高杉晋吾レポート⑳ルポ ダム難民④●農業で鍛え上げられた住民の底力、洪水時にも発揮!
2015/01/01
高杉晋吾レポート⑳
ルポ ダム難民④
超集中豪雨の時代のダム災害④
森林保水、河川整備、避難,住民の力こそが
洪水防止力になる。
洪水防止力になる。
高杉晋吾(フリージャーナリスト)
① 三条市の巻
●農業で鍛え上げられた住民の底力、洪水時にも発揮!
熊倉さんも水田で鍛えた体と渋い声で笑いながら話す。
「自衛隊による緊急物資の支援を求めたいんですが、何がいくら要るかが集約できないんです。皆、私の携帯に全部連絡が来る。三時までに要るものをまとめてくれと。」
熊倉さんは農協で営業指導をやっていた。だから若い時代は10キロの山道を往復するをということもたびたびあった。災害で夜中じゅう回って歩くなどという経験はしばしばであった。熊倉さんはこうして集落の間のつながりを作ってきた。そのことが洪水時に役立った。
重機のすべてが動員された。雪掻きの除雪機さえも、道路に流れ込んだ土砂を排除するのに使った。7月29日から30日まで熊倉さんや藤崎さんは歩き回り、訪ね歩き、動き回り、休む暇もなかった。
道路の土砂排除、倒木が倒れこむのを除去する、年寄りの救出等で森地区26軒の中から24―5人が総動員で押し寄せる洪水から住民を守る活動に懸命になっていた。
《写真左、洪水時にはあらゆる重機が動員された》25―6人の人々が避難、土砂排除、防水などに総動員で当たった。一軒で三人もの人が出た家もある。電線がぶら下がっている。杉の木が本道に横たわっている。水路がふさがって、そこからあふれ出た水が浸水を起こす。
こういう危険な状態の中で、まず道路の確保作業が29日の豪雨の中で続けられた。30日も大きな土砂崩壊が起きていた。炊き出しは熊倉さんの家で朝から主婦たちが集まって行なった。
災害時にも地域の人々は熊倉さんを頼りに、経験を買って熊倉さんの『何時までにこうしてくださいよ』という指示の通りに動いた。
『今回の災害では、隣の早水《牛野尾の南側、守門川の上流右岸、大谷ダムの西3キロ。》の集落で
『人家が土砂で押し流された。今にも倒壊しそうだ。農車も車庫もみな流された。でも住宅だけは守りたいから、重機を何とかしてくれ』
と救いを求めてきた。
熊倉さんや藤崎さんが指示して、近辺にあった重機を集めた。
「私が重機の責任を持つ」と重機を早水に送った。役所と土木業者の社長が協力してくれた。
所が、重機がずぶずぶと泥に埋まって動けなくなる。だから遅場《早水より守門川沿い四キロ上流の集落》に有った洪水対策で作業中の重機を「緊急事態だから回してくれ」と送ってもらった。
その結果、崩壊の危機にさらされていた住宅も助かったのである。動かした重機は『大型ダンプ二台、二トンダンプ一台、『後はおれが責任を持つからとにかく動かせる重機は皆持ってこい』とやった。県の土木の方には「動員した重機の責任はおれが持つ。こういう作業で緊急だ。業者の名前で対処する。作業状況については写真で全部撮っておく。牛野尾で作業やったことにして、上の二集落の緊急救援事業をやりましたよ」。
◎五十嵐川周辺の山林が荒れ保水力を失っている
私は熊倉さんや藤崎さんの緊急時のリードぶりと周辺住民の協力体制に感嘆しながら言った。『村の家格等による地域ボスというものではなくて、住民の命や生活を具体的に守るリーダーというものは必要なんですね』と。
牛野尾地区を去るとき、私は、熊倉氏に聞いた。ここでの水害は、ダムの存在が大きく悪影響しているのではないかと。私は大谷ダムで下田の住民でもある職員に聞いた話を思い出していた。
『ダムの放流や但し書き操作がなければ此処まで急激な溢水は起きなかったのではないか?そういう意見もあるがどう思いますか』
