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●<近藤 健の国際深層レポート>『米大統領選挙を見る眼―米国の人口動態から見た分析』

   

<近藤 健の国際レポート>
 
米大統領選挙を見る眼米国の人口動態から
見た分析』ー
大統領選挙を左右する要因とは何か
ー動員力の問題

近藤 健<元毎日新聞外信部長・ワシントン特派員、元国際基督教大学教授
 
·         2012年 2月 9日
 今年の米大統領選挙は、オバマ大統領再選なるかが焦点であるが、オバマ再選阻止を至上課題とする共和党は、目下のところ党大統領候補をめぐって泥仕合を演じている。
共和党の支持基盤である保守というよりは反動勢力の支持を得るべく党候補を決める予備選挙で立候補者たちは、テレビ討論やテレビ広告で政策論争よりも互いに相手の人格や弱点の非難合戦に終始し、そのさまは悲劇とも喜劇ともいえる様相を呈している。選挙は、どの国でも、誰が勝つかにどうしても関心が向くのは避けがたいし、メディアも共和党候補はロムニーかギングリッチか、といったいわゆるホースレース報道に傾斜しがちである。
それはそれとして、より注目すべきは、いまアメリカに起こりつつある社会の変動、その選挙そして今後の政治への意味合いであろう。共和党を占拠した観のあるティーパーティ運動、オバマ大統領の「公正な社会」のための「政府の役割」というメッセージ(年頭教書)、などは、この変動にたいするそれぞれの反応ということができる。なぜそういえるのか、今年の大統領選挙をみる一つの視角を提供してみたい。
I.背景としての人口動態

 1.白人人口の減少  

 2010年の国勢調査によると、アメリカの総人口は3億800万人強である。うち、非ヒスパニック白人人口は、63.7%で、10年前の2000年調査の75.1%から11ポイント以上減った。(註1)。代わって増えたのは、ヒスパニック系人口16.3%(前回12.5% 以下同)および、アジア系人口4.7%(3.6%)である。人口増のうち非白人が約80%を占める。

この調査に基く将来予測では、2041年頃に白人人口は50%を切り、少数派となるとされている。要因は、ヒスパニック系アジア系移民増大と彼らの出生率の高さ、逆に白人の出生率の停滞である。この変化のより著しい現象は、若者の人口構成に表れている。18歳以下の若者人口では、この10年間の伸び率は白人マイナス10%、黒人マイナス2%に対し、ヒスパニック系アジア系はプラス38%、その結果、現在の若者人口の46%強はいわゆるマイノリティ=少数派集団である。現在、カリフォルニア州、アリゾナ州など10州で白人若者は少数派となっている。(因みに、非ヒスパニック系白人が少数派となっている州はカリフォルニア、テキサス、ニューメキシコの3州)。ブルッキングス研究所の人口学者ウイリアム・フレイによるいと、若者人口で白人が少数派となるのは当初2023年と予測されたが、この勢いではそれは2019年ごろにやってくるという。

 註1.米国勢調査では、白人、黒人、アジア系といった人種カテゴリーとは別に、民族(エスニック)カテゴリーとしてヒスパニック、非ヒスパニックの分類がある。ヒスパニックとは、メキシコ、プエルトリコ、キューバそのほかスペイン語を母語とするラテンアメリカからの移民や子孫を指す。ヒスパニックの多くは混血であるが、自らを白人、黒人あるいは二人種混合と同定することが可能である。したがって、国勢調査では、自己申告でヒスパニック系かつ黒人あるいは白人というカテゴリーが生ずる。ヒスパニック系で白人と申告したものは2010年国勢調査では8.7%。これを「白人」に加えれば、「白人人口」は72.4%となるが、ヒスパニック系白人は近年の移民とその子が多く、その文化的社会的背景の違いから、アメリカの伝統的な白人人口とは区別して考えられている。
 2.異人種間結婚の増大 

