★「20世紀/世界史を変えた『日露戦争』の研究」- 「日露開戦までのいきさつ」② 『ロシアの謀略・清国操縦の裏面史」★『ロシアは李鴻章との間で『満州を独占する」露清密約を締結する。 日本側は湖広総督・張之洞、両江総督・劉坤一の2人と組んで 李鴻章に圧迫を加えたが、ロシアの武力・恫喝外交に李鴻章は屈した。』
★「20世紀/世界史を変えた『日露戦争』の研究」-
「日露開戦までのいきさつ」②
●『ロシアの謀略・清国操縦の裏面史」ー
ロシアは李鴻章との間で『満州を独占する」露清密約を締結する。
日本側は湖広総督・張之洞、両江総督・劉坤一の2人と組んで
李鴻章に圧迫を加えたが、ロシアの武力・恫喝外交に李鴻章は屈した。
(以下は『機密日露戦史』谷寿夫著、原書房、1966年刊、17p-20p )
寒冷大国・ロシア侵略/膨張史の根源は「不凍港を求めての南下政策』
ロシアはウラジオストックが冬期間、凍結して軍港として使用できないため別に太平洋方面に不凍港を獲得しようとした。
そしてその背面地域をかためてこれを掌中におさめようとした。これがその極東政策の根本であったことは言うまでもない。しかし、ロシアはこの政策実行の機を長い間待っていた。
時あたかも義和団の乱が起り、その余波が満洲におよび、33年6、7月頃、一団の暴徒は奉天附近の鉄道を破壊し、進んで田庄台、および牛荘を襲い、勢い日にますます増強してその余勢は北満州にも及んだ。
即ち拳匪馬賊(銃武装した馬賊,匪賊)、官兵混合の一隊は吉林にたむろし、北進して愛輝を侵しその対岸ブラゴエシチェンスクに迫り、露軍の火薬庫を爆破、将兵三十有余名を殺した。
さらに転じて黒龍江の航行を杜絶、ハルビン附近の鉄道を破壊して旅順との連絡を遮断した。
ここにおいて、ロシアは年来の企図を実行する機運が熟したとみて、ロシア軍を鉄道の保護と暴徒の鎮圧とに托して大兵をシベリア、旅順より派遣して、満州要地の政略に着手した。
十月には遂に東三省全部を挙げて占領した。しかし、ロシアは、この行動が鉄道保護を目的とするだけで、外になんら、政治的な意味ははないと弁明、全く一時的措置であるとした。
そして状況がこれを許すにいたったならば、直ちに撤兵すると列国に通知したのである。
だが、当時、北清事変の談判がまだ北京で進行中であったので、ロシアは一方の手を列国代表者と握りながら、他方手をひそかに清国朝廷の一角にのばし、列国協商から離れて別に満州に関する自国の権益を獲得することをはかっていた。
即ち、翌11月、極東総督アレキシーフは、奉天将軍・増疎を誘って「旅順約定」を結び、露国をして満州における軍事行政の実権を掌趣せしめるにいたったのであった。このことがタイムス紙に発表せられるや、列国は驚き、怪しんだ。
ロシアはこの約定を北京に移して正式条約としようとしたが、李鴻章の不承諾にあった。しかしこれに屈することなく、本談判をさらに露都に移して実行するにいたった。
第1回露清密約の要旨(1900年11月)
① ダッタン将軍。増●(示編に其)は帰任後においてて省内を鎮定し鉄道工事を
妨害させないように尽力すべし
② ロシア軍兵は鉄道を保護し、地方を鎮撫するため奉天及び其他の地域を占領したるに依り韃靼(ダッタン)将軍及び地方官は露人を優待し、之に宿舎糧食を供給することを幇助すべし
③ 奉天省において、清国軍兵が暴動を起し、鉄道を破壊したるにつき、韃靼将軍は彼等の武装を解きて解隊せしめ、ロシア軍が未だ占領せざる兵器製造所にある兵器、弾薬はすべて露軍に引渡すべし
④ 露軍が未だ占領せざる各地の要塞は一切の防禦工事を除去すること
⑤ 目下露軍の占領せる営口、及び其他の箇所はロシア政府の満足すべき秩序回復するのをまって清国官憲に還付すべし
⑥ 奉天省、其他の地方警察は韃靼将軍の指揮を受け秩序の維持に努むべきも、もし或事変に際し応急の要ある時は韃靼将軍は、直に在奉天露国領事に通知し露国をして応援隊を派遣せしむべし
当時小村寿太郎は西公使に代って北京駐劉となり、34年1月、慶親王
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B6%E8%A6%AA%E7%8E%8B
と会見した際、速かに満洲撤兵を実行すべきことを主張した。
慶親王は「露国に対して鉄道保護上欠くべからざる程度以上の譲与は絶対にしない旨」確言したのであった。
一方日本政府は、駐露珍田捨己公使
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%8D%E7%94%B0%E6%8D%A8%E5%B7%
