強く刻印されたのは、それが初めてでした。ああ、矢張り立派な人がいるんだと。
ところが嶋津さんが、何と『有識者会議が変な方向にいかないように』とかいう妙な言い訳を付けて出席された。ダム推進集団である有識者会議にとって「変な方向」とは「ダムを止める」ということですよ。 私は「何だこりゃあ!」と思いました。ダム推進会議に出席して『妙な方向にいかないように』なんて考えるのは奇妙奇天烈な話ですよね。ダム推進会議が妙なのであって、それがダム推進の方向で論議するに決まっている。
有識者会議が(変な方向にいかないように)と期待する嶋津氏は有識者会議が反対運動の味方だとでも思っているのだろうか? いやはや妙な話だと思っていたら、出席して話した内容が〔高水論の話〕だと云うので『ああ!やはりそうか』と思いました。
ダム推進派にとって、高水論争はダム推進の方向に反対運動を引っ掛ける罠です。賛否のどちらが論争に勝っても「正しい高水」すなわち「正しいダムの作り方」と云う結論になる。だから裁判も全部負けた。
高水論争の実態は反対派に対する面白半分の「猫じゃらし」だ。どの道、ダム推進の結論に向けて、高水水位が高いか低いか、どちらであろうがダム推進に向けての結論しかない。検証委員会も有識者会議もダム推進の会議なんだから、そんなところに出て行ってダム推進の話をするとわねえ。
コペルニクス的なことは拒否される。そこから出発しよう
宮本、
ダム推進派にとっては、喜びひとしおですよ。高水論をやり出したら、役所からみたらクリンチ状態ですよ。そこで終わりです。其の議論の一番根本は住民の方に難しくてわからないんです。雲の上の話です。
高杉、
マスコミを動かす必要がありますね。かつては反権力の指向性をマスコミが持っていた時代があったと思いますが、最近はマスコミもすっかり政官財の一部になりきっている。
宮本
その通りです。マスコミも解せないね。我々がやれることをやるというしかしょうがない。根本的に発想を変えることが必要だ。滋賀の嘉田さんも数少ない人です。それから高杉さんがこのように考えておられる。
高杉、
しかしマスコミも世間も私のようなことをいうと総スカンですよ。週刊金曜日、日刊現代、三五館だけは取り上げてくれましたが、単発で続かない。
宮本、
多くの人が今までの考えから抜けきらないことは動かしがたい事実ですね。今まではそういう風なことで世の中が来たわけで、その中で、「いや違うんじゃないか」という、まさにコペルニクス的なことを口にすると世の中は拒否すると。これは当たり前のこと、そこから出発するしかない。
高杉、
そうですね。そう思ってきましたし、これからも、そう思います。いやあびっくりしましたよ。でも復興構想会議とかいうのを政府が立ち上げた。
これもすこぶる怪しい学者が参加している。ダム推進、湾口防波堤推進、スーパー堤防推進の人物の参加している。治水は「国が決める」ということになる。あのような陰謀は住民の力でやめさせなければならないと思います。
(おわり)
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