野口恒のインターネット江戸学講義③『第1章 ウェブ社会のモデルは江戸の町民社会にあり(上)』
日本再生への独創的視点<インターネット江戸学講義③>
『第1章 ウェブ社会のモデルは江戸の町民社会に
あり』-江戸の町民社会はウェブ社会の先進モデル(上)-
あり』-江戸の町民社会はウェブ社会の先進モデル(上)-
野口 恒著
インタ-ネットの爆発的な普及がもたらした現代の情報ネットワ-ク社会は、いまWeb2.0とか、Web3.0といったインタ-ネットの技術革新やビジネスモデルの新世代パラダイム(理論・技術の枠組み)が注目されている。
Webとはインタ-ネット上でホ-ムペ-ジを利用する利用技術や仕組みを意味し、英語の「ワ-ルド・ワイド・ウェブ」の略称である。インタ-ネット上にある世界中のホ-ムペ-ジがリンクすることによって、まるで複雑につながったクモの巣に似ていることからこう命名された。
インタ-ネットの利用技術・仕組みであるWebによってつながったネットワ-ク社会を「ウェブ社会」と呼んでいる。このWeb技術も日進月歩で進化しており、それがWeb2.0とか、Web3.0とかいわれるものである。現在これらの言葉は明確に定義されているわけではない。
一般に、Web2.0とは2000年代に入ってから米国で提唱されたインタ-ネットの利用技術や利用法の新しいパラダイムを指している。それは平易にいえば、従来は情報の送り手と受け手が固定されていて、もっぱら送り手から受け手への一方的な流れであった。
それに対して、Web2.0では情報の送り手が受け手にもなり、また受け手が送り手にもなるという、情報の送り手と受け手が流動化し、双方向で情報をやり取り(コミュニケ-ション)する状態を意味している。
日本のITコンサルタントである梅田望夫氏は、その著書「ウェブ進化論」においてWeb2.0の本質を「ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサ-ビス享受者ではなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサ-ビス開発姿勢である」と述べている。そして、このWeb2.0によって革命的ともいえる3つの大きな社会的変化が現在起きているという。
それらは、①一つは、情報コストが劇的に低下して誰もが安価に必要な情報を入手・利用できること、②二つは、インタ-ネット上にさまざまな情報・ソフト資産が無償公開されることにより、誰もが容易にそれらにアクセスできること、③三つは、ブログ(ネット上の日記)の登場などにより、誰もが自分の意見や考えを発信・表現できることである。
Webは、いまさらにWeb2.0からWeb3.0へと進化しつつあるといわれる。Web3.0も明確に定義されているわけではなく、またWeb2.0と内容的に重なるところもあるが、一般には携帯電話や家電、無線通信のアクセスポイントなどを通じて、「いつでも、どこでもネットワ-クにつながる」状態をいう。Web3.0の大きな特徴としては、次の3点が上げられる。
①一つは、消費者(利用者)が主体となった「消費者(利用者)参加型メディア」(Consumer Generated Media)がネットワ-ク社会の大きな潮流になっていくこと
②二つは、ウェブ上の情報やデ-タを消費者(利用者)が協働・連携して収集・分類・編集して作り上げていく「コラボレ-ション」による創造作業が増大していくこと
③三つは、不特定多数が持っている智恵や知識を集め、編集・活用していく「集合知」(Wisdom of Crowds)の活用がこれからの情報・知識社会で大きな役割を果たすこと
こうした特徴を持つ21世紀のWeb社会を考える上で、江戸のネットワ-ク社会は非常に参考になる。現代のWeb社会と江戸の人間主体のネットワ-ク社会は本質的なところで多くの共通性を持っており、江戸のネットワ-ク社会から学ぶ点がたくさんある。
江戸のネットワ-ク社会は、身分・家柄の違いを超えて様々な年齢・職業・階層の人たちが自由に参加して作り上げた水平的で、ヒュ-マンなネットワ-ク社会である。江戸時代に作られ、発達した「座・連・講・結(ゆい)」の組織は、人間中心のきわめて緩やかで、柔軟で、水平的なネットワ-ク構造である。それらの特色として、次のよう点が上げられる。