をして露国外相ラムスドルフ
に対し、露都談判の性質を問うた。露国外相の言は下のごとく多く語るを欲しなかったといぅ。
満州問題は露清両国限りの案件であって、日本政府の質問に答える必要はない。満洲に於ける露国の今日の地位は、その国境における清兵の侵襲に対する自衛の結果なるをもって、たとえ露国が同地を永久占領するも権利上、少しも非難を受くべき理由はない。然れども実際としては露国は、累次の声明にしたがい瀞洲の行政を清国官憲に還付して同地から撤退するであろう。
これより先、1月17日、小村は李鴻章との会見において、さきの慶親王に与えた忠告を繰返し「この際露国に対し領土上やその他の特権譲与を許諾したならは、他の列国また各自の勢力地域において同様の要求を提出するであろう。
そしてその結果は、重大なる事態を誘発する」と説いて深く注意するところがあった。
しかし、李鴻章は、講和談判においてロシアの援助を得んがために、動もすれば満洲における清国の利権を犠牲にするのをやまない風があった。
そこで小村は、李鴻章には強い圧迫を加えるのでなければ形勢がどのように悪化するか予測し難いので、この圧迫を加え得るのは、湖広総督・張之洞、両江総督・劉坤一の2人以外にはないと考え、
在上海・小田切萬寿之助総領事を二人の許に派遣して、ロシアに屈服することは危険が大きいことを説得させることが急務であると政府に電報で具申した。
政府はこれを容れ、1月29日小田切を南京に急派して、劉坤一に説くところがあった。劉は感動して直ちに慶親王、李鴻章、楊儒(在露都公使)に打電、ロシアの要求拒絶の必要を勧告し、別に張之洞に対しても電報をもって日本政府の意向を伝え、共同運動を勧誘したのであった。
これ以来、劉と張とは、相提携してもっとも熱心に露国の謀計に反対した。またわが国は同時に英、米、独とともに、清国に警告を発した。
ロシアは、旅順約定が支那の不承認に遭ったので、これが要求を強行することをしなかったが、2月下旬にいたって、これと大同小異の次のような新協約案を楊公使に提出してきた。
第2回 露清密約の要旨(1901年2月)
第一条 露国皇帝は清国に向って友好を表せんと欲するにより、満州に於て行われたる敵対行為を忘れ、満洲が全く還付された場合には清国の行政は旧に依りて施行すべし
第二条 満州鉄道条約第六条に依りて設置せられたる鉄道守備は、同地の秩序回復し清国が本条約末項四ヶ条の責任を遂行するまで之を存置すべし
第三条 もし事変に遭遇すれば露国駐在兵は全力を以て清国を授け之を鎮圧すべし
第四条 清国は満洲鉄道竣工にいたるまで軍隊を設置せず、他日軍隊を置く場合には露国と協議の上これを定むべし又、満洲に兵器弾薬を輸入することを禁ず
第五条 奉天将軍、又は地方長官にして露清国交を阻害する者は露国の要求に依り革職すべし。清国は満州内地に歩騎の巡警を設け、其人員は露国と協定の上、之を定むべし
第六条 清国北部諸州の陸海軍の訓練のためには、露国人以外の他国人を雇用するを得ず
第七条 地方の保安を計るため租約条款第五条は地方官に依り近々の内別約を設け又金州自治の権を廃止す
第八条 清国は露国の承諾を経ずして満洲、蒙古,新疆に於ける鉄山其他の利益を他国又は他国人に譲渡することを得ず。且つ又此等の地方に鉄道を敷設することを得ず。牛荘を除く外、他国人に租与するを得ず
第九条 今回の事件に就いて、露国に対する軍費は各国への賠償と均しく速に償還すべし。露国に対する賠償金額は期限の間抵当
を与え各国と共同弁理す
第十条 鉄道の毀損及び会社技師に対する損害賠償は清国より会社と商談の上賠償すべし
第十一条 上述の賠償は会社と協定し全体又は一部分に対し他の利益の譲与を以て之に充つることを得べし
第十二条 先に的足せる鉄道より北京に向い一線路を造り、長城に達せしむることを得べし
右は現行鉄道条約に依り弁理す
2月27日、小村は再び李鴻章に会見、協約案の内容を知らない風を装い、清国が列国の警告を無視してロシアの要求を容認することの危険なる所以を重ねて注意した。
しかし彼は「若し霹国の要求に応じないときには、露は満州還付の提言を撤回するやも知れず、故に清国はロシアの要求を許諾するの外、策なし」と述べたので、小村は政府に電請して張・劉両総督を動かして李鴻章を牽制することとなった。
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