『100年前の日本の人権状況』>●『「ニューヨーク・タイムズ」が報道した大逆事件』
『100年前の日本の人権状況』>
●『「ニューヨーク・タイムズ」が報道した大逆事件』
●「有罪にされた日本の社会主義者」
(1910(明治43)年12月4日、ニューヨーク・タイムズ紙への投書)
われわれは日本人のことを生来進歩的な国民,「東洋のヤンキー」とふだん考えていますが,幸徳伝次郎は「知識人」であって,日本に自由主義思想を広めるために才能と努力を傾けてきたことを私は知りました。
東京の日刊紙,万朝報の編集者だった幸徳は,大きな人気と評価を得ていました。その後,社会主義と無政府主義の思想を知るようになり,彼は編集者を辞めて,月刊評論雑誌TatsuKwaを始めました。
幸徳は執拗な迫害を受けたため,国を出てサンフランシスコへ逃れざるを得なかったと聞きます。後に彼が帰国してからも迫害は続き,ついに彼や,その友人で有能な通訳で文人であるKano氏【菅野?】,また彼の知るすべての同志が逮捕され,秘密裁判にかけられ,死刑の宣告を受けるに至りました。
彼とその同志たちは「皇室に対する陰謀を企てた」ため有罪を宣告されました。日本政府は,幸徳たちの裁判に関してすべての情報を完全に差し止めています。日本の新聞は,裁判について報道することを許されていません。
ォリエンタル・インフォメーション通信社から得た情報では,幸徳とその同志に対する死刑宣告は特別法廷によって勧告されたそうですが,まだ東京の最高裁判所はそれを承認していないということです。
日本での現在の反動は全く徹底しているので,社会学のすべての著作は,無政府主義者のものはもちろん,マルクス,エンゲルス,トルストイの著作も含めてすべて禁止されています。したがって正義を愛する者が直ちに抗議の声をあげる必要がますます切実になっています。西洋世界が強く抗議すれば,日本は秘密主義をやめて,告発されている犯罪の証拠をすべての文明国の慣例に従って世射手示さざるを得なくなるでしょう。
ボルトン・ホール ニューヨーク 1910年12月1日
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1910年12月26日
『ニューヨーク・タイムズ』
日本の陰謀家の秘密裁判 皇帝暗殺計画に一見違憲の司法手続で対処 新聞は報道禁止、50人を無政府主義者や社会主義者というだけで逮捕-26人が有罪に-日本は赤禍を懸念
本紙特別通信記事 東京12月1日
ァメリカ人は時折,日本からの報道で,50人の男女に対するほとんど世に知らされない当地の裁判の進捗状況の短い記事を読んでいるが,この男女は「無政府主義者と社会主義者」として裁かれている。
死刑の宣告が,彼らのうちの26人に下っている。その1人は女性だ。当局の最近の発表に
よれば,これら26人は,皇帝と皇族の暗殺を図った件で有罪であるという。しかし,海外のほとんどの人には,この裁判が当地でどんなに細心に隠されているか想像もつかないだろう。なぜなら,神聖な皇族の生命を狙う陰謀が日本人にとってどのくらい考えられないことなのかを理解する者はほとんどいないからだ。
今年の4月,東京で何人かが逮捕されたことが,海外に簡潔に伝えられた。逮捕されたのは社会主義者であり,「さる高位の人」の暗殺を図ったのがその容疑であると言われた。その直後,外国人が歓迎されていたいくつかのクラブで奇妙な雰囲気か凛った。
それ以来ほとんどの外国人が彼らのもてなしに誘われなくなった。ある筋から真実が漏れて,通信員たちによって海外.へ伝えられた。東京のこの囚人たちは皇帝の暗殺の陰謀にかかわった容疑で逮捕されていたのだ。しかし詳しいことは分からず,日本の新聞は何も伝えなかった。
日本人は,この話題を質問されると・何も知らないと言った。東京の通信員たちは・陰謀の記事を「至急送る」ように本社から命じられたが,何もつかめなかった。
そして,公式筋から出た短い記事が日本の新聞に初めて載った。それによると,無政府主義者の一味が逮捕されていて,彼らは法律に従って裁かれるはずで,彼らの所持品の中からダイナマイトが見つかったという。
同時に,警察はあらゆる種類の社会主義を攻撃する活発な作戦を開始した。社会主義的な思想を信奉していると分かった役人は,それが理論的なものであっても,逮捕され,罷免され,あるいは国外へ追放された。排斥された者の中には東京の元知事がいた。社会主義文献が書店の棚から押収された。しかし,東京の監獄にいる50人の謎の囚人について確かなことはやはり何も伝わってこなかった。
フランスで犯罪が犯されると,警察はいわゆる「復元」を行う。日本の皇帝を暗殺