 人種構成の急速な非白人化あるいは人種的民族的多様化を示す現象の一つに、異人種あるいは異民族間の婚姻増加がる。アメリカでは1967まで南部諸州にそれを禁止する法律があったが、すべて撤廃されてから徐々ではあるがこの婚姻が増えてきた。国勢調査では全婚姻人口中異人種・民族間婚姻は約8%と出ているが、2008年のある調査によると、新婚の14.6%が異人種結婚であった。当然、若者の結婚にそれが多く、白人社会とは異なった文化が作り出される。個々にも世代間ギャップが生まれよう。黒人と白人の結婚は1980年と比較して3倍となった。

 3.少数派住居地の拡散と郊外化  
 移民や黒人はロサンゼルス、ニューヨークなど都市に住み、それに押されて白人は郊外に移るというのが、従来のパターンだった。しかし、この10年、白い郊外のイメージは急速に変化している。

人口50万以上の大都会地域(メトロポリタン)の郊外住居者の三分の二は依然白人ではあるが、史上初めてこの地域ですべての少数派集団の過半数が中心都市でなく郊外に住むようになっている。すなわちアジア系の61.9%、ヒスパニックの58.7%、黒人の50.5%が郊外住居者である。この傾向は、60年代の公民権運動以来、居住差別は違法となり、またマイノリテイィの中産階級化が進むにつれて、徐々に促進したが、ここ10年移民たち特に増大するヒスパニック系の落ち着く先は郊外あるいは地方のスモールタウン、農村地域へと広がっている。

要因の一つは、仕事(特に建設業)のある場所を求めての移住である。そうなると白人たちはさらに外に出て「外郊外地」をつくり、そこにもマイノリテイィの進出が著しければさらに外へと向かうという二重三重の郊外化が進み、外へ行くほど白くなる。

 ブルキングス研究所の報告だと、ロサンゼルス市を中核としたメトロポリタン、ロサンゼルス郡の外国生まれの人口はここ10年ほとんど変化なかったが、ジョージア州アトランタ市郊外では外国うまれが4倍となっている。つまり従来の移民の落ち着く先が変わってきている。この10年に新しく郊外に移住した1330万人の三分の一はヒスパニック系、黒人が250万人、アジア系200万人であった。農村地域の人口増加率はわずか2%だったが、外国生まれがその増加の37%を占めた。
  4.こうした人口動態は、アメリカ社会にとって重要な意味をもつ。

 郊外に住むようになった移民(不法であれ合法であれ)たちは、仕事を見つけ落ち着くと家族を呼び寄せる。これまで長い間白人中心のコミュニティに突然異質なものが多数参入してきたとき、そこには文化的緊張状態が生ずる。移民や黒人は相対的に貧困かつ教育水準も低い。その生活援助や学校教育の財政を誰が負担するのか。

税金は誰のためか、資源配分の問題である。周囲を見回して「こんななはずではなかった」と、古くからの白人はつぶやくのである。高齢化の進む白人層と、若くて貧しい非白人の若者の急増という、世代間ギャップ。生活習慣、異質なものへの寛容度、異人種結婚、価値観の相違という文化摩擦などなど。これは州政府、連邦政府の政策選択と直接かかわってくる。例えば、急速にヒスパニック人口が増えているアリゾナ州の共和党知事は、不法移民徹底的取締を主張する。

II.では、このようなアメリカ社会へのインパクトを、<ティーパーティ現象>の分析をとおして、考えてみたい。
 1.ティーパーティ運動と白人のアイデンティティ

 2009年オバマ政権は発足早々、リーマン・ショックに始まった経済大不況対策として約8000億ドルの景気刺激策を成立させ、次いで多額の税金投入による破産に瀕した銀行及び自動車産業の救済を実行した。これに対し、これは財政赤字/国家債務を悪化させるのみならず、税金の無駄遣い、自由市場への政府の過剰介入、連邦政府の権限拡大という「社会主義」だと主張して、自然発生的に起こった「草の根運動」がティーパーティ運動だとされる。