① 巨大化を避けて、適正な規模のコンパクトな“お互いの顔が見える”ネットワ-ク組織である
② ネットワ-クの運営は柔軟かつ緩やかで、世話役はいても強力なリ-ダ-はいない
③ 同じ志や目的を持った、あるいは趣味・嗜好を同じくする同志・同好の集まりが基本であり、常に何かを創造している
④ 創造(表現)する者と享受(鑑賞)する者が一体である
⑤ 誰もが自由に参加でき、いつでも退会できるアドホックな組織である
⑥ 他の人やグ-ルプに門戸が開かれていてオ-プンである
⑦ 多様な年齢・性・職業・階層の人たちが身分・階級の垣根を越えて入っている
⑧ 一人ずつが無名(匿名)であり、仲間内でいろいろなペンネ-ム(号)を使っている
⑨ 外の情報を入手・把握するのに貪欲であり、そのための努力をしている
⑩ 濃密なコミュニケ-ションと人間同士の信頼関係が基礎になっている
これらの内容は、現代のWeb社会の特色と本質的なところで非常に共通しているのである。その意味では、江戸のネットワ-ク社会は現代のWeb社会を先取りした先進モデルといえる。
緩やかな組織と弱いネットワ-クから成る「座」のネットワ-キング
一般に、座は平安時代から中世まで存在した主に商工業者による同業組合の組織を指して言う場合が多い。もともと座とは、公の場所における特定の「座席」という意味と、同業者が一同に会する「場所」という意味の両方を含んでいる。座同士の連携は非常に強く、情報交流や助け合いが盛んに行われていた。
中世の座は座員である特定商人・職人の既得権益を独占し、座員以外の商人・職人の活動を禁止する“閉鎖的で特権的な”色彩が強かった。
こうした中世の座は、織田信長の楽市楽座や豊臣秀吉の政策によって解体させられた。近世に入ってからは地域や村落にある鎮守や氏神である神社の祭祀を行う「宮座」が発達したが、宮座も座員の資格を持つ者の閉鎖的で特権的な組織としての性格が強かった。
それとは別に、近世では同志・同好の仲間たちが集まり、車座に座って話し合い、文化・芸能を作り、楽しむ「座の文化」が非常に発達した。俳諧や連歌、茶道や華道などがその代表である。とくに、俳諧・連歌では同好の仲間たちが集まり、みんなで作品を作り、批評し合って楽しんだりする「座の文化」が非常に盛んであった。俳諧でいう「座」とは同好の仲間が集まって俳諧をつくる創造の「場」と「活動」を指している。
今の言葉でいえば、みんなが集まって何かを作る「ネットワ-キング」(人間が連帯して何かを行う場と活動)に近い形である。それらは中世における商工業者の座のように特権的で閉鎖的なものとは正反対で、緩やかで、オ-プンで、分権的で、水平的なネットワ-クとしての性格を持っていた。
同じ座の文化といっても、華道や茶道の家元組織にみられる座の文化と、俳諧・連歌に見られる自由な座の文化とは本質的に違っている。華道や茶道の家元組織による座の文化と組織は、会員資格を持った有資格者に限られた閉鎖的で特権的なサ-クル活動であり、中世の座の組織に似ている。それに対して、俳諧・連歌に見られる座の文化やネットワ-クは比較的に緩やかで、分権的で、水平的な組織と活動である。
座の運営も世話役のような人が行い、家元制度のように強力なリ-ダ-や組織が存在するわけではない。俳諧の座やネットワ-クが緩やかで、分権的で、水平的であったことが、年齢・性・職業・身分・階層・階級の違いを超えて多様な人たちが集まり、お互いに分け隔てない付き合いを可能にし、庶民文化である俳諧の大衆的な普及を促進した大きな要因である。
俳諧の座は、緩やかな組織と弱いネットワ-クであったからこそ、一つのサ-クルに所属していても他のサ-クルから排除されることがなく、また他の人やサ-クルに対して開かれていて、オ-プンであり得たといえる。緩やかでオ-プンであったからこそ、お互いの情報は座の組織やネットワ-クを介して、領国・身分・地位・職業・階級など様々な境界を楽々と乗り越えて、広く全国に伝播できたのである。