熊倉さんは言った。
「私の経験では、土砂崩れが多い理由は山林に人の手が入らないということが大きいと感じますね。この地区で被害が大きかったのですが、昔、炭焼きや柴刈で樹木が更新されているときはああいう被害はなかったんです」。
彼は昔の牛野尾を懐かしむように話し続ける。
「木が枯れそうになっても更新されないで大きいが弱くなっているのに、間伐されないから樹林が再生されない。頭でっかちになって根っこがやられる。そして倒木してしまう。今回の洪水被害はそういう問題が大きいんじゃないかと思います。そして根っこが守っていた地盤が崩れる。この地区で一番被害が大きかったところは、山林の手入れがされていないところですね」。
熊倉さんは、今の時代に森林に人の手が入らず整備がなされていない点を指摘した。
「守門川沿いに遡上してゆくと長野温泉の上流からずーっと山が動いて《崩れて》いるんですわ。それは何でかというと、いままで木が薪炭や間伐で再生されていた時は根が守っていた時です。平場ならば杉林なんかの根の浅い樹木でやられるんですが、守門川周辺では雑木なんですが、樹齢が高くなっても再生されないので、根が地盤を守れない。根が再生されないから::。昔は一〇年、一五年で樹木は更新されていたんですがね」
私も全く同感であった。
『私らが子供の時代には、豪雨があっても守門川沿いの山道は崩れないで保たれていま
しからね』
新しい治水には、新しい観点での治水政策が必要である。
山林の保水力、保水力に応じた木の種類の更新、保水力の更新と同時に、河川拡幅や浚渫等河川改修が必要である。集中豪雨の激化と激増の時代には、「よくよく必要である」と住民が求める場合以外ではダムは必要がない。必要がないばかりか有害である。
守門川の直ぐ東方には、大谷ダムと笠堀ダムがあって、洪水時にはとんでもない量の放水を周辺地域の叩きつけているのである。
私たちは牛野尾ふれあいセンターを辞した。先ほど熊倉さんが話した「沢が土砂崩れで家がつぶされ、主婦が一命を取り留めた」という「つぶされた家」がみえた。
その前には大きな土嚢が並べられて、二軒の家が背後から噴流となった土砂に押しつぶされ、土下座するように建物は挫屈し、屋根がひしゃげた形で地面に屑折れているのがみえた。
家の近くに行くと、屋根が地面にくっついて背後からつぶされている。屋根と地面にくっついた僅かな隙間から農業用のトラクターが泥まみれで押しつぶされているのが覗き見えているのが悲惨である。私はこの悲惨さに『ああ、これは!っ』と云ったきり声を失った。熊倉さんの話を私自身が現場で確認させられたのである。
●名勝、「北五百川の棚田」は豪雨で滝となった
守門川が南側から五十嵐川に流入する合流点、五十嵐川の右岸に守門川がつきあたる。五十嵐川のやや上流地点に北五百(きたいも)川が五十嵐川に合流する。北五百川はそのまま、この地区の地名でもある。
そこに「全国棚田百選」に選ばれた三条市の名勝・北五百川の「棚田」がある。粟ヶ岳の南麓、登山の入り口、守門岳や下田の盆地が一望できる素晴らしい景観である。五・六月には「ひめさゆり」が美しく咲き誇る。守門川周辺の熊倉さんたちの集落は五十嵐川の対岸だ。だがこの名勝棚田も洪水で大被害を受けた。この棚田は数人の農民が所有している。彼らが棚田のオーナーなのである。
その一人、佐野誠五さん(62歳)は、今年2011年の7月29日午前10時、降り続く豪雨になすすべもなく家の中でじっとしていた。しかし激しい雨は屋根を叩く音がやまないばかりか、激しさを増してくる。