 英国王権の恣意的権力行使に反抗して独立した米国には、もともと中央(連邦)政府の権力拡大・集中につねに疑いの目を向ける政治文化がある。この運動の参加者のみならず保守派が従来から主張してきた、政府規制反対、自由市場尊重、減税、小さな政府論が育ちうる土壌は、一つにはこの政治文化にあるといえるだろう。ティーパーティ運動もこの政治文化で説明することも可能である。
 しかし、オバマ反対デモのなかに、オバマ大統領をヒトラーに擬したり、リベラル派のリーダー、ナンシー・ロペス下院議長(当時)に「ナンシー、お前は地獄に焼かれろ!」といった過激なプラカードが多く見られたような異常な熱情を帯びた反対運動は、単にこの政治文化では説明しきれない。
 この運動は、全国的なリーダーがいて活動を統括するというような組織的な運動ではない。少なくとも発生当初はそうであったといえよう。そこには反税、反移民を唱える人、政府の役割極小化を最優先とするリバタリアン極端な自由市場主義者などなどが混在する。だが、共通項はなにか、運動参加者、支持者に関する意識調査、世論調査を解読してみると、そこには、ここ10年の人口動態を反映した白人社会のマイノリティ化への危機感、いいかえれば「白人社会のアイデンティティの危機」という姿が浮かび上がってくる。
 ティーパーティ現象については、ジャーナリストの報告、政治学者の調査、歴史家によるアメリカ史における位置づけ、など2009年以来、多くの分析がなされている。その比較検討はこの小文の目的ではないので省略するが、さまざまな調査のなかで、運動初期になされた意識調査を取りあげる。自然発生的といわれた運動の初期にこそ、その性格がナマに現れていると思われるからである。
 それは、2010年4月5日から12日にかけて18歳以上の有権者を対象に、特に運動支持者の特性解明目的をとして実施されたニューヨークタイムズ紙/CBSテレビの調査である。

 それによると、
 ①「あなたは自らをティーパーティ運動の支持者とみなしますか」との問いに、支持者と答えたものは全体の18%だった。(註2)
 ②この18%のうち、白人の占める割合は89%(調査対象全数の白人の割合は77%、以下同);黒人、アジア系はそれぞれ1%(12%と3%);ヒスパニック系3%(1 2%)であった。
  ③この支持者の年齢層は、45~64歳が46%(34%);64歳以上29%(16%);18~29歳は7%(23%)にすぎなかった。
 ④性別では、男性59%(49%);女性41%(51%)
 ⑤支持者のデオロギー傾向は、保守73%(34%);通常共和党支持者54%(28%);無党派36%(33%)。
 ⑥支持者家庭の経済状態(2008年)では、年収5万~7万4999ドルの人が25%(18%)で最も多い。10万ドル以上は20%(14%);1万5千~2万9999ドルの貧困層は13%(22%);5万ドル以上を合計すると、56%(44%)。階層を上流から最低貧困層まで五つに分けた場合、自らを中の上の層としたものは15%(10%)、中流50%(40%)、労働者階層を自認したものは26%(34%)。ここから支持者は米国人平均よりも相当程度裕福な人びとであるいえる。
 この調査から、ティーパーティ中核支持者のプロフィールは次のようなものなる。
 「白人、男性、年配者、比較的裕福、共和党支持者で保守派」
(註2)この数字は、調査によっては多少異なる。質問の仕方、調査時期によると考えられる。たとえば、ピューリサーチ調査(同年3月11日~21日)では、「ティーパーティ運動に賛同するかしないか」の問いに、賛同24%。民主、共和、緑の党、ティーパーティなどを列挙して「どのグループがあなたの見解をもっともよく反映していますか」との問いに、ティーパーティと答えたものは14%だった。
関心を惹くのは、オバマ政権に対するパーセプションである。
   「オバマ政権の政策は、富者、ミドルクラス、貧困者のうち、どのグループを優遇していると思いますか、それともすべてを平等に扱っていると思いますか」との問いに、貧困者優遇が56%(全調査対象では27%、以下同);平等な扱い9%(27%)。
 「オバマ政策は黒人よりも白人、白人よりも黒人、のどちらを優遇しているとおもいますか、あるいは両方を平等に扱っていると思いますか」との問いには、黒人優遇25%(11%);平等な扱い63%(83%)。
 「バラク・オバマはあなたのような人びとの問題や要求を理解していると思いますか」には、イエスは24%(58%)、ノーは73%(39%)。
 これらの数字は、この18%にティーパーティ支持者と有権者一般との乖離の大きさを物語っているとともに、彼らがオバマに無視されているとの感情を抱いていることがうかがえる。
 