しようとしたこの陰謀は,そのような方法 によらずに復元できそうもない。つまり,
日本人が思わず口にするか,日本の新聞に 何気なく載った段落や文あるいは単語すら
をつなぎ合わせるしかない。
幸徳伝次郎の活動
有罪を宣告された囚人の指導者は幸徳伝次 郎という。彼は旅行家でジャーナリストで
あり,ニューヨークで知られていないわけでもない。彼は1905年にそちらに滞在した。彼は英語以外にフランス語とドイツ語を知っており,アメリカ滞在中は,クロボトキン公爵の『近代科学と無政府主義』の日本語訳に取り組んでいた。1906年に日本へ戻ると,社会主義と無政府主義の思想を活発に宣伝し始めた。彼はこの2つを区別していない。
彼は,日本の現在の政府を根こそぎ倒し,その廃墟の上に社会主義的共同体を打ち立てるという無政府主義思想に心酔している。彼の認識は,日本には憲法と議会があ一るかもしれないが,これらの民主主義の付属物は革命によって得られたものではなく,今も神聖で不可侵の最高権力の譲歩によって得られたのであって,必要とあればその権力はいっでも自らの意思を押し通すだろうというものだった。したがって,彼はこの最高権力を滅ぼさなければならないことになる。
彼は注意深く計画を立てたが,多くを語り過ぎた。彼が最後に仲間に加えた者たちが,待望している千年王国について語り始めた。彼の配下の者たちは爆弾をいくつか製造した。それは,皇帝が皇居から周辺の軍人学校の1つに学生を視察するために馬車で向かうときに,皇帝に投げっけられることになっていた。同時に,残りの皇族を滅ぼす目的で皇居を爆破することになっていた。
こうして,2570年前に神武天皇によって打ち立てられた神聖な権力は消滅するはずだった。皇居の衛兵が陰謀の最初の情報を警察に知らせたと思われている。次いで逮捕が行われた。
逮捕が行われたとき,日本語と外国語のいずれで発行されているかを問わず,日本のすべての新聞へ通達が出され,逮捕についても逮捕に関することについても何も報道しないよう命令された。法律家たちはこれに口出ししないよう注意された。彼らが知らされたのは,囚人の容疑が,ダイナマイトの陰謀にかかわったというものであり,その現場は東京になるはずだったということだった。
続いて,この事件を完全に無視するように新聞は注意された。そういう事情なので日本の新聞はそれに従った。ただし一部の新聞は,警察がひそかに一網打尽の逮捕を行う際にとった激烈な措置に対し穏やかで一般的な抗議を行い,秘密裁判を非難した。これらの新聞は通常,ベルリンの政治暴動やパリのストライキ暴動を論評する際に,これを行った。
日本の刑法は,このような事柄を処理する法的機構を定めていないが,第73条で
次のように規定している。
「皇帝,皇太后,皇后,皇太子,または皇孫を傷つけ,殺害し,または殺害しようとした者は死刑に処する」
この第73条のそっけなく簡潔な条文とは別に,日本の法律は,皇族と関係のない
生命と財産に対するすべての犯罪について規定している。しかしそれは,ローマ法または判例法に基づく西洋の方式に厳密にのっとったものではない。
日本の法手続
指摘されているのは,日本では,治安判事法廷の取調べは常に秘密であり,それはアメリカ大陪審の訴訟手続に似ているが,この法廷は実上判決に等しい決定を訴訟について下すものの,刑を宣告することはできないということだ。続いて公開の裁判が行われなければならない。公開裁判の後に,上級審への上訴が可能となる。一方では,その裁判所の決定に続いて再度の上訴を破毀院っまり最高控訴院へ提出することもできる。
皇帝を狙ったこの者たちの事件は,治安判事法廷から破毀院へ直接移されると言う者もいる。また他の情報提供者によると,これは予審法廷から特別に設置された帝国法廷に移されるという。いずれにせよ,強く主張されているのは,国法から逸脱することは憲法違反であり前例がなく,憲法や法律があるにもかかわらす皇帝の意志が今でも日本で究極で支配的な権力であるという事実によってしか説明がっかないということだ。
1か月前,この囚人たちのための運動が,社会主義的な傾向を持っ一部のアメリカ紙とヨーロッパ紙に現れた。それに対してロンドンとワシントンの日本大使館が声明を発したが,その内容は,幸徳博士とその同志の囚人は「予審」にかけられていて,検察当局の側では起訴するための十分な証拠を発見しているが,予審は日本だけでなくどの国でも常に秘密であり,囚人は,起訴されれば公開の裁判を受けるだろうし,通常の上訴の機会も与えられるとのことだった。