「これでは棚田が崩れるな!」止まない豪雨に佐野さんはじっとしておれなくなった。雨合羽を着て、佐野さんはあぜ道に出た。あぜ道は完全に渓流と化し荒々しいしぶきを上げている。棚田は段々の滝となって棚の斜面から真っ黄色に濁った伏流水が激しい音を立てて噴出している。
佐野さんの憂慮は現実のものとなっていた。棚田の斜面は順番にどさっどさっと崩れ始めていた。だがこの豪雨ではなすすべもなかった。
私たちが調査に入ったのは、今回の洪水から一ヶ月半後の事だ。すでに水路は10人のオーナーたちによって応急措置が行われ、修復されていた。水路は修復されたが棚田の修復は依然として終わっていない。背後の山林も激しく崩壊していた。
「行政は洪水被害に対する措置をしてくれますが、お金の方は今後査定をした後に金額が決まるので大分先になりますね」
棚田の最上部から眺めた下田盆地の展望は素晴らしかった。五十嵐川を挟んで守門岳が青くそびえている。その光景を眺めながら、粟ヶ岳の登山道に入った。登山道の左右の急斜面は土砂が激しく崩壊して、倒木が多い。登山道の左側は小さな渓流だが、近藤洋子さんは、
「《写真右、名勝下田北五百川の棚田光景》
この渓流の流れも変わりましたねえ。元の流れではないですね」
という。美しい林だが、倒木に道をふさがれ二―三百メ―トル上った所で進むことを断念した。守門川の方面を眺めながら、広がる光景に、住民の絆や、棚田の労働、治水の働きなどを包み込んだ姿が五十嵐川、守門川、北五百川の豊饒な地域の姿なのだという感慨が広がる。
●嵐渓荘、床上浸水、吊り橋流出
午後二時、守門川の右岸、長野地区の嵐渓荘に向かう。長野と牛野尾は守門川を挟んで対岸である。この長野の温泉は棚田、八木ケ鼻等とともにこの地域の名を高めている。嵐渓荘は三階だての古典的な建築の風格等でじつに個性ある存在だと思える。
そのロビーで大竹啓五社長(40歳)に会う。大竹さんは若い。
「7月29日には多くの従業員は早めに帰宅しました。30人ほどのお客さんの予約も断りましたよ。旅館の中も1メートル2―30センチの浸水でした。」
大竹さんは夜になって水がやっと引いたので庭に出てみた。
「すると庭から守門川を渡る吊り橋が流されて、吊り橋を吊る太い鋼鉄製のワイヤーがひきちぎられていました。あんなに頑丈なワイヤーがちぎれるなんて、洪水はすごいものですねえ」。
旅館の庭を流れている用水が土砂で完全に埋まってしまった。洪水の後に、親せき筋が用水の土砂の排除を手伝ってくれた。しかし依頼した訳でもないのに、下流の村の衆も何人も駆け付けてくれ、土砂の排除を懸命に行なってくれた。総勢で20人ほどにもなった。
彼等は懸命にトン袋(大きな土嚢)を百袋も積み上げてくれた。おかげで洪水によって休館に追い込まれた嵐渓荘は僅か一週間で開館することが出来た。私たちは、嵐渓荘の庭園に出てみた。
嵐渓荘の庭園は守門川の右岸に直面している。対岸が牛野尾である。川の対岸と嵐渓荘を結ぶのが吊り橋だが、橋は無残に流されてしまっている。(写真右、嵐渓荘のつり橋は流失し残っているのは洪水にちぎられたワイヤーのみ) 吊り橋を吊っていたワイヤーがさびついて無残に引きちぎられ庭園に残骸をさらしている。
この惨状を一週間で回復したのが村人の力である。
私は積み上げられてトン袋を見、引きちぎられた鋼鉄のワイヤーの束を見ながら、ここでも村の衆の力を痛感させられた。
私が不思議に思えたのは、なぜ、村の衆が、直接無縁なはずの嵐渓荘の回復に全面協力をしたのか?という疑問である。
すぐに浮かんだのは、村の有力者と村の衆との古い関係からかな? たとえば地主と小作の従属関係のような::。
もう一つの解釈は、長野の観光資源になっている嵐渓荘を洪水被害からの回復を願う『文化(写真右、復興後の嵐景荘前景) 財を守れ』というようなボランテイア意識からかな?