それとの関連で、オバマ大統領自身へのパーセプションの異様さが目に付く。
 「バラク・オバマは米国で生まれたと思うか、それとも他国生まれと思うか」の問いに、ティーパーティ支持者は、米国生まれが41%(58%)、他国生まれ30%(20%)、わからない29%(23%)。ただし、一般有権者の間にも他国生まれと思っている人が20%いることに留意したい。
 さらに「バラク・オバマは、ほとんどの米国人が守ろうとしている諸価値を共有していると思うか」との問いには、イエスが20%(57%)、ノーが75%(37%)だった。
 1961年8月4日ハワイ生まれという出生証明があるにもかかわらず、オバマは米国市民ではないという根拠のないうわさは、オバマはムスリムであるとの風聞(彼はクリスチャン)とともに、2008年選挙中にも流されたが、この思い込みあるいは信じ込みは、2012年の選挙でも執拗に続いている。

また、彼が本物の「アメリカ人」ではないというオバマ攻撃は、ギングリッチ共和党候補をはじめ保守派が言外ににおわせていることである。ティーパーティ支持者のこのようなパーセプション、不満と不安は、運動支持者とのインタヴューに如実に顕示されている。たとえば、63歳の元ダンス教師は、すべての人が医療保険加入を義務付ける改革法(民間保険へ加入、低所得への補助など。日本のような政府管掌あるいは組合管掌の皆保険とは異なる)は、ごく少数の恵まれない人びとを助けるために多数者から奪い取る誤った考えといい、年配の男性は「俺は、無から出発して生活を築いてきた。

だから他人の何者かがおれのポケットに手を突っ込んで金をとって、何の努力もしないものに与えるなんて許すつもりはない」という。努力しない他人の何者かとは、貧困者とくに黒人、ヒスパニックを暗に指す。税金が彼らの生活保護などの援助に使われることへの不満である。

 63歳の引退した建築業者はいう。「私は50年代に育った。素晴らしい時代だった。だれも大金持ちにならず、誰も物事を大きくしなかった。みんながせっせと働いた、それが今はどうだ、すべてはあのMTVの類だ。自らを露出して自己顕示が強く有名になりたがる。道徳はもうどこにも残っていない」。(以上、ワシントン・ポスト紙から) 
ここには、すっかり変わってしまった社会への嘆きと不満、こんなはずではなかったという思いが、込められている。
 
2.人種の要素  

 ティーパーティ運動の性格について少々長くなってしまったが、その言動に人種の要素が強く働いていることが、窺いしれよう。 
貧困層にマイノリテイィが多いい事実の一方、公民権運動以来、マイノリティの権利は法的に保障され、一部の中産階級化も進み、黒人大統領も出現した。あからさまな人種差別はタブー視もされている。

だが選挙において、政策論争において人種の要素はずうっとつきまとっている。共和党予備選挙で、ロムニー候補の決め台詞は、オバマ大統領は「受給権社会entitlement society」 を創ろうとしている。この選挙は「アメリカの魂」を守るかどうかの選挙だ、というものである。ロムニーのいう「受給権社会」とは、生活保護とか貧困者むけの食料切符、医療保険補助などを支給される権利を保障する社会をさす。ロムニーのいう「アメリカの魂」とは、自助精神、成功失敗は個人の努力と能力次第、自由市場尊重を指す。これは、アメリカ保守の伝統的な主張だが、「受験者社会」と対比させたところに、受給者は黒人やマイノリテイィであり、その負担は誰がするのかという暗示である。