俳諧における座の精神は、世俗の身分や常識、世俗の社会秩序の枠組みを一時的に無効・無関係にして、一人ひとりの人間同士が裸の付き合いや交流をすることにある。
そこでは、身分や地位、職業や役職、家柄や家格はまったく価値を持たず、人間的な魅力と創作的な才能こそがすべてであった。そして、さまざまな地域の多様な人たちのつながりを結び付けていたのは世話役と呼ばれたコ-ディネ-タ-である。
近世俳諧文学に詳しい尾形仂氏は、その著書「座の文学-連衆心と俳諧の成立」(講談社学術文庫)において、こう述べている。
「座とは何か。日本独特の文芸形式である俳諧の本質は、人の和をもって始まり、それをもって終わる。すなわち、俳諧における座とは、文芸的な人間連帯である“連衆心を営んだ場”である」と。
俳諧の座は、決して巨大化を志向せず、同好の仲間たちが集まり交流するのに適したコンパクトなネットワ-ク組織である。それは、俳諧を作るという同じ志や目的を持った者同士が自由に集まり、創作活動を通じて“連衆心を営む”同じ時間と場所を共有することで、文芸的な人間連帯を強める、代表的な「江戸のネットワ-キング(連帯活動)」だといえる。
現代のウェブ社会における様々なネットワ-キング(人間連帯の場と活動)もまた、決して巨大なヒエラルヒ-構造(ピラミッド型の階層構造)によって行われるものではなく、コンパクトで、緩やかで、分権的で、水平的な組織やネットワ-クを介して行われている。
その意味では、座のような緩やかな組織と弱いネットワ-クが基本になっている。21世紀のウェブ社会におけるネットワ-ク活動を考えるうえで、江戸の座のネットワ-キングは大変参考になる。
同じ場と時間を共有し、連帯感を醸成する江戸のSNS「連」
インタ-ネットの世界では、次々と新しいサ-ビスが開発・提供されているが、「SNS」(ソ-シャル・ネットワ-キング・サ-ビス)もそうしたサ-ビスの一つである。
SNSとは、ネットワ-クを介して人と人のつながりや交流を促進し、社会的なネットワ-クを構築するのをサポ-トするコミュニティ型のサ-ビス(またはWebサイト)のことをいう。SNSは、2002年頃に米国で本格的に普及し始め、日本には2004~2005年頃に紹介され、広く普及していった。
SNSの目的は、ネットワ-クを介して人と人のコミュニケ-ションを促進する手段や場を提供することで、さまざまな社会的なネットワ-クをインタ-ネット上に構築することにある。たとえば、それは友人や知人間のコミュニケションを拡大・促進したり、同じような趣味や嗜好、同じ志や目的を持つ者同士、居住地域が近いとか、出身校が同じとか、あるいは友人の友人(友人の輪)といったように、様々な人間的なつながりや縁を通じて、新しい人間関係を作ったり、交流関係を促進する機会や場を提供することにある。
現在SNSには様々なサ-ビス機能が開発されている。たとえば、自分のプロフィ-ルや写真、動画などを会員に公開する機能、互いにメ-ルアドレスを知られることなく、他の会員にメッセ-ジを送る機能、新しい友人や知人を登録する機能、友人を別の友人に紹介し、友人の輪を広げていく機能、限られた友人や知人のみに情報公開する機能、趣味や嗜好、テ-マや目的を決めて掲示板を活用して交流する機能、夫婦の結婚記念日や恋人や親しい友人の誕生日、仕事のスケジュ-ルなどを書き込めるカレンダ-機能など、人と人のコミュニケ-ションを円滑にするいろいろな機能が提供されている。
ところで、江戸時代のネットワ-ク社会において、SNSのような人と人のつながりを促進するサ-ビス(Webサイト)にもっとも近い機能を持ったものは何かといえば、俳諧・狂歌・川柳などの「連」の組織とネットワ-クであろう。
連は俳諧・狂歌・川柳といった同じ趣味や嗜好、志や目的をもった同好の文芸仲間の集まりであり、みんなで俳諧・狂歌・川柳の作品を作り、批評し合う「創造する場」である。
それは同質的な者が集まり、規則やル-ルに縛られたピラミッド型の固い組織ではなく、異質で多様な者が集まった緩やかで、柔軟で、水平的なネットワ-ク組織である。場合によっては、一つの目的や作業、あるいはプロジェクトが終われば解散することもある、その場限りの、そのためだけのアドホックなネットワ-ク組織でもある。
