百歳学入門(154)『世界ベストの画家に選ばれた葛飾北斎(90歳)『創造力こそが長寿の源泉である』●『北斎こそ世界を席巻する「ジャパンアニメ」 「ジャパンクール」の元祖』
2016/07/20
百歳学入門(154)
世界ベストの画家に選ばれた葛飾北斎(90歳)・
創造力こそが長寿の源泉である。
北斎こそ世界を席巻する「ジャパンアニメ」
「ジャパンクール」の元祖
前坂 俊之(ジャーナリスト)
米雑誌「ライフ」は1999年の特集企画で「過去1000年で最も偉大な功績をあげた世界の100人」の1人に、日本人では唯一、浮世絵師の葛飾北斎を選んだ。
90年のその生涯に、版画、肉筆画、挿絵、漫画など森羅万象3万点以上を描いた北斎は西洋絵画を超えた表現技法を創造し、ゴッホらフランス印象派の画家たちに多大な影響を与えた。今、世界を席巻する「ジャパンアニメ」「ジャパンクール」の元祖そのものである。
北斎は1760(宝暦10)年9月、江戸本所割下水で石工の子に生まれた。本所はもともと葛飾郡に属しており、のちに葛飾の姓を名のった。「われ幼少よりものの刑状を写すクセあり」で、5,6歳のころから絵心があり、19歳で浮世絵界の大物・勝川春草に弟子入り、役者絵などを学んだ。
貧窮の生活を続けながら画業にまい進。39歳で北斎を名乗り、浮世絵から大和絵など幅広いジャンルを手がけ、滝沢馬琴とコンビを組んだ挿絵で売れっ子となった。その後も常に新しいジャンルへの研鑽、技巧の研究に余念はなかった。
美人画で有名な喜多川歌麿は北斎より若かったが、54歳と若くして亡くなった。一方、北斎は齢五十をこえてますます円熟期に入り、まず「北斎漫画」(絵手本)を完成した。
これは人間、歴史、風俗、風景から動物、植物、生物など森羅万象3191点にのぼるスケッチ集で、いわば『イラスト版、マンガ版の大百科事典』とでもいうべきもので、北斎の本質をつかむ的確なデッサン力が示されている。
ヨーロッパに輸出された『日本陶器』の梱包材として、浮世絵がたくさん入っていたが、1856年にフランスの石版家ブラクモンがパリでこの1冊を目にして大きな衝撃を受けた。一躍「ホクサイスケッチ」として、ヨーロッパ中に広がり、北斎の名を世界的にした。特に、フランス印象派には大きな影響を与えた。
北斎のすごいところは絶えず発展、進歩を目指して精進・研鑚を続け、晩年にますます本領を発揮したことである。 まさに晩年の達人である。
1831(天保2)年、72歳になった北斎は『富嶽三十六景』の連作の第1作を発表した。 遠近法、デフォルメ、ダイナミックな構図という『北斎マジック』を集大成したもので、
その驚異の動体視力で迫力ある波頭を描ききって、 「あか富士」を加えた「冨嶽百景」(続編を含めて46点)を76歳で完成した。 これは歌川広重の「東海道五十三次」と好一対をなす浮世絵の傑作であった。
北斎は『富岳百景』を発表するに当たって、その奥付に「七十五齢 前北斎為一改招紺を改画狂老人卍筆=山沢印=」とわざわざ大書した。
「己6才より物の形状を写すの癖ありて、半白の頃(ころ)より数々画図を顕すといヘども、七十年前画く所はやや実に取るに足るものなし。七十三才にして、梢(やや)禽獣虫魚の骨格、草木の出生を悟し得たり。
故になお八十才にして益ます進み、九十才にして猶其奥義を極め、一百才にして正に神妙ならんか。百有十才にしては一点一格にして、生るが如くならん。
願くは長寿の君子、予が言の妄ならざるを見たまふべし。画狂老人卍述」と。
つまり 「私は6歳より物の形をうつす癖があったが、70歳以前に書いたものは取るに足らない。73歳となった今やっと、禽獣虫魚(動物昆虫魚類など)の骨格、草木を書けるようになった。
だから今後とも80歳にしてますます進み、九十才にして奥義を極め、一百才にして正に神妙ならんか。 百有十才にしては一点一格にして、生るが如くならん。願くは長寿の君子、予が言の妄ならざるを見たまふべし」と言うのである。
この言葉に70歳を前にした私はハッとした。何歳になってもさらに高みを目指して日々精進していた北斎の不屈の意志と努力がほとばしって おり慄然たる思いに打たれた。