 サントラム候補はアイオア州での選挙運動で「私は、他人のお金を黒人に与えることによって黒人の生活を向上させようとは望まない」といった。ギングリッチ候補は、オバマ大統領を「食料切符大統領」と軽蔑的に呼ぶ。確かにオバマ政権下で切符発行数は増えたが(高失業率のせい)、それは黒人の食料切符依存とそれは誰が負担しているとの暗喩でもある。
 保守派が自助、自己責任、自由市場原理を掲げて所得再配分政策に抵抗することいわば常態である。特に、多数つまり中産階層から金をとって少数に与えるという知覚は、高度成長期が終わった70年代から次第に広がり、80年代のレーガン政権以来、その感情を耕してきた。その「減税」政策は、人びとの可処分所得を増やすことによる消費拡大、投資拡大によって景気回復を図るという経済政策上の理屈だけではない意味があった。図式化すれば、減税=税収不足=予算削減=受給権や社会サーヴィスの縮小という流れで、いわゆる小さな政府実現という策であった。多くの白人中産層にとって「社会サーヴィス」とは貧困者への何らかの所得再配分を意味し、税金はそのコスト負担を意味したし、貧困者とは黒人をはじめマイノリティであった。経済不況、失業率の高止まりはこの知覚をより鋭くする。
 ティーパーティの比較的裕福な白人中産層が、オバマ政策は黒人優遇、貧困者優遇であると受け止め、自分たちの利害が顧みられていないと反発するのは、実態は別として、予期しうる態度であるといえるのである。オバマ大統領が黒人であることは、このパーセプションを補強しているだろう。

III.大統領選挙を左右する要因  動員力の問題

 どの国のどの選挙でも、勝敗を決定する基本的な要素は、三つのMである。
 すなわち、Messenger=候補者、Message=主張、Mobilization=動員力 である。アメリカ大統領選挙では、特に、動員力がいちばん重要というのが筆者の見解である。

 1.動員力

 政党支持率と投票行動が必ずしも一致しないことは、よく知られている。70年台初めのウオーターゲート事件のとき、「ニクソンが銀行強盗を犯したとしても、ニクソンに投票する」といわれた、なにがなんでも共和党(あるいは民主党)という人はいる。現在、ティ-パーティー運動支持者は、なにがなんでも共和党だろう。だが、支持者全員が投票所に足を運ぶわけではないし、党候補が誰になるかによっては棄権する人もいよう。
 米大統領選挙の投票率は、よくて60%、大体55%前後である。先進民主主義国の選挙と比べて、全く低い。2000年のブッシュ政権誕生のときは55.3%、2004年再選のときは共和党の積極的な投票駆りだしで60.1%、2008年はオバマ・ブームで61.6%、これが戦後選挙の最高であった。中間の議会選挙となると、せいぜい40%前後である。

 加えて、大統領選挙が間接選挙であることが投票率と動員の関係を複雑にする。周知のように、各州で相対多数票を獲得したものが、その州に割り当てられたその候補者の大統領選挙人を独占する。過半数は270票(人)。全米50州のうち、共和、民主いずれかが圧倒的に強い州がかなりある。そこでは競争はない。選挙運動が集中するのは、どちらに転ぶかわからない州である。ここで動員力が試される。自党支持者を1~2%増やすだけでも、勝敗を決定しかねない。ティーパーティ運動支持者が20%前後でも、その力が発揮するのは、彼らのオバマ打倒の熱意とそれに伴う動員力なのである。(この間接選挙が民主的であるかどうかは、また別の問題)このように、投票しない潜在自党支持者をいかに投票所へ足を運ばせるかが、勝敗を左右することになる。

 現在の共和党にとってティーパーティ支持者とその同調者が基盤である。ここから棄権者が多く出れば敗北に致命的である。
 民主党の基盤は、黒人(72年以来一貫して80%以上)、ヒスパニック(ほぼ一貫して60%以上)、低所得者層、そして90年代以降は18歳から29歳の若年層である。2008年民主党は若者たちの積極的な投票借り出し運動によって、この層の投票率が上がり、オバマ勝利につなげた。

つまり、民主党にとって、この支持層をできるだけ投票させることが、勝利につながる。ところが、若年、低所得者の投票率は常に相対的に低い(どの国で同じ傾向)。オバマ大統領は、経済不況、失業、生活不安が広がる中で、08年と同じ様な熱意をこの層に掻き立てることができるだろうか。共和党の一般的強みは男性票(ウオーターゲート事件後の76年、第三党個候補がいた92年を除く)、それも白人男性票を72年以来一貫して相対多数を獲得している。〇八年でも55%を獲得した(男性全体ではオバマ49%、マケイン48%)。ここで注目されているのが、年収3千ドルから7万5千ドルで教育水準は高校までという白人労働者階層である。