この声明にもかかわらず,多くの者がこの裁判手続を,日本の近代憲法と議会制度にやはり何かイギリス的な理念が欠けていることを示すものと見なした。人民の安全や元首とその家族の生命を守る責任がある日本の当局が直面したのは,無政府主義と社会主義の種子が海を渡り,いわゆる「文明世界」との貿易や文化の交流のために開いた扉からその種子が飛び込んできて,この国に根づき広まっているという認識だった。
この要素からの直接攻撃を避けるために最高権力が呼び出された。それは今,日本の新聞で「赤禍」と呼ばれているものをこの国から根絶するために自らの権限を行使するだろうと言われている。民政当局や教育当局はもとより陸海軍も含めて,政府のすべての部門が関係するだろう。すでに新聞では,陸海軍兵士が,社会主義思想の欺瞞性と危険性を指摘する訓示を受けることになっていると,報じられている。ジョン・スチュアート・ミルのr自由論』はすでに大学の図書館から撤去されている。
日本皇帝の命を狙う企ては,すべての権力と法律の絶滅という無政府主義思想が単なる理論でないことを示している。それが他の政府を狙っていたこれまでの場合は,その企ては,知的で法律を尊重する大多数の反発を引き起こすので,達成されないだろうという意識が常に存在した。日本では事情が異なる。そこでは,皇室の滅亡とともに,皇室から与えられた表面的な政治的自由の構造も崩壊する。もしこの陰謀が成功していたら,日本は「神のいなくなった教会のように」なっただろうと言っても,まず過言ではない。
日本人の大多数にとって,皇帝はまだ半神の地位を占めている。この事実は,皇室を滅ぼすどんな陰謀についても日本政府が沈黙を守る理由を,十分に説明するものだ。進歩的な考えの日本人は,この幻想を永続させることの有効性について,特にこの幻想の結果が外国の非難のまとになる限り,疑問を抱き始めている。それにもかからわず,ある日本人は次のように語った。
「12月の最終週に第27帝国議会が開かれますが,この春にダイナマイトの爆弾を所持して逮捕された無政府主義者に関する発言は全くないでしょう。彼らの裁判についての質問も出ないでしょう」
日本には国法の範囲の外にあり,それを超越する権力か存在するのかという質問に
は,この日本人は次のように答えた。
「わが皇帝は1889年に憲法をわれわれを与え,われわれが法律を制定できるようにしました。皇帝は非常に賢明な政治家なので,いったん行ったことを取り消したりは,つまり進歩を邪魔したりはしません。しかし,皇帝は依然として自ら設立した制度,自ら行った譲歩を攻撃から保護する能力を持っており,皇帝の保護は今後も常に顕然たるものでしょう」
1911年1月6日 タイムズ
日本皇帝暗殺計画と言われる事件―タイムズへの投書
拝啓,本日の貴紙は,日本皇帝暗殺計画に連座した人々の東京における裁判について「消息に通じた」通信員の記事を掲げている。
この記事は,本件につきロイター通信社がすでに流した弁明を拡大しかつ詳細にしたもので,一部は得られた情報,一部は日本大使館へあてたと思われる東京からの公電の内容であるとしている。公正を期するために,私がこの記事に対し,いささかの論評を加えることをお許し願いたい。
日本政府の弁明者は,被告の裁判が,かかる犯罪を,一審のみの大審院の特別管轄権のもとに置くと規定した日本の法律に従ったものであることを示そうとしている。
そうではあろうが,それで不公正が消えるものではない。日本で犯罪で訴追される場合には,まず秘密審である予審裁判にかけられ,そこで有罪となれば,地方裁判所で公開裁判に付される。同裁判所の判決によっては控訴院に上訴することができ,さらに司法手続に関し大審院に上告することができる。
さて今回の事件では被告人は,予審裁判の秘密審から大審院へと移されたところ,そこでは審理は公開が通例であるのに,今回は,公開すれば公共の安全と秩序を乱すとの要領を得ない訴え(と日本を知る者には思える)により秘密裁判と決定した。その結果,被告人は控訴の権利を奪われるだけでなく,重罪の容疑を着せられたのに対し,その弁護内容も一切外部に知られないで終わってしまう。
本件を通じ当局がとった手続はきわめて不公正なものである。最初に逮捕が行われた際,日本におけるすべての新聞の編集者は-私も含めて-逮捕理由に関して記事を掲載した場合は,編集者を起訴することがある旨の,有無を言わさぬ通告を受けた。
ところが数週間後,警察は被告人らがダイナマイトを使った殺人計画に関与していた旨の新聞発表を行った。もっともそのときはその計画が皇帝を狙ったものだとは言っていなかった。