だが、それは村を知らない都会の人間の浅はかな解釈であった。
その時期が稲作にとって重要な時期であり用水路が途絶えることは稲作にとって命取りになる時期である。
そういう用水路を実務的に守るということでもあるが、村人の意識は実務的に「用水を守れ」という意識だけではない。
★村人と下流を結ぶ絆『川上意識』という深層底流
用水を守るということは村の衆の『川上意識』という人間と自然の関係。村の上流下流を結ぶ「絆」として深層無意識まで深められた意識なのだということを、笹岡地区で藤兵衛工房という地域資源活用の営みをしている山田さんに教えられた。笹岡は森町の下流である。
藤兵衛工房の山田高宏社長《55歳》に嵐渓荘で会った。嵐渓荘を山田さんの車で出発した。車の中で山田さんはいろいろと話してくれた。
山田氏は、一時、上京して内装の仕事をした時期がある。地元に帰り、内装の仕事をしながら、傍ら五十嵐川の河川浄化に取り組んだ。
その結果、五十嵐川の汚濁の原因が笠堀ダム、大谷ダムにあると痛感し、ダム問題で有名な新潟大学の大熊孝名誉教授と出会い、今では「死んだ五十嵐川を蘇らせる」という考え方に立っている。山田さんは嵐渓荘が村の衆の力もあって一週間で開館することが出来たということに関連してこんな話をした。
「私も此処に帰ってきていろいろやるなかで農業もやっています。その中で、だんだん分かってきたことですが、このあたりの農民には『川上意識』という体に染みついた意識があるんです」
農民たちは、かれらの子供に用水を汚してはならないという厳かな教訓を与えていた。
「用水に小便するとチンボが曲がるぞ」。
これは子どもを震え上がらせる怖い教訓なのだ。
川上意識というのは『上流で使う用水は下流で使う大事な水だから汚してはならない』といういわば公共意識の住民版である。
秦野市が地下水汚染防止条例を企業の反対を押さえ制定した理由
私もかつて、神奈川県の秦野市で、同市の自慢であった観光の売り物の湧水『名水「弘法の清水』が発がん物質トリクロロエチレン等で汚染されていることがマスコミ報道された。これが名水を誇りにしていた秦野市市民に衝撃を与えた。
この事件を取材したとき、山田さんが言う(川上意識)ということと共通する問題と出会ったのである。
秦野市の汚染は、進出してきた工場群によって地下水が汚染された事件である。
秦野市は丹沢山塊南麓の都市である。丹沢から流出する伏流水が豊富な地下水を湧出させ、このきれいで、おいしい地下水が秦野市の水道水源として同市の誇りであった。
その時、企業と市民の論争の一部に、企業が主張する「自分の土地の地下水をどのように使おうが、使った水を捨てようが土地所有者の自由である。これは私有の土地利用についての民法上の権利である」という主張があった。
確かに民法では私有する土地に付属する財産についての私有権を保護する規定がある。自分の庭の柿の木を自分が取ろうが捨てようが他人にとやかく言われる理由はない、というわけである。
だが、実際の地下水の工場による使用と排水は、下流の工場や市民の家庭に汚染水を流して大きな害をもたらした。当然、汚染の範囲は私有される土地の範囲ではとどまらない。
秦野市は、発がん物質トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン等による汚染物質の調査解明を行った。
当たり前の話であるが、上流の地下水汚染は下流の地下水も汚染する。この当然の、水をめぐる上流と下流の関係を秦野市は放置せず、徹底した調査を行って地下水に関する企業による汚染者責任を指摘し、秦野市地下水条例《秦野市地下水汚染の防止及び浄化に関する条例》を1994年に全国に先駆けて施行したのである。
企業に対して地下水汚染対策基金を課し、汚染水を汲み上げ処理し、浄化された水を戻すいわゆる「人工透析装置」を河川に配置した。
私は、秦野市の地下水条例は日本版スーパーファンド法だと思っている。何よりも企業に対する汚染者の排出責任を取ることがスーパーファンド法の趣旨である。
スーパーファンド法はアメリカのカーター大統領時代に制定された汚染物質排出者に対する徹底した取り締まりの法律である。
排出者は直接汚染物質を出した企業だけではなく、その企業に融資した金融機関、汚染物質を輸送した業者等にまで責任の範囲は及ぶのである。いわゆる拡大排出者責任である。このスーパーファンド法違反で逮捕され牢獄につながれた社長、経営者は信じられない程数が多い。
川上意識は、この秦野市の地下水改革の、三条市下田農民による『上流のものは水を汚してはならない。汚すと::::だぞ』という厳かな教えを子供の時から教え込む』川上意識そのものなのである。これは秦野市の教訓のさきがけである。上流で水を汚してはならない。汚したものは浄化する責任がある。
山田さんは「農民の川上意識というものは、農民の川をめぐる作業と生活から生まれた日常の意識なんです」という。
私はこの話を聞きながら、熊倉さんが言った「森林の整備」ということを思い浮かべていた。農民の伝統的な生活で養われた山林と農民の生活循環、山林の保水力がきっちりと保たれ、住民が中心になって河川の整備が行われる。このことを五十嵐川で実践し始めたのではないか?