俳句を作るうえで指導を仰ぐ宗匠や句会の運営を行う世話役のような人はいるが、それは組織やネットワ-クを運営管理する強いリ-ダ-的存在ではない。彼らは、たとえ身分や家格が低くても、文芸的な才能や人間的魅力によって仲間から尊敬される存在である。
「連」という緩やかな組織や弱いネットワ-クは、俳諧連句という独特の創作方法や形式から生まれ、発展したものであるといえる。俳諧連句の作り方は、五七五の発句に、次の人が七七の句をつけ、さらにその次の人が五七五の句を作るといったように、句会に集まった人たちがコラボレ-ション(協働)して作品を作り上げていく共同作業である。その連句は最期の挙句(基本は36句)まで連なっていき、さらに続けようと思ったら延々と挙句の果てまで続けていくことも可能である。
まさに、その場の人たちの雰囲気や気持ちの盛り上がりに応じて、融通無碍に連句を続けていくアドホックな言葉の遊戯である。句会における場の雰囲気や気持ちを盛り上げながら、連句を作り続けていく創作のパワ-やエネギ-は凄いものがある。句会を指導する宗匠と場を盛り上げる世話役、そして句会に参加している人たちが一体となって、協働で文芸の創作活動に励むのである。当然、そこには充実した場と時間を共有した者同士の精神的なアイデンティティや連帯感が生まれてくる。
こうした自由な創作方法と形式をとる俳諧連句には、連のような緩やかな組織と弱いネットワ-クが一番適しているように思われる。規則やル-ルで縛った固い組織やネットワクには多彩な才能を持った同好の文芸仲間は集まってこないし、そんなところには優れた作品や豊かな創作エネルギ-も生まれてこない。連はまさに俳諧・狂歌・川柳といった文芸の創作形態に最適な組織とネットワ-クである。
現在のウェブ社会において、SNSが円滑な人間関係や交流を促進するうえで果たす役割はきわめて大きい。現代人は誰もがいま、孤独な心を癒してくれる、疲れた心に元気を与えてくれる充実した人間関係を願っている。ネットワ-クを介していかに充実した豊かな人間関係を作るか。SNSの役割を考える時、濃密な人と人のつながりを媒介とした「連」の組織とネットワ-クから学ぶところは非常に多い。
野口 恒氏は
1945年生まれ、和歌山大学経済学部卒業。法政大学大学院社会科学研究科(経済学専攻)中退。群馬大学社会情報学部・静岡県立大学国際関係学部特任講師
、社会経済生産性本部・VJA専任講師、「情報化白書」編集専門委員(白書執筆)
1945年生まれ、和歌山大学経済学部卒業。法政大学大学院社会科学研究科(経済学専攻)中退。群馬大学社会情報学部・静岡県立大学国際関係学部特任講師
、社会経済生産性本部・VJA専任講師、「情報化白書」編集専門委員(白書執筆)
・モノづくりを中心とした製造業・テ-マパ-ク、コンテンツビジネス、カラオケなどの文化産業・コンピュ-タ、パソコン、ITなどの情報産業の研究など幅広くカバー。
著書は多数。
『工業が変わる現場が変わる』(日刊工業新聞社)
『日本企業の基礎研究』(日刊工業新聞社)
『製造業に未来はあるか』(日刊工業新聞社)
『バーチャル・ファクトリー』(日刊工業新聞社)
『シリーズ・モノづくりニッポンの再生(5巻シリーズ)』(日刊工業新聞社)
『トヨタ生産方式を創った男』(TBSブリタニカ)
『アジル生産システム』(社会経済生産性本部)
『超生産革命BTO』(日本能率協会マネジメントセンター)
『オーダーメード戦略がわかる本』(PHP研究所)
『中小企業の突破力』(日刊工業新聞社)
『カードビジネス戦争』(日本経済新聞社)
『新カードビジネス戦争』(日本経済新聞社)
『ICカード』(日本経済新聞社)
『データベース・マーケティング』(日本経済新聞社)
『「夢の王国」の光と影―東京ディズニーランドを創った男たち』(阪急コミュニケーションズ)
『東京ディズニーランドをつくった男たち』(ぶんか社文庫) 等多数
『工業が変わる現場が変わる』(日刊工業新聞社)
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