かくて,警察は被告人に対し重大な容疑を発表して,裁判前にその有罪を主張することができたのに,被告人の口は閉ざされ,しかも被告の弁護になるような記事を新聞が載せるなら,新聞法により起訴される状況となった。あげくに,被告人らは法により公開裁判を受ける権利があるのに,公開では公共の安全を危うくする恐れありという口実で,審理が非公開で行われているのだ。
タイムズ紙に「消息に通じた通信員」のものとして掲載された記事は,判決言渡しの際は一般の傍聴が許可されようと述べている。そうだろうが,判決の公開と裁判の公開はいささか違うのだ。さらに記事によれば,弁護士ら「適当なる人物」が裁判傍聴の特別許可を与えられ,また幾人かの外国公館員も法廷に入場を許されたと述べられている。
しかし日本からの新聞が先月10日の裁判開始から,被告人らが年齢,職業などの尋問に答えた時点までに行った報道をすべて読んでも,外国公館員の傍聴には一切触れられておらず,また臨席の弁護士は被告人の弁護を依頼された者だし,さらに「適当なる人物」に至っては,秘密厳守を誓約させられていたようだ。
ロイター電は,東京で現在秘密裁判に付せられている人々が「日本皇帝の暗殺を計画したことを予審で自白した」と述べているが,私の見るところでは「消息に通じた通信員」はこれを確認していない。検事総長が348の新聞の代表者を召集して長文の声明を読み上げた中にも,そのような自白についてはなんら触れられていなかったからには,自白は「得られた情報」の誤解による作り話の1つとして退けてよかろう。
被告人らの政治信条に同博しようとすまいと,または彼らが着せられた重罪の確証があろうとなかろうと,彼らはこれまで不公正極まる処遇を受けてきたと判断せざるを得ない。数か月前,日本の当局は国内の社会主義を根絶する意図を表明した。これが当局がとろうとするやり方の一例であるならば,当局は被害者への同情を呼び起こすことにより,社会主義という経済社会的異端を根絶するどころか,これに新たな活力を与えることになろう。日本で政治的理由から17世紀にキリスト教を根絶したやり方は,20世紀の状況には合わないのだ。
敬具
ロバート・ヤングジャパン・クロニクル編集長ナショナル・リベラル・クラブ 1月5日
1911年1月25日 ニューヨーク・タイムズ
十把ひとからげの虐殺
結局は何もなかった上に,殺意の証明になるような公然たる行動もなかったにもかかわらず,暗殺計画に参画したとのかどで,12人もの人間を死刑にするような政府は,最近では日本の他にあまりないだろう。
幸徳伝次郎とその同輩の無政府主義者たちは,おそらくよからぬことに携わっていた,よからぬ人々だったろう。彼らの裁判や断罪の合法性を疑うべき特別な理由もない。しかし彼らはだれも殺さなかった。
つまり知られている限りでは,その計画が何であろうとその実行に近づいてもいなかったのだ。だから,女性1人を含む1ダースもの人間の首を切り落とすのは,そんな厳しさにはもう長い間慣れていない西洋の繊細な感受性には耐えがたいものがある。
もちろん,われわれもかつてはこれほどではなくとも,これに近い規模の処刑を行ったことは一度ならずある。へイマーケットの爆破事件に参加したり,唆かしたりしたシカゴのアナーキストたちの事件と,炭鉱地方を恐怖に陥れたモリー・マッガイアズ事件の2つがすぐに想起されるが,彼らは多くの点で日本のケースと異なり,おそらくこれらはいずれも-1つはまず間違いなく-現在のわが国では繰り返されないだろう。
日本の陰謀家たちに対する厳刑の背後にあるのは,おそらくあの国の皇帝がまだ理論的に人間より高い地位にあるため,彼を殺すのは殺人であると同時に冒涜とされているからだろう。
一般大衆よりもっと知的で進歩した日本人がどれほど本心から,皇帝が普通の人間とは根本的に違うと信じているかは何とも言えないが,彼らは皇帝を半ば神のごとき存在としていかにも真剣そうに崇敬しており,同時に,日本の大衆が日本の歴史と日本の国民性形成に大きな役割を果たしてきたこの由緒ある幻影を持ち続けることがきわめて重要だと考えているのは明らかだ。
だから伝次郎とその仲間たちは死なねばならなかった。彼らを処刑したことが政治的に賢明であったか,それとも彼らを殉教者として生存中よりもっと危険な死者にしたかどうかは,今後に待たねばならない。
ほとんどの国では,極刑が持つ犯罪防止効果という考え方は力を失ってきた。だが,国家が公共の敵に対し,殺す以外にどう扱ってよいか分からぬ場合,処刑によって国を守り,その安全を確保しようとする国家の権利に対して本気の反論もまだ見られないのだ。
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