●切っても、切っても、生える「ひこばえ」が山林の再生源
私は、山田さんに「熊倉さんが言ったように薪炭の利用などで森林の伐採が行われ、樹木が再生し、生まれ変わり、保水力を整備していた昔のような森林整備が今の時代の治水に必要な政策の大事な要素なのではないか?」と尋ねてみた。
山田さんは私の目をじっと見て、うなづいた。
「そこなんですよ。森林の保水力の整備ということが今の時代に非常に必要な政策です。それは私の経験からも言えます。」
「山田さんの経験を聞きたいですね」
「実は私は、代代、里山を所有しているんです。そこで樹木の伐採等をやっています。今の時代は樹木の伐採には、否定的な意見がありますが、私が経験した所では、里山ほど樹木の再生能力の高い所はありません」。
切った樹木からすぐに芽が生える。その芽を「ひこばえ」と呼んでいる。
「里山の所有者が知っていることは何百年も地域の燃料として伐採され続けた山だということを良く知っているんです。逆に切らないと活性化しなくなります。そうすると「ひこばえ」を冬場の唯一の餌にしている野兎がいなくなります。野兎は熊鷹、イヌワシの大好物なんです」。
「なるほど、動物生態系の循環な訳ですか」
「そうですよ。ひこばえが増えるとそれを餌にする動物が増えます。動物の糞も多くなります。こうして循環しながら土壌が豊かになるんです」
山田さんはそういう山の循環システムを体で覚えていった。東京から地元に帰って、山林の伐採などをやりながら、地域資源の活用方法を考えている山田さんは、里山の動物の好きな植物である「コクワ」に着目した。
コクワは酸味と甘みが強くておいしいが熟すと里山の動物が食べてしまう。人間の口には、めったに入らない。それは病害虫に強く、山奥に自生し、繁殖力も強い、キウイフルーツの一種なのである。
山田さんはこのコクワに着目し、コクワソース、コクワ酢《飲料》,コクワカレー等を開発し、有限会社「藤兵衛工房」を設立した。今では下田の農家12軒と契約し、コクワを栽培する農場を作って1haあたり1トンを栽培している。 山田さんはこういう経験から、山、渓流、水路、河川、について多くの経験を積んだ。 こういう水との付き合いを経て、山田さんは五十嵐川の水系浄化にも取り組んだ。その結果、五十嵐川の汚染の原因についての認識も深めたのだ。
●五十嵐川が「膿の色」をしている訳
山田さんは大谷ダムこそ五十嵐川が汚濁した原因であると断言した。
「この川を見てください。妙な青い色をしているでしょう。この嫌な青さは、健康な色ではないね。化膿した色だ。病的な膿の色だね」
「膿の色」とは無気味な五十嵐川の現実をみる者にとって至って素直な表現である。実際、車窓から左側に見える五十嵐川はグロテスクな緑色をして流れている。大谷ダムの方向に向かう。八木鼻の断崖が正面に見える。
「大谷ダムは、五十嵐川が死んだ川になる原因を作ったダムです」
私は、昨日会った大谷ダム職員の暗い顔を思い出した。「三条市は一生懸命にこの地域の(写真左、カワセミ前の流失したつり橋、五十嵐川は異様な膿の色)
観光開発を言っているんだけどね。施設作って、人材を育てて、ソフトを作るけど、川が死んでいたら何もならないですよ」山田さんは遠慮なく言う。かなり鋭い批判である。川が死んだらなんにもならない。全くその通りだ。その川を生きた川に戻す。今の山田さんの考え方もより健康な考え方だ。
だからこそ、日常化した集中豪雨に対するダムの実態を水系全体の問題とともに明らかにしなければ水系の病気の診断はできない。診断が出来なければ病気の治療もできない。
塩野淵という集落に、市が作ったカヌーの施設があった。施設の名前は環境整備協力協会という団体が作った『ウオータープレイ、カワセミ』という木造ロッジ風の施設である。
『ダムが出来る前はこの辺りはとてもきれいな清流だったんです。ダムができたために嫌な色をした濁流になってしまったんですね。』
河原に出てみる。『カワセミ』の敷地の吊り橋が洪水で無残に流されている。まさにダムが殺した五十嵐川である。
「笠堀ダムが出来たら水害は無くなると県は大宣伝をしたが、毎年毎年、洪水が続いています。新潟県は前回の洪水で批判を受けて、今回の洪水では河川の改修をした。被害は少なかった。しかしダムは問題だ」
私は死の川を生きた川に蘇らせることが必要だという山田さんの考え方は健康な考えだと思う。なぜ死の川になったのかという真相を、今までのような『利権にまつわる利害としての治水ではなく、住民の力で、住民の命を守るための治水』を水系全体のより深い認識への道とともに追求する必要があるだろう。(続く)
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