日本リーダーパワー史(619) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑬福島安正のインテリジェンス②明治6年、外務卿副島種臣が支那始まって以来、直接、清国皇帝の拝謁を実現した外交インテリジェンスの秘密
2015/12/08
日本リーダーパワー史(619)
日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑬
『福島安正のインテリジェンスが日清,日露戦争の
勝利の主因②
明治6年、外務卿副島種臣が、支那始まって以来の前例を
破って、直接、清国皇帝の拝謁を実現した外交インテリジェンス」
前坂 俊之(ジャーナリスト)
このところ日中外交の交流が復活してきた。
毎日新聞2015年12月6日によると、自民、公明両党と中国共産党の幹部による日中与党交流協議会が6年10カ月ぶりに再開された。自民の谷垣禎一、公明の井上義久両幹事長らの訪中団は、中国共産党序列4位の兪正声(ゆせいせい)人民政治協商会議主席、李源潮(り・げんちょう)国家副主席、党外交を担う党中央対外連絡部の宋濤(そう・とう)部長らと相次いで会談した。
社説―日中与党交流 対話重ね関係改善を
http://mainichi.jp/articles/20151206/k00/00m/070/103000c
南シナ海問題 中国政協主席、日本に「慎んだ言動を」
http://mainichi.jp/articles/20151205/k00/00m/010/039000c
安倍首相は中国の高校生を官邸に招いて面会した。
「ありのままの日本伝えて」=安倍首相、中国の高校生と面会
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015110600861
朝貢外交ならぬ、議員、民間、学生などの多レベル,多軸外交の復活だが、日中外交のルーツについて、ここで振り返ってみよう。
<以下は島貫重節「福島安正と単騎シベリア横断」(原書房、昭和54年刊)、豊田穣『情報将校の先駆・福島安正』
(講談社、1993年刊)などを参考にした>
福島安正による第二回目の清国偵察
福島安正中尉は隣邦支那(中国)の実情調査こそ国防上最も早くやる必要があると強調して1882年(明治十五)九月、第2回目の潜入偵察の旅に出発した。福島中尉は天津上陸後に山東省の各地を廻り、約二ケ月半を経過して北京に着いたのは十二月の中頃である。
当時の北京駐在公使は榎本武揚中将(47歳)である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%8E%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%8F%9A
榎本武揚は明治十八年十二月、わが国が初めて内閣制度を発足させたとき、只一人の旧幕臣出身者として逓信大臣となった人であり、その後も文部、農商務、外務の諸大臣を歴任した傑物である。明治のトップリーダーでオランダ仕込みの有数のインテリジェンスの持ち主でもあった。
その榎本公使は若い福島安正中尉の腕を見込んで、副島種臣卿(外務大臣)の外交秘録を伝授した。
「明治政府の外交傑作といえば、それは今より十年前のこと、明治六年三月に当時の外務卿、副島種臣卿が、支那始まって以来の前例を破って、直接、清国皇帝の拝謁を実現したことだろう」
と榎本公使は語った。
「歴史的にみても、支那皇帝が外国使臣の如き下役の者に直接御会いするなどということは皇帝の威厳保持の上からも絶対に有り得なかったものであった。
当時の強国といわれた英仏の公使でさえ未だ拝謁を許されたことがなかったのに、誕生したばかりの小国日本の外務大臣が修好条約締結の打ち合わせに来訪したというに過ぎないのに、事もあろうに、いの一番に直接皇帝が拝謁を許されたというのであるから、当時の外交官仲間では大騒ぎとなったのだ」
「一体、それはどんな秘策を副島外務卿がなされたものでしょうか」と福島中尉が尋ねると
「そんなことを簡単に聞く奴があるか。それこそ吾輩がこれから君に与える公使としての課題だ。大いに研究し給え」と叱り、それ以上は教えてはくれなかった。
副島卿の前代未聞の秘策
翌年明治十六年三月、福島中尉は大尉に進級し正式に北京駐在公使館附武官となった。(明治17年11月まで勤務)
福島大尉は三十歳の若さであり、清国全般の調査、特に清国軍に関する情報収集の仕事に本格的に取り組むことになる。
福島大尉は副島卿の秘策なるものは、いかに首をひねってみてもわからない。ついに榎本公使に三拝九拝して外交秘伝を教えてもらった。榎本公使は明かす。
「敵を知り己を知り、万事体験が駆け引きのコツである(榎本のインテリジェンス)
『現在も当時も同じだが、清国宮廷に最も信頼を得ている人物は李鴻章である。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E9%B4%BB%E7%AB%A0
この李鴻章という政治家は学識も極めて高いといわれて自他共にこれが自慢であった。しかしいかに学識が高いといっても限界があり、恐らく評判程のことではなかろうと見当つけたのが副島卿のねらいであった。
この副島卿自身も日本では漢書に造詣が深く、書道の第一人者といわれた人であり、自身も評判程のことでないことを知っており、この種の弱点をよく心得ていた』
『そこで副島卿は支那で有名な言葉や絶句、それに古来からの名訓の数々を、すっかり安唱していって、李鴻章に会ったときに彼にぶっつけてみた。そして学識の高いことで有名な閣下ならば良く御判りのはずだがと云ったところ、李鴻章は首をタテに振って、もちろん皆よく判ると申される。
そこで副島卿が、これまた達筆を揮って漢書の名文をすらすらと書いて、閣下はどれが御好きですかと尋ねてみたところ、李鴻章はいちいち書道を褒めた後に、質問には答えず、副島卿に対して、『貴方のように学識の高い方は、この清国にも私の外には指を数える程しかいないと思う』との答えたので、これですぐわかった。
なぜなら、一計を案じてこの書の中に全く意味のないものを故意に入れた罠を仕掛けたのである。
副島卿は李鴻章に共鳴したような顔をして、最大級に褒めあげて、貴方が清国宮廷から最も信頼を得ているわけは御人格の外に、やはり学識が高いためであると私は従来から信じていたが、今回このように御会いしてみて、その判断の正しいことを確認できた点が私の最も大きな収穫であったと伝えると、李鴻章はまんざらでもない様子だった。
副島卿はここからさらに秘策を弄した。李鴻章に『日本の高官が清国を訪ねたのは未だ僅少であり、そのため閣下が清国第1の知識人で清国皇帝から格別の御信頼を得ているという事実を見た者がないのは残念である。従って外務卿である私が今回清国を訪問した最高の目的は、李鴻章閣下が皇帝に信頼されている事実を私のこの目で確認して帰国し、私がこれを日本の高官たちに伝えることであると申し入れた』。
すると李鴻章は皇帝に奏上し、日本の賢人を皇帝が引見なさることは皇帝の御高徳を一層日本にも普及することになるからと李鴻章の立会のもとに、ここに前代未聞の皇帝の使臣謁見の儀が実現したのだという』ことであった。
副島卿の見事なインテリジェンスである。
この話にいたく感激した福島大尉は、この秘策の応用に知恵を絞り、前代未聞の方法論を考え出し、短期間で清国全土の実力調査の方策をあみだしたのである。
つづく
日本リーダーパワー史(423)『日中韓150年対立史⑨「ニューヨーク・タイムズ」は中国が 侵略という「台湾出兵」をどう報道したか②
http://www.maesaka-toshiyuki.com/history/1379.html
陸 羯南(くが かつなん)の日清戦争論③韓国問題が日清、日露戦争の原因―明治初年から
日清(日中)外交、日朝(日韓朝)外交の年表 『我東洋問題の起因』③
http://www.maesaka-toshiyuki.com/war/25.html
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