天才・北斎にしてこの言である。天下第一となり、齢七十のを超えてもなを日々研鑚、地道に継続して、不断の努力を続けたこと、 その毎日毎日の積み重ねこそが、北斎を画聖の域に到達させたのである。画業によって創造的長寿を達成した北斎の森羅万象への幅広い描写力はレオナルドダビンチに以上といっても過言ではない。
北斎の創造力の秘密は、その破天荒な奇行ぶりとその結果としての長寿であろう。生涯93回も引っ越し、1日に2度越したこともあった。画業に適さない場所はさっさと引っ越した。ただし、引っ越し先は、彼が生まれた江戸の本所をそんなに離れていない、江戸の中である。
浮世絵師の作品の主体は木版画である。版元の助けなくしては作品にならないので江戸を離れては移り住むことはできない。 天保六年頃の長野県・小布施をのぞいては、彼は九十回余も、江戸の中を引っ越した。
文献、書物が山ほどあって簡単に引っ越しできない研究者や、植物学者の牧野富太郎のように植物の採集標本がおおくて、簡単に引っ越しできないのとちがって、観察眼とスケッチ力の腕をもった北斎のような画家の場合は身体一つでいつでもすぐ引っ越しできたのであろう。
何よりも描くことに集中できる環境こそ最優先した芸術家魂そのものの放浪とおもわれる。
また宗理、「戴斗(たいと)」画狂人、卍などッペンネームなど30回以上も改号したが、名前などうでもよく、問題はいかに良い作品、革新的な作品を作ることである。
形式、伝統、家元、名門、ブランドなどにとらわれた当時の封建時代の旧弊など近代人・北斎にはどうでもいいことであり、それ以上に 画家の革命家・北斎にとっては打ち倒すべき敵でもあった。彼のペンネームの変更、引越し、その生活態度などの奇行はその表れである。
この北斎のペンネームの推移と、絵の作画年代を考察すると北斎の描写力と観察眼の深まりを研究することができる。
春朗(安永八-寛政六)、群馬亭(天明五-寛政六)、宗理(寛政八-寛政十)、百琳宗理(寛政八-寛政九)、北斎宗理(寛政十)、可候(寛政十-享和三)、北斎(寛政十一-文政二)、不染居北斎(寛政十一)、辰政(寛政十一-文化七)、婁狂人(享和ニー文化十四)、簑狂老人(文化ニー嘉永三、九々蜃妄化二)、載斗(文化八-文政二)、青票(文化九-文化十二)、錦袋合(文什)、月痕老人(文政十一)、鳥一(文政三-天保五)、不染居鳥一(文政五)、藤原負一(弘化四-嘉永二)、坊(天保五-嘉永二)、また戯作名には、長和膏、魚傷、群馬事、時太郎可侯、穿山甲等がある。
北斎は常に安住せず、努力、研鑽を続けて一歩一歩高みを目ざして、前人未到の境地にたどりつき世界の絵画史上に残る『冨嶽百景』を完成した。
北斎芸術の頂点がこの『富嶽三十六景』である。これを当時の西欧芸術と比較すると、セザンヌは風景をこのような円や角と捉えるようとした。セザンヌはデカルト的に自然を観察して、構成しょうとしたが、その形が、特に角が勝ちすぎて、絵に面白みがない。 ピカソはそのセザンヌ的なものを形と色のみで絵画を構成し、それが抽象芸術の誕生につながった。
これらと比較すると、北斎はすでに西欧近代絵画の先をいっており、セザンヌやピカソ以上のところがあるーと評価する専門家もいる。「ライフ」の「世界の100人」の画家に選ばれた理由もこのあたりにあるのであろう。
北斎は『富嶽首景』をかいた際、八十、九十と進み、百十歳まで生きて、ますますよい絵をかくと豪語した。そしてその後も続々『千絵の海』『百人一首乳母が絵説』など、死ぬまで彼は休まず、次々と新しい仕事をした。
生涯現役を貫き90歳もの長寿を達成できたのは、生活も貧乏も世俗もすべてなげうって創造の神となった「画狂人・北斎」の執念、画業三昧そのものであった。超高齢社会に生きるわれわれの素晴らしい手本である。
つまり、画に限らず、時間を忘れて何かに集中する、研究、創造することによって、いつのまにか長寿を達成する。創造的な長寿者が、日本の歴史の中には数多く存在する。
貝原 益軒(83歳)、徳富蘇峰、牧野富太郎らこのコラムの「百歳学入門」でも数多く上げている。創造力が長寿をつくる好例(高齢)であろう。
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