この層は、08年でも52%対46%でマケイン共和党候補がオバマに勝っている。実のところ、70年代から、すでに指摘した収めた税が誰のために使われるかという保守派の言説に左右され、共和党寄りの傾向を強めてきた層である。しかし、争点が、「ウオール・ストリート占拠」に示されたような、所得格差の拡大、公正の問題に移るとすれば、彼らの票がどう動くか、共和党にとって大きな懸念である。自党支持に向けどう動員できるか、場合によっては選挙を左右する。彼らは、経済不況にもっとも打撃を受けている人々である。このように、それぞれの潜在支持者をどれだけ自党に投票させるか、投票率が低いだけに、1~2%の底上げはきわめて貴重である。(数字は出口調査から)

 2.候補者

 もちろん、候補者の人気、人格は大統領選挙を左右する。特に、純粋な浮動票を投票所に足を向けさせる一要因として。今回選挙は、民主党はオバマ大統領、共和党はまだわからないがロムニーか。
大統領選挙は「頭よりも心」という表現がある。理性よりも感情というところか。言わんとするところは、どちらの候補者がより好かれるか、有権者にとって身近に感じられるかが、政策や主張よりも票を動かすといことである。人柄の勝負。オバマもロムニーも、ハヴァード大出身のエリート。オバマは法律大学院、ロムニーは法律大学院と経営学大学院の両方を出ている。

しかし、大学院までの経験、経歴からはオバマのほうが庶民に近い。オバマの大統領としての支持率は40%半ばを行き来して決して高くないが、オバマ個人の好感度は比較的高い。2012年1月のピュー・リサーチ調査では、オバマの好感度と非好感度は51%対45%である。これにたいし、ロムニーのそれは31%対45%。もちろんこの数字は本番選挙になって変わるかもしれない。ロムニーの父親はミシガン州知事で、60,70年代の共和党実力者の一人。いわばなんの不自由もなく「乳母日傘」で育った息子のロムニーは、会社買収を専門とする金融ファンド経営で2億ドルを超える財産を作った。「庶民を知らない」という批判が、予備選の段階で同じ共和党内から出ている。これが、本番選挙でどうでるか、まだわからないが。

 3.メッセージ

 メッセージの内容と発信力は動員力に結びつく。共和党の基本的メッセージは、本番になれば幅広い支持をめざして修正されるとしても、予備選挙ですでに出ている。すでにふれた「受給権社会」か「アメリカの魂(機会の社会)」か、その変形としての「結果の平等」か「機械の平等」か。

さらには「大きな政府」か「小さな政府」か、である。こうしたに二項対比は現実の選択としては不毛であり間違っていると批判はできても、単純なだけに明快でわかりやすい。日本の小泉政権時代にいわれた「ワン・フレーズ・ポリティクス」の類である。白人層の不安、不満を味方にするスローガンといえる。そして、具体的には、経済大不況、高い失業率はオバマの失政とする攻撃となる。

一方、オバマ大統領は、1月24日の一般教書で、公正な社会を唱え、貧富・所得格差是正のための政府の役割を「スマートな政府」という表現で訴えた。オバマのこのより公正で平等な社会をという語り口は、実のところ、08年の選挙運動中から首尾一貫していることに、むしろ驚きを感ずる。医療保険改革、金持ち優遇を是正する税制改革、学校格差・学力格差縮小の教育改革などは、09年の一般教書や予算教書をはじめ、その後、折り触れて、語っている。

ただ、2010年の中間選挙でねじれ議会となり、共和党の何でも反対のオバマ下し戦略で実現できず、またオバマ自身の融和を目指す政治姿勢から、共和党と直接対決する言動を避けてきた。これが、リベラル派の不満の種になってきたが、選挙が近づくにつれ、昨年末から対決姿勢を強めている。「ウオール・ストリート占拠」に刺激されたこともあろう。ただし「スマートな政府」は、単純明快ではない。税制改革、インフラ整備の公共事業といった説明を付けざるを得ないところに、リベラル派の語り口の浸透能力が試されているといわれるのである。

以上、少々長くなったが、今年の米大統領選挙を観察する材料を提供したつもりである。
このほか、事実上野放しといっていいほどの選挙資金の問題、また政治不信と議会選挙、対外政策と選挙など、関連した問題もあるが、それは別の機会にしたい。